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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第3話「まだ決めていない」

マランの世界、投稿開始です。

最初は連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

飯を先に食うか、魔石を先に売るか。


結局、腹の虫には敵わなかった。


「メシだメシだ」


ネリスが真っ先に言った。


「確保した魔石は、逃げないしな」


四人は近くの定食屋に転がり込んだ。


四人分の丼が並ぶと、しばらく誰も喋らなかった。


(お腹すいた)


ネリスにとって、それだけで十分な理由だった。


---


「食った」


ダダが箸を置いて、腹をぽんと叩いた。


「満足そうだな」


カインが言う。


「満足していない」


ダダは、そうは言うものの満足していた。


顔に出ている。


「じゃあエクスチェンジ、行くか」


「その前に」


ネリスが手を挙げる。


「なんだ」


「もう一杯食う」


ネリス、もう一杯食っていた。


止める理由も、誰にもなかった。


---


エクスチェンジの窓口は、相変わらず混んでいた。


列に並んで、袋を差し出す。


「浅層の魔石、五つですね」


職員が石を並べて、ひとつずつ眺めていく。


「質、あんまり良くないですけど」


「知ってますよ」


カインが答える。


「それでも、言うのが仕事なので」


受付担当に淡々と言われた。


金額を示された紙を、四人で覗き込む。


(……安いな)


正直な感想が、ノリアの胸に落ちた。


迷宮に入って魔石を採取してきて、これだけ、という数字だった。


「安いですね」


窓口担当者が言う。


窓口担当者に同意されると、少し傷つく。


「浅層はこんなもんです。深く行けば変わりますよ」


分かってはいた。


分かっていても、数字にされると効いた。


ノリアには、それが誰よりも堪えた。


---


四人で割ると、一人分はもっと少ない金額になる。


「これ、割に合ってる?」


ネリスから本音がこぼれる。


「今日は初日だから」


ノリアが、財布の紐と一緒に諦めも締めるような声で言う。


「初日って便利な言葉だな」


カインが茶化す。


「便利な言葉、使い続けるとまずいけどな」


誰も否定しなかった。


---


フラグメンツに寄ったのは、成り行きだった。


というより、毎日この流れになる予感がすでにあった。


「おう、また来たか」


ガラントがカウンターの向こうから顔を上げる。


「今日はどうだった」


「浅層、五体倒しました」


カインが答える。


「五体で五個?」


「五体で五個」


「悪くないな、初日で」


「慰めなくていいですよ」


「慰めてない。本当に悪くない」


そう言われると、悪くない気がしてくる。


---


酒を一杯、注文もしていないのに置かれた。


「これは?」


「今日の分。サービス」


「毎回サービスされてる気がする」


ダダが、ガラントを見上げて言った。


「気のせいだ」


気のせいではなかった。


四人とも、そういうものだと思うことにした。


感謝、である。


---


「にしても」


ガラントが、カウンターに肘をついた。


「お前らの職業、まだ決まってないんだよな」


「決まってない」


カインが答える。


「決めないのか」


「決めた方がいいんですか」


「決めた方が伸びる。剣士でも盾役でも、選んだ職の"芯"が太くなる」


聞いたことのある話だった。


昨日、受付でも似たようなことを言われた気がする。


「便利屋のままじゃ駄目なんですか」


「なあ、カイン。駄目じゃない。でも便利屋は職業じゃないってだけだ」


「じゃあ何なんです」


「お前がそう呼ばれてるだけだよ」


言われてみると、その通りだった。


---


「ダダは盾役、決まりだろ」


ガラントが水を向ける。


「たぶん」


(決めるのは、まだ先でいい)


ダダの中では、理由になっているようでなっていない感覚があった。


「たぶんって何だ、いちばん向いてるだろ、お前」


「向いてるのと、決めるのは、別」


短く言って、それ以上続けなかった。


理由を聞きたい空気があったが、聞いても出てこない空気でもあった。


---


「ネリスは斥候か?」


「まだ」


「まだって? なんだそりゃ」


「決めると、色々ついてくるから」


「色々って何だ」


「さあ」


猫の耳が、ぴくりと動いた。


(今はまだ、言わない)


聞かれたくない話らしい、というのだけは伝わった。


---


「ノリアは魔術師で登録済みなんだろ」


「一応」


「一応って、選んでるじゃないか」


「選んでる。伸びてないけど」


「伸びてないのか」


「ファイア以外、伸びる徴候がまだ見えないだけ」


ガラントが、少し困った顔をした。


慣れた困り方だった。


初めて聞いた話ではないらしい。


---


「カインは」


「便利屋です」


「それは職業じゃないって言ったろ」


「じゃあ未選択です」


「未選択って自分で言えるんだな」


「言えます」


「開き直ってるだけじゃないのか」


「開き直ってません」


カイン自身、開き直っていた。


自分でも分かっていた。


---


「まあ、いいさ」


ガラントが、グラスを磨きながら言った。


「決めるのは早い方がいいってわけでもない。俺だって――」


言葉を止めた。


(言わなくていい話だ)


若い頃の記憶が、一瞬だけ喉元まで出かかって、また引っ込んだ。


「なんです」


「いや。忘れた」


本当は、忘れていなかった。


四人とも、それに気づいていたが、誰も突っ込まなかった。


---


「とにかく。決めるなら決める、決めないなら決めない。どっちでもいいけど、どっちかにしとけよ」


「どっちでもいいなら、どっちかにしろって、矛盾してませんか」


カインが突っ込む。


「してない」


絶対、矛盾している。


でも、なんとなく言いたいことは分かった。


---


酒場を出たのは、また日が落ちる頃だった。


「結局、誰も決めなかったな」


カインが、自分の手を眺めつつ言った。


「今日は決めなくていいだろ」


ダダは、三人の顔を見ながら確認してきた。


「じゃあいつ決めるんだ」


「知らない」


ネリスは、言い切った。


分からないことを、分からないままにしておく。


このパーティの共通点は、たぶんこれだった。


---


ヘクサインまでの道を歩く。


「明日は二層行くか?」


カインが確認すると、ノリアは首を傾げながら答える。


「一層、もう少し粘ってもいいかも」


「なんで」


「魔石、もう少し増やしたい」


(今日の数字が、まだ頭から離れない)


窓口で見せられた金額が、ノリアの中でまだ小さく疼いていた。


すると、ネリスが突っ込んだ。


「財布の話だ、それ」


「財布の話です」


ノリアは、笑った。


意外と現実的な話だった。


---


「まあ、明日決めよう」


「今日決めなかった話も、まだ残ってるけどな」


「それも明日」


「明日ばっかりだな、俺たち」


「明日があるからいいんだよ」


誰かが言った言葉に、誰も反論しなかった。


四人で、宿の明かりに向かって歩いた。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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