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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第22話「遠回りの近道」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

翌朝、宿を出る前に、ミラがネリスの肩を確認した。


「痛みは?」


「もう平気。昨日の浄光で、大分楽になった」


「本当に平気か、リカバリーでもう一度診てもらう?」


「大袈裟だって」


ネリスが笑うが、ミラは、しばらくその肩を見つめていた。


「念のため、寄っていこう」


---


リカバリーの窓口で、簡単な診察を受ける。


「傷、綺麗に塞がってますね」


治療師が、ネリスの肩を軽く押しながら言う。


「ノームの回復魔法、質がいいんでしょう」


「うちのミラ、優秀なので」


カインが、横から得意げに言う。


「本人の前で言うな、恥ずかしい」


ミラが、小さく顔を背けた。


---


リカバリーを出ると、五人はまっすぐアーカイブへ向かった。


「昨日の蛾、調べてもらえますか」


カインが言うと、司書が、心得たように棚へ向かう。


「翅に紋様のある、飛行型ですね。記録、あります」


古い記録帳を、何冊か持ち出してくる。


---


「弱点、書いてあるんですか」


ダダが、身を乗り出す。


「弱点というより、有効な対処法、ですね」


司書が、記録帳を広げる。


「二つ、記されています」


---


「一つは、業火弾。第三階梯の攻撃呪文で、範囲内の敵集団に中程度のダメージを与えます。群れごと一気に焼く形になるので、数の多さがそのまま弱点に変わります」


「業火弾……」


ノリアが、自分の手を見つめる。


「私、まだ第一階梯しか」


「もう一つは、静黙です」


司書が、続ける。


「敵集団の魔法使用を封じる呪文。数を減らせなくても、遠距離攻撃さえ封じてしまえば、あとは接近戦に持ち込める、という記録があります」


---


「静黙なら、ノリアがもう覚えてる」


カインが言う。


「覚えてる、けど、まだチャージ1回」


ノリアが、正直に答える。


「一回じゃ、あの数には足りなかった」


昨日の記憶が、まだ生々しく残っていた。


---


「業火弾の方は、私には無理」


ノリアが続ける。


「第三階梯まで、まだ距離がある」


「距離、どのくらい」


カインが聞く。


「わからない。レベルがどこまで必要か、決まってるわけじゃないから」


正直な答えに、カインは腕を組んだ。


---


「参考までに」


司書が、別のページをめくる。


「過去の記録では、第三階梯に届いた魔術師の平均レベルは、大体6~7前後です。ただし、あくまで平均で、ノリアさんのように魔力量が突出している場合、当てはまらない可能性もあります」


「6から7か……」


ノリアが、今のレベル4との差を、頭の中で数えているようだった。


「遠い、な」


「遠いです」


司書の答えは、素っ気ないほど正直だった。


---


「静黙のチャージを増やす方法は?」


ミラが聞く。


「使用回数を重ねること以外に、確立された方法はありません。地道に使って、慣れさせるしかない、というのが記録上の結論です」


「地道に、か」


カインが、ため息交じりに呟く。


「地道が一番早い、ってことも、あるだろ」


ダダが、あっさり言う。


「それを言われると、何も言えないな」


---


「あの」


司書が、控えめに口を挟む。


「エンポリアムでは、スクロールも扱っています」


「スクロール?」


カインが、聞き返す。


「呪文を、階梯や適性に関係なく、一度だけ発動できる消耗品です。業火弾のスクロールがあれば、ノリアさんでなくても使えます」


「本当ですか」


カインの声に、期待がにじんだ。


---


「ただし」


司書が、念を押す。


「安くはありません。それに、術者の技量による補正は乗らないので、書いてある通りの、最低限の効果しか出ません」


「最低限でも、群れを一気に焼けるなら、十分な気がするけど」


ダダが言う。


「金額次第だな」


カインが、慎重に答えた。


「ありがとうございます、助かりました」


五人は、礼を言って、アーカイブを後にした。


---


エンポリアムは、ギルド本部から少し外れた、狭い通りの一角にあった。


「ここ、来るの初めてだな」


カインが、店先を見上げながら言う。


棚には、瓶詰めの薬品、丸められた羊皮紙、用途のわからない小道具が、所狭しと並んでいた。


「賑やかな店だな」


ダダが、物珍しそうに見渡す。


---


小人族の店主が、奥から顔を出した。


「いらっしゃい。何をお探しで」


「業火弾のスクロール、あるって聞いたんですけど」


カインが言う。


「ああ、ありますよ。ちょうど昨日、入ってきたばかりで」


店主が、棚の奥から一枚、慎重な手つきで取り出してきた。


---


「これで最後の一枚ですね」


古びた羊皮紙に、見慣れない紋様が描かれている。


「値段は」


カインが聞く。


店主が答えた金額に、五人は、揃って息を呑んだ。


「高いな」


カインが、正直に呟く。


---


「高いのには、理由があるんですよ」


店主が、苦笑しながら説明する。


「第三階梯の呪文をスクロール化するには、それだけ質のいい魔石粉が要る。しかも、業火弾は敵集団を巻き込む分、術式が複雑で、失敗率も高い。売り物になる一枚を作るのに、何枚も失敗作が出てるはずです」


「なるほど、な」


ダダが、納得したように頷く。


---


「静黙のスクロールは?」


ミラが聞く。


「静黙は、正直、需要が少なくて。作り手も、あまりいません。うちには、今、在庫がないですね」


店主が、申し訳なさそうに答えた。


「アーカイブでも、同じこと言われました」


カインが言う。


「そうでしょうね。マイナーな呪文なので」


---


「つまり」


カインが、状況を整理する。


「業火弾はスクロールで買えるけど高い。静黙はノリアが育つのを待つしかない」


「そういうことに、なりますね」


店主が、静かに頷いた。


「一枚くらいなら、無理すれば買えなくもない、ですよね」


ネリスが、財布の中身を思い浮かべながら言う。


「一枚で、四層突破できるとは思えない」


カインが、首を振る。


---


外に出て、五人は、しばらく黙り込んだ。


「今の資金だと、スクロール何回分、買えると思う?」


ネリスが聞く。


「一回、二回が限界」


カインが、正直に答える。


「二回で、四層突破できるとは思えない」


---


「なら」


ミラが、静かに口を開く。


「まずは、三層でレベル上げしよう」


「三層で?」


ネリスが、少し意外そうな顔をする。


「レベルも上がるし、魔石も稼げる。両方、今の私たちに必要なもの」


ミラの提案に、誰も反論しなかった。


---


「ノリアの静黙が育てば、業火弾のスクロールに頼らなくて済むかもしれない」


カインが、続ける。


「私も、育てたい」


ノリアが、はっきりと言う。


「今回、一番悔しかったの、私だから」


その一言に、これまでにない強さがあった。


「ファイア一本でずっとやってきた。でも、静黙を覚えて、選択肢があるって初めて知った」


言葉を、ゆっくりと続ける。


「その選択肢、まだ全然使いこなせてない。悔しいのは、それが一番」


---


「よし」


カインが、皆を見回す。


「当面は、三層でレベル上げと資金稼ぎだ。四層は、それからでいい」


「賛成」


ダダが頷く。


「賛成」


ネリスも続く。


「賛成」


ミラとノリアも、揃って頷いた。


---


「急がば回れ、ってやつだな」


カインが、少し笑いながら言う。


「そのことわざ、便利屋時代によく使ってたよな」


ダダが、思い出したように言う。


「便利屋の座右の銘、みたいなもんだったからな」


万能士になった今でも、その言葉は、変わらず胸の中にあった。


---


その日の午後、五人は、さっそく三層へ向かった。


「今日から、地道な稼ぎだな」


カインが、門をくぐりながら言う。


「地道、嫌いじゃない」


ダダが、盾を構え直しながら答える。


「嫌いじゃないっていうか、得意だよな、お前」


「得意でいいだろ、それで」


軽口を交わしながら、五人は、見慣れた分岐廊下へ降りていった。


---


甲殻型の群れと、いつも通りに渡り合う。


「静黙、使うか」


カインが、ノリアに聞く。


「使う。練習にもなるし」


ノリアが、手をかざす。


「静黙」


小さな群れの動きが、目に見えて鈍った。


「効いてる」


カインが、剣を構えて踏み込む。


---


一体、また一体と、確実に数を減らしていく。


「今日だけで、もう一回使えるようになったな」


戦闘の合間、カインが指摘する。


「本当に?」


ノリアが、自分の手のひらを見つめる。


「チャージ、確かに戻ってる感覚がある」


小さな手応えだったが、確かな前進だった。


---


魔石を拾い集めながら、奥へと進む。


「今日の稼ぎ、悪くないな」


カインが、袋の重みを確かめながら言う。


「悪くない。四層で稼ぐよりは地味だけど」


ネリスが、肩をすくめる。


「地味でも、確実な方がいい。今は」


ダダの言葉に、誰も異論はなかった。


---


日が傾く頃、五人は、三層の入り口まで戻ってきた。


「明日も、同じ調子で行くか」


カインが聞く。


「行こう」


ダダが頷く。


「静黙、もっと育てたい」


ノリアが、静かに、だが確かな声で言った。


---


門を抜けて、外に出る。


「四層、遠回りだけど」


カインが、空を見上げながら呟く。


「この遠回り、案外、悪くないかもな」


誰にともなく、そう言った。


隣で、ダダが小さく頷く。


「悪くない。むしろ、これが一番の近道かもしれない」


その言葉に、五人は、それぞれ小さく笑った。


三層での日々は、まだしばらく続きそうだった。


いかがでしょうか?


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よろしくお願いいたします。

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