第189話「二つ目の証、猫の見立て」
マランの世界、一日一話、連日投稿してます。
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部屋には、まだ、剣戟の余韻が漂っていた。
崩れ落ちた騎士の向こう、奥の壁が、静かに光り始めていた。
文字が、一画ずつ浮かび上がっていく。
「受けし加護を、磨きしもの。その恩恵を奉らん」
読み終えると同時に、ワングの中で、何かが、はっきりと像を結んだ。
「幻の右手の、形が……わかるでござる」
自分の右の手首の先を、じっと見つめる。
これまでは、意識しても、ぼんやりとしか捉えられなかった感覚だった。
「私も」
ノリアが、掌を握りしめる。
「内側にある魔力の、輪郭みたいなものが、はっきりした」
「私は、癒しの波が、なんとなく違う気がする」
ミラが、自分の手を見つめながら呟いた。
「たぶん、あれ、全回復くらいまで、届くようになった」
「私は……」
ネリスが、耳を立てる。
「なんか、よくわかんないけど、道に迷うことはない、って感じ」
「相変わらず、感覚的でござるな」
ワングが、小さく笑った。
一人だけ、口を開かない者がいた。
「兄さん?」
ネリスが、そっと声をかける。
「ああ……何か、変わった、気がする」
スルが、戸惑ったように、自分の盾を見下ろしていた。
「変わった、というのは」
「わからない。ただ、確かに、何かが」
はっきりしない言葉のまま、スルは、口をつぐんだ。
「大丈夫? 具合悪いとかじゃない?」
ミラが、心配そうに顔を覗き込む。
「悪いところは、ない。ただ、掴みきれない」
スルが、自分の盾を、もう一度見下ろした。
「スル殿は、他の皆と違って、加護を貰っておらぬでござるからな」
ワングが、腕を組みながら言う。
「今回の恩恵が、どういう形で届いたのか、余計に掴みにくいのかもしれぬ」
「そうかもね」
カインも、頷いた。
そのとき、カインの傍らに、ふっと白い影が現れた。
「ミー?」
カインが、驚いて足を止める。
いつの間にそこにいたのか、足音一つ聞こえなかった。
「カイン、今回の二つ目の証、わかっているか」
ミーが、静かに問いかけた。
その口調は、いつもより、いくらか改まって聞こえた。
「正直、俺もよくわかってない」
カインが、素直に答える。
「壁の文字は読めたけど、実際、何がどう変わったのか」
「聞くだけ聞いても、わからぬままでは、次に活かせぬでござるしな」
ワングも、頷いた。
「じゃあ、一層のエランドのところへ行って、確認した方がいいでござるな」
ワングが、腕を組んだ。
「あの猫、都合よくいつも待ってるわけじゃないでござるが」
「でも、行けば大抵、何かしら教えてくれる」
カインが、答える。
「賛成」
ネリスが、すぐに頷く。
異論を唱える者は、誰もいなかった。
「にゃー」
ミーが、それだけ言うと、来た時と同じように、ふっと姿を消した。
呼び止める間もなかった。
「相変わらず、気まぐれでござるな」
ワングが、苦笑する。
誰も、それを咎めはしなかった。
クロスロードへ帰還する前に、六人は五層から一層へと向かった。
「跳躍門、使うでござる」
ワングが、既に訪れたことのある一層の景色を思い描きながら、呪文を唱える。
「跳躍門!」
淡い光の輪が、六人の足元に広がった。
瞬きひとつのあいだに、周囲の景色が変わる。
見覚えのある、一層の石畳だった。
「便利でござるな、これは」
ネリスが、辺りを見回しながら感心する。
「エランドは、こっち」
ネリスが、迷いなく先頭に立つ。
その足取りに、ためらいは、まるでなかった。
石畳の広間には、既に、黄金の毛並みの猫が待ち構えていた。
「二つ目の証を確認しに来たのだろうな」
エランドが、香箱座りのまま、六人を見上げる。
「ちと待て」
短く言うと、低く、何事か呟いた。
広間の中央に、黒い塊が渦を巻き、やがて人の形を取っていく。
「見世物か、これは」
ダダが見たら、そう言いそうな光景だった。
「まずは、盾役」
エランドの視線が、スルを射抜いた。
「拙者……いや、俺、か」
戸惑いながらも、スルが前へ出る。
黒い塊が、剣とも斧ともつかない武器を、まっすぐに振り下ろした。
スルは、ほとんど反射的に、盾を掲げる。
これまでなら、腕ごと弾かれてもおかしくない一撃だった。
だが、盾は、微動だにしなかった。
重い一撃が、あっさりと、いなされた。
「あ……!」
スルが、思わず声を上げた。
「解ったか」
エランドが、興味なさそうに続ける。
「元の防御力から、おそらく数倍。その上、防具の作り手の加護も、重ねて乗る」
「それは、ダダの加護も、加わるということでござるか」
ワングが、確かめる。
「まあ、そう考えても良い」
エランドが、素っ気なく答えた。
「数倍って、どれくらいだろう」
ネリスが、興味津々に聞く。
「己で確かめろ。数字で言われても、実感が湧かぬだろう」
にべもなく、はねつけられた。
「まあ、それもそうか」
ネリスが、肩をすくめる。
「次は、召喚」
エランドの視線が、カインへ移る。
黒い塊は、微動だにしなかった。
「魔法使いを、呼べるか」
「……はい」
カインが、掌の紋様に触れ、ララを呼び出す。
現れたララが、カインを一度、静かに見た。
その一瞬の間に、何を確かめたのかは、わからなかった。
そして、黒い塊へ向けて、杖を構える。
「火花炎」
放たれた炎は、ノリアのそれには及ばないまでも、第一階梯とは思えない威力だった。
黒い塊が、あっけなく崩れ落ちる。
ララは、小さく微笑み、カインに向かって一礼した。
そのまま、光の粒となって消えていく。
「凄まじいでござるな、それにしても」
ワングが、思わず呟く。
「見たか」
エランドが、続ける。
「今後、お前のレベルが上がれば、召喚する魔物も、同じように強くなる」
「今までは……」
「今までは、召喚が可能になった時のまま、止まっていたはずだ。うまく使え。ただ」
「ただ?」
「召喚できる魔物は、三体までだ。同時には、無理だな」
エランドが、あくびをするように、片目を細めた。
「三体、って、ゴーレムとララで、もう二体でござるが」
ワングが、指を折る。
「なら、あと一体、余地があるということだ。深読みはお主らの勝手だがな」
エランドが、興味なさそうに言い捨てた。
「では」
踵を返しかけたエランドを、ノリアが呼び止める。
「ちょっと、待って」
「なんだ」
「私は?」
「解っていないのか」
エランドが、呆れたように、尻尾を一振りした。
「十分に魔力を練り上げれば、その分だけ、桁違いに強い魔法が放てる。もう、実際に見ただろう」
「それは……見た、けど」
自分でも、まだ半信半疑だった。
「ちゃんと、使いこなせ」
言い捨てるように、続ける。
「ついでに言えば、治癒師には、桁違いの治癒能力が。隻腕の侍には、失っていた分の力が、ようやく行き渡っただけのことだ」
「行き渡っただけ、というと」
ワングが、問い返す。
「新しく与えたわけではない、という意味だ。お主が、既に持っていたものだ」
「では、癒しの波が全回復になった、というのは……」
ミラが、恐る恐る聞く。
「己の手で、確かめれば良かろう」
エランドが、面倒くさそうに、目を細めた。
「いちいち、答え合わせを求めるでない」
エランドは、それ以上、詳しくは語らなかった。
六人を、ぐるりと見回す。
「まだ、五つある」
「五つ……」
「ただ」
「ただ?」
「その証に、たどり着けなければ、まあ、無理だがな」
そう言い捨てて、エランドの姿は、音もなく掻き消えた。
広間には、六人だけが、しばらく残された。
「相変わらず、説明が足りないでござるな、あの猫は」
ワングが、苦笑する。
「でも、やることは、ちゃんとやってくれる」
ミラが、静かに付け加えた。
「たどり着けなければ、無理、か」
ノリアが、その言葉を、繰り返す。
「脅しなんだか、激励なんだか、よくわからないでござるな」
ワングが、頭を掻いた。
「たぶん、両方だよ、あの猫の場合」
カインが、苦笑交じりに言う。
「五つ、か」
カインが、空になった広間を見つめる。
まだ見ぬ扉の先が、五つ。
その重みを、六人は、それぞれの形で噛みしめていた。
「戻ろう」
カインの一言に、六人は、頷き合う。
クロスロードへの帰り道、誰の足取りも、来た時より確かなものになっていた。
いかがでしょうか?
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