第191話「四つ目の証、退き際の一手」
五層の白い道を抜け、六人は見慣れた扉の前に立った。
三つ目の試練から、ヘクサインで一晩休んだだけの、翌日のことだった。
「今日で、四つ目でござるな」
ワングが、村雨の鞘を軽く撫でながら言う。
「反跳結界、また使う日が来るかもね」
ミラが、自分の胸に手を当てた。
「封癒の出番は、来ないに越したことはないんだけど」
カインが、苦笑しながら肩をすくめる。
「三つ目までは、割と、力押しで通せたでござるからな」
ワングが、軽い調子で続けた。
「四つ目も、そうだといいけど」
ネリスが、耳をぴんと立てながら呟く。
軽口の合間にも、誰の足取りにも、慎重さがにじんでいた。
刻まれた文字は、いつもと同じ書き出しだった。
「七つの試練。一つにつき、一つの恩恵あり」
だが、その続きに、これまでにない一文が加わっている。
「汝の強きところ、弱きところ、しかと心得よ。さすれば道は開かれん」
「またまた、謎の言葉か……」
ネリスが、耳を伏せながら呟いた。
「当たり前と言われれば、そうだけど」
カインが、腕を組みながら首をひねる。
強いところ、弱いところ。
誰にでも、それくらいはある。
わざわざ告げるほどのことだろうか、と誰もが思っていた。
「誰の、強さと弱さでござろうな」
ワングが、腕を組む。
「拙者たちの、とは限らぬでござるが」
「考えても、埒が明かないよ、これは」
スルが、盾を構え直しながら言った。
「開けるでござるぞ」
答える者はいなかったが、誰も止めなかった。
音もなく、扉が開いていく。
その先に立っていたのは、六人の少女だった。
そっくりな、ゴシックロリータ風の衣装。
黒いフリルと、白いレース。
だが、顔だけは、なぜかはっきりと像を結ばない。
一番背の高い少女が、剣を提げていた。
一番背の低い少女は、杖を掲げている。
剣を持つ三人と、杖を持つ三人だった。
「趣味が悪いでござるな、これは」
ワングが、低く呟く。
「なんか、こう……」
ネリスが、言葉を探しながら、耳をぴくりと動かした。
「見覚えある、ような、ない、ような」
「今は、考える時じゃない」
カインが、剣を抜きながら遮る。
考えたところで、答えが出る保証はない。
それに、少女たちは、こちらの都合など待ってはくれなかった。
「封癒」
片手を掲げた。
「反跳結界」
ミラも、静かに唱える。
念のための備えだったが、使わない理由もなかった。
先に動いたのは、剣を提げた三人だった。
「ゴーレム!」
光の中から、ゴーレムが現れる。
「頼む」
スルが、盾を構え、前へ出た。
剣を振るう少女たちの動きは、恐ろしく速い。
だが、型そのものは、どこかで見た覚えがあるような気もした。
スルが、一撃をかろうじて受け流す。
「速い……!」
ワングが、村雨で二撃目を弾き返す。
刃と刃が、幾度も打ち合った。
そこへ、後方から声が重なる。
「業火弾」
「雷殺」
「氷結界」
杖を持つ三人が、間を置かず呪文を放ってきた。
炎と雷と、凍てつく風。
「守りの聖歌!」
ミラが、光の壁を広げる。
炎が壁に弾かれ、雷が逸れた。
だが、氷の一撃だけは、壁の端を突き破る。
「くっ……!」
ネリスが、かすった腕を押さえた。
「ぶつけ返す」
ノリアが、杖を構え直す。
「業炎獄!」
放たれた炎が、杖の少女の一人を包んだ。
だが、少女はよろめいただけで、崩れない。
「一発じゃ、足りない、って言うの」
ノリアが、舌打ちする。
前衛では、ゴーレムとスルが、剣の少女三人をどうにか抑え込んでいた。
かわし、受け流し、隙を探る。
その隙を、ネリスとワング、カインが突いた。
一人、また一人と、剣の少女が体勢を崩していく。
だが、決定打には届かない。
崩れかけても、すぐに体勢を立て直し、また斬りかかってくる。
粘り強さだけなら、これまでのどの敵にも劣らなかった。
ゴーレムの腕に、幾筋もの亀裂が走っている。
それでも、崩れる気配はなかった。
「まだ、いける」
カインが、剣を握り直しながら、自分に言い聞かせるように呟く。
「次、右から来る」
ネリスが、誰にともなく声を飛ばす。
言われた通り、右手の一体が、間合いを詰めてきた。
「なんで、わかるでござるか」
ワングが、驚きながらも、その一体を迎え撃つ。
「わかんない。でも、わかる」
ネリスが、自分でも要領を得ない答えを返しながら、爪を振るった。
五層の恩恵で得た、道に迷わない感覚。
それが、戦いの中でも、わずかに役立っているのかもしれなかった。
確信は、まだ持てなかった。
その間にも、後方の三人は、絶え間なく呪文を放ち続けていた。
「三対一、って、こういうことか」
カインが、剣を構えたまま、低く呟く。
前衛は三人がかりで抑えているのに、後衛は一人しか呪文を撃ち返せない。
数の差が、そのまま重みになってのしかかってくる。
「守りの聖歌、もう一重!」
ミラが、続けて唱えた。
三重に重ねた光の壁が、次の斉射を受け止める。
だが、壁の表面に、細かな亀裂が走り始めていた。
「長くは保たないでござるな」
ワングが、剣を弾き返しながら言う。
「守護の盾!」
ワングとカインが、続けざまに唱えた。
新しい光の障壁が、六人を包む。
それでも、杖の少女たちの呪文は、止む気配がなかった。
「業火弾」
「雷殺」
「氷結界」
同じ順で、また三発。
壁が、軋んだ音を立てる。
前衛の三人を、まだ倒しきれていない。
そこへ、後衛からの呪文が、間断なく叩き込まれた。
守るだけで、精一杯だった。
「押されてる、な」
カインが、額の汗を拭う間もなく呟く。
強いところ、弱いところ。
扉の文言が、今さらになって、重く響いた気がした。
「まずい。退却だ!」
カインの声が、鋭く飛ぶ。
「ネリス、ノリア、先に!」
ミラが、二人の背を押した。
「スル、続け!」
カインの指示に、スルが最後の一撃で剣の少女を弾き、身を翻す。
「拙者が、殿でござる」
ワングが、皆を先に通しながら、静かに言った。
「ワング……!」
ネリスが、振り返りかける。
「行け」
短い一言に、それ以上の言葉はいらなかった。
仲間が、次々と扉の向こうへ消えていく。
最後まで残ったワングは、村雨を構え直した。
「守護の盾!」
光の壁が、最後にもう一度、その場を包む。
その隙に、ワングは扉をくぐった。
振り返らず、後ろ手に扉を閉じる。
重い音が、通路に響いた。
扉の向こうから、なおも呪文の気配が伝わってくる。
だが、それも、次第に遠ざかっていった。
「……間に合ったでござるか」
ワングが、荒い息のまま、扉に背を預ける。
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
「怪我は」
ミラが、一人ひとりの顔を確かめる。
「腕だけ。かすり傷」
ネリスが、押さえていた腕を見せた。
「見せて」
ミラが、傷口にそっと手をかざす。
「癒しの波」
淡い光が、傷を包み込んだ。
かすり傷は、跡形もなく消えている。
「早い……これも、あの恩恵?」
ネリスが、腕をさすりながら、目を丸くした。
「たぶん」
ミラが、少しだけ得意げに笑う。
「ここまで、押し切られたのは、初めてでござるな」
ワングが、荒い息のまま、壁に背を預けたまま言う。
「後衛が、三人がかりだったから」
ノリアが、杖を握りしめながら答えた。
「こっちの後衛は、私一人」
「数の差、って、そういうことだったんだね」
ミラが、静かに呟く。
「強いところ、弱いところ、か」
カインが、閉ざされた扉を見つめた。
「あれが、私たちの話なのか、あの子たちの話なのか」
「わからないでござるな、今は」
ワングが、首を振る。
「でも、次は、ここを崩す手を考えないと」
スルが、割れかけた盾の縁を、指でなぞりながら言った。
「後衛の三人、同時に相手できないのが、きつかった」
ミラが、静かに付け加える。
「二手に分かれる、とか」
ノリアが、思いつきを口にする。
「今のままじゃ、危ないでござる」
ワングが、すぐに首を振った。
「案は、出すだけ出しておく」
カインが、皆を見回した。
「決めるのは、休んでからでいい」
「休んで、立て直そう」
カインの一言に、誰も異を唱えなかった。
四つ目の扉は、閉ざされたまま、静かにそこにあった。




