第40話「潜る理由」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
本話はネリスです。
お楽しみいただけましたら幸いです。
アーカイブの片隅で、ネリスは、一冊の記録帳を開いていた。
ティリーには、いつも「気になっただけ」とごまかしている。
本当は、気になっている、というより、確かめたいことがあった。
だが、それを、まだ、誰にも話していない。
---
深層のどこかにいるらしい、という噂。
それだけを頼りに、ネリスは、もう何年も、少しずつ、記録を集めていた。
似たような特徴を持つ魔物の記述を見つけるたび、心臓が、跳ねる。
だが、大抵は、別の魔物の話だった。
今日も、そうだった。
---
(今日も、載ってない)
ページをめくりながら、ネリスは、小さく息を吐いた。
なぜ、それを探しているのか。
それは、ノストスの教義と、深く関わる、ネリス自身の事情だった。
いつか、誰かに話す日が来るとしても、それは、まだ、今日ではない。
---
「お金のため」
パーティのみんなには、そう言ってある。
嘘ではない。
だが、それだけでもなかった。
(いつか、話せる日が、来るんだろうか)
記録帳を閉じながら、ネリスは、そんなことを考えていた。
---
アーカイブを出て、ヘクサインへ向かう道すがら、ネリスは、ふと、立ち止まった。
夕暮れの光が、通りを、橙色に染めていた。
途中、フォージタウンから戻る途中らしいダダと、鉢合わせた。
「また、アーカイブか」
ダダが、短く聞く。
「また」
「見つかったか、探し物」
「まだ」
いつもの、短いやり取りだった。
ダダは、それ以上、何も聞いてこなかった。
(この人は、多分、何か気づいてる)
ネリスは、そう思うことがある。
だが、ダダは、決して、それを言葉にしない。
その距離感が、ネリスにとっては、何より、ありがたかった。
「先、行くぞ」
ダダが、軽く手を挙げて、去っていく。
その背中を見送りながら、ネリスは、考え始めた。
(このパーティに、いる理由)
考え始めると、いくつもの答えが、頭に浮かんできた。
---
最初は、本当に、成り行きだった。
一人で潜っていたところを、カインたちに拾われた。
「気づいたらいた」と、皆には思われている。
それで、都合が良かった。
詳しい経緯を話さずに済んだから。
---
本当は、あの日、ネリスは、限界だった。
浅層で、体力も、気力も、尽きかけていた。
そこに、たまたま通りかかったのが、まだ三人だった頃のカインたちだった。
「一人か?」
ダダに聞かれて、頷くことしかできなかった。
「一緒に来るか」
誘われた理由も、あの時は、よくわからなかった。
ただ、断る理由も、見つからなかった。
---
それから、何年も経つ。
理由も聞かれず、詮索もされず、ただ、一緒に潜り続けてきた。
(拾われた、で始まったはずなのに)
今では、拾われたことより、ここに残り続けたことの方が、ずっと大きな意味を持っている気がした。
---
だが、今、振り返ると、成り行きだけでは、説明のつかないことが多かった。
ダダは、ネリスが突っ込みすぎる度に、何も言わずにフォローしてくれる。
カインは、ネリスの謎めいた行動に、深くは踏み込んでこない。
ノリアは、無視されても、ちゃんと、また声をかけてくれる。
ミラは、ネリスが傷ついた時、真っ先に駆けつけてくれた。
---
(誰も、詮索してこない)
それが、ネリスにとって、何よりも、ありがたいことだった。
秘密を抱えたまま、ここにいられる。
隠し事をしていることに、後ろめたさを感じずに、いられる。
そんな場所は、これまで、どこにもなかった。
---
深廊で、罠を見抜いた時。
グラヴォルの継ぎ目を見つけた時。
ワングと一緒に、女王の翅に爪を打ち込んだ時。
ネリスは、自分の速さと目が、誰かの役に立っている実感を、確かに、感じていた。
(これは、成り行きなんかじゃない)
自分の意思で、ここにいる。
その事実に、ネリスは、あらためて気づいた。
---
ヘクサインに戻ると、ミラが、夕食の支度を手伝っていた。
「ネリス、遅かったね」
「アーカイブ、ちょっと寄ってた」
いつもの、ごまかし方だった。
だが、ミラは、それ以上、聞いてこなかった。
「お腹空いたでしょ、先に食べる?」
「食べる」
その気遣いが、いつもより、少し染みた。
---
「なあ」
ネリスが、ふと、口を開く。
「なに?」
ミラが、振り返る。
「私、このパーティ、好きだよ」
自分でも、少し驚くくらい、素直な言葉だった。
「急にどうしたの」
ミラが、笑いながら聞く。
「なんとなく。今日、そう思ったから」
---
「私も、好きだよ、このパーティ」
ミラが、あっさりと答える。
「みんな、変な人ばっかりだけど」
「それ、私にも言ってる?」
「言ってる」
軽口に、二人で笑った。
---
夕食の席で、カインが、いつものように、他愛のない話を振っていた。
ダダが、短く相槌を打つ。
ノリアが、少し呆れたように、それを聞いている。
ワングが、その様子を、静かに、だが、確かに嬉しそうに眺めていた。
---
(私の秘密は、まだ、誰にも話せない)
ネリスは、皆の顔を、順に見渡しながら思う。
(でも、いつか話せる日が来るとしたら、多分、この人たちにだ)
その確信だけは、はっきりと持てるようになっていた。
---
食事が終わり、それぞれが、各々の部屋に戻っていく。
ネリスは、窓の外の月を、しばらく眺めていた。
「お金のため、って言ってきたけど」
誰にともなく、ネリスは、小さく呟いた。
「本当は、居場所のため、なのかもしれない」
その言葉は、誰の耳にも届かなかった。
だが、ネリス自身には、これまでで一番、はっきりと聞こえていた。
いかがでしょうか?
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
よろしくお願いいたします。




