第27話「大広間」
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万全の状態で、五人は再び五層前室に立っていた。
「今日は、行くぞ」
カインの声に、これまでとは違う硬さがあった。
「行こう」
ダダが、短く答える。
篝火の傍らでは、あの獣人族の男が、軽く手を挙げて見送ってくれた。
「無理するなよ」
「はい」
短いやり取りを交わし、五人は、大広間の入り口へと進んだ。
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入り口をくぐった瞬間、空気が変わった。
天井が見えないほど高い。
視界の届く限り、石造りの床が広がっている。
「でかい……」
ネリスが、思わず呟く。
声が、かすかに反響した。
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遠くに、いくつもの影が見えた。
大きな獣の群れ、甲殻に覆われた集団、植物のような何か。
それぞれが、思い思いの場所を、ゆっくりと徘徊していた。
「あれ、全部別々の群れか」
カインが、目を凝らす。
「別々みたいだな。今のところ、近づいてはいない」
ダダが、慎重に周囲を見渡す。
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「一番近いの、どれだ」
カインが聞く。
「右手前、獣の群れ。狼っぽい」
ネリスが、耳を伏せて答える。
「数は」
「五、六体」
「それなら、なんとかなりそうだ」
カインが、剣を構え直す。
「慎重に行くぞ」
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狼のような魔物の群れが、五人に気づき、一斉に振り返った。
「来る!」
ダダが、盾を構える。
群れが、統率の取れた動きで、左右に分かれながら迫ってきた。
「囲む気か」
カインが、舌打ちする。
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「ダダ、正面!ネリス、右!」
カインが、指示を飛ばす。
「了解!」
ダダが、正面から突っ込んでくる一体を受け止める。
ネリスが、右に回り込んだ一体を、爪で牽制する。
「ファイア!」
ノリアの一撃が、群れの中心を捉えた。
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炎の爆発で、二体が怯む。
「今のうちに!」
カインが、怯んだ一体に斬りかかる。
刃が、確かな手応えとともに、獲物を仕留めた。
「一体、いった!」
だが、残りの群れは、怯みながらも統率を崩さなかった。
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「まだ、いるぞ!」
ダダが、盾で一体を弾き飛ばす。
その時、遠くで、地面を叩くような重い音が響いた。
「今の、なんだ」
カインが、音のした方向を振り返る。
甲殻の集団が、こちらに向かって、動き出していた。
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「まずい、そっちも来た」
ダダが、低く呟く。
「なんで、こっちに」
ネリスが、焦った声を出す。
「戦闘音に、反応したのかもしれない」
ミラが、青ざめた顔で言う。
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狼の群れと、甲殻の集団。
二つの脅威が、同時に五人を捉えようとしていた。
「くそっ、挟まれる!」
カインが、剣を握り直す。
「一旦、下がるか」
ダダが、判断を仰ぐように言う。
「まだ、いける!」
カインの声には、まだ余裕を装う響きがあった。
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だが、その判断は、甘かった。
甲殻の集団が、狼の群れと交差するように、五人を取り囲み始めた。
「囲まれた」
ネリスの声が、初めて震えた。
「くっ……」
カインが、周囲を見回す。
逃げ道が、急速に狭まっていくのがわかった。
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「ダダ、道を作れ!」
カインが叫ぶ。
「作る、が……」
ダダの盾が、同時に二方向からの攻撃を受け、大きく軋んだ。
「重い……両方は、無理だ!」
ダダの声に、初めて、切迫した響きが混じった。
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一体の狼が、隙間を縫って、ミラに飛びかかった。
「危ない!」
ネリスが、とっさに割り込む。
爪が、狼の顎を弾いたが、その代償に、ネリス自身が横腹を鋭く抉られた。
「うあっ!」
ネリスが、崩れ落ちる。
「ネリス!」
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「浄光!」
ミラが、すぐに光を当てる。
だが、傷は、応急処置で塞がるほど浅くなかった。
「まだ動ける?」
「動ける……けど」
ネリスの声に、明らかな無理があった。
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「退くぞ!」
カインが、ついに叫んだ。
「全員、前室方向へ!」
「賛成だ!」
ダダが、即座に応じる。
だが、退路にも、既に甲殻の一体が回り込んでいた。
「そっちも塞がれてる!」
ノリアが、悲鳴に近い声を上げる。
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「業火弾、まだ戻ってないよな」
カインが、確認するように聞く。
「戻ってない……でも」
ノリアが、震える手を、それでも構える。
「ファイア、まだ撃てる」
「頼む!」
「ファイア!」
炎が、退路を塞いでいた甲殻を、正面から捉えた。
甲殻が、大きく怯む。
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「今しかない!」
カインが叫ぶ。
「走れ!」
ダダが、盾でネリスを庇いながら、道を切り開く。
ミラが、ネリスの肩を支える。
ノリアが、最後尾で、追ってくる敵を牽制しながら続いた。
五人は、来た道を、必死に駆け戻った。
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前室の光が、見えてくる。
「もう少し!」
カインの声に、皆が最後の力を振り絞る。
篝火の明かりに飛び込んだ瞬間、追ってきていた魔物たちの気配が、ふっと消えた。
五人は、その場に崩れるように座り込んだ。
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「はぁ……はぁ……」
カインが、荒い息を繰り返す。
「みんな、生きてるか」
「生きてる……ネリス以外は、なんとか」
ダダが、答える。
「ネリス!」
カインが、慌てて駆け寄る。
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「痛い……けど、大丈夫」
ネリスが、脂汗を浮かべながら、弱々しく笑う。
「浄光じゃ、足りない」
ミラが、青ざめた顔で言う。
「もっと、強い治療が」
「わかってる」
カインが、震える声で答える。
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篝火の傍らにいた、あの獣人族の男が、すぐに駆け寄ってきた。
「大丈夫か!」
「傷が、深くて……」
ミラが、震える手でネリスの傷を押さえながら言う。
「見せてみろ」
男が、手早く傷を確認する。
「これは、応急でどうにかなる。だが、街の治療院は必須だ」
男の判断は、迷いがなかった。
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「すまない、油断した……全部、俺の判断ミスだ」
カインが、拳を握りしめながら、絞り出すように言う。
「あそこで退くべきだった。それなのに、まだいけるとか、言って」
「今更、責めても仕方ない」
男が、静かに、だが厳しく言う。
「大事なのは、今、生きて戻ってきたことだ」
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「でも……」
「聞け」
男の声が、少し強くなった。
「撤退も、実力のうちだ。無傷で勝つことだけが、正解じゃない」
「無傷じゃない。ネリスが……」
「生きてる。それが、一番大事なことだ」
男の言葉には、経験に裏打ちされた重みがあった。
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「俺たちも、何度も同じ思いをしてきた。退くべき時に退けなくて、痛い目を見たことも、ある」
男が、遠くを見るような目をする。
「今日、お前たちは、退くという判断が、できた。それだけでも、十分な成長だ」
その言葉に、カインは、何も言い返せなかった。
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その時だった。
大広間の奥から、複数の悲鳴が、はっきりと聞こえてきた。
「今の……」
ミラが、青ざめる。
篝火の周りにいた冒険者たちが、一斉に、大広間の方向を見た。
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「あれは……」
男の顔が、険しくなる。
遠く、大広間の中央付近で、複数の人影が、魔物の群れに囲まれているのが見えた。
「別のパーティか」
カインが、震える声で言う。
「そうだ。俺たちの見知った、若手のパーティだ」
男の声に、焦りが滲んだ。
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「助けに、行かないんですか」
カインが、思わず聞く。
「行きたい。だが」
男が、拳を握りしめる。
「距離が、遠すぎる。今から向かっても、間に合わない」
その言葉が、残酷な現実として、その場に落ちた。
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遠くの悲鳴が、次第に、数を減らしていく。
一つ、また一つと、声が消えていった。
「やめて……」
ミラが、両手で口を覆う。
誰も、何も言えなかった。
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やがて、最後の声も、聞こえなくなった。
大広間の中央、人影があった場所には、もう何も動くものがなかった。
魔物の群れだけが、何事もなかったかのように、その場を離れていく。
「終わった……のか」
カインが、掠れた声で言う。
「終わった」
男が、短く答える。
その声には、何度目かもわからない、深い疲労がにじんでいた。
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「あの人たち……」
ノリアが、声を震わせる。
「助けは……」
「後で、ギルドに報告が行く。パクトが、動く」
男が、静かに言う。
「それだけだ。俺たちにできるのは、それだけしかない」
その言葉の重さが、五人の胸に、深く沈んだ。
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しばらく、誰も口を開かなかった。
篝火の炎だけが、静かに揺れていた。
「これが、五層、なんですね」
カインが、ようやく、絞り出すように言う。
「これが、五層だ」
男が、静かに頷く。
「甘く見ていい場所じゃない。今日、それを、身をもって知っただろう」
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「俺たち、今日は、これで戻ります」
カインが、皆を見回しながら言う。
「戻ろう」
ダダが、頷く。
ネリスを支えながら、五人は、ゆっくりと立ち上がった。
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「また来い」
男が、静かに言う。
「今日みたいなことも、含めて、ここは、そういう場所だ」
「はい」
カインが、深く頭を下げる。
その頭は、以前よりも、ずっと重かった。
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四層、三層、二層、一層と、五人は、来た道を、静かに戻っていった。
誰も、多くを語らなかった。
ただ、ネリスの足取りを支える手だけが、いつもより、しっかりと組まれていた。
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門を抜けて、外に出る。
日は、もう傾き始めていた。
「リカバリーに、直行だ」
カインが、静かに言う。
「うん」
ネリスが、弱々しく頷いた。
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リカバリーの窓口で、治療師が、ネリスの傷を見て、すぐに処置室へ運んだ。
待合室で、四人は、ただ黙って座っていた。
「今日、死んでたかもしれない」
カインが、ぽつりと呟く。
「誰か一人でも、ミス一つで」
「でも、生還した…」
ダダが、静かに答える。
「そうだけど……」
「生還した。それが大事」
ダダが、繰り返す。
その言葉に、カインは、それ以上何も言えなかった。
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しばらくして、治療師が、処置室から出てきた。
「傷は塞がりました。今日は、安静に」
「ありがとうございます」
カインが、深く頭を下げる。
安堵で、体から力が抜けていくのがわかった。
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その夜、宿の一室に、五人が集まった。
ネリスは、包帯を巻かれたまま、ベッドに横たわっていた。
「みんな、心配かけて、ごめん」
ネリスが、小さく笑う。
「謝るな」
カインが、静かに言う。
「俺の判断が、遅かった」
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「今日、見た」
ノリアが、ぽつりと言う。
「あのパーティ。私たちと、そんなに変わらない人数に見えた」
誰も、答えなかった。
答えようがなかった。
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「五層、怖いところだな」
カインが、天井を見上げながら呟く。
「怖い」
ダダが、素直に認める。
「怖いけど」
ミラが、静かに続けた。
「今日、私たちは、戻ってこれた。それは、忘れちゃいけないと思う」
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「次、行くときは」
カインが、皆を見回す。
「もっと、慎重に。退く判断も、もっと早く」
「賛成」
ダダが、頷く。
「賛成」
ノリア、ミラも、静かに続いた。
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ネリスが、横になったまま、小さく手を挙げる。
「私も、賛成」
その声には、痛みの中にも、確かな意志があった。
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窓の外、夜が更けていく。
五層の記憶は、まだ生々しく、五人の中に残っていた。
だが、それでも、明日への一歩を、五人は、まだ止めていなかった。
いかがでしょうか?
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