第23話「六人の壁」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
三層に潜り始めて、数日が経っていた。
「今日も、変わらず甲殻型だな」
カインが、剣を構えながら言う。
「変わらないのが、今はありがたい」
ダダが、盾を構え直しながら答える。
地道な稼ぎには、地道な稼ぎなりの安心感があった。
---
分岐を進んでいると、遠くから、悲鳴のような声が響いた。
「今の、人の声か」
ネリスが、耳を伏せて足を止める。
「モンスターの擬態、じゃないよな」
カインが、警戒しながら聞く。
「違う。本物の声」
ネリスの耳が、声のした方向を捉えていた。
---
駆けつけると、四人組の冒険者が、壁際に追い詰められていた。
見覚えのある顔ぶりだった。
「あの時の」
カインが、思わず声を上げる。
以前、ボス部屋の場所を教えてくれた、あの四人組だった。
---
彼らを囲むように、甲殻型が五体、群れをなしていた。
一人が、既に片膝をついている。
「囲まれてる」
ダダが、状況を見て取る。
「数、多すぎる。あの人数じゃ無理だ」
---
「行くぞ!」
カインが叫ぶと同時に、ダダが盾を構えて走り出した。
「私も」
ミラが、すぐに続く。
ダダとミラ、二人の足が、迷わず前へ出た。
---
だが、カインが一歩踏み出した瞬間。
見えない壁に、体ごと弾かれた。
「うわっ!」
尻もちをつくように、後ろへ弾き返される。
「なんだ、今の」
カインが、呆然と自分の手を見つめる。
---
「カイン!」
ネリスが、駆け寄る。
「大丈夫??」
「大丈夫、だけど……」
もう一度、前へ踏み出そうとする。
だが、同じように、見えない壁に阻まれた。
「入れない」
---
その間にも、ダダとミラは、既に戦闘に加わっていた。
「引きつける!」
ダダの盾が、甲殻型の突進を受け止める。
「浄光!」
ミラの光が、傷ついた冒険者の一人を包んだ。
二人は、何の障害もなく、戦いの輪の中にいた。
---
「なんで、ダダとミラは入れて、俺は入れないんだ」
カインが、見えない壁を、何度も押してみる。
そのたびに、同じ抵抗に跳ね返された。
「わからない」
ネリスが、隣で同じように手を伸ばすが、彼女もまた、同じ壁に阻まれた。
「私も、入れない」
---
「私も」
ノリアが、静かに言う。
三人とも、同じように弾かれていた。
「なんで、ダダとミラだけ」
カインの声に、焦りがにじむ。
答えは、誰にもわからなかった。
---
戦況は、ダダとミラの参戦で、目に見えて変わっていった。
「盾の兄ちゃん! そっちの二体、任せた!」
四人組の一人が叫ぶ。
「任された!」
ダダの盾が、二体の突進を同時に受け止める。
---
「浄光!」
ミラの光が、次々と怪我人を包んでいく。
四人組の顔に、初めて余裕のようなものが戻り始めた。
「助かった……本当に、助かった」
一人が、荒い息の中で呟く。
---
外から見ているしかない三人は、もどかしさに歯を食いしばっていた。
「何もできないのか、俺たち」
カインが、拳を握る。
「叫ぶくらいはできる」
ネリスが、声を張り上げる。
「右!右から来てる!」
四人組の一人が、はっと振り返り、間一髪で攻撃を避けた。
---
「聞こえてるみたいだ」
ノリアが、少し驚いた声を出す。
「壁、音は通すのか」
カインも、すぐに声を張り上げた。
「ダダ! 左の一体、そろそろ弱ってる!」
「了解!」
ダダの返事が、はっきりと届いた。
---
見えない壁の中と外で、声だけが行き来する、奇妙な連携が生まれていた。
「これなら、できることがある」
カインが、少し落ち着きを取り戻す。
「状況、俺たちの方がよく見えてる」
外からの方が、全体を俯瞰しやすいという利点もあった。
---
「ミラ! そっちの人、まだ動けそう!後回しでいい!」
ネリスが、叫ぶ。
「わかった!」
ミラの声が、迷いなく返ってくる。
優先順位の判断を、外からの声が支えていた。
---
残る甲殻型が、二体になった。
「もう少しだ!」
ダダの声に、力がこもる。
「ノリア、ファイア届くか、この距離!」
カインが聞く。
「届く、と思う」
ノリアが、壁の外から手をかざす。
「ファイア!」
炎が、壁を越えて飛んでいった。
---
「魔法は、通るのか」
カインが、驚いた声を出す。
炎は、確かに一体を捉え、燃え上がらせていた。
「人は弾かれるけど、呪文は通る、ってことか」
理屈はわからなかったが、事実として、そこにあった。
---
最後の一体を、ダダとミラ、そして四人組の力で、ようやく仕留めた。
「終わった……」
四人組の一人が、その場に座り込む。
「本当に、助かりました」
リーダーらしき男が、荒い息のまま、頭を下げた。
---
戦闘が終わった瞬間、カインたちを阻んでいた見えない壁が、ふっと消えた。
「あ」
カインが、恐る恐る前に足を出す。
今度は、何の抵抗もなく進めた。
「消えた」
「戦闘が終わったから、なのか」
ネリスも、同じように歩み寄る。
---
「大丈夫でしたか」
カインが、四人組に駆け寄る。
「大丈夫です。あなたたちのおかげで」
リーダーが、改めて頭を下げる。
「無理しすぎました。三層の稼ぎ、思ったよりきつくて」
「わかります、その気持ち」
カインが、苦笑しながら答えた。
---
「それにしても」
リーダーが、ふと、不思議そうな顔をする。
「さっき、あなただけ、途中から入ってこられなかったですよね」
「はい。見えない壁みたいなのに、弾かれて」
「見たことあります、それ。人数の関係じゃないですか」
「人数?」
カインが、聞き返す。
---
「うちが四人、そちらのダダさんとミラさんが二人。合わせて、六人」
リーダーが、指を折りながら説明する。
「一チームの上限、六人って聞いたことがあります。それ以上は、多分、入れないんじゃないかと」
「六人……」
カインが、絶句する。
---
「ヘクサインの名前の由来も、そこから来てるらしいですし」
リーダーが、続ける。
「一チーム六人までって、ギルドの規定でしたよね」
「規定は知ってたけど、まさか、ダンジョンそのものが、それを守らせてくるとは」
カインが、呆然と呟く。
---
「わからないことだらけだな、これも」
ダダが、盾を下ろしながら言う。
「わからないこと、増える一方だ」
カインが、力なく笑う。
だが、その声には、不満よりも、驚きの方が大きかった。
---
「本当に、ありがとうございました」
リーダーが、改めて礼を言う。
「うちらは、今日はもう引き上げます。無理して、これですから」
苦笑いしながら、四人が、通路の奥へ歩き去っていく。
「お互い、気をつけましょう」
カインが、その背中に声をかけた。
---
五人だけになると、しばらく、誰も口を開かなかった。
「今の、なんだったんだろうな」
カインが、改めて呟く。
「六人の壁、って呼べばいいのか」
ダダが、静かに言う。
「六人の壁」
その響きが、妙にしっくりきた。
---
「俺が弾かれたのは、たまたま七人目だったから、ってことだよな」
カインが、確認するように言う。
「たまたま、というか」
ミラが、少し考えながら言う。
「先に踏み込んだのが、私とダダだった。それだけの話、かもしれない」
「じゃあ、最初に俺が踏み込んでたら」
「たぶん、カインが入れて、私かダダが弾かれてた」
ミラの推測に、誰も反論できなかった。
---
「運みたいなもんか」
ネリスが、肩をすくめる。
「運か、順番か、それとも別の何かか」
カインが、腕を組む。
「わからない、ってことだけは、はっきりしてる」
その言葉に、皮肉な納得感があった。
---
「でも」
ノリアが、ふと口を開く。
「壁の外からでも、できることはあった」
「そうだな」
カインが、頷く。
「声で指示出したり、魔法だけ届かせたり」
「完全に無力、ってわけじゃなかった」
その事実が、三人の中に、小さな手応えとして残っていた。
---
「今度、同じことがあったら」
カインが、皆を見回す。
「今日みたいに、慌てるんじゃなくて、最初から役割分担、考えられるかもな」
「六人の壁を、前提にした動き方、ってことか」
ダダが、確認する。
「そういうこと」
カインの声に、少しずつ、落ち着きが戻ってきていた。
---
魔石を拾い集め、五人は、いつもの帰路についた。
「今日は、レベル上げのつもりが、思わぬ発見の日になったな」
カインが、空を見上げながら言う。
「発見って言うには、謎が増えただけな気もするけど」
ネリスが、突っ込む。
「謎が増えるのも、収穫のうちだろ」
カインの答えに、ネリスは小さく笑った。
---
門を抜けて、外に出る。
「今日のこと、アーカイブに報告した方がいいかもな」
ダダが、ふと言う。
「六人の壁、正式に記録されてるのか、気になるし」
「明日、寄ってみるか」
カインが、頷く。
三層でのレベル上げは、まだ続いていた。
だが、その道のりには、思いがけない発見が、確かに一つ、積み重なっていた。
いかがでしょうか?
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
よろしくお願いいたします。




