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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第21話「退く判断」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

グラヴォルの部屋の奥、開いたままの階段を、五人は改めて見下ろした。


「今日から、四層だな」


カインが、階段に足をかける。


「今日から」


ダダが、頷く。


五人は、慎重に、階段を降り始めた。


---


四層は、三層までとは、空気からして違っていた。


石壁に、うっすらと紋様のようなものが浮かんでいる。


「これ、なんの模様だ」


カインが、壁に触れながら言う。


「触るな」


ダダが、すぐに止める。


「触ってから言うのかよ」


「触った後に気づいた」


正直な答えに、誰も笑えなかった。


---


しばらく進むと、通路の先に、小さな影がいくつも浮かんでいるのが見えた。


「あれ、モンスターか?」


ネリスが、目を凝らす。


「浮いてる、な」


ダダが、警戒しながら盾を構える。


影の正体は、羽を持つ、蛾に似た生き物だった。


翅の模様が、壁の紋様と同じ形をしている。


---


「翅、光ってる」


ミラが、指摘する。


その直後、蛾の群れが、一斉に何かを放った。


「散れ!」


ダダが叫ぶ。


五人が、とっさに散開する。


放たれた光の矢が、地面に突き刺さり、爆ぜた。


「うわっ!」


カインが、爆風に煽られてよろめく。


---


「今の、魔法か」


カインが、体勢を立て直しながら言う。


「魔法。しかも、結構な威力」


ノリアが、緊張した声で答える。


「距離取られると、こっちの攻撃が届かない」


ダダが、舌打ちする。


蛾の群れは、高い位置を飛び回り、近づこうとすると距離を取った。


---


「ノリア、撃ち返せるか」


カインが聞く。


「撃てる、けど」


ノリアが、手をかざす。


「ファイア」


炎が、一体を捉えて撃ち落とす。


だが、残りの群れが、間を置かず反撃してきた。


「散れ、また来る!」


ダダの声に、五人が再び散る。


---


光の矢が、複数同時に降り注ぐ。


一発が、ミラの肩をかすめた。


「痛っ」


「ミラ!」


カインが、駆け寄ろうとする。


「大丈夫。かすっただけ」


強がりながらも、ミラの顔は青ざめていた。


---


「これ、数が多すぎる」


ネリスが、耳を伏せながら言う。


「一体ずつなら、なんとかなるけど」


「群れで来られると、避けきれない」


ダダの声にも、焦りがにじんでいた。


---


「静黙、使えないか」


カインが、ノリアに聞く。


「使える、けど、一回しか撃てない」


「一回でいい。少しでも黙らせろ」


ノリアが、頷き、手をかざす。


「静黙」


光が、群れの一角を包んだ。


数体の動きが、目に見えて鈍る。


---


「効いてる!」


カインが、剣を構えて踏み込む。


だが、静黙が効いていない個体が、すぐに次の矢を放ってきた。


「くっ!」


カインが、辛うじて避ける。


避けた先で、また別の矢が迫っていた。


「囲まれてる」


低く、呟くように言う。


---


「ダダ、前に出て盾で防げるか」


カインが叫ぶ。


「出るのはいいが、囲まれると防ぎきれない」


ダダの声には、いつもの余裕がなかった。


「数が、多すぎる」


その一言が、状況の厳しさを、そのまま表していた。


---


一体の蛾が、ミラを狙って矢を放つ。


「危ない!」


ネリスが、とっさに割り込んだ。


矢が、ネリスの肩に直撃する。


「うあっ!」


ネリスが、崩れ落ちる。


「ネリス!」


ミラが、すぐに駆け寄った。


---


「浄光」


光が、ネリスの肩を包む。


「まだ動ける?」


「動ける……けど、次はきついかも」


正直な答えだった。


ミラの手が、わずかに震えていた。


回復が、追いつかなくなりつつあった。


---


「これ、まずいな」


カインが、周囲を見渡しながら言う。


蛾の群れは、減るどころか、奥からさらに増えてきていた。


「増えてる」


ダダが、低く呟く。


「奥に、まだいるのか」


「わからない。でも、今はっきりしてるのは」


ダダが、一度言葉を切る。


「今のままだと、押し切られる」


---


「退くか」


カインが、皆の顔を見回しながら言う。


一瞬、誰も答えなかった。


「退こう」


最初に頷いたのは、ミラだった。


「これ以上は、私の回復が持たない」


正直な言葉に、誰も反論しなかった。


---


「悔しいけど」


ネリスが、肩を押さえながら言う。


「悔しいけど、今日は無理」


「悔しいのは、みんな同じだ」


カインが、答える。


「だからこそ、ここで意地張って、取り返しつかなくなる方がまずい」


以前のカインなら、言えなかったかもしれない一言だった。


---


「退路、確保する」


ダダが、盾を構えて後ろに回る。


「俺が殿をやる」


「一人にはさせない」


カインが、隣に並ぶ。


「二人で持たせる。ネリス、ミラ、ノリアは先に」


「わかった」


三人が、頷く。


---


「静黙、もう一回撃てるか?」


カインが、ノリアに聞く。


「無理。まだチャージ、戻ってない」


「だよな」


わかりきった答えだったが、確認せずにはいられなかった。


「なら、力任せで道を作る」


---


「ファイア」


ノリアの一撃が、追ってくる群れの先頭を焼く。


その隙に、ネリス、ミラ、ノリアが、通路の奥へ駆け出した。


「ダダ、行くぞ!」


カインが、盾役と並んで後退する。


矢が、二人の周囲に次々と突き刺さった。


---


「くそっ、しつこいな!」


カインが、迫る一体を斬り払う。


「浄光」


自分自身に、応急の光を当てる。


「今、それ使えるのか」


ダダが、驚いた声を出す。


「万能士だからな。使えるうちは、使う」


強がりのようで、強がりではなかった。


---


三層への階段が見えたところで、ようやく、追ってくる蛾の数が減り始めた。


「奥まで、追ってこないのか」


ダダが、警戒しながら言う。


「四層の縄張り、なのかもな」


カインが、息を切らしながら答える。


階段を降りきると、ようやく、五人は足を止めた。


---


「みんな、無事か」


カインが、荒い息のまま、皆を見回す。


「無事……とは言えないけど、生きてる」


ネリスが、肩を押さえながら答える。


「生きてれば、十分だ」


ダダが、短く言う。


---


「ミラ、大丈夫か」


カインが聞く。


「大丈夫。もう魔力、ほとんど残ってないけど」


正直な答えに、カインは頷いた。


「よく持たせてくれた」


「持たせたんじゃなくて、ぎりぎりだった」


ミラの声に、疲労がにじんでいた。


---


三層の見慣れた通路まで戻ると、五人は、その場に座り込んだ。


「四層、思ったよりやばいな」


カインが、天井を見上げながら言う。


「やばい、って一言で済ませられるレベルじゃない気がする」


ネリスが、肩をさすりながら言う。


---


「あの蛾、数がいる限り、真正面から挑むのは無理だ」


ダダが、冷静に分析する。


「数を減らす方法、考えないと」


「静黙、もっと使えるようになれば、少しは楽になる」


ノリアが、悔しそうに言う。


「今の私じゃ、一回しか使えない」


「一回でも、あっただけましだった」


カインが、フォローする。


「それでも、足りなかった」


ノリアの声に、悔しさが滲んでいた。


---


「退いたの、正しかったと思うか」


カインが、ふと、皆に聞く。


「正しかった」


ダダが、即答する。


「あそこで粘ってたら、誰か大怪我してた」


「大怪我じゃ済まなかったかもしれない」


ミラが、静かに付け加えた。


---


「前は、退くって選択肢、あんまり考えなかった気がする」


カインが、呟くように言う。


「前は、俺も無理して突っ込むタイプだったから」


「今日は、ちゃんと止まれたな」


ダダが、静かに言う。


「止まらないと、この先、もっと危ない目に遭う気がした」


カインの答えに、根拠のようなものは、まだ薄かった。


だが、その判断そのものは、確かに正しかった。


---


「四層、対策練ってから、出直すか」


カインが、皆を見回す。


「賛成」


ダダが、頷く。


「賛成」


ネリスも続く。


「賛成」


ミラとノリアも、揃って頷いた。


---


門を抜けて、外に出る。


日は、まだ高いところにあった。


「今日は、早めに切り上げよう」


カインが、力なく笑う。


「早めっていうか、追い返された、が正しい気がする」


ネリスが、突っ込む。


「追い返された、でいいよ。今日は」


素直に認める言葉には、以前にはなかった、落ち着きがあった。


---


エクスチェンジで、少ない魔石を換金し、フラグメンツへ向かう。


ガラントが、五人の顔を見て、すぐに察したようだった。


「今日は、いつもより早いな」


「四層、思ったよりきつくて」


カインが、正直に答える。


「無理せず引いたのか」


「引きました」


「上出来だ」


ガラントの一言に、五人は、少し意外そうな顔をした。


---


「無理して怪我するより、よっぽどいい」


ガラントが、続ける。


「引き際を知ってるパーティは、長く続く。俺は、そういうパーティを、何組も見てきた」


その言葉には、実感のこもった重みがあった。


「逆に、無理して突っ込んで、そのまま戻ってこなかったパーティも、見てきたけどな」


冗談めかした口調だったが、笑えない響きがあった。


---


「明日から、四層対策、考えよう」


カインが、丼を前に、改めて言う。


「対策って、具体的には」


ネリスが聞く。


「まずは、あの蛾の弱点、アーカイブで調べる」


「また司書のとこか」


「また司書のとこ」


短いやり取りに、次への足取りが、静かに定まっていった。


---


夜、宿に戻る道すがら、カインが、ふと立ち止まった。


「今日、退くって決めたの、俺だったよな」


「そうだけど」


隣を歩くダダが、怪訝な顔をする。


「なんか、それが、今日一番、意味あった気がして」


言葉にすると、うまく説明できなかった。


だが、確かに、何かが変わった一日だった。



いかがでしょうか?

そこそこ読んでもらっている様です。

ご遠慮なく、ご要望くださいませ。


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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