第31話「壁の向こう」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
大広間の奥、うっすらと見えていた扉が、今、五人の目の前にあった。
石造りの、これまでのどの扉とも違う佇まいをしている。
「ここが……」
カインの声が、かすかに震えていた。
「六層への、入り口」
ダダが、静かに言葉を継いだ。
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「行く前に」
ミラが、皆を見回す。
「怖くても、いい。今日、通れなくても、いい」
「うん」
ネリスが、頷く。
「誰か一人でも弾かれたら、その時考えよう。今、決めることじゃない」
カインの言葉に、迷いはなかった。
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「じゃあ……行くか」
カインが、扉に向かって、一歩踏み出す。
石の表面に触れると、冷たい感触が、指先から伝わった。
「開けるぞ」
五人が、頷き合う。
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扉を押すと、思ったより軽く、それは開いた。
その先に広がっていたのは、これまでとは違う、静かな空間だった。
一人ずつ、恐る恐る、足を踏み入れていく。
カイン。
何も、起こらなかった。
ダダ。
同じく、何も。
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ネリスが、続く。
一瞬、体が強張ったように見えた。
「ネリス!」
カインが、思わず声を上げる。
「大丈夫……ちょっと、めまいがしただけ」
ネリスが、額の汗を拭いながら、笑う。
「通れた、ってことだよな」
「通れた」
安堵の息が、その場に広がった。
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ノリアが、静かに歩を進める。
何の抵抗もなく、境界を越えた。
最後に、ミラ。
一歩、また一歩と、確かめるように進み、やがて、五人全員が、境界の内側に立っていた。
「全員、通れた」
カインが、震える声で言う。
「全員……通れた」
その言葉が、じわりと、実感として広がっていく。
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五人が、境界を越えた、その瞬間。
周囲の空気が、静かに変わった。
石壁に、うっすらと、文字のようなものが浮かび上がる。
「これ……」
ミラが、目を見開く。
読めるはずのない、見覚えのない文字だった。
だが、なぜか、その意味だけが、頭の中に、直接流れ込んでくるようだった。
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《ようこそ、深部へ》
それだけの、短い言葉だった。
「今の、迷宮から……?」
カインが、掠れた声で呟く。
誰も、答えられなかった。
文字は、それだけを伝えると、静かに、壁の中へと溶けるように消えていった。
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「今の、なんだったんだ」
ダダが、低く呟く。
「わからない」
カインが、正直に答える。
「でも、俺たちが、通れた者として、認められた……ってことなんだと思う」
その言葉に、誰も異論を挟まなかった。
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改めて、周囲を見渡す。
そこは、五層前室とよく似た、篝火と天幕を備えた空間だった。
だが、五層前室とは違い、人の気配は、どこにもなかった。
「誰も、いないんだな」
カインが、静かに言う。
「六層まで来る者が、それだけ少ない、ってことなんだろう」
ダダの言葉に、重みがあった。
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奥に、これまで見なかったものがあった。
大きな、石でできた板が、壁に埋め込まれるように立っている。
「あれは」
カインが、近づいていく。
石板には、複雑な紋様が、びっしりと刻まれていた。
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「読める、か」
ダダが、覗き込みながら聞く。
「読めない……けど」
カインが、石板に手を触れる。
その瞬間、先ほどと同じように、意味だけが、頭の中に流れ込んできた。
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「これ……転移の、仕組みが書いてある」
カインが、驚いた声で言う。
「転移?」
ミラが、身を乗り出す。
「この石板に触れると、一層の、ある場所に、飛べるらしい」
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「一層の、どこに」
ネリスが、聞く。
「隠し部屋、って書いてある」
カインが、慎重に読み取っていく。
「今まで、俺たちが気づかなかった場所に」
「そんな場所、あったのか」
ダダが、信じられないように呟いた。
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「なんでこんな仕組みが」
ノリアが、石板を見つめながら、呟くように言う。
「わからない」
カインが、正直に答える。
「誰が、何のために作ったのかも、書いてない」
「わからないままか」
「わからないままだ」
その答えに、不思議と、誰も苛立たなかった。
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「一つ、確かなことがある」
カインが、続ける。
「これがわかるのは、ここまで来た者だけ、らしい」
「五層止まりの人たちには」
ミラが、確認するように聞く。
「わからないんだと思う。この部屋自体、気づけないのかもしれない」
その言葉に、五人は、篝火の男の言葉を思い出していた。
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「試してみるか」
カインが、皆を見回す。
「今日、ここまで来て、まだ帰り道は長い。もし本当に、一層まで飛べるなら」
「帰りが、楽になる」
ダダが、頷く。
「危なくないのか」
ネリスが、少し不安げに言う。
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「わからない。だから、慎重に」
カインが、答える。
「まず、俺が試す」
「一人で行かせるのは」
ミラが、心配そうに言う。
「大丈夫。何かあったら、すぐ戻る」
カインの声に、確かな覚悟があった。
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石板に、両手を当てる。
「行くぞ」
深く、息を吸い込む。
触れた瞬間、視界が、ふっと、白く染まった。
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次の瞬間、カインは、見覚えのない、小さな石の部屋の中に立っていた。
埃をかぶった、古い調度品らしきものが、いくつか置かれている。
「ここ……どこだ」
呟いた声が、狭い部屋に反響した。
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壁の一部に、外へ続くとおぼしき、小さな扉があった。
そっと押し開けると、その先に広がっていたのは、見覚えのある、一層の通路だった。
「一層……本当に、一層だ」
カインが、呆然と呟く。
何度も歩いたはずの道が、すぐそこにあった。
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「これが、隠し部屋……」
振り返ると、今まで気づかなかった、小さな扉が、壁に溶け込むように、そこにあった。
何度も、この近くを歩いていたはずだった。
それでも、今日まで、誰も気づかなかった。
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カインは、急いで、隠し部屋に戻った。
石板のような装置が、そこにも、小さく設置されていた。
「これで、戻れる、のか」
半信半疑のまま、手を触れる。
再び、視界が、白く染まった。
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気づくと、カインは、六層前室の、石板の前に立っていた。
「戻ってきた!」
「カイン!」
ダダが、駆け寄る。
「無事か!」
「無事だ。本当に、一層まで、繋がってた」
カインの声は、興奮を隠しきれていなかった。
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「隠し部屋、あったのか」
ミラが、確認するように聞く。
「あった。今まで、気づかなかった場所に」
「気づかなかった……というより」
カインが、少し考えながら続ける。
「たぶん、気づけなかったんだと思う。ここまで来る前は」
その言葉に、五人は、静かに頷いた。
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「便利、なのは、間違いないな」
ダダが、静かに言う。
「毎回、一層から歩き直さなくていい」
「でも」
ノリアが、少し慎重に言う。
「便利すぎる。何か、裏があるんじゃ」
「あるかもしれない」
カインが、正直に頷く。
「でも、今はまだ、わからない。使いながら、確かめていくしかない」
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「今日は、これくらいにしよう」
カインが、皆を見回す。
「六層の中身は、また今度、しっかり準備してから」
「賛成」
ダダが、頷く。
「賛成」
ネリス、ノリア、ミラも、揃って続いた。
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五人は、石板に触れ、一層の隠し部屋へと、次々に転移していった。
最後に、カインが続く。
白い光が収まると、そこには、見慣れた一層の景色が広がっていた。
「本当に、一層だ」
改めて、実感が、じわりと込み上げてくる。
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隠し部屋を出て、門へ向かう。
「今日、色々ありすぎたな」
カインが、空を見上げながら言う。
「ありすぎた」
ダダが、頷く。
「壁を越えて、welcomeされて、転移まで見つけた」
「一日で、これだけのことが起きるとは、思わなかった」
ミラが、静かに言う。
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門を抜けて、外に出る。
日は、まだ高いところにあった。
「今日、実質、瞬間移動で帰ってきたようなもんだよな」
ネリスが、まだ信じられないように言う。
「そうなるな」
カインが、笑いながら答える。
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フラグメンツに寄ると、ガラントが、五人の顔を見て、何かを察したように、目を細めた。
「今日は、また一段と、顔つきが違うな」
「六層、行きました」
カインが、静かに、だが確かな声で言う。
「六層……」
ガラントの表情が、大きく動いた。
「本当に、行ったのか」
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「行きました。壁も、越えられました」
カインの言葉に、ガラントは、しばらく、何も言わなかった。
「そうか……ついに、か」
その呟きには、これまで聞いたことのない、深い感慨があった。
「何か、知ってるんですか」
カインが、思わず聞く。
「いや」
ガラントが、静かに首を振る。
「今日は、それより、祝おう。無事、帰ってきたことをな」
はぐらかされたが、その表情の奥に、何かが確かにあるように、カインには感じられた。
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夜、五人分の丼を前に、カインが、改めて皆を見回した。
「今日、六層に足を踏み入れた」
「踏み入れた」
ダダが、静かに繰り返す。
「次は、六層の中身、本格的に調べる番だな」
「調べよう」
五人の声が、静かに重なった。
窓の外、夜が更けていく。
壁の向こうに広がる世界は、まだ、始まったばかりだった。
いかがでしょうか?
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