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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第六部 迷宮エア編 五層

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第186話「一つ目の証、静める声」

マランの世界、一日一話、連日投稿してます。


よろしくお願いいたします。


フォージタウンの槌の音を背に、六人はエアへ向かった。

「行ってこい。留守は任せろ」

ダダが、工房の戸口から短く声をかけてくる。

「盾、頼りにしてる」

スルが、軽く頭を下げて応えた。

「壊れたら、また持ってこい。すぐ直す」

ダダのぶっきらぼうな言葉に、誰もが小さく笑う。

その足で立ち寄ったクロスロードでも、リゼットに一言だけ声をかけられた。

「行ってらっしゃい」

いつもと変わらぬ、事務的な口調だった。

その素っ気なさが、今日はどこか、ありがたく感じられた。

その言葉を最後に、六人はエアの入り口をくぐった。

これまでの通路とは違う道を進み、四層で見慣れた部屋の連なりを抜けていく。

やがて視界が白く染まり、瞬きひとつのあいだに、景色が変わった。

エアの五層は、静まり返っていた。

これまでの階層とは、何かが違う。

石造りの壁は四層と変わらないのに、足音さえ、やけに大きく響いて聞こえた。

灯りも、これまでより一段暗い。

壁に手を触れると、ひやりとした感触が指先に残った。

「妙に静かでござるな」

ワングが、村雨の柄に手を添えたまま呟いた。

「休憩みたいな階層、って言ったの誰だっけ」

ネリスが、耳を伏せながら言う。

「わたし」

ミラが、素直に手を挙げた。

「前言、撤回する?」

「まだ、わからないよ」

軽口を叩き合いながらも、六人の足取りは慎重だった。

昨夜、ヘクサインで交わした言葉が、まだ頭のどこかに残っている。

迷宮に飲み込まれる世界。

目覚めぬズール。

七段階の修行。

どれも、実感の湧かない話ばかりだったが、足を止める理由にはならなかった。

「スル、盾の調子は」

カインが、隣を歩くスルに聞いた。

「まだ、試してない」

スルが、短く答える。

ダダが仕上げたばかりの盾を、スルはまだ実戦で振るっていなかった。

その機会は、思ったより早く訪れることになる。

通路の先に、見覚えのある形の扉が現れた。

「四層の、あの扉に似てるでござるな」

ワングが、目を細める。

扉には、これまでとは違う筆致で、文字が刻まれていた。

「七つの試練。ひとつにつき、ひとつの恩恵あり」

カインが、声に出して読み上げる。

「進むも英断、引き返すも決断。その力を見せよ」

しばらく、誰も口を開かなかった。

「決断、か」

ネリスの尻尾が、ゆっくりと揺れる。

「引き返す、って選べるんだ」

「選べる、って書いてあるだけかもね」

ミラが、静かに付け加えた。

「今さら、引き返す気はない」

カインが、迷わず言い切る。

「それも、わかりきっているでござるよ」

「引き返すも決断、とはいえ、でござるが」

ワングが、文字をもう一度、指でなぞる。

「英断と決断、わざわざ書き分けているのが、少し気になるでござるな」

「褒めてるのと、そうじゃないの、みたいな?」

ネリスが、首を傾げた。

「かもしれないでござるし、そうじゃないかもしれぬ」

ワングが、村雨をゆっくりと抜いた。

六人の視線が、扉の一点に集まる。

カインが、扉に手をかけた。

音もなく、扉が開いていく。

その先にいたのは、輪郭さえ定まらない、黒い何かだった。

見ている間にも、形を変えていく。

粘土をこねるように、渦を巻き、伸び縮みを繰り返す。

やがてそれは、人型(ひとがた)へと姿を変えた。

「来る!」

ネリスの声と同時に、それが六人へ襲いかかる。

「ゴーレム!」

カインの呼び声に応え、光の中からゴーレムが現れた。

六人の前に立ちはだかり、最初の一撃を真正面から受け止める。

重い衝突音が、部屋いっぱいに響いた。

ゴーレムは、揺らがない。

ワングが、村雨を横に薙ぐ。

だが敵は、紙一重の間合いで、それをかわしていく。

スルが、新しい盾ごと体をぶつけた。

刃が届く寸前、見えない壁に阻まれる。

盾そのものは、傷ひとつつかなかった。

(悪くない)

スルは、そう思いながら、体勢を立て直す。

ネリスの爪が、隙を探して幾度も伸びた。

どこにも、届かない。

「硬いだけじゃ、ない」

ネリスが、舌打ちする。

「じゃあ、これは」

ノリアが、杖を構えた。

「雷殺!」

雷が、まっすぐ敵を貫く。

黒い体が、音を立てて崩れていった。

――終わった。

そう思った、次の瞬間だった。

低く、聞き取れない声が響く。

崩れかけていた体が、みるみる形を取り戻していった。

「詠唱、でござるか」

ワングが、目を細める。

「これじゃ、切りが無い」

カインが、苦い顔をした。

「なら」

カインが、片手を掲げる。

「静黙」

「静黙」

ワングも、同時に唱えた。

低い声が、途中で途切れる。

再生していた体が、そこで止まった。

止まった、と思った瞬間、黒い体が大きく腕を振るった。

「来るでござる!」

ワングの声に、全員が身を伏せる。

風を切る音が、頭上を通り過ぎていった。

「まだ、動けるんかい」

ネリスが、体を起こしながら舌打ちする。

「なら、止まってるうちに」

「よし、行くぞ!」

カインの号令に、六人が動く。

ゴーレムとスルが、左右から敵の攻撃をいなしていった。

その隙を突き、ネリスの手刀が首筋を捉える。

手応えはあったが、まだ崩れない。

「拙者もでござる」

ワングの掌から、業炎獄が放たれた。

炎が、黒い体を包み込む。

それでも、敵は倒れなかった。

「もう一発」

ノリアが、再び「雷殺」を唱える。

雷が、燃え尽きかけた体を貫いた。

もう、声は聞こえない。

再生することもなく、それはそのまま崩れ、消えていった。

静けさが、部屋に戻ってくる。

「終わった、のか」

ネリスが、辺りを見回した。

答えるように、部屋の奥に、新しい扉が浮かび上がる。

扉には、また新しい文字が刻まれていた。

「再生を無効化する魔法、アルカナ第六階梯『封癒』を授かりし者。次なる扉を開かん」

カインが、その文字を、ゆっくりと読み上げた。

「封癒……」

ノリアが、繰り返す。

言葉にした瞬間、頭の奥に、何かが流れ込んでくる感覚があった。

呪文の形が、はっきりと刻まれている。

これまで覚えてきたどの呪文とも、少し手触りが違った。

温かくもなく、冷たくもない。

ただ、静かに居座っている、という感じだった。

「拙者にも、来たでござる」

ワングが、自分の手のひらを見つめた。

「俺にも」

カインが、静かに頷く。

三人の中に、同時に、同じ呪文が根を下ろしていた。

「再生を、封じる魔法……」

ミラが、静かに呟いた。

「これから先も、こういう手合いが出るってこと、だよね」

ノリアの問いに、誰も、すぐには答えなかった。

杖を持つ、あの魔物のことを、誰もが思い出していた。

それでも、口に出す者はいない。

「一つ目は、超えられたでござるな」

ワングが、開いた扉の先を見据える。

その向こうに、また新しい闇が、静かに口を開けていた。

「再生を止める魔法、って」

ミラが、ふと呟いた。

「四層の、杖を持ってたサイクロプスにも、効いたのかな」

蘇生させていた、あの個体のことを、誰もが思い出す。

「試す機会が、また来るかどうかは、わからぬでござるな」

ワングが、静かに答えた。

はっきりした答えは、誰も持っていなかった。

「休むか、行くか」

カインが、皆の顔を見回す。

「あと六つ、あるんだよね」

ネリスが、指を折りながら呟いた。

「一気には、無理だと思う」

ミラが、静かに言う。

「今日のところは、ここまでにしよう」

カインの言葉に、誰も異を唱えなかった。

「怪我は」

ミラが、一人ひとりの顔を確かめるように見る。

「大丈夫」

「こっちも、平気」

「拙者も、かすり傷ひとつでござる」

大きな怪我人がいないことを確かめ、ミラは小さく息をついた。

「戻ったら、アーカイブにも報告、いる、よね」

ネリスが、思い出したように言う。

「新しい呪文の件も、含めてでござろうな」

ワングが頷いた。

「ティリー、また困った顔しそう」

ミラが、少しだけ笑う。

見えない地図の件から、ずっとそうなのだ。

わからないことを、わからないまま、几帳面に書き留めていく司書の姿を、六人ともよく知っていた。

新しい扉を背に、六人は来た道を戻り始めた。

「封癒、か」

ノリアが、掌をじっと見つめながら呟く。

自分の中に根づいた呪文の重みを、まだ測りかねているようだった。

街の光が、遠く、通路の先にちらついていた。


いかがでしょうか?


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