↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第七部 ズール 準備と入口へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

209/237

第203話「滲む光、読めない数字」

いよいよ最終章・ズール突入です。

よろしくお願いいたします。

アプレイザルの窓口は、朝から混んでいた。

魔石の袋を抱えた新人、布に包んだ剣を大事そうに抱えた中堅、ドロップ品の山を台に積み上げては鑑定士に呆れられている常連。

六人は列の最後尾に並んだ。

「ギルド長が言ってたやつ、本当に試すの?」

ネリスが、前に並ぶ冒険者の背中越しに窓口を覗く。

「試しには行け、って言われたからな」

カインが肩をすくめた。

「測れないなら測れないで、確かめておいたほうがいい、ってさ」

「測れなかったら、どうなるの」

ノリアが小声で聞く。

「どうもならぬでござろう」

ワングが、腕を組んだまま答えた。

「数字が見えぬだけで、腕が落ちるわけではござらぬ」

「そうだけど」

ノリアは、杖の先で床をこつんと叩いた。

「なんか、落ち着かない」

わからないでもなかった。

ギルドに登録した日から、鑑定具に手を置けば、今の自分がどこにいるのかが数字で返ってきた。

上がれば嬉しく、止まれば焦る。

その当たり前の目安が、急に消えるかもしれないのだ。

列は、思ったより早く進んだ。

窓口に座っていたのは、見慣れた鑑定士だった。

四層を越えた日に、カインの全階梯習得を淡々と告げた人だ。

「ああ、皆さん」

鑑定士が、少しだけ眉を上げる。

「五層は、いかがでしたか」

「どうにか」

カインが曖昧に笑った。

七つの試練のこと、ズールへ向かう資格のこと。

口にしようとして、喉の奥で言葉がつかえた。

声が出ないのではない。

言おうとした順番に、言葉が並ばないのだ。

「……どうにか、越えました」

結局、それだけしか出てこなかった。

(エランドが言ってたの、これか)

話そうとしても、たぶん、話せん。

あの猫の「たぶん」は、やはり当たるほうだった。

「では、いつもの通り」

鑑定士が、台の上の鑑定具を押し出した。

両手で抱えるほどの、白く濁った水晶の球だ。

カインが手のひらをかざす。

淡い光が、球の奥に灯った。

いつもなら、そこで光がまとまり、数字の形を結ぶ。

今日は、結ばなかった。

光は球の中をゆっくりと巡るだけで、形になりかけては、ほどけていく。

水面に映った文字が、風で揺れて読めなくなるような感じだった。

「……おや」

鑑定士が、身を乗り出した。

球を覗き込み、角度を変え、もう一度覗き込む。

「少々、お待ちください」

鑑定士は奥の棚から、別の鑑定具を持ってきた。

一回り小さい、青みがかった球だ。

カインがもう一度手をかざす。

光は灯った。

そして、同じように、ほどけていった。

三つ目の鑑定具は、古い真鍮の枠に嵌め込まれた年代物だった。

「これは、祖父の代から使っているものでして」

鑑定士が、少しだけ誇らしげに言う。

結果は、同じだった。

年代物の球の中でも、光はただ巡るばかりで、何の数字も結ばなかった。

「……呪文の欄も、滲んでいますね」

鑑定士が、記録紙を前に首をひねった。

「習得の有無はかろうじて読めます。ですが、回数も、レベルも、形になりません」

「壊れてる、とかじゃなくて?」

ネリスが聞く。

「三つとも、ついさっき別の方を鑑定したばかりです」

鑑定士は、窓口の後ろに並ぶ列をちらりと見やった。

「あちらの方々は、いつも通りに」

「じゃあ、俺たちのほうか」

カインが頭をかいた。

「念のため、皆さんも」

促されるまま、残りの五人が順に手をかざした。

ネリスの光は、球の中で小さく跳ねてほどけた。

ノリアの光は、球いっぱいに膨らんでから、霧のように散った。

ミラの光は、穏やかに巡って、静かに消えた。

ワングの光は、細く鋭く走っては、途中で折れた。

スルの光は、しばらく球の底に沈んでいたが、やはり何の形も結ばなかった。

六人とも、同じだった。

「光り方だけは、皆さんらしいんですがね」

鑑定士が、ぽつりと呟いた。

呆れているのか、感心しているのか、よくわからない声だった。

「長いことこの窓口に座っていますが、こういうのは初めてです」

鑑定士は、記録紙に何かを書きかけて、ペンを止めた。

「何と書けばいいのやら」

「測れない、でいいと思います」

ミラが、申し訳なさそうに言った。

「測れない」

鑑定士は、その言葉を口の中で転がしてから、記録紙の余白に小さく書きつけた。

「理由に、お心当たりは」

六人は、顔を見合わせた。

心当たりなら、ある。

七つの証のこと。

あの猫の言葉。

だが、誰の口からも、それが言葉になって出てくることはなかった。

「……わからないでござる」

ワングが、代表するように答えた。

嘘ではない。

わかっていることを、言葉にできないだけだ。

「そうですか」

鑑定士は、それ以上は聞かなかった。

わからないことは、わからないまま記録する。

この人も、そういう側の人間らしかった。

窓口を離れると、ネリスがくるりと振り返った。

「測れない、って本当だったんだ」

その声は、思っていたよりも軽かった。

「がっかりしてるかと思った」

ノリアが、横目でネリスを見る。

「してる。ちょっとだけ」

ネリスは、耳を片方だけ倒した。

「でも、なんか、軽い」

「軽い?」

「数字、気にしなくていいから」

ネリスの言い方に、カインは思わず笑ってしまった。

「俺は、ちょっと寂しいけどな」

「なんで」

「万能士ってのは伸びが遅いだろ。だから、上がった数字を見るのがけっこう楽しみだったんだよ」

「数字がなくても、伸びてるのはわかる」

スルが、短く言った。

「五層の最後、あのゴブリンを、お前は受けきった」

「……そうだな」

カインは、自分の手のひらを見下ろした。

数字は、もう出ない。

それでも、この手が何を受け止めて何を掴んできたかは、覚えている。

「帰りに、アーカイブへ寄りましょう」

ミラが提案した。

「ティリーさんにも、伝えておかないと」

アーカイブの奥の机で、ティリーは山のような記録帳に埋もれていた。

小柄な体が、帳面の陰にほとんど隠れている。

事情を聞くと、ティリーはペンを置いて、しばらく黙り込んだ。

「測れない」

「はい」

「理由は、言えない」

「言えない、というか、言葉にならないでござる」

ワングが律儀に付け足す。

ティリーは、深いため息をついた。

「見えない地図に、見えない呪文の授かり方。今度は、読めない数字ですか」

「すみません」

ミラが、小さく頭を下げた。

「謝られても困ります」

ティリーは、新しい記録帳を一冊、棚から引き抜いた。

表紙には、まだ何も書かれていない。

「こういうことは、もう慣れました。見えないものは、見えないまま。読めないものは、読めないまま書いておきます」

ペン先が、白い紙の上を走る。

「六名、鑑定不能。原因、本人らにも説明できず。……以上」

書き終えたティリーは、ほんの少しだけ口の端を上げた。

「いつか、読める日が来るかもしれませんからね」

その言葉に、誰も返事はしなかった。

それでも、六人とも、少しだけ肩の力が抜けていた。

アーカイブを出ると、日はもう高かった。

「ダダのところ、寄っていくか」

カインが言うと、全員がすぐに頷いた。

測れなかった話は、ダダにならできる。

それだけで、足取りが少し軽くなった。

フォージタウンの工房では、今日も鎚の音が響いていた。

ダダは話を聞くと、鎚を置いて、ふんと鼻を鳴らした。

「数字なんぞ、なくても困らん。俺は、ずっとなくてもやってきた」

「ダダは、鍛冶の腕が数字みたいなもんだからな」

カインが笑う。

「うまいこと言ったつもりか」

ダダは取り合わなかった。

取り合わなかったが、髭の奥で、口元が少しだけ緩んでいた。

六人が引き上げたあと、ダダは工房の奥の棚に目をやった。

布をかけたまま、ずっと置きっぱなしにしていたものがある。

四層の最後に、あいつらが持ち帰ってきた銀の器だ。

黒いドラゴンを討つために、自分が打ったミスリルの器。

喉の奥で砕け、向こうのもう一組に拾われ、それがなぜか元の形で戻ってきた。

あのときは、形が同じだと確かめただけで、棚に置いた。

五層の試練のあいだ、手に取る暇もなかった。

ダダは布を外し、器を炉の明かりにかざした。

鈍い銀色が、火の色を映して揺れる。

「そういえば」

誰もいない工房で、ダダは呟いた。

「あれだけ粉々だったのを、どう直したんだ」

指の腹で、継ぎ目をなぞる。

そこで、ダダの手が止まった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。

下記の「評価」も、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。