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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第39話「盾と、槌」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


今日は、パーティメンバーの話が6話続きます。

最初はダダ。


お楽しみいただけましたら幸いです。

フォージタウンの工房に、槌の音が響いている。


ダダは、その音を、少し離れたところで聞いていた。


自分の実家の工房ではない。


だが、似たような音を、子供の頃から、ずっと聞いて育った。


---


実家の工房を継ぐはずだった、という話を、ダダは、パーティの誰にも詳しくは話していない。


なぜ、盾を取ったのか。


なぜ、槌を置いたのか。


聞かれれば、いつも「色々あってな」で流してきた。


それで、誰も、それ以上は聞かなかった。


---


本当のところは、単純。


ある日、迷宮帰りの冒険者が、工房に、壊れた盾を持ち込んだ。


ひしゃげた鉄の板を見た瞬間、ダダは、こう思った。


(これを直すより、これを構えて、守る側に回りたい)


理屈のない衝動だった。


親には、まだ、うまく説明できていない。


---


ワングの右腕の装備を、ブロムに調整してもらっている間、ダダは、手持ち無沙汰に、工房の隅に置かれた鉄くずを眺めていた。


(親父の工房も、こんな匂いがしてたな)


鉄と、油と、わずかな煤の匂い。


懐かしいというより、体に染み付いた匂いだった。


---


ダダの一族は、フォージタウンで、代々、鍛冶を営んでいる。


跡を継ぐのが、当然だと思われていた。


ダダ自身、それを疑ったことは、あまりなかった。


盾を持って、迷宮に潜るようになるまでは。


---


「盾役、レベル7ですね」


先日の鑑定士の言葉が、頭の中で、繰り返し響いていた。


嬉しかった。


その一方で、ふと、こんなことを考えた。


(俺が前に出るより、装備を作る側に回った方が、パーティのためになるんじゃないか)


---


グラヴォルの一撃を受け止めた盾。


ワングの右腕を支える、刀と革の受け皿。


ダダの手が関わったものは、いつも、誰かの命を、間接的に支えていた。


(直接、殴られてるのは、俺じゃなくて、盾だ)


そう考えると、自分自身の役割が、急に、曖昧なものに思えてくる瞬間があった。


---


盾役として、前に出て、殴られて、皆を守る。


それが、ダダの誇りだ。


だが、ワングの装備を考えている間、ダダは、これまで感じたことのない種類の手応えも、確かに感じていた。


誰かを守る手段は、盾を構えることだけではないのかもしれない。


そう思い始めた自分に、少し戸惑ってもいた。


(親父も、こんな気持ちで、槌を振るってたんだろうか)


工房を継がなかった自分が、今更、そんなことを考えるのは、都合が良すぎる気もした。


---


「何、考え込んでる」


声をかけてきたのは、カインだった。


ブロムとワングの話が一段落し、二人で外の空気を吸いに出たところだった。


「別に」


ダダが、短く答える。


「別にって顔じゃないな、それ」


カインが、笑いながら、隣に座る。


---


「盾役、向いてないのか、って、考えることがある」


ダダが、ぽつりと言った。


「は?」


カインが、素っ頓狂な声を上げる。


「レベル7だぞ、お前。今更、何言ってんだ」


「向いてないとは、言ってない」


ダダが、続ける。


「ただ、俺が装備を作る側に回れば、もっと、パーティ全体が強くなるんじゃないか、って」


---


「ワングの腕、あれ、お前が言い出した話だよな」


カインが、確認するように言う。


「言い出したのは、俺だ」


「あれがなかったら、今のワングは、いない」


カインが、静かに言う。


「盾役としてのお前と、装備を考えるお前、どっちも、同じダダじゃないか」


---


「同じ、か」


ダダが、繰り返す。


「だって、そうだろ」


カインが、続ける。


「盾を構えてる時のお前は、皆を守ってる。装備のことを考えてる時のお前も、皆を守ってる。やってることの中身が違うだけで、目的は同じだ」


---


ダダは、しばらく、何も言わなかった。


工房の奥から、また槌の音が聞こえてくる。


一定のリズムで、鉄を打つ音。


その音は、実家の工房で聞いていたものと、どこか似ていて、どこか違っていた。


---


(親父は、槌しか持たなかった)


ダダは、静かに思う。


(俺は、盾も、槌も、両方持ってる)


それは、どちらか一方を選ばなかった、という意味ではなかった。


両方を、選び取った、という意味だった。


---


「今度、俺の盾、打ち直してもらおうかな」


ダダが、ぽつりと言う。


「え、また?」


カインが、驚いたように聞く。


「深廊、これからもっと潜ることになる。今の盾じゃ、いずれ、追いつかなくなる」


ダダが、静かに続ける。


「自分で、打つのか」


「打つ。ブロムに、手伝ってもらいながら」


---


「親父さんの工房、寄っていかないのか」


カインが、思い切って聞く。


これまで、あまり踏み込んでこなかった話題だった。


「……寄る」


ダダが、少し考えてから、答えた。


「盾を打ち直すなら、あそこの炉が、一番よく知ってる」


「久しぶりか」


「久しぶりだ」


---


実家の工房に顔を出すと、父親は、何も聞かずに、炉の火を強めた。


「盾を、打ち直したい」


ダダが、それだけ言う。


「うちの炉で、いいのか」


父親が、短く聞き返す。


「うちの炉が、いい」


その一言に、父親は、それ以上、何も聞かなかった。


ただ、槌を、ダダに手渡した。


---


「盾も、俺で打つ。皆の装備も、手が空いてる時は、俺が診る」


ダダが、決めるように言う。


「その上で、前にも立つ」


「両方って、大変じゃないか」


カインが、聞く。


「大変だ」


ダダが、認める。


「だが、どっちも、やめる理由にはならない」


---


その言葉に、ダダ自身、少し驚いていた。


迷っていたはずのことが、口に出した瞬間、迷いではなくなっていた気がした。


(向いてるかどうか、じゃない)


ダダは、静かに思う。


(俺が、両方をやりたいと思ってる。それだけで、十分だ)


---


工房に戻ると、ワングが、右腕を軽く振っていた。


「調子は」


ダダが、聞く。


「悪くない。ブロム殿の腕は、確かでござる」


ワングが、静かに答える。


「今度、俺の盾も、ここで打ち直す」


ダダが、告げる。


「ほう。それは、楽しみでござるな」


ワングが、少し笑った。


---


夕暮れの工房を出ると、槌の音が、遠くまで響いていた。


ダダは、その音を、もう、懐かしさだけでは聞いていなかった。


(俺も、この音の続きに、いる)


盾を持つ手と、槌を振るう手。


その両方が、同じ一人の人間の手であることに、ダダは、これまでにない確かさを感じていた。


---


「親父さんに、何か言われたのか」


カインが、並んで歩きながら、そっと聞く。


「何も」


ダダが、答える。


「何も言わずに、槌を渡してきた」


「それだけ?」


「それだけで、十分だ」


ダダの声には、噛みしめるような響きがあった。


言葉にされなかった分だけ、その重みは、確かなものに感じられた。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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