第190話「三つ目の証、跳ね返らぬ力」
新しい扉の前で、六人は顔を見合わせた。
刻まれた文字は、いつもと同じ書き出しで始まっていた。
「七つの試練。一つにつき、一つの恩恵あり」
その先に、これまでにない一文が続いていた。
「自らの力に、自らを傷つけることなく。最大の力を、顕現させたまえ」
「……どういう意味でござるか、これは」
ワングが、文字を睨みながら首をひねる。
「自分の魔法で自分を傷つけるな、ってことじゃない?」
ノリアが、自分の掌を見つめながら呟いた。
その声が、少しだけ硬い。
以前、味方ごと吹き飛ばしかけたことを、思い出しているのかもしれなかった。
「でも、それってどういう状況で起きるの」
ネリスが、耳をぴくりと動かす。
「わからない、けど」
ミラが、静かに続けた。
「わかるまで、待ってくれる相手でもないでしょ、たぶん」
「拙者たちに、考える時間を与える気は、なさそうでござるな」
ワングが、肩をすくめる。
誰も、それ以上の答えは持っていなかった。
「まあ、開けてみればわかるでしょ」
カインが、あっさりと扉に手をかけた。
「相変わらず、行動が早いでござるな」
ワングが、苦笑しながら続く。
扉の先には、広い石の間が広がっていた。
天井は高く、篝火もないのに、うっすらと青白い光が壁から滲んでいる。
これまでの部屋よりも、明らかに広い。
六人分の間合いを、丸ごと呑み込めるほどの広さだった。
奥に、二体の魔女らしき影。
その手前に、二体のケンタウロス。
さらに手前、六人を出迎えるように、二体の豹頭の騎士が立っていた。
「囲まれてる、というより……役割分担、って感じ」
ミラが、敵の配置を見渡す。
「弓、魔法、前衛。綺麗に分かれてるでござるな」
ワングが、刀を抜きながら答えた。
先に動いたのは、ケンタウロスだった。
弦の鳴る音とともに、矢が三本、同時に放たれる。
「っ」
ネリスが低く跳び、二本をかわす。
残る一本は、スルが盾で弾いた。
「ありがとう、兄さん」
「油断、するな」
短く返し、スルは前へ出た。
ネリスは着地の勢いのまま、片方のケンタウロスの脇腹に爪を叩き込む。
「一匹、動き封じた」
もう一体のケンタウロスが、位置を変えながら次の矢をつがえる。
狙いは、後方のミラだった。
「危ない!」
カインの声に、スルが割り込む。
盾の中央で矢を受け止め、そのまま押し返した。
「助かった」
「それが、俺の役目だ」
スルの声には、以前のような片言の硬さは、もう残っていなかった。
「魔女、来る」
ミラの声に合わせ、豹頭の騎士たちが同時に踏み込んだ。
ワングとスルが、太刀筋を受け止める。
金属音が、石の間に響いた。
魔女の一体が、杖を掲げる。
放たれた光が、ワングの右腕――幻の右手を、鈍く痺れさせた。
「これは、まずいでござるな」
「治される前に、封じる」
「封癒」
カインの声が、静かに響いた。
淡い光が、二体の魔女を包む。
「これで、治せなくしたはず」
「しぶとい、な」
ワングが、刀を弾かれながら呟く。
豹頭の騎士は、深手を負っても崩れない。
爪も牙も持たないはずの敵が、それでも一向に膝をつかなかった。
だが、確かに傷は塞がらないままだった。
ワングは、幻の右手を大きく開き、敵の得物を掴みにいく。
先日の証で研ぎ澄まされたばかりの感覚が、指先の形をはっきりと伝えてくる。
「これは、使える……!」
得物を半ば奪う形で崩れた敵の隙に、村雨を叩き込んだ。
一体目の豹頭の騎士が、ようやく膝をつく。
もう一体の魔女が、ネリスの足元に紫の靄を放つ。
「くっ、重い……!」
ネリスの動きが、目に見えて鈍った。
「拙者が」
ワングが、幻の右手だけを伸ばし、靄の外へネリスを引き寄せる。
「助かった」
「借りは、後で返してもらうでござるよ」
軽口を叩く余裕は、まだ残っていた。
「守りの聖歌」
ミラが、パーティ全体を包む光を広げる。
矢の勢いが、目に見えて鈍った。
「今のうち……業炎獄!」
カインが、杖を掲げる。
放たれた炎が、豹頭の騎士の一体を飲み込んだ。
崩れ落ちる寸前で踏みとどまり、なおも剣を構える敵に、カインは息を呑んだ。
「まだ、立つの……」
「封癒がある分、時間の問題ではあるでござる」
ワングが、刀を構え直しながら言う。
「でも、この調子だと長引く」
ミラが、じりじりと後退しながら答えた。
「私が、やる」
ノリアが、前に出た。
杖を握る手が、わずかに震えていた。
かつて、味方を巻き込みかけて倒れたことを、誰もが知っている。
「無理は、しないでござるよ」
ワングの声に、ノリアは小さく頷いただけだった。
「大丈夫」
カインが、静かに言う。
「今度は、任せた」
その一言に、ノリアの震えが、少しだけ収まった。
「下がって」
短い一言に、カインたちが一斉に距離を取る。
それでも、足は止まらない。
「業炎獄!」
放たれた炎は、これまでとは比べ物にならなかった。
石の間全体が、一瞬、白く染まる。
魔女も、ケンタウロスも、残った豹頭の騎士も、跡形もなく燃え尽きた。
「勝った……」
ネリスの声が、途切れる。
炎の余波が、六人の体を同時に打った。
「ぐっ」
「かはっ」
六人が、同時に膝をつく。
「群癒!」
ミラの声が響き、温かい光が全員を包んだ。
焼けるような痛みが、少しずつ引いていく。
「大丈夫、皆」
ミラが、一人ひとりの顔を確かめる。
「かろうじて、な」
ワングが、荒い息のまま答えた。
「兄さんは」
「平気だ」
スルが、短く答える。
以前より、確かに言葉数が増えていた。
そのとき、六人の頭の中に、同じ声が流れ込んだ。
「己の力に、己が焼かれぬように。授けよう」
「ノストス系第七階梯、反跳結界。心して使え」
声は、それだけで消えた。
「相変わらず、説明は最小限でござるな」
ワングが、自分の掌を見つめる。
だが、そこに何かが根づいた気配はなかった。
「私にも、何も……」
ノリアが、首をかしげる。
「俺には、来た」
カインが、静かに言う。
「私も」
ミラが、自分の胸の辺りを押さえた。
二人の中にだけ、新しい呪文が、静かに居座っていた。
「なんで、二人だけ」
ネリスが、不満げに聞く。
「わからない」
カインが、正直に答えた。
「今回も、そういうことでござるか」
ワングが、小さく息を吐く。
誰も、それ以上は追わなかった。
「使わずに済んだら、それが一番だったんだろうけどね」
ミラが、燃え尽きた敵の跡を見つめながら呟く。
「傷つけずに、最大の力、か」
カインが、繰り返す。
「今回は、完全には、できなかったでござるな」
ワングが、正直に言った。
「次は、たぶん、これを使えってことだと思う」
ミラが、自分の胸に手を当てる。
「私だけ、その力がなかったら」
ノリアが、ぽつりと呟いた。
「その時は、私が、二人分踏ん張るから」
ミラが、あっさりと答える。
「頼りにしてる」
カインが、笑って肩を叩いた。
「二人分、って言うわりに、恩恵はミラ一人に来たわけじゃないでござるからな」
ワングが、混ぜっ返す。
「あ、それもそうか」
ノリアが、少しだけ表情を緩めた。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
「兄さんも、頑張ったよ」
ネリスが、スルの背中を軽く叩く。
「まだ、盾一枚分だけどな」
スルが、そう答えながらも、口元はわずかに緩んでいた。
「三つ目、か」
カインが、辺りを見渡す。
奥の壁に、新しい扉が、静かに浮かび上がっていた。
「あと、四つでござるな」
ワングが、扉を見据える。
「今日は、ここまでにしよう」
カインの一言に、誰も異を唱えなかった。
六人は、来た道を、ゆっくりと戻り始めた。
「クロスロードに戻ったら、また鑑定、頼まないとね」
ミラが、思い出したように言う。
「呪文が一つ、また増えたわけでござるからな」
ワングが、頷く。
「ダダにも、報告しておかないと」
ネリスが、指を折る。
「留守番、頑張ってくれてるんだから」
「フォージタウンに寄って、直接話そう」
カインが、提案した。
反対する者は、いなかった。
扉の向こうに何が待っているのか、まだ誰にもわからない。
それでも、一つずつ、確かに積み上がっているものがある。
六人は、それだけを支えに、街への道を歩いていった。
いかがでしょうか?
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