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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第一部 迷宮ノア編

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第1話「ノアに入る前日」

マランの世界、投稿開始です。

最初は連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

フォージタウンの入り口で、ダダは腕を組んでいた。


朝からもう鎚の音が響いている。


炉の熱気が、通りにまで漂ってくる。


(遅い)


言葉にはしなかった。


たった二文字で足りる。


カインが来たら、それだけ言えばいい。


---


「悪い悪い。ちょっと寝坊した」


案の定、カインは悪びれもせずにやってきた。


肩書きは、便利屋。


剣も使えるし、罠も外せるし、飯もそこそこ作れる。


なんでもできる代わりに、なんにも一番じゃない。


そういう男だった。


「遅い」


「知ってる」


「知ってるなら怒るなよ」とでも言いたげな顔をしたが、口には出さなかった。


出したところで、勝てる気がしない顔をしている。


ダダの一族は、フォージタウンに古い工房を構えている。


本当は継ぐはずだった工房だ、と聞いたことがある。


なぜ冒険者になったのかは、誰も聞かない。


聞かなくても、いつか分かる気がする。


初めてミラージュ(訓練所)に行った日、右も左も分からないカインを、盾ひとつで守ったのがダダだった。


以来、カインは頭が上がらないらしい。


そう、顔に出ている。


---


「二人とも遅い」


先に着いていたノリアが、壁に背中をつけたまま言った。


「悪い。待たせた」


「別に。待ってない」


待っていただろう、とダダは思ったが、言わなかった。


彼女が、街の時計台をチラチラ見ていたのを、見ていた。


ノリアと知り合ったのは、去年のミラージュ――訓練場でのことだ。


的として置かれた岩が、一撃で消し飛んだ瞬間を、ダダも覚えている。


火球というより、爆発だった。


「一緒に組もう」


半分笑いながら声をかけたのはカインだ。


ノリアは今も「"ファイア"で足りないことなんてそうそうない」と思っている節がある。


たぶん、本当にそう思っている。


---


「ネリスは?」


「さあ」


三人で首をかしげたところで、頭上から声がした。


「呼んだ?」


フォージタウンの屋根の上に、ネリスがいた。


猫系の獣人で、身軽なのはいいことだが、あの高さにいるのはさすがにどうかと思う。


「危ないから降りろ」


カインが言う。


「危なくない」


いやいや、危なそうだった。


ネリスが冒険者になろうとした経緯を、知っている者は少ない。


たぶん、カインしか知らない。


最近は、アーカイブに入り浸っているらしい。


何を調べているのか聞いても、「気になっただけ」しか返ってこない。


今はまだ、話したくない気分なんだろう。


誰も、それ以上は踏み込まなかった。


---


四人揃ったところで、ギルド本部へ向かう。


三つの迷宮への道がここで分かれる。


だからクロスロードという名がついている、とカインが誰かに聞いた話だ。


大きな扉をくぐると、いつもの喧騒があった。


依頼掲示板の前には人だかりができている。


討伐依頼、採取依頼、護送依頼。


紙がびっしりと張られていて、隙間がない。


その一枚に、緊急討伐の朱印が押されていた。


「フラッドガードの依頼か」


カインがつぶやく。


氾濫の気配が強くなると、フラッドガード(=氾濫対策部)が割のいい臨時依頼を出す。


普段より高い報酬がついているのは、それだけ人手が足りないということでもある。


「俺たちには関係ないな。まだ登録前だ」


「明日からは関係あるかもね」


ネリスが頷いた。


明日からは受けることが出来ると思ったのか誰も反論しなかった。


---


受付の列に並ぶ間、右手の窓口が見えた。


アプレイザルだ。


ダンジョンから持ち帰った品の真贋や価値を鑑定する場所で、今日も列ができている。


台の上に置かれた古い水差しを、鑑定士が眼鏡越しにじっと睨んでいた。


どの世界から来たものか分からない品は、値がつくまでに時間がかかるらしい。


隣の窓口はエクスチェンジ。


魔石やドロップ品をギルドが直接買い取ってくれる窓口で、こちらは回転が速い。


「安すぎるよ。勘弁してくれ……」


誰かの声が漏れる。


いつもの光景だった。


奥の通路の先には、リカバリーの入り口が見える。


エルフの治癒魔法とヒューマンの医術が同じ屋根の下で働いている、治療院だ。


軽傷はこちら、重傷はあちら、と札が分かれている。


「世話にならずに済むのが一番だな」


カインが言って、列を進んだ。


---


「パーティ登録、四名でお願いします」


受付で声をかけると、小人族の職員が申請書類を差し出した。


「パーティでのノアへの入場、初めてですね」


「はい」


「弾かれることもありますから、その時は、また日を改めてくださいね」


慣れた口調だった。


慣れているということが、よくある話なのだと物語っている。


「あとこちら、パクトの加入書類です。任意ですが、皆さん加入されますか」


パクトは、ダンジョン探索という危険な仕事に備えた、ギルド運営の互助制度だ。


契約というより誓いに近い、と言われている。


万が一のとき、遺族に弔慰金が渡る仕組みだと聞けば、断る理由もない。


四人とも、迷わず署名した。


「これで、正式にパーティです」


職員が、書類に判を押しながら言った。


正式、という言葉の重みを、四人ともまだうまく測れていなかった。


「装備や素材の一時保管には、アイテムボックスもご利用いただけます」


「使うよ、たぶん毎回」


カインが答えると、職員が小さく笑った。


---


書類を書き終えて、ひと息ついたところで、ふと周りが静かになった。


正確には、静かというより、声の質が変わった。


さっきまでの喧騒に、囁くような声が混ざり始める。


「――今日、いるの?」


ノリアが驚いた声を漏らす。


「珍しいな、この時間に」


聞くとはなしに聞こえてくる声があった。


受付の奥の扉が開いて、声の主が出てきた。


「あら」


一人のエルフが立っていた。


素性不詳、年齢不詳、ギルド長という評判だけが独り歩きしている人だ。


纏う空気は、どこにでもいる姉ちゃんのそれだった。


とっても美形、というか人を超えている美しさだけど。


「ギルド長」


小さく声を漏らしたのはダダだった。


---


ネリスだけが、少し違う顔をしていた。


(この人――)


言葉にならない何かが、耳の先を伏せさせる。


ルーシェナが、四人を順番に見た。


品定めというより、ただ興味深そうに見ている、という目だった。


「あなたたち、初めてノアに行くの?」


「パーティを組んだので、明日、行く予定です」


カインが答える。


「へえ」


ルーシェナの視線が、一人ひとりを撫でるように移っていく。


ネリスのところで、ほんの少しだけ止まった気がした。


気のせいかもしれない。


でも、ネリスはそうは思わなかった。


「四人だと、いいバランスじゃないかもしれないけど。頑張ってらっしゃい」


それだけ言って、また奥へ戻っていく。


去り際、ネリスは何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。


短い時間だったが、周りの空気は最後まで元に戻らなかった。


「あの人が、本気で戦うところ見た人いないんだよな」


カインがぼそっと言った。


「見たことある人、いるのか?」


ダダが返す。


「知らない」


ネリスは、ギルド長の後ろ姿を追いながら呟いた。


わからないことは、わからないままにしておく。


マランでは、それがよくあることらしい。


---


登録を終えたその足で、フラグメンツに寄った。


消滅した世界の欠片を持つ者たちが集まる、という意味合いの名がついた酒場だ。


エルフの果実酒、ドワーフの蒸留酒、獣人族の炙り肉。


種族ごとの故郷の味が、同じ店の中に何の遠慮もなく並んでいる。


「お、今日は四人揃って」


カウンターの向こうから、ガラントが顔を出した。


ドラゴニートの店主で、カインとダダとは古い顔馴染みだ。


「明日、ノアなんです」


「初めて?」


「このパーティでは、初めてかな」


カインが答える。


「へえ」


ガラントが、少しだけ目を細めた。


昔、エアの深層まで潜っていたらしい、という話は誰もが知っている。


なぜやめたのかは、誰も知らない。


本人に聞いても、きっと、笑って誤魔化されるだろう。


「まあ、気張らずに行きな。……あそこはそんなに甘くもないけど、そんなに怖くもない」


含みのある言い方だった。


「じゃあどっちなんですか」


「さあ」


聞くたびに、はぐらかされる。


それでも一杯だけ、こっそり多めに注いでくれるのが、ガラントらしいところだった。


---


酒場を出たころには、日が落ちきっていた。


ヘクサインまでの道を、四人で歩く。


ヘクサインは、パーティ単位で部屋を借りられる宿だ。


「ヘクサ(六)」と「イン(宿)」を合わせた名前で、一チームの上限が六名だという規則にちなんでいるらしい。


経営しているのは小人族の女将で、どのパーティが今どこに潜っているかを、誰よりも詳しく知っている。


「明日、早いんでしょ。ほら、さっさと寝な」


部屋に着くと、女将にそう言われた。


反論の余地はなかった。


---


窓の外には、ノアの入り口が遠くに見えた。


石造りの門は、思ったより静かに立っている。


ダダが、その門をじっと見ていた。


「明日だな」


「明日」


カインが答える。


「弾かれたらどうする」


「弾かれたら、明後日行く」


ダダが、それだけ言った。


身も蓋もないが、正しい答えだった。


四人で並んで、しばらく門を見ていた。


まずはこの門をくぐるところから、始まる。


---


そう。


四人とも気が付かなかった。


ギルド長が独りで呟いた言葉を。


「あの4人が、カレント様の? まだ2人足りないけどねぇ」


にっこり微笑んだ彼女の表情を見た人は誰もいなかった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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