第44話「居場所」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
最後は、ワングのお話です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ヘクサインの一室、あてがわれた寝台に腰掛けて、ワングは、右腕を、静かに見つめていた。
革の受け皿。
その先に仕込まれた、小ぶりの刀。
ここ数日で、ようやく、体の一部のように、馴染み始めていた。
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(一年前、この光景を、想像できただろうか)
ワングは、静かに、そう思う。
利き腕を失い、二刀の型を封じられ、冒険者を辞めた、あの日。
もう二度と、こうして誰かと肩を並べて潜ることはないだろうと、思っていた。
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引退していた一年、ワングは、ほとんど、人と関わらずに過ごしていた。
かつての仲間には、合わせる顔がないと思っていた。
ロウガにさえ、何も告げずに、姿を消した。
それが、正しい身の引き方だと、信じていた。
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「戦力が落ちて、申し訳ない」
冒険者として復帰したばかりの頃、ワングは、何度も、そう口にしていた。
その度に、誰かが、それを否定してくれた。
ミラは、「片腕の、あなたが、助けてくれた」と言った。
ダダは、「戦力として、疑う余地はない」と言った。
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(否定されることに、慣れていなかった)
ワングは、そう気づいた時、少し、戸惑った。
これまで、自分で自分を責めることには、慣れていた。
だが、誰かに、まっすぐ「大丈夫だ」と言われることには、慣れていなかった。
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フォージタウンで、ダダが、鍛冶屋を勧めてくれた日のことを、ワングは、よく覚えている。
「俺の盾も、何度も直してもらってる」
そう言った時のダダの顔に、特別な気負いはなかった。
ただ、当たり前のことのように、手を差し伸べてくれた。
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(拙者のために、そこまでしてくれる理由が、わからなかった)
正直に言えば、今も、完全にはわかっていない。
ただ、理由がわからなくても、そこにある優しさを、ただ受け取っていいのだと、少しずつ、思えるようになっていた。
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クロスロードで、正式にパーティへの加入を認められた日。
左手だけで、名前を書き込んだ。
不格好な字だったかもしれない。
それでも、リゼットは「見事な字ですね」と言ってくれた。
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その一言だけで、何かが、報われた気がした。
利き手を失ってから、字を書くたび、どこかで、劣っているという感覚が、拭えずにいた。
それを、誰かが、素直に褒めてくれる。
そんな小さなことが、これほど胸に響くとは、思っていなかった。
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グラヴォルとの再戦。
女王との戦い。
右腕の刃が、確かに、戦況を動かした瞬間。
「ワング殿、決めて!」
カインの声が、今も、耳に残っている。
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(名前を、呼ばれた)
ただ、それだけのことが、ワングにとっては、大きな意味を持っていた。
引退していた間、誰かに名前を呼ばれることさえ、少なくなっていた。
戦力として、頼られ、名前を呼ばれる。
その感覚を、ワングは、久しく忘れていた。
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夜、ヘクサインの食堂に、明かりが灯る。
カインが、他愛のない話を振る。
ダダが、短く相槌を打つ。
ネリスが、あくびをする。
ノリアが、静かに、それを聞いている。
ミラが、皆の様子を、微笑みながら見ている。
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「ワングさんも、こっち来て」
ミラが、声をかけてくれる。
「かたじけない」
ワングは、いつものように、丁寧に礼を言いながら、卓へと向かう。
その道のりが、もう、迷いのないものになっていた。
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(ここに、拙者の席がある)
食卓に着くたび、ワングは、そのことを、あらためて実感する。
誰かに気を遣われているからではない。
ただ、当たり前のように、席が、そこにあるからだった。
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「今日は、何か、面白いことあった?」
ネリスが、ワングに、気軽に話しかけてくる。
「特には」
「特にはって、つまんない答え」
ネリスが、笑いながら言う。
その気安さに、ワングも、思わず、笑みがこぼれた。
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「一つだけ、ある」
ワングが、ふと、口を開く。
「何、何」
ネリスが、身を乗り出す。
「今日、ダダ殿に、盾を打ち直すと聞いた。拙者の腕と、同じ場所で、な」
「へえ、それは、確かに、面白いな」
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食卓の向こうで、ダダが、軽く頷く。
「同じ炉で、な」
ダダが、静かに言う。
「よろしく頼む」
ワングが、頭を下げる。
「頭下げるほどのことじゃない」
ダダが、そっけなく言う。
その素っ気なさが、かえって、ワングには、心地よかった。
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夜が更けていく。
窓の外、月の光が、静かに差し込んでいた。
ワングは、右腕を、もう一度、そっと見つめた。
失ったもの。
代わりに得たもの。
その両方が、今、確かに、この体に、ある。
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(拙者は、戻ってきたのではない)
ワングは、静かに、そう思う。
(拙者は、新しい場所に、たどり着いたのだ)
一年前の自分には、想像もできなかった居場所が、今、確かに、ここにあった。
その事実に、ワングは、これまでにない、深い感謝を覚えていた。
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「明日も、よろしく頼む」
ワングが、皆に向かって、静かに言う。
「よろしく」
六人の声が、揃った。
その声を、ワングは、これまでで一番、確かな温もりとともに、聞いていた。
いかがでしょうか?
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