第188話「二つ目の証、蘇る二刀」
マランの世界、一日一話、連日投稿してます。
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その夜、ヘクサインの食堂で、六人は額を突き合わせていた。
退いてきたばかりの気配が、まだ誰の顔にも残っている。
湯気の立つ皿には、ほとんど手がつけられていなかった。
退いた、という選択自体は、誰も間違っていたとは思っていない。
それでも、悔しさは、皆の胸の奥に残っていた。
守りの聖歌を二重に重ねても、業炎獄を二連発しても、焦げ跡しか残せなかった相手だ。
生半可な策では、また同じ結果になる。
「二つ目の部屋、どう崩すか、だよな」
カインが、水の入った杯を回しながら切り出す。
「防御だけは、六体そろって、堅かったでござるな」
ワングが、頬杖をついたまま言った。
「あれ、多分、個々の腕じゃない。何か共通の仕掛けがある」
ミラが、静かに付け加える。
「仕掛けが何であれ、力で押し切るしかないでござろう」
ワングが、腕を組む。
「押し切るって言っても、今日と同じ手じゃ、また空振りだよ」
ネリスが、尻尾を揺らしながら口を挟んだ。
「だから、加護と言っても、な」
カインが、話を戻す。
「私たちの持ち札、あらためて並べてみる?」
ミラが、指を折りながら続けた。
「スルは、その時いなかったし」
「拙者は、まだ何も」
スルが、静かに答える。
その声に、皮肉げな響きはなかった。
「カインは召喚、ミラは治癒力、ネリスは道案内」
ノリアが、順に指を折っていく。
「残るのは……」
「ノリアの魔力と、ワングの右手、ってことになるでござるか」
ワングが、後を引き取った。
「ノリアの魔力って、さらに磨きをかけることが出来るの?」
ネリスが、耳を傾けながら聞く。
「わかんない。試したこと、ないから」
ノリアが、正直に答えた。
「魔力強化、って加護、そういえば、ずっとファイア止まりの頃から一緒だったよね」
ミラが、思い出すように言う。
「うん。ずっと、それだけだと思ってた」
ノリアが、小さく頷いた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「拙者の右手でござるが」
ワングが、静かに切り出す。
「今は、いつ使えるかもわからぬでござる。ちょっと、意識してみようと思うでござる」
「私も、意識して詠唱してみる。どうなるかは、わかんないけど」
ノリアが、掌をじっと見つめながら言った。
「賛成」
スルが、短く応じた。
「まあ、行ってみて、駄目だったら、また出直すか」
カインが、軽く笑って締めくくった。
その夜は、いつもより早く、それぞれの部屋へ引き上げた。
明日への構えを、言葉ではなく、眠りで整えるように。
翌朝、六人は身支度を終え、フォージタウンを抜けてエアへ向かった。
これまでの道のりが、いつになく静かに感じられた。
クロスロードに立ち寄ると、リゼットが短く声をかけてくる。
「行ってらっしゃい」
いつも通りの、事務的な一言だった。
その素っ気なさに、今日は少しだけ、背中を押された気がした。
門をくぐり、四層の通路を抜け、視界が白く染まる。
瞬きひとつのあいだに、五層の景色が広がった。
白い道を抜け、見慣れた扉の前に立つ。
刻まれた文字は、前回と同じだった。
「七つの試練。ひとつにつき、ひとつの恩恵あり」
そして、その続き。
「得た加護を、さらに磨くことが次の道となる」
前回と、変わらぬ文言。
だが、それを読む六人の顔つきは、昨日とは違っていた。
「今度こそ」
カインが、扉に手をかけた。
音もなく、扉が開いていく。
その先には、前回と同じ六人の剣士が、静かに立っていた。
ロングソード、レイピア、バスタード・ソード、大斧、長槍、そして両手にそれぞれ剣を握る一人。
並ぶ姿も、構えの角度さえも、前回とまったく同じに見える。
部屋の空気は、変わらず冷たく、静まり返っていた。
「来るでござるな」
「封癒!」
カインが、片手を掲げる。
前回は空振りに終わった備えだが、使わない理由もなかった。
「守りの聖歌!」
ミラの声とともに、淡い光が六人を包んだ。
「ゴーレム!」
光の中から、ゴーレムが現れる。
「頼む」
スルが、盾を構え、前へ出た。
ゴーレムとスルが、六体の出足を正面から受け止める。
大斧の一撃が、ゴーレムの肩を打ち、石の破片が飛んだ。
バスタード・ソードの剣士が、続けてスルの盾へ斬りかかる。
「まだ、まだ持つ」
スルが、歯を食いしばりながら踏みとどまった。
長槍の穂先が、隙間を縫って伸びてくる。
「そっちは、こっち!」
ネリスが、素早く回り込み、爪でその軌道を弾いた。
「助かる」
スルが、短く応じる。
前衛の三人が、崩れることなく踏ん張り続けていた。
その隙に、ワングは籠手に手をかけていた。
右の手首の先、いつもは何も括りつけていないそこに、籠手を締め直す。
(想うでござる)
失った右手の感覚を、そこに描く。
『失った右手を、再び』
ふっと、右の手首の先に、確かな感覚が戻った。
左に佩いた村雨を、すらりと抜く。
続けて、右に佩いた氷姫も抜いた。
村雨は、左の掌に。
氷姫は、幻の右の掌に。
かつての、双剣のワングが、そこに立っていた。
村雨と氷姫、二つの刃の重みを、一度だけ確かめる。
「行くでござる」
低く、そう呟いた。
一方、ノリアは、静かに詠唱を練っていた。
目を閉じ、自分の内にある魔力を、じっと意識する。
「あ……これだ」
小さく呟き、そのまま杖を振った。
「雷殺!」
すさまじい雷が、一直線に敵の一人を貫く。
音もなく、その体が消え去った。
「今の、威力……」
ミラが、思わず息を呑む。
これまでの雷殺とは、明らかに手応えが違っていた。
だが、感心している暇はなかった。
ワングが、地を蹴っていた。
左の村雨と、幻の右の氷姫が、同時に振るわれる。
二体の剣士が、なすすべもなく崩れ落ちた。
残るは、三体。
「嘘……」
ネリスが、思わず声を漏らす。
「ワング殿が、二刀で戦うところ、初めて見た」
カインも、剣を構え直しながら、驚きを隠せずにいた。
「まだ、いける」
ノリアが、再び魔力を練り上げる。
「業炎獄!」
すさまじい炎が、二体をまとめて呑み込んだ。
その二体は、そのまま崩れ、消えていく。
だが、最後の一体――双剣の騎士だけが、剣の腹で炎を薙ぎ払っていた。
焼け跡ひとつ残さず、平然と立っている。
「剣で、火を払った……?」
ネリスが、目を見開く。
「剣技で、あそこまで出来るのか」
カインも、低く呟いた。
「下がっていろ」
ワングが、静かに、だが強く言った。
誰も、異を唱えなかった。
それぞれが、一歩ずつ下がっていく。
ワングは、その双剣の騎士と、正面から向き合っていた。
間合いを図りながら、互いに一歩も引かない。
(この太刀筋、やはり)
かつて、若き日に目標としていた、誰かの型に似ている。
その既視感を、ワングはまだ、誰にも話していない。
答えの出ない問いは、いつも、この手合わせの中で蘇る。
だが、今はそれを追う時ではなかった。
「拙者が、超えるでござる」
低く、そう告げる。
周囲では、ゴーレムとスルが残りの気配を警戒しながら、ワングの間合いを崩さぬよう位置を保っていた。
ノリアも、次の詠唱に備え、杖を握り直す。
だが、誰も、割って入ろうとはしなかった。
これは、ワング一人の間合いだと、全員がわかっていた。
騎士の二刀が、同時に振り下ろされた。
重い一撃が、二方向から迫る。
左の村雨が、一本を跳ね上げる。
右の氷姫が、もう一本を受け止め、そのまま押さえ込んだ。
鋼と鋼がぶつかる音が、部屋いっぱいに響いた。
騎士の腕が、なおも力を込めてくる。
だが、幻の右手は、疲れを知らなかった。
押し合いは、一瞬にも、永遠にも感じられた。
騎士が、体勢を立て直そうと、わずかに剣を引く。
そのほんのわずかな隙を、ワングは見逃さなかった。
幻の右手が、氷姫で相手の剣を封じたまま、籠手の内側に隠していた小太刀を握った。
人の手では、決してできない動きだった。
小太刀が、相手の胸へと、まっすぐに走る。
誰にも、真似のできない動きだった。
騎士の体が、大きく揺れた。
驚愕に、大きく見開かれた、その双眸。
幻の右手は、なおも氷姫をしっかりと支え続けている。
手首から先のない、その右腕だけが、確かに、相手の左胸へと突き立てられていた。
いかがでしょうか?
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