第192話「四つ目の証、雷の兆し」
フラグメンツの奥の席で、六人は額を突き合わせていた。
退いてきたばかりの疲労が、まだ誰の顔にも残っている。
「あいよ、まずは腹ごしらえだ」
ガラントが、湯気の立つ皿を卓に並べていく。
エルフ式の果実酒と、香草の効いた串焼きが、湯気を立てていた。
「厄介そうな顔してるな、また」
「厄介、って言葉じゃ、まだ足りないでござるよ」
ワングが、苦笑しながら杯を受け取った。
ガラントは、それ以上は聞かずに、厨房へ戻っていった。
聞けば的確に答えるが、頼まれもせずに首を突っ込むことはしない。
そういう距離感の人だと、六人ともよく知っている。
「後衛の三人、どうにかしないと、また同じでござるな」
ワングが、腕を組んだまま切り出した。
「前衛は、互角以上に持ち込めてた」
スルが、静かに付け加える。
「問題は、あっちだけ」
「ミーを呼んで、強化してもらう、っていうのは?」
ネリスが、耳をぴんと立てながら言う。
「あの猫が、素直に頷くとは、思えないでござるが」
ワングが、眉を寄せた。
「駄目元で、呼んでみようよ。ここは酒場だし、来ても目立たない」
「ミー」
カインが、声をかけた。
答えるように、ふっと白い影が、卓の上に現れる。
「呼んだか」
ミーが、香箱座りのまま、六人を見回した。
「強くしてほしい、って話、聞こえてた?」
ネリスが、身を乗り出す。
「聞こえていた」
ミーが、首をすくめながら、大きく欠伸をした。
「だが、無理な相談だな」
「なんで」
「わしが力を貸せば、あの部屋は、たぶんクリアできる」
ミーが、前足で顔をひとなでする。
「だが、証はもらえんだろうな」
その一言に、誰も、すぐには言葉を返せなかった。
「自分の力に、自分を傷つけることなく、最大の力を、でござったか」
ワングが、低く呟く。
「借り物の力じゃ、意味がない、ってことでござるな」
「たぶんな」
ミーが、他人事のように答えた。
「わし程度が知ってることは、それくらいだ」
「もう少し、詳しく教えてくれても、いいのに」
ノリアが、恨めしそうに呟く。
「教えて、面白いか?」
ミーが、目を細めた。
言い返す言葉は、誰にもなかった。
言い終えると、姿は、来た時と同じように、ふっと掻き消えた。
「まあ、想定はしてたけど」
カインが、苦笑しながら卓に肘をつく。
「なら、こっちで、なんとかするしかない」
「あの魔女たち、たぶん、癒しの魔法も持ってる」
ミラが、静かに言った。
「封癒、必須だと思う」
「反跳結界も、同じでござろうな」
ワングが、頷く。
「防御を崩す前に、まず口を封じよう」
カインが、卓の上に指で図を描くように続けた。
「静黙、俺とワングとノリアで、同時にかける」
「効けば、だいぶ楽になる、はず」
ノリアが、少し不安げに言う。
「効かなかったら」
スルが、静かに聞いた。
「そのときは、前衛の一体に、的を絞る」
カインが、皆を見回す。
「三人まとめて崩そうとするから、押し切られる。一体でいい、確実に沈める」
「賛成」
スルが、短く応じた。
「異論なし、でござる」
ワングも、頷いた。
「そういえば、扉の文言」
ミラが、ふと思い出したように言う。
「強きところ、弱きところ、って、あれ」
「拙者たちの話、というより」
ワングが、自分の右の手首の先を見つめた。
「もう、答えの半分は、出ているでござるな」
「幻の右手のこと?」
ネリスが、聞く。
「拙者の強みは、もう分かっている。弱みも、な」
ワングが、静かに頷いた。
「私は、魔力を練れば強くなる。でも、練るぶん、隙も増える」
ノリアが、自分の手のひらを見つめながら言う。
「みんな、それぞれ、そういうのがあるってことか」
カインが、腕を組んだ。
「なら、今日は、それを試す日、ってことかもね」
ミラが、静かに微笑んだ。
「そう思っておく」
カインが、頷く。
その夜は、いつもより早く休み、呪文の使用回数を全回復させた。
翌朝、六人はエアへ向かった。
五層の白い道は、今日も、いつも通りの静けさを湛えている。
見慣れた扉の前に立つと、誰からともなく、深く息を吸った。
「今度は、ゴーレムを先に出しておく」
カインが、扉に向かって、印を組んだ。
「ゴーレム!」
光の中から、ゴーレムが現れ、扉の正面に立つ。
「行くでござるぞ」
ワングが、扉に手をかけた。
音もなく、扉が開いていく。
その先には、前回と変わらぬ六人の少女が、静かに並んでいた。
顔だけは、やはり、はっきりと像を結ばない。
構える間もなく、頭上から光が降り注ぐ。
「静黙!」
「静黙!」
「静黙!」
ワング、カイン、ノリアの声が、ほぼ同時に重なった。
三重の呪文が、杖を持つ三人へ向けて放たれる。
だが、少女たちの口元は、止まらなかった。
「効かない……!」
ネリスが、舌打ちする。
「封癒」
カインが、続けて片手を掲げた。
「反跳結界」
ミラも、間を置かず唱える。
「守りの聖歌!」
光の壁が、六人を包んだ。
「行くぞ!」
カインの号令で、ゴーレム、スル、ワング、ネリス、カインが前へ出る。
剣を提げた三人と、正面から斬り結んだ。
打ち合いは、以前より確かに拮抗していた。
一撃を受け、一撃を返す。
スルの盾が、まっすぐな斬撃を弾き返す。
ワングの村雨が、二の太刀、三の太刀と、休みなく応じていく。
ネリスの爪も、隙を見つけては浅く傷を刻んでいた。
互角、あるいはそれ以上と言えるだけの手応えがある。
カインへ向けて、一振りの剣が、鋭く振り下ろされた。
躱しきれない、と思った瞬間、横から盾が割り込む。
「油断、するな」
スルが、短く言った。
「悪い、助かった」
カインが、体勢を立て直しながら答える。
だが、後方の三人は、休みなく呪文を放ち続けていた。
「業火弾」
「雷殺」
「氷結界」
炎と雷と、凍える風。
「癒しの波!」
かすめた傷を、ミラの光が塞いでいく。
塞いでも、次の一撃が、すぐに追いかけてきた。
「業火弾」
「雷殺」
「氷結界」
再び、同じ三発。
守りの壁が、少しずつ削られていく。
「このままじゃ、また、じり貧でござるな」
ワングが、刃を弾き返しながら言う。
「前衛は、崩せそうなのに」
ネリスが、悔しそうに歯を食いしばった。
「くそ!! 一旦引く!」
カインの声が、鋭く飛んだ。
「下がって!」
ミラが、光の壁を広げ直しながら叫ぶ。
一人また一人、扉の向こうへ後退していく。
最後に残ったノリアが、杖を振り上げた。
「雷殺!」
雷が、一直線に、魔女の一人を貫く。
装束の裾が、大きく揺れた。
その姿を確かめる間もなく、ノリアも扉をくぐる。
重い音とともに、扉が閉じられた。
扉越しに、まだ何かがぶつかるような音がしていたが、それもすぐに静まった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「怪我は」
ミラが、順に顔を確かめる。
「大丈夫。かすっただけ」
ネリスが、答えた。
「これくらいなら、すぐ塞がる」
ミラが、軽く笑いながら、光を灯す手を離した。
「今日は、押し切られる前に、退けたでござるな」
ワングが、息を整えながら、村雨を鞘に収めた。
「静黙が効かなかったのは、痛かったけど」
スルが、静かに付け加えた。
「一体でも、崩せそうだったし」
「今のうちに、言っておきたいことがある」
ノリアが、皆を見回した。
「なに」
カインが、聞く。
「最後、雷殺を撃った魔女」
ノリアが、扉の方を振り返る。
「崩れかけてた、気がする。他の呪文より、明らかに」
「気のせいじゃなくて?」
ネリスが、聞き返した。
「わからない。でも、確かめる価値は、あると思う」
ノリアが、静かに言った。
「あの魔女、雷に弱いかも……」
その一言に、六人は顔を見合わせた。
まだ、確証と呼べるものではない。
「次は、そこに、狙いを絞ってみるでござるか」
ワングが、村雨の柄を、軽く握り直す。
「静黙が駄目なら駄目で、やりようはある、ってことだね」
ネリスが、耳を立て直した。
「みんなの雷殺、まとめて叩き込めば、いけるかもしれない」
ノリアが、少しだけ声に力を取り戻す。
「決めるのは、また休んでからでいい」
カインが、皆を見回した。
「今日のところは、それで十分だ」
誰も、異を唱えなかった。
それでも、暗闇の中に、初めて灯った小さな光だった。




