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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第44話「居場所」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


最後は、ワングのお話です。

お楽しみいただけましたら幸いです。

ヘクサインの一室、あてがわれた寝台に腰掛けて、ワングは、右腕を、静かに見つめていた。


革の受け皿。


その先に仕込まれた、小ぶりの刀。


ここ数日で、ようやく、体の一部のように、馴染み始めていた。


---


(一年前、この光景を、想像できただろうか)


ワングは、静かに、そう思う。


利き腕を失い、二刀の型を封じられ、冒険者を辞めた、あの日。


もう二度と、こうして誰かと肩を並べて潜ることはないだろうと、思っていた。


---


引退していた一年、ワングは、ほとんど、人と関わらずに過ごしていた。


かつての仲間には、合わせる顔がないと思っていた。


ロウガにさえ、何も告げずに、姿を消した。


それが、正しい身の引き方だと、信じていた。


---


「戦力が落ちて、申し訳ない」


冒険者として復帰したばかりの頃、ワングは、何度も、そう口にしていた。


その度に、誰かが、それを否定してくれた。


ミラは、「片腕の、あなたが、助けてくれた」と言った。


ダダは、「戦力として、疑う余地はない」と言った。


---


(否定されることに、慣れていなかった)


ワングは、そう気づいた時、少し、戸惑った。


これまで、自分で自分を責めることには、慣れていた。


だが、誰かに、まっすぐ「大丈夫だ」と言われることには、慣れていなかった。


---


フォージタウンで、ダダが、鍛冶屋を勧めてくれた日のことを、ワングは、よく覚えている。


「俺の盾も、何度も直してもらってる」


そう言った時のダダの顔に、特別な気負いはなかった。


ただ、当たり前のことのように、手を差し伸べてくれた。


---


(拙者のために、そこまでしてくれる理由が、わからなかった)


正直に言えば、今も、完全にはわかっていない。


ただ、理由がわからなくても、そこにある優しさを、ただ受け取っていいのだと、少しずつ、思えるようになっていた。


---


クロスロードで、正式にパーティへの加入を認められた日。


左手だけで、名前を書き込んだ。


不格好な字だったかもしれない。


それでも、リゼットは「見事な字ですね」と言ってくれた。


---


その一言だけで、何かが、報われた気がした。


利き手を失ってから、字を書くたび、どこかで、劣っているという感覚が、拭えずにいた。


それを、誰かが、素直に褒めてくれる。


そんな小さなことが、これほど胸に響くとは、思っていなかった。


---


グラヴォルとの再戦。


女王との戦い。


右腕の刃が、確かに、戦況を動かした瞬間。


「ワング殿、決めて!」


カインの声が、今も、耳に残っている。


---


(名前を、呼ばれた)


ただ、それだけのことが、ワングにとっては、大きな意味を持っていた。


引退していた間、誰かに名前を呼ばれることさえ、少なくなっていた。


戦力として、頼られ、名前を呼ばれる。


その感覚を、ワングは、久しく忘れていた。


---


夜、ヘクサインの食堂に、明かりが灯る。


カインが、他愛のない話を振る。


ダダが、短く相槌を打つ。


ネリスが、あくびをする。


ノリアが、静かに、それを聞いている。


ミラが、皆の様子を、微笑みながら見ている。


---


「ワングさんも、こっち来て」


ミラが、声をかけてくれる。


「かたじけない」


ワングは、いつものように、丁寧に礼を言いながら、卓へと向かう。


その道のりが、もう、迷いのないものになっていた。


---


(ここに、拙者の席がある)


食卓に着くたび、ワングは、そのことを、あらためて実感する。


誰かに気を遣われているからではない。


ただ、当たり前のように、席が、そこにあるからだった。


---


「今日は、何か、面白いことあった?」


ネリスが、ワングに、気軽に話しかけてくる。


「特には」


「特にはって、つまんない答え」


ネリスが、笑いながら言う。


その気安さに、ワングも、思わず、笑みがこぼれた。


---


「一つだけ、ある」


ワングが、ふと、口を開く。


「何、何」


ネリスが、身を乗り出す。


「今日、ダダ殿に、盾を打ち直すと聞いた。拙者の腕と、同じ場所で、な」


「へえ、それは、確かに、面白いな」


---


食卓の向こうで、ダダが、軽く頷く。


「同じ炉で、な」


ダダが、静かに言う。


「よろしく頼む」


ワングが、頭を下げる。


「頭下げるほどのことじゃない」


ダダが、そっけなく言う。


その素っ気なさが、かえって、ワングには、心地よかった。


---


夜が更けていく。


窓の外、月の光が、静かに差し込んでいた。


ワングは、右腕を、もう一度、そっと見つめた。


失ったもの。


代わりに得たもの。


その両方が、今、確かに、この体に、ある。


---


(拙者は、戻ってきたのではない)


ワングは、静かに、そう思う。


(拙者は、新しい場所に、たどり着いたのだ)


一年前の自分には、想像もできなかった居場所が、今、確かに、ここにあった。


その事実に、ワングは、これまでにない、深い感謝を覚えていた。


---


「明日も、よろしく頼む」


ワングが、皆に向かって、静かに言う。


「よろしく」


六人の声が、揃った。


その声を、ワングは、これまでで一番、確かな温もりとともに、聞いていた。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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