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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第六部 迷宮エア編 五層

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第190話「三つ目の証、跳ね返らぬ力」

新しい扉の前で、六人は顔を見合わせた。

刻まれた文字は、いつもと同じ書き出しで始まっていた。

「七つの試練。一つにつき、一つの恩恵あり」

その先に、これまでにない一文が続いていた。

「自らの力に、自らを傷つけることなく。最大の力を、顕現させたまえ」

「……どういう意味でござるか、これは」

ワングが、文字を睨みながら首をひねる。

「自分の魔法で自分を傷つけるな、ってことじゃない?」

ノリアが、自分の掌を見つめながら呟いた。

その声が、少しだけ硬い。

以前、味方ごと吹き飛ばしかけたことを、思い出しているのかもしれなかった。

「でも、それってどういう状況で起きるの」

ネリスが、耳をぴくりと動かす。

「わからない、けど」

ミラが、静かに続けた。

「わかるまで、待ってくれる相手でもないでしょ、たぶん」

「拙者たちに、考える時間を与える気は、なさそうでござるな」

ワングが、肩をすくめる。

誰も、それ以上の答えは持っていなかった。

「まあ、開けてみればわかるでしょ」

カインが、あっさりと扉に手をかけた。

「相変わらず、行動が早いでござるな」

ワングが、苦笑しながら続く。

扉の先には、広い石の間が広がっていた。

天井は高く、篝火もないのに、うっすらと青白い光が壁から滲んでいる。

これまでの部屋よりも、明らかに広い。

六人分の間合いを、丸ごと呑み込めるほどの広さだった。

奥に、二体の魔女らしき影。

その手前に、二体のケンタウロス。

さらに手前、六人を出迎えるように、二体の豹頭の騎士が立っていた。

「囲まれてる、というより……役割分担、って感じ」

ミラが、敵の配置を見渡す。

「弓、魔法、前衛。綺麗に分かれてるでござるな」

ワングが、刀を抜きながら答えた。

先に動いたのは、ケンタウロスだった。

弦の鳴る音とともに、矢が三本、同時に放たれる。

「っ」

ネリスが低く跳び、二本をかわす。

残る一本は、スルが盾で弾いた。

「ありがとう、兄さん」

「油断、するな」

短く返し、スルは前へ出た。

ネリスは着地の勢いのまま、片方のケンタウロスの脇腹に爪を叩き込む。

「一匹、動き封じた」

もう一体のケンタウロスが、位置を変えながら次の矢をつがえる。

狙いは、後方のミラだった。

「危ない!」

カインの声に、スルが割り込む。

盾の中央で矢を受け止め、そのまま押し返した。

「助かった」

「それが、俺の役目だ」

スルの声には、以前のような片言の硬さは、もう残っていなかった。

「魔女、来る」

ミラの声に合わせ、豹頭の騎士たちが同時に踏み込んだ。

ワングとスルが、太刀筋を受け止める。

金属音が、石の間に響いた。

魔女の一体が、杖を掲げる。

放たれた光が、ワングの右腕――幻の右手を、鈍く痺れさせた。

「これは、まずいでござるな」

「治される前に、封じる」

「封癒」

カインの声が、静かに響いた。

淡い光が、二体の魔女を包む。

「これで、治せなくしたはず」

「しぶとい、な」

ワングが、刀を弾かれながら呟く。

豹頭の騎士は、深手を負っても崩れない。

爪も牙も持たないはずの敵が、それでも一向に膝をつかなかった。

だが、確かに傷は塞がらないままだった。

ワングは、幻の右手を大きく開き、敵の得物を掴みにいく。

先日の証で研ぎ澄まされたばかりの感覚が、指先の形をはっきりと伝えてくる。

「これは、使える……!」

得物を半ば奪う形で崩れた敵の隙に、村雨を叩き込んだ。

一体目の豹頭の騎士が、ようやく膝をつく。

もう一体の魔女が、ネリスの足元に紫の靄を放つ。

「くっ、重い……!」

ネリスの動きが、目に見えて鈍った。

「拙者が」

ワングが、幻の右手だけを伸ばし、靄の外へネリスを引き寄せる。

「助かった」

「借りは、後で返してもらうでござるよ」

軽口を叩く余裕は、まだ残っていた。

「守りの聖歌」

ミラが、パーティ全体を包む光を広げる。

矢の勢いが、目に見えて鈍った。

「今のうち……業炎獄!」

カインが、杖を掲げる。

放たれた炎が、豹頭の騎士の一体を飲み込んだ。

崩れ落ちる寸前で踏みとどまり、なおも剣を構える敵に、カインは息を呑んだ。

「まだ、立つの……」

「封癒がある分、時間の問題ではあるでござる」

ワングが、刀を構え直しながら言う。

「でも、この調子だと長引く」

ミラが、じりじりと後退しながら答えた。

「私が、やる」

ノリアが、前に出た。

杖を握る手が、わずかに震えていた。

かつて、味方を巻き込みかけて倒れたことを、誰もが知っている。

「無理は、しないでござるよ」

ワングの声に、ノリアは小さく頷いただけだった。

「大丈夫」

カインが、静かに言う。

「今度は、任せた」

その一言に、ノリアの震えが、少しだけ収まった。

「下がって」

短い一言に、カインたちが一斉に距離を取る。

それでも、足は止まらない。

「業炎獄!」

放たれた炎は、これまでとは比べ物にならなかった。

石の間全体が、一瞬、白く染まる。

魔女も、ケンタウロスも、残った豹頭の騎士も、跡形もなく燃え尽きた。

「勝った……」

ネリスの声が、途切れる。

炎の余波が、六人の体を同時に打った。

「ぐっ」

「かはっ」

六人が、同時に膝をつく。

「群癒!」

ミラの声が響き、温かい光が全員を包んだ。

焼けるような痛みが、少しずつ引いていく。

「大丈夫、皆」

ミラが、一人ひとりの顔を確かめる。

「かろうじて、な」

ワングが、荒い息のまま答えた。

「兄さんは」

「平気だ」

スルが、短く答える。

以前より、確かに言葉数が増えていた。

そのとき、六人の頭の中に、同じ声が流れ込んだ。

「己の力に、己が焼かれぬように。授けよう」

「ノストス系第七階梯、反跳結界。心して使え」

声は、それだけで消えた。

「相変わらず、説明は最小限でござるな」

ワングが、自分の掌を見つめる。

だが、そこに何かが根づいた気配はなかった。

「私にも、何も……」

ノリアが、首をかしげる。

「俺には、来た」

カインが、静かに言う。

「私も」

ミラが、自分の胸の辺りを押さえた。

二人の中にだけ、新しい呪文が、静かに居座っていた。

「なんで、二人だけ」

ネリスが、不満げに聞く。

「わからない」

カインが、正直に答えた。

「今回も、そういうことでござるか」

ワングが、小さく息を吐く。

誰も、それ以上は追わなかった。

「使わずに済んだら、それが一番だったんだろうけどね」

ミラが、燃え尽きた敵の跡を見つめながら呟く。

「傷つけずに、最大の力、か」

カインが、繰り返す。

「今回は、完全には、できなかったでござるな」

ワングが、正直に言った。

「次は、たぶん、これを使えってことだと思う」

ミラが、自分の胸に手を当てる。

「私だけ、その力がなかったら」

ノリアが、ぽつりと呟いた。

「その時は、私が、二人分踏ん張るから」

ミラが、あっさりと答える。

「頼りにしてる」

カインが、笑って肩を叩いた。

「二人分、って言うわりに、恩恵はミラ一人に来たわけじゃないでござるからな」

ワングが、混ぜっ返す。

「あ、それもそうか」

ノリアが、少しだけ表情を緩めた。

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。

「兄さんも、頑張ったよ」

ネリスが、スルの背中を軽く叩く。

「まだ、盾一枚分だけどな」

スルが、そう答えながらも、口元はわずかに緩んでいた。

「三つ目、か」

カインが、辺りを見渡す。

奥の壁に、新しい扉が、静かに浮かび上がっていた。

「あと、四つでござるな」

ワングが、扉を見据える。

「今日は、ここまでにしよう」

カインの一言に、誰も異を唱えなかった。

六人は、来た道を、ゆっくりと戻り始めた。

「クロスロードに戻ったら、また鑑定、頼まないとね」

ミラが、思い出したように言う。

「呪文が一つ、また増えたわけでござるからな」

ワングが、頷く。

「ダダにも、報告しておかないと」

ネリスが、指を折る。

「留守番、頑張ってくれてるんだから」

「フォージタウンに寄って、直接話そう」

カインが、提案した。

反対する者は、いなかった。

扉の向こうに何が待っているのか、まだ誰にもわからない。

それでも、一つずつ、確かに積み上がっているものがある。

六人は、それだけを支えに、街への道を歩いていった。


いかがでしょうか?


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