第193話「重なる雷、四つ目の証」
ヘクサインの共用室で、六人は卓を囲んでいた。
一晩眠って、呪文の使用回数はすべて戻っている。
卓の真ん中には、ノリアの杖が横たえてあった。
「確かめたいのは、ひとつだけ」
ノリアが杖の先を指でこつんと叩く。
「あの魔女たちは、雷に弱いのかどうか」
「外れていたら?」
スルが短く聞いた。
ノリアは少しだけ視線を落とす。
「外れてたら、私の見間違い。それだけ」
「見間違いなら、俺たちが何度でも確かめる」
カインがあっさり言った。
ノリアは何か言いかけて、やめた。
耳の先が、ほんの少し赤い。
「そのときは、また戻ってくる」
カインが肩をすくめる。
「二度退いて、二度とも無事だった。三度目も、退き際さえ誤らなければいい」
「気楽に言うでござるな」
ワングが口の端をわずかに上げた。
「だが、拙者も同じ考えでござる」
「段取りは、こう」
カインが卓の上に指で線を引く。
「扉を開ける前に、ララを呼んでおく。開いたら、ララと俺とノリアで、同時に雷殺」
「拙者は守護の盾でござるな。封癒も重ねておくでござる」
「私は、反跳結界」
ミラが胸に手を当てて頷いた。
「ララを先に出すのって、借り物の力にならない?」
ネリスが耳をぴくりと動かす。
「ミーみたいな、ということでござるか」
ワングが腕を組んだまま聞き返す。
「わからない」
カインは正直に首を振った。
「ただ、ララは俺の召喚だ。駄目なら駄目で、それも一つ分かる」
「なら、試すだけ」
スルの一言で、話は決まった。
「最後に、もう一つ」
ミラが皆の顔を順に見る。
「前の二回と同じ、後衛三人がかりの斉射を、向こうに撃たせない。撃たれたら、私の壁は保たない」
「撃たせる前に、撃つ」
ノリアがこくりと頷いた。
「先手は、こっちの番でござる」
ワングが村雨の柄を軽く叩く。
五層の白い道は、この日も音がなかった。
扉の前で、六人は一度だけ深く息を吸った。
二度退いた扉だ。
三度目の今日は、足取りが少しだけ違った。
扉の前で、カインが印を組む。
「ララ」
光の中から、エルフの魔法使いが静かに姿を現した。
ララは六人の顔をひとわたり見て、小さく頷く。
「開けるでござるぞ」
ワングが扉に手をかけた。
音もなく、扉が開く。
六人の少女が、前と同じ位置に並んでいた。
黒いフリルと、白いレース。
剣を提げた三人と、杖を掲げた三人。
顔だけは、やはり像を結ばない。
杖の少女たちの口元が、動きかけた。
その一拍が、こちらの番だった。
「「「雷殺!」」」
ララとカインとノリアの声が、一つに重なる。
「守護の盾!」
「反跳結界」
ワングとミラも、ほぼ同時に唱えた。
白い光が三本、杖の少女へまっすぐ落ちる。
耳を裂くような音がして、視界が真っ白に染まった。
光が引いたとき、三人の魔女のうち二人の姿が消えていた。
残った衣装の切れ端が、灰のように床へ舞う。
「二人、消えた……!」
ネリスが目を丸くした。
残る一人の魔女は、膝を折りかけながら、まだ立っている。
「俺のだけか」
カインがぼそりと呟いた。
「気にしてない」
気にしていた。
「よし!」
ノリアが間を置かずに杖を振り上げる。
「雷殺!」
細い雷が、よろめく魔女の胸を貫いた。
最後の魔女は、声もなく光の粒になって崩れ落ちる。
三人分の呪文の壁は、これで消えた。
あとは、剣の三人だけ。
そのはずだった。
剣の少女たちが、床を蹴る。
速い。
魔女が消えた途端、顔の見えない三人の動きだけが、一段鋭くなった気がした。
最初の斬撃が、ワングの守護の盾を打つ。
光の壁に、ぴしりと亀裂が走った。
二撃目が、カインの目の前で止まる。
盾の光が、剣先を辛うじて食い止めていた。
「ぎりぎりだな、これ」
カインが頬をひきつらせる。
「だが、押されてはおらぬでござる」
ワングが歯を見せて笑った。
「ララ、戻れ。ゴーレム!」
カインが叫ぶ。
ララの姿が光に溶け、入れ替わるように岩の巨体が現れた。
「守護の盾!」
ワングがすぐに壁を張り直す。
「封癒も、重ねるでござる」
ワングがそのまま唱え、剣の少女たちの足元に淡い光がまとわりついた。
「スル、ゴーレム、正面は任せる」
「任された」
スルが盾を構えて前へ出た。
剣の少女二人が、同時に斬りかかる。
スルは盾の縁でその刃を斜めに受けた。
受け止めない。
刃の勢いを、そのまま横へ流す。
流された剣が、隣の少女の刃と、かちりと噛み合った。
ゴーレムの太い腕が、もう一人の剣を下から払い上げる。
三つの斬撃が、三つとも空を切った。
「絶妙でござるな、あの二人」
ワングが感心したように呟く。
「感心してる暇があったら、動く」
ネリスがワングの脇をすり抜けた。
「カイン、右の子の目を引いて」
「了解。派手にやるぞ」
カインが剣を大きく振りかぶって前へ躍り出る。
少女の意識が、一瞬だけカインへ向いた。
ネリスにとっては、それで十分だった。
床を蹴る。
壁を蹴る。
天井近くまで跳んだ小さな影が、剣の少女の背後に降りた。
「一つ」
爪と短刀が、閃いた。
少女の首が、光の粒になって弾けた。
ネリスは着地の勢いのまま、隣の少女へ跳ぶ。
「二つ」
二人目も、剣を振り上げたまま、崩れていく。
瞬きを三つ数える間に、剣の少女が二人、消えた。
「ネリス、速すぎ」
ノリアがあきれたように呟く。
「褒め言葉として、受け取る」
ネリスが爪の先の光を払った。
残ったのは、一番背の高い少女だけだった。
長い剣を提げたまま、ワングの正面に立っている。
仲間が消えたことに、動じたようすはない。
「こやつは、拙者が」
ワングが一歩前へ出た。
右手には、幻の右手に握らせた氷姫。
左手には、村雨。
「手出し無用、でござる」
「無茶は、しないで」
ミラが癒しの波を構えたまま、静かに言う。
「承知」
ワングが短く答える。
その一言と同時に、少女が踏み込んだ。
まっすぐな斬り下ろし。
村雨で受け、氷姫で返す。
少女の剣が、幻の右手の刃を、初めて正面から受け止めた。
「やるでござるな」
ワングが低く笑う。
二撃目、三撃目。
刃と刃が、火花を散らした。
突き。
払い。
返す刀で、足元を狙う低い斬り。
こちらの二本の刃に、少女の一本が、まるで遅れずについてくる。
足の運びも、間合いの詰め方も、どこかで見た覚えがあった。
ワングの眉が、ほんのわずか動いた。
だが、口には出さない。
出す暇もなかった。
少女の剣が、鋭く跳ね上がる。
ワングは村雨を弾き返されながら、一歩下がった。
頬を、剣先がかすめていく。
浅い。
血が一筋、顎へ伝った。
「ワング!」
ミラの声が飛ぶ。
「浅手でござる。手出し無用と申したでござろう」
ワングは袖で頬を拭った。
数えて五合。
いや、六合。
決め手が、どちらにもない。
そのとき、少女の視線が、ふっと横へ流れた。
ほんの一瞬。
仲間が光になって消えた、床の一点へ。
瞬きにも満たないその間隙を、ワングは見逃さなかった。
「そこでござる!」
村雨が、少女の剣を押さえ込む。
がら空きになった懐へ、幻の右手が氷姫を走らせた。
低く、下から。
刃が、少女の胴を、真横に断つ。
少女は、剣を提げたまま、静かに立ち尽くした。
やがて、その輪郭が、光の粒になってほどけていく。
最後まで、顔は像を結ばなかった。
広い部屋に、六人の息づかいだけが残る。
「……終わった、でござるか」
ワングが氷姫を鞘へ収めながら呟いた。
そのときだった。
『証に足るものと認める』
頭の内側に、直接、声が響いた。
六人が、同時に肩を跳ねさせる。
『敵、弱きところ、強きところ、おのずから見えてくる』
声は、それきり、途切れた。
六人は、顔を見合わせた。
スルが盾を下ろしたまま、天井を見上げている。
ノリアは杖を胸に抱えて、まだ少し肩で息をしていた。
「今の、聞こえたか」
カインが確かめるように聞く。
「全員に、聞こえていたようでござる」
ワングがゆっくり頷いた。
「あいかわらず、不親切でござるな」
ワングが、肩をすくめた。
「見えてくる、って、何がどう見えるの」
ミラが首を傾げる。
「わからない。でも、戦えば、たぶん」
ノリアが自分の手のひらを見つめた。
「ここで試しても、もう敵はいない」
ネリスが部屋の中を見回す。
「一層で、確認が必要そう」
「一層か」
カインが苦笑した。
「魔物なら、たくさんいる」
「急に、みんな元気になった」
ミラがくすりと笑った。
「怪我人はいないか」
スルが静かに皆を見渡す。
誰の腕にも、かすり傷ひとつない。
三度目にして初めての、無傷の勝利だった。
「行くでござる」
ワングが扉へ向き直る。
六人は、白い道を一層へ向けて戻り始めた。




