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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第六部 迷宮エア編 五層

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第189話「二つ目の証、猫の見立て」

マランの世界、一日一話、連日投稿してます。


よろしくお願いいたします。


部屋には、まだ、剣戟の余韻が漂っていた。

崩れ落ちた騎士の向こう、奥の壁が、静かに光り始めていた。

文字が、一画ずつ浮かび上がっていく。

「受けし加護を、磨きしもの。その恩恵を奉らん」

読み終えると同時に、ワングの中で、何かが、はっきりと像を結んだ。

「幻の右手の、形が……わかるでござる」

自分の右の手首の先を、じっと見つめる。

これまでは、意識しても、ぼんやりとしか捉えられなかった感覚だった。

「私も」

ノリアが、掌を握りしめる。

「内側にある魔力の、輪郭みたいなものが、はっきりした」

「私は、癒しの波が、なんとなく違う気がする」

ミラが、自分の手を見つめながら呟いた。

「たぶん、あれ、全回復くらいまで、届くようになった」

「私は……」

ネリスが、耳を立てる。

「なんか、よくわかんないけど、道に迷うことはない、って感じ」

「相変わらず、感覚的でござるな」

ワングが、小さく笑った。

一人だけ、口を開かない者がいた。

「兄さん?」

ネリスが、そっと声をかける。

「ああ……何か、変わった、気がする」

スルが、戸惑ったように、自分の盾を見下ろしていた。

「変わった、というのは」

「わからない。ただ、確かに、何かが」

はっきりしない言葉のまま、スルは、口をつぐんだ。

「大丈夫? 具合悪いとかじゃない?」

ミラが、心配そうに顔を覗き込む。

「悪いところは、ない。ただ、掴みきれない」

スルが、自分の盾を、もう一度見下ろした。

「スル殿は、他の皆と違って、加護を貰っておらぬでござるからな」

ワングが、腕を組みながら言う。

「今回の恩恵が、どういう形で届いたのか、余計に掴みにくいのかもしれぬ」

「そうかもね」

カインも、頷いた。

そのとき、カインの傍らに、ふっと白い影が現れた。

「ミー?」

カインが、驚いて足を止める。

いつの間にそこにいたのか、足音一つ聞こえなかった。

「カイン、今回の二つ目の証、わかっているか」

ミーが、静かに問いかけた。

その口調は、いつもより、いくらか改まって聞こえた。

「正直、俺もよくわかってない」

カインが、素直に答える。

「壁の文字は読めたけど、実際、何がどう変わったのか」

「聞くだけ聞いても、わからぬままでは、次に活かせぬでござるしな」

ワングも、頷いた。

「じゃあ、一層のエランドのところへ行って、確認した方がいいでござるな」

ワングが、腕を組んだ。

「あの猫、都合よくいつも待ってるわけじゃないでござるが」

「でも、行けば大抵、何かしら教えてくれる」

カインが、答える。

「賛成」

ネリスが、すぐに頷く。

異論を唱える者は、誰もいなかった。

「にゃー」

ミーが、それだけ言うと、来た時と同じように、ふっと姿を消した。

呼び止める間もなかった。

「相変わらず、気まぐれでござるな」

ワングが、苦笑する。

誰も、それを咎めはしなかった。

クロスロードへ帰還する前に、六人は五層から一層へと向かった。

「跳躍門、使うでござる」

ワングが、既に訪れたことのある一層の景色を思い描きながら、呪文を唱える。

「跳躍門!」

淡い光の輪が、六人の足元に広がった。

瞬きひとつのあいだに、周囲の景色が変わる。

見覚えのある、一層の石畳だった。

「便利でござるな、これは」

ネリスが、辺りを見回しながら感心する。

「エランドは、こっち」

ネリスが、迷いなく先頭に立つ。

その足取りに、ためらいは、まるでなかった。

石畳の広間には、既に、黄金の毛並みの猫が待ち構えていた。

「二つ目の証を確認しに来たのだろうな」

エランドが、香箱座りのまま、六人を見上げる。

「ちと待て」

短く言うと、低く、何事か呟いた。

広間の中央に、黒い塊が渦を巻き、やがて人の形を取っていく。

「見世物か、これは」

ダダが見たら、そう言いそうな光景だった。

「まずは、盾役」

エランドの視線が、スルを射抜いた。

「拙者……いや、俺、か」

戸惑いながらも、スルが前へ出る。

黒い塊が、剣とも斧ともつかない武器を、まっすぐに振り下ろした。

スルは、ほとんど反射的に、盾を掲げる。

これまでなら、腕ごと弾かれてもおかしくない一撃だった。

だが、盾は、微動だにしなかった。

重い一撃が、あっさりと、いなされた。

「あ……!」

スルが、思わず声を上げた。

「解ったか」

エランドが、興味なさそうに続ける。

「元の防御力から、おそらく数倍。その上、防具の作り手の加護も、重ねて乗る」

「それは、ダダの加護も、加わるということでござるか」

ワングが、確かめる。

「まあ、そう考えても良い」

エランドが、素っ気なく答えた。

「数倍って、どれくらいだろう」

ネリスが、興味津々に聞く。

「己で確かめろ。数字で言われても、実感が湧かぬだろう」

にべもなく、はねつけられた。

「まあ、それもそうか」

ネリスが、肩をすくめる。

「次は、召喚」

エランドの視線が、カインへ移る。

黒い塊は、微動だにしなかった。

「魔法使いを、呼べるか」

「……はい」

カインが、掌の紋様に触れ、ララを呼び出す。

現れたララが、カインを一度、静かに見た。

その一瞬の間に、何を確かめたのかは、わからなかった。

そして、黒い塊へ向けて、杖を構える。

「火花炎」

放たれた炎は、ノリアのそれには及ばないまでも、第一階梯とは思えない威力だった。

黒い塊が、あっけなく崩れ落ちる。

ララは、小さく微笑み、カインに向かって一礼した。

そのまま、光の粒となって消えていく。

「凄まじいでござるな、それにしても」

ワングが、思わず呟く。

「見たか」

エランドが、続ける。

「今後、お前のレベルが上がれば、召喚する魔物も、同じように強くなる」

「今までは……」

「今までは、召喚が可能になった時のまま、止まっていたはずだ。うまく使え。ただ」

「ただ?」

「召喚できる魔物は、三体までだ。同時には、無理だな」

エランドが、あくびをするように、片目を細めた。

「三体、って、ゴーレムとララで、もう二体でござるが」

ワングが、指を折る。

「なら、あと一体、余地があるということだ。深読みはお主らの勝手だがな」

エランドが、興味なさそうに言い捨てた。

「では」

踵を返しかけたエランドを、ノリアが呼び止める。

「ちょっと、待って」

「なんだ」

「私は?」

「解っていないのか」

エランドが、呆れたように、尻尾を一振りした。

「十分に魔力を練り上げれば、その分だけ、桁違いに強い魔法が放てる。もう、実際に見ただろう」

「それは……見た、けど」

自分でも、まだ半信半疑だった。

「ちゃんと、使いこなせ」

言い捨てるように、続ける。

「ついでに言えば、治癒師には、桁違いの治癒能力が。隻腕の侍には、失っていた分の力が、ようやく行き渡っただけのことだ」

「行き渡っただけ、というと」

ワングが、問い返す。

「新しく与えたわけではない、という意味だ。お主が、既に持っていたものだ」

「では、癒しの波が全回復になった、というのは……」

ミラが、恐る恐る聞く。

「己の手で、確かめれば良かろう」

エランドが、面倒くさそうに、目を細めた。

「いちいち、答え合わせを求めるでない」

エランドは、それ以上、詳しくは語らなかった。

六人を、ぐるりと見回す。

「まだ、五つある」

「五つ……」

「ただ」

「ただ?」

「その証に、たどり着けなければ、まあ、無理だがな」

そう言い捨てて、エランドの姿は、音もなく掻き消えた。

広間には、六人だけが、しばらく残された。

「相変わらず、説明が足りないでござるな、あの猫は」

ワングが、苦笑する。

「でも、やることは、ちゃんとやってくれる」

ミラが、静かに付け加えた。

「たどり着けなければ、無理、か」

ノリアが、その言葉を、繰り返す。

「脅しなんだか、激励なんだか、よくわからないでござるな」

ワングが、頭を掻いた。

「たぶん、両方だよ、あの猫の場合」

カインが、苦笑交じりに言う。

「五つ、か」

カインが、空になった広間を見つめる。

まだ見ぬ扉の先が、五つ。

その重みを、六人は、それぞれの形で噛みしめていた。

「戻ろう」

カインの一言に、六人は、頷き合う。

クロスロードへの帰り道、誰の足取りも、来た時より確かなものになっていた。


いかがでしょうか?


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