第28話「積み上げ直す」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ネリスの傷が塞がるまで、三日かかった。
「もう平気だってば」
宿の一室で、ネリスが、包帯の上から脇腹をさすりながら言う。
「平気でも、あと一日」
ミラが、きっぱりと言う。
「ミラが言うなら、しょうがない」
ネリスが、渋々、布団に戻った。
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三日後、五人は、ようやく門の前に立った。
「今日から、また四層だ」
カインが、いつもより静かな声で言う。
「五層じゃなくて?」
ネリスが、少し意外そうに聞く。
「五層は、まだ早い」
カインが、はっきりと言う。
「今の俺たちじゃ、また同じことになる」
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「賛成」
ダダが、即座に頷く。
「地力、もう一段上げてからだ」
「賛成」
ミラも続く。
「賛成」
ノリアが、静かに頷いた。
五人の意見は、迷いなく揃っていた。
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門をくぐり、二層、三層を抜けて、四層へ向かう。
「今日は、慎重にな」
カインが、念を押すように言う。
「わかってる」
ダダが、盾を構え直す。
以前より、その動きに、慎重さが増していた。
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四層の蛾の群れと遭遇する。
「数、確認」
カインが、まず言う。
「五体。前より少ない」
ネリスが、耳を伏せて答える。
「対処できる範囲だな」
「業火弾、使うか」
ノリアが聞く。
「もったいない。ファイアで十分」
カインが、冷静に判断する。
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「ファイア」
ノリアの一撃が、群れの一部を捉える。
「ダダ、押し込め」
「了解」
ダダの盾が、怯んだ群れに突っ込む。
ネリスの爪が、確実に一体を仕留める。
戦闘は、以前よりずっと、落ち着いていた。
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「終わった」
カインが、剣を鞘に収めながら言う。
「あっさりだったな」
「あっさりに見えるのは、慎重にやってるからだ」
ダダが、静かに訂正する。
「無理して押し込まない。今日は、それだけを守った」
その言葉に、五人は、それぞれ頷いた。
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魔石を拾い集めながら、奥へ進む。
「今日は、ここまでにしよう」
カインが、早めに切り上げる判断をする。
「五層前室までは、行かないのか」
ネリスが聞く。
「行かない。今日は、四層で稼ぐだけ」
「賛成」
ダダが、即座に頷いた。
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それから、数日間、同じ調子で四層に潜った。
慎重に、無理をせず、確実に。
「今日も、綺麗に終わったな」
カインが、帰り道、呟くように言う。
「綺麗に終わるのが、当たり前になってきた」
ダダが、静かに答える。
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ある晩、宿の食堂で、ノリアが、ふと口を開いた。
「あの日のこと、まだ、たまに思い出す」
誰も、聞き返さなかった。
言わなくても、皆、同じ日のことだとわかっていた。
「あの人たちの、悲鳴」
ノリアの声が、わずかに震える。
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「私も」
ミラが、静かに言う。
「忘れられない。たぶん、しばらくは」
「忘れなくていいと思う」
カインが、静かに言う。
「忘れたら、今日みたいな慎重さも、なくなる気がする」
その言葉に、皆、それぞれ頷いた。
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「怖いままでいい、ってことか」
ネリスが、確認するように聞く。
「怖いままで、でも、前には進む」
カインが、答える。
「その両方を、抱えたままでいい」
言葉にするのは簡単ではなかったが、それが、今の五人にとって、一番正直な答えだった。
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数日分の稼ぎがまとまった頃、五人は、アプレイザルへ向かった。
「また皆さんで」
鑑定士が、いつもの調子で迎える。
「また皆さんで、です」
カインが、いつもの台詞を返す。
その声に、以前より落ち着いた響きがあった。
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まず、ダダから。
「盾役、レベル6ですね」
「6、か」
ダダが、静かに頷く。
「慎重にやってても、ちゃんと上がるもんだな」
「慎重にやったからこそ、かもしれません」
鑑定士が、静かに付け加えた。
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次、ネリス。
「斥候、レベル6」
「6……傷、負ったのに」
ネリスが、少し驚いた顔をする。
「無駄な戦闘を避けて、確実な討伐を積み重ねた結果だと思います」
鑑定士の言葉に、ネリスは、少し照れくさそうに笑った。
「怪我した甲斐、あったってことにしとく」
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「魔術師、ノリアさん」
呼ばれて、ノリアが台の前に立つ。
「レベルは、5のままですね」
「変わらず、か」
ノリアが、少し落胆する。
「ただ」
鑑定士が、続ける。
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「習得呪文の状況に、変化があります」
「変化?」
「第一階梯、火花炎。使用回数、7回に増えています」
「7回……」
ノリアが、自分の手を見つめる。
「第二階梯、静黙も、4回に増えています」
「両方とも……」
「それだけでは、ありません」
鑑定士が、続ける。
「第三階梯、業火弾。使用回数も、2回に増えています」
「業火弾まで……」
ノリアが、言葉を失う。
一階梯ずつ、確かに、全部が底上げされていた。
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「それと、もう一つ」
鑑定士が、続ける。
「第一階梯で、新しい呪文を習得しています。眠霧です」
一瞬、ノリアが、言葉を失った。
「眠霧……私が?」
「そうです。カインさんに続いて、パーティ内で二人目の習得者になります」
「使用回数は、火花炎と共有です。今の第一階梯の枠は7回なので、火花炎と眠霧、合わせて7回まで使えることになります」
「合わせて、7回……」
ノリアが、自分の手を見つめる。
「新しく覚えたのに、回数が増えるわけじゃないんだ」
「増えるわけではありません。枠を、二つの呪文で分け合う形になります」
鑑定士の説明に、ノリアは、少し考え込むような顔をした。
「それでも、選択肢が増えたのは、確かだ」
その一言に、以前とは違う、落ち着いた納得があった。
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「本当に、私も覚えられたんだ」
ノリアが、震える声で呟く。
「よかったな、ノリア」
カインが、笑いながら言う。
「お前が使えるようになったら、俺、あんまり出番なくなるかもな」
「出番、取り合うことになったりして」
ノリアが、少しだけ、いたずらっぽく笑った。
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「次、ミラさん」
呼ばれて、ミラが台に手を乗せる。
「レベル8ですね」
「8……また、上がった」
ミラが、静かに驚く。
「第三階梯の呪文、使用回数は?」
「群癒、2回に増えています」
「2回……ありがたい」
グラヴォル戦、そして先日の撤退戦の記憶が、まだ生々しく残っていた。
「あれが、もう一回使えるだけで、大分違う」
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「最後、カインさん」
呼ばれて、カインが台の前に立つ。
しばらくして、鑑定士が、顔を上げた。
「レベルは、4のまま変わらずです」
「4のまま、か」
以前のような動揺は、なかった。
「万能士だからな。しょうがない」
カインが、あっさりと言う。
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「気にしないんですか」
鑑定士が、少し意外そうに聞く。
「気にしないわけじゃないけど」
カインが、少し考えてから答える。
「レベルが全部じゃない、ってのは、もう知ってるから」
その言葉には、これまでの積み重ねに裏打ちされた、確かな落ち着きがあった。
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「習得呪文の使用回数は、アルカナ系第一階梯(火花炎・眠霧共有)が2回、ノストス系第一階梯(浄光)も2回に増えています」
鑑定士が、続ける。
「2回か。着実だな」
「着実です」
鑑定士の答えに、カインは、満足そうに頷いた。
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窓口を離れて、外に出る。
「全員、それぞれ伸びたな」
カインが、皆を見回す。
「伸びた」
ダダが頷く。
「ノリアが、眠霧まで」
「私も、驚いてる」
ノリアが、まだ信じられないような顔で言う。
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「これで、五層、また挑めるかな」
ネリスが、ふと言う。
一瞬、空気が、静かになった。
「挑める」
カインが、はっきりと言う。
「怖いのは、変わらない。でも、今日までの積み上げは、無駄じゃない」
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「今度は、もっと慎重に」
ダダが、付け加える。
「危ないと思ったら、すぐ退く。今日みたいに」
「賛成」
ミラが、静かに頷く。
「賛成」
ノリア、ネリスも、続いた。
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フラグメンツに寄ると、ガラントが、五人の顔を見て、静かに聞いた。
「調子は、どうだ」
「レベル、また上がりました」
カインが、答える。
「五層、また挑むのか」
「挑みます。今度は、もっと慎重に」
カインの声に、以前とは違う、落ち着いた覚悟があった。
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「そうか」
ガラントが、短く頷く。
「あの日のこと、忘れるな。だが、飲まれるな」
その言葉には、いつになく、重みがあった。
「忘れずに、飲まれずに、か」
カインが、静かに繰り返す。
「難しいですね、それ」
「難しいから、価値がある」
ガラントが、静かに笑った。
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夜、五人分の丼を前に、カインが、改めて皆を見回した。
「次、五層前室まで行こう。大広間には、まだ挑まない」
「賛成」
ダダが頷く。
「様子を見ながら、少しずつ」
「賛成」
ネリス、ノリア、ミラも、揃って続いた。
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窓の外、夜が更けていく。
あの日の恐怖は、まだ、五人の中に確かに残っていた。
だが、その恐怖に押し潰されるのではなく、抱えたまま、前に進む道を、五人は選んでいた。
積み上げてきた力は、確かに、また一段、厚みを増していた。
いかがでしょうか?
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