第26話「五層前室」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
いよいよ5層です・・・
お楽しみいただけましたら幸いです。
翌日、五人は、万全の状態で四層のボス部屋へ戻った。
「今日は、通り抜けるだけだな」
カインが、階段を見下ろしながら言う。
「通り抜けるだけ、で済むといいけど」
ネリスが、少し緊張した声で答える。
五人は、慎重に、階段を降り始めた。
---
階段を降りきると、そこは、これまでとは明らかに違う空間だった。
石造りの通路ではなく、ちょっとした広間のような場所が広がっている。
「ここ、五層か?」
カインが、辺りを見回しながら言う。
「いや」
ダダが、奥を指差す。
さらに先に、巨大な空間へと続く、大きな入り口が見えていた。
「あれが、大広間だろうな」
「じゃあ、ここは」
---
広間には、篝火が焚かれ、いくつかの天幕が張られていた。
数人の冒険者たちが、思い思いに休んでいる姿が見えた。
「野営地……なのか、ここ」
ミラが、驚いたように呟く。
「迷宮の中に、こんな場所があるとは思わなかった」
---
近づくと、篝火の傍らに座っていた一団が、五人に気づいた。
「おや、新顔だな」
年配の獣人族の男が、声をかけてくる。
「こんにちは。四層を、今日抜けてきたところで」
カインが、少し緊張しながら答える。
---
「四層抜けたばかりか。そりゃあ、まだ肩の力抜けてないだろう」
男が、笑いながら、隣の空いた場所を指す。
「座っていけ。ここは、そういう場所だ」
「そういう場所?」
「五層に挑む前に、一息つく場所。俺たちみたいに、長くここにいる連中もいる」
---
「長く、って」
カインが、聞き返す。
「俺たちは、もう三年、ここが定位置だ」
男が、あっさりと言う。
「三年……六層に、まだ」
「まだ、抜けられてない」
男の答えは、思ったより軽かった。
---
「落ち込んでるように見えるか?」
男が、カインの顔を見て、笑う。
「いや……正直、少し」
「最初はな、俺たちも堪えた。だが、今は違う」
男が、篝火を見つめながら続ける。
「五層までで稼げる魔石だって、十分な稼ぎになる。六層に行けなくても、俺たちの暮らしは、ちゃんと成り立ってる」
---
「悔しくないんですか」
ネリスが、思わず聞く。
「悔しくない、と言えば嘘になる」
男が、正直に答える。
「だが、悔しさだけで生きていけるほど、人生は長くない。俺たちは、俺たちのやり方で、この迷宮と付き合ってる」
その言葉には、諦めとは違う、確かな重みがあった。
---
「壁、ってどんな感じなんですか」
カインが、恐る恐る聞く。
「聞いてどうする」
「知っておきたくて。俺たち、今日これから挑むつもりだったので」
「今日?」
男が、少し驚いた顔をする。
---
「やめとけ、とは言わない。だが」
男が、周囲の仲間を見回す。
「今日は、やめとけ」
「なんでですか」
「お前ら、今、万全か? 呪文のチャージ、体力、全部」
図星だった。
四層のボスとの死闘で、五人の力は、まだ完全には戻っていなかった。
---
「ここでも、多少は休める」
男が、篝火を指す。
「体力は、ここの火で、多少戻る。だが」
「だが?」
「呪文のチャージは、ここじゃ戻りきらない。あれは、ヘクサインでの、ちゃんとした休息が要る」
「本当ですか」
カインが、思わず確認する。
---
「本当だ。俺たちも、最初はここで粘って、無理して挑んだ。結果は、散々だった」
男が、苦笑いする。
「壁は、万全でも通れるとは限らない。万全じゃなきゃ、通れる確率は、もっと下がる」
その言葉に、五人は、顔を見合わせた。
---
「壁って、具体的には、どんな」
ダダが、慎重に聞く。
「大広間を抜けて、六層への入り口に立った瞬間、来る」
男が、静かに言う。
「めまいがして、気づいたら、また大広間の入り口に戻されてる。俺の連れの一人は、体が固まって、指一本動かせなくなった」
「痛みは」
「ない。ただ、拒まれてる、ってのだけは、はっきりわかる」
---
「全員一緒に、来るんですか。それとも」
ミラが聞く。
「バラバラだ」
男が、首を振る。
「俺の連れは四人。今まで、俺ともう一人は、一度も弾かれたことがない。だが、残り二人は、何十回挑んでも駄目だ」
「同じパーティなのに」
「同じパーティでも、迷宮は、一人一人を別々に見てるんだろうな」
男の言葉に、五人は、それぞれ、自分自身に置き換えて考えずにはいられなかった。
---
篝火の向こう側で、静かに座っていた二人が、こちらを見ていた。
一人はドワーフの女性、もう一人はヒューマンの若い男だった。
「あの二人が、その」
カインが、言いかけて、言葉を選ぶ。
「弾かれ続けてる二人だ」
男が、代わりに言った。
「本人たちの前で言っちまって悪いが、隠すことでもないからな」
---
ドワーフの女性が、小さく笑って手を振った。
「気にしなくていい。もう、慣れた」
「慣れた、って言えるまで、長かったですか」
ミラが、そっと聞く。
「長かった。最初の一年は、毎回、心が折れかけてた」
女性が、篝火に目を落としながら、静かに続けた。
「でも、ある時から、六層に行くことだけが、冒険者としての正解じゃないと思えるようになった」
---
「今は、この前室と大広間で稼ぐ生活、悪くないと思ってる」
隣のヒューマンの男も、頷きながら言う。
「他の三人が、いつか俺たちを置いて先に行っても、それはそれでいい。応援する」
「置いていかない」
先ほどの獣人族の男が、すかさず口を挟む。
「誰も、そんなこと決めてない」
その一言に、二人が、少し照れたように笑った。
---
「パーティって、そういうものなんですね」
カインが、その様子を見ながら、ぽつりと言う。
「先に行けるやつが、置いていく必要はない。待てるなら、待てばいい」
獣人族の男が、静かに言う。
「ただし、それは、待たれる方の気持ち次第でもある。無理に待たせるのも、時には残酷だからな」
その言葉には、簡単には答えの出ない重みがあった。
---
「今日、無理して挑んで、誰かだけ弾かれたら」
カインが、ぽつりと言う。
「後悔するかもしれない、そのまま」
「だろうな」
男が、頷く。
「だから、万全な状態で挑め、って言ってるんだ。せめて、実力を出し切った上での結果にしろ」
その言葉には、実感のこもった重みがあった。
---
「ありがとうございます」
カインが、深く頭を下げる。
「今日は、大広間の様子だけ見て、一旦戻ります」
「それがいい」
男が、満足そうに頷いた。
「また来い。ここは、いつでも誰でも歓迎する場所だ」
---
篝火を離れ、五人は、大広間の入り口まで歩いた。
巨大な空間が、奥まで見渡せないほど広がっている。
複数の魔物の気配が、あちこちに点在しているのが、遠目にもわかった。
「これは……確かに、今日挑む場所じゃないな」
カインが、正直に呟く。
「今日は、見るだけで十分」
ダダが、静かに頷いた。
---
「あの人たち、三年か」
ネリスが、篝火の方を振り返りながら言う。
「三年、同じ場所にいて、それでも笑ってた」
「悔しさを、ちゃんと抱えながら、な」
ダダが、付け加える。
「悔しさだけで生きてない、って言葉、なんか刺さったな」
カインが、静かに言う。
---
前室を出て、四層、三層と、来た道を戻っていく。
「今日は、収穫なかったわけじゃないよな」
カインが、皆に確認するように言う。
「なかった。むしろ、大きい」
ミラが、頷く。
「万全じゃないと挑めない、って知れただけでも」
「知らずに突っ込んでたら、危なかったかもな」
---
門を抜けて、外に出る。
日は、まだ高いところにあった。
「今日は、早めに休もう」
カインが言う。
「早めに休んで、明日以降、しっかり整えてから、また五層前室まで行く」
「賛成」
ダダが頷く。
「賛成」
ネリス、ノリア、ミラも、揃って続いた。
---
ヘクサインに戻り、五人は、それぞれの部屋で、ゆっくりと体を休めた。
「呪文のチャージ、戻るといいけど」
カインが、寝る前に、自分の手を見つめながら呟く。
答えは、明日にならないとわからなかった。
だが、今日知ったことは、確かに、これから先の指針になっていた。
五層は、まだ先にある。
だが、その先に立つための準備は、着実に整いつつあった。
いかがでしょうか?
さて、どうなるかご注目ください。
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
よろしくお願いいたします。




