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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第20話「万能士」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


カイン、ついに職に就きます。

今後の活躍に注目です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

扉の向こうは、これまでのミラージュとは、明らかに違う空気をしていた。


石壁も魔石の光も同じはずなのに、どこか輪郭が滲んで見える。


「これも、演出か」


カインが、独り言のように呟く。


答える者は、誰もいなかった。


---


部屋の中央に、台座があった。


剣が一振り、その上に置かれている。


「持ってみてください」


背後から、先ほどの年配のドワーフの声がした。


いつの間にか、部屋の隅に立っていた。


「いつからいたんですか」


「最初からです」


「気づかなかった」


「気づかれないよう、控えていましたので」


淡々とした答えに、カインは苦笑するしかなかった。


---


剣を手に取る。


いつもの重さとは、少し違う気がした。


「軽い、ような、重いような」


「感じ方は、人によって違うようです」


「あなたも、経験あるんですか」


「私はありません。これは、未選択のままここまで来た者だけが、手にする剣なので」


言葉の端々に、慎重さがにじんでいた。


---


「構えてみてください」


言われるまま、剣を構える。


その瞬間、目の前の空間が、静かに歪んだ。


石壁が消え、代わりに、見覚えのない訓練場のような場所が広がった。


「これは」


「模擬空間の一種です。心配は要りません」


心配するな、と言われても、心配は消えなかった。


---


奥から、影が現れる。


剣を持った影、杖を持った影、フレイルを持った影。


三つの影が、同時にカインへ向かってきた。


「三体、同時か」


カインが、剣を握り直す。


「対応してください。これが、確認の中身です」


年配の職員の声が、遠くから響いた。


---


剣を持つ影が、最初に踏み込んでくる。


カインは、剣で受け止めた。


「重い」


だが、なんとか押し返せた。


「悪くない」


自分に言い聞かせるように呟く。


---


杖を持つ影が、手をかざす。


炎のようなものが放たれた瞬間、カインの中で、何かが動いた。


「これは」


考えるより先に、体が動いていた。


右手を突き出す。


小さな光が、炎とぶつかり合い、相殺した。


「今の、俺が?」


自分の手を、まじまじと見つめる。


「見た通りです」


職員の声には、驚きが混じっていた。


「初めて呪文を使った人間の反応にしては、慣れていますね」


「慣れてません。今、初めてです」


「それにしては、綺麗な相殺でした」


会話をしている間にも、フレイルを持つ影が迫っていた。


---


「くっ!」


カインが、剣で払いのける。


払いのけた瞬間、体の奥から、温かい何かが滲み出るのを感じた。


「これは……」


考えるより先に、剣を持つ手とは逆の手を、自分の腕に当てていた。


薄い光が、かすり傷を包む。


「治った……のか?」


「治りました。第一階梯、浄光ですね」


職員の声が、確認するように言う。


「使えた」


自分でも、信じられなかった。


---


三体の影が、同時に距離を詰めてくる。


「ここが、正念場か」


カインが、剣を構え直す。


剣で受け、炎で相殺し、光で癒す。


三つの動きを、同時にこなす必要があった。


「一つ一つは、知らない動きのはずなのに」


体が、勝手に動いていく感覚があった。


「なんとなく、こう動けって、わかる」


言葉にすると陳腐だったが、それ以外に説明のしようがなかった。


---


しばらく、三体の影と渡り合う。


剣が、影の一体を斬り伏せる。


「ファイア……いや、なんて呼べばいいんだ、これ」


自分の使った呪文の名前すら、まだわかっていなかった。


「火花炎です。アルカナ系の基礎呪文」


職員の声が、教えるように答える。


「そして、もう一体」


杖の影に向けて、手をかざす。


「火花炎」


小さな炎が、影を消し飛ばした。


---


最後の一体、フレイルの影が、大きく振りかぶる。


カインは、剣で受けきれないと判断した。


「浄光……いや、これは違う」


とっさに、別の動きが浮かんだ。


体を沈め、影の懐に潜り込む。


一撃を、剣で正確に突く。


影が、崩れて消えた。


---


三体すべてが消えると、周囲の景色が、静かに元の石壁に戻っていく。


カインは、剣を下ろし、荒い息をついていた。


「終わった、のか」


「終わりました」


職員が、静かに歩み寄ってくる。


---


「結果は」


カインが、剣を台座に戻しながら聞く。


「見ての通りです」


「見ての通りって?」


「剣技、アルカナ系呪文、ノストス系呪文。三つとも、初めて触れたにしては、十分な適性が見えました」


職員の言葉に、カインは言葉を失った。


---


「これが、あの新しい道……」


「はい。正式名称は、万能士(ばんのうし)で良いかと」


「万能士…」


口にしてみる。


思ったより、しっくりきた。


「便利屋の、正式な行き着く先ってことですか」


「そう解釈しても、間違いではないと思います」


---


「良い話ばかりでは、ありません」


職員が、続けて言う。


「聞かせてください」


「万能士は、三方向すべてを並行して伸ばす分、必要な経験値が、他の職業より多くなります」


「多くなる、って、どのくらい」


「正確な数値化はしていません。ただ、体感として、他の皆さんより、レベルが上がりにくくなるはずです」


覚悟していたことだったが、実際に言われると、胸の奥が少し重くなった。


---


「もう一つ」


職員が続ける。


「呪文の使用回数にも、制限があります」


「制限?」


「通常の職業なら、一つの階梯につき最大九回まで、使用回数が蓄積されます。ですが、万能士は」


「万能士は?」


「最大、三回までです」


三、という数字が、思ったより軽く響いた。


「三回……ノリアの、今の五回より少ないってことですか」


「そうなります」


---


「『万能士』って、よくある職なんですか?」


ドワーフの職員は笑って答えた。


「私が関わったのは初めてです。たぶん80年ぶりくらいかと。」


「そんなに珍しい??」


「そうですね」


カインは、改めてため息をついた。


---


「なんていうか」


カインが、複雑な顔で笑う。


「便利屋のまんまだな、これ」


「そう感じられても、無理はないと思います」


職員の答えは、素っ気なかったが、否定はしなかった。


「何でもできるけど、どれも人並み以下。それが、正式な職業になっただけ。しかも80年ぶりか…」


「正式な職業になった、という点は、事実として大きいと思いますが」


慰めのような一言だったが、慰めになっているかは、微妙なところだった。


---


「後悔、してますか」


職員が、珍しく踏み込んだ質問をした。


カインは、しばらく考えた。


「してない」


はっきりと、答えた。


「便利屋のまま来たから、ここに辿り着けた。それは、間違いない事実だから」


「そうですか」


職員が、初めて小さく笑ったように見えた。


「その言葉が聞ければ、私としても、案内した甲斐があります」


---


書類を受け取り、ミラージュを後にする。


外は、もう夕方に近かった。


「万能士、か」


カインが、書類を見つめながら歩く。


「剣も、魔法も、回復も。全部それなりに、か」


自分の手を見つめる。


さっきまで、剣を握り、炎を放ち、光で癒した手だった。


「悪くない」


小さく、そう呟いた。


---


フラグメンツに着くと、四人が待ちわびたように顔を上げた。


「どうだった!」


ネリスが、真っ先に飛びついてくる。


「見ての通り、生きて帰った」


「そんなの見ればわかる」


「わかるなら聞くなよ」


軽口を叩きながら、カインは席に着いた。


---


「それで、結果は」


ダダが、静かに聞く。


「新しい職業、もらった」


カインが、書類をテーブルに置く。


「万能士、だって」


「万能士」


ダダが、書類を覗き込みながら繰り返す。


「なんか、便利屋のままみたいな名前だな」


「俺もそう思う。」


「珍しいのか?」


「そうらしい。なんと80年ぶりとか」


苦笑しながら、カインは頷いた。


---


「剣も魔法も回復も、それなりに使えるようになったらしい」


「それなり、ってどのくらい」


ミラが聞く。


「使用回数、三回まで」


「三回」


ミラが、少し驚いた顔をする。


「私の癒しの波より少ない」


「だろうな」


カインが、力なく笑う。


「経験値も、人より多く必要らしい」


「レベル、上がりにくくなるってこと?」


ノリアが確認する。


「らしい」


---


「それでも」


カインが、続ける。


「剣も使えるし、ファイアも使えるし、浄光も使える。一人で、三役こなせるってことだろ」


「三役こなせて、どれも人並み以下、ってことじゃないの」


ネリスが、ずばりと言う。


「言い方」


「事実でしょ」


事実だった。


誰も、否定できなかった。


---


「まあ、でも」


ダダが、静かに口を開く。


「便利屋の延長線上に、ちゃんと道があったってことだろ」


「延長線上……」


カインが、繰り返す。


「なかった道を、探して探して、それでも便利屋のまま来た。その結果が、これだ」


ダダの言葉に、カインは何も言い返せなかった。


「悪くないと思うけどな、俺は」


---


「私も、悪くないと思う」


ミラが、続く。


「回復手段が増えるのは、正直助かる。私一人に負担が偏らなくて済む」


「本当に、三回で足りるかは知らないけど」


「三回でも、ないよりはある」


ミラの言葉に、カインの表情が、少しだけ緩んだ。


---


「今日は、祝うか」


カインが、努めて明るく言う。


「祝うほどのことか、これ」


ネリスが茶化す。


「祝うほどのことだろ。新しい職業だぞ」


「新しい職業にしては、地味だけどね」


「地味でも、俺にとってはでかい話だ」


その一言には、これまでの焦りと、積み重ねてきたものへの実感が、確かに滲んでいた。


---


ガラントが、様子を見て、いつもより豪華な料理を並べてくる。


「今日は、何の祝いだ」


「新しい職業、もらいました」


カインが答える。


「ほう。何の職だ」


「万能士、だそうです」


「万能士……」


ガラントが、少し考え込むような顔をした。


「聞いたことある気がするな」


「またそれですか」


前にグラヴォルの名前を出したときと、同じ反応だった。


「気のせいかもしれん」


はぐらかされるのも、また同じだった。


---


「とにかく、おめでとうだ」


ガラントが、グラスを掲げる。


五人も、それに続いた。


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう、カイン」


短い言葉が、順番に重なっていく。


---


「明日から、剣もファイアも浄光も使うんだよな」


ネリスが、興味津々で聞く。


「使う、けど、慣れるまで時間かかりそう」


「見てみたい、その全部使ってるとこ」


「見せてやるよ。三回しか使えないけど」


軽口の中に、これからへの手応えが滲んでいた。


---


「便利屋、卒業か」


ダダが、ふと言う。


「卒業……なのかな」


カインが、少し考える。


「便利屋の呼び方、変える?」


「いや」


即答だった。


「便利屋のままでいい。万能士は、正式な肩書きってだけで、俺は俺だ」


「らしいな、それ」


ダダが、笑って頷いた。


---


夜が更けても、五人の話は尽きなかった。


三層のボスを倒し、レベルが上がり、新しい職業が生まれた。


積み重ねてきたものが、確かな形になった一日だった。


「明日、また三層行くか。それとも、四層に挑むか」


カインが、皆を見回す。


「行こう」


ダダが即答する。


「行こう」


ネリスも続く。


「行く」


ノリアが頷く。


「行こう」


ミラも、静かに続いた。


---


万能士という、まだ誰にも実態のよくわからない道を歩きながら、それでもカインは、確かに前へ進んでいた。


何でもできて、何も突出しない。


それでいい、と思えるまでには、長い道のりがあった。


だが今は、その言葉が、以前ほど重くは響かなかった。


いかがでしょうか?


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よろしくお願いいたします。

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