第185話「まどろむズール、託された挑戦」
マランの世界、一日一話、連日投稿してます。
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ノアとエアのスタンピードが収まってから、数日が過ぎていた。
街の喧騒は、すっかりいつも通りに戻っている。
それでも、六人の間には、まだ拭いきれない緊張が残っていた。
ノリアの手は、今もわずかに震えることがあった。
魔力を使いすぎた反動は、まだ完全には抜けていない。
スルの新しい盾は、ダダの手で仕上がったばかりだった。
出発前、工房に立ち寄ると、ダダが黙って盾を差し出した。
「試し斬りは、まだしてない」
「わかってる。大事に使う」
スルが、盾を受け取りながら答えた。
「五層、久しぶりの潜行でござるな」
ワングが、村雨の柄を確かめながら言う。
「護符、ちゃんと持ったか」
カインが、六人の顔を順に見た。
「持った」
「持ってる」
短い答えが、次々と返ってくる。
エアの入り口をくぐり、これまでの通路とは違う道を進んでいく。
四層で見慣れた、あの部屋の連なりが、次第に遠ざかっていった。
壁も、床も、これまでとは違う静けさを纏っている。
「敵の気配が、まるでないでござるな」
ワングが、刀の柄に手を添えたまま呟いた。
「休憩みたいな階層、なのかもね」
ミラが、周囲を見渡しながら言う。
油断はできない、と誰もがわかっていた。
これまでの階層で、そんな都合の良い場所はなかった。
護符が、六つとも同時に淡く光る。
その光に導かれるまま、六人は先へ進んだ。
やがて、視界が白く染まる。
瞬きひとつのあいだに、景色が変わっていた。
「ここ……」
ネリスが、辺りを見回す。
白い壁に囲まれた、一軒の家が建っていた。
戦いの気配は、どこにもない。
「たしか、五層だよな」
カインが、周囲を確かめるように歩く。
「一層の、エランドがいた所に、似てるでござる」
ワングが、白い壁を見上げながら呟いた。
似ている、というより、ほとんど同じだった。
なぜ、五層にまで同じ建物があるのか。
誰も、答えを持っていなかった。
「開けるしか、ないよね」
ミラが、扉に手をかける。
おそるおそる押し開けると、その先に、待っていた者がいた。
「遅かったな」
エランドだった。
猫の姿のまま、部屋の中央にちょこんと座っている。
「まあ、いろいろ聞きたいことはあるだろうが」
六人の都合など気にもせず、エランドは話し始めた。
「ここの迷宮のバランスが、崩れ始めている」
「魔物の生まれてくる速度が、徐々に加速している」
「バランスって……」
ノリアが、眉を寄せる。
「それが、ノアとエアの、あのスタンピードと関係あるのか」
カインが、身を乗り出した。
「その通りだ」
エランドが、短く頷く。
「迷宮のバランスを保つには、迷宮に潜り、そこの主を制御するしかない」
「主って、何をどうするでござるか」
ワングが、慎重に尋ねた。
「倒すのとは、違う」
エランドが、静かに答える。
「主を屈服させ、その力に、迷宮のバランスを預けさせる」
「詳しい手順は」
「潜って、その場で覚えろ」
エランドが、あっさりと言い切った。
「わからないことだらけ、でござるな」
ワングが、ため息をつく。
「危険度は、どれくらいなの」
ネリスが、耳を伏せながら聞いた。
「今のお前たちでは、話にならん」
エランドが、素っ気なく答える。
「では、どうすれば」
ワングが、身を乗り出した。
「まずは、最後まで聞け」
エランドが、軽く手を上げて制する。
「ノアとエアは、対応できる者がいる」
エランドが、六人を順に見る。
「だが、ズールは、かつてより潜ることすら、できていない」
「ズール……」
スルが、低く呟いた。
名前だけは、誰もが知っている。
未踏のダンジョン。
足を踏み入れた者が、一人もいないという迷宮だった。
「今が、目覚めぬ迷宮ズールだ」
エランドが、静かに続ける。
「お前たちなら、潜れるかもしれぬ」
「潜れる、かも……?」
ネリスが、聞き返す。
「ただ、現状なら」
エランドが、そこで一度、言葉を切った。
「潜った途端に、消え失せる」
「消え……」
ミラが、息を呑んだ。
部屋の空気が、一気に重くなる。
「時間があれば、徐々にエアの深層に潜っていって、強くなれば良い」
エランドが、六人を見回す。
「だが、時間がない」
「いきなりで悪いが」
エランドが、言葉を継いだ。
「迷宮での修行だ。七段階ある」
六人は、唖然として顔を見合わせた。
「七段階……」
カインが、ようやく声を絞り出す。
「その修行を、こなせば、ズールに潜れるようになるのか」
「なるはずだ」
エランドが、事も無げに答えた。
「はずって」
ネリスが、思わず突っ込む。
「わしにも、確証まではない」
エランドが、悪びれもせずに言った。
沈黙が、部屋を満たす。
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
(また、わからないままか)
カインは、拳を軽く握った。
それでも、聞かないよりはましだった。
「べつに、お前らが望まなければ、それでも良い」
エランドが、静かに言う。
「ただ」
「ただ?」
カインが、聞き返した。
「この世界は、迷宮に飲み込まれる」
その一言に、六人は、揃って言葉を失った。
街の喧騒も、フラグメンツの賑わいも、フォージタウンの槌の音も。
すべてが、目の前で消えていく光景が、脳裏をよぎった。
「……冗談、じゃないんでござるな」
ワングが、ようやく口を開いた。
「冗談で、こんなことは言わぬ」
エランドが、短く答える。
その声には、いつもの軽さがなかった。
ノリアは、杖を強く握りしめていた。
(また、あの終焉を、何度も撃つことになるのかな)
そう思うと、指先が冷たくなる。
「怖くない、って言ったら嘘になる」
ノリアが、小さく漏らした。
「拙者も、同じでござる」
ワングが、静かに頷く。
「なぜ、私たち?」
ノリアが、震える声で聞いた。
問いかけに、エランドは、しばらく黙っていた。
「さあな」
「俺にも、わからん」
「ただ、なぜか、お前たちなら、希望がありそうだとしか、言えんな」
そう言って、エランドは、笑った。
いつもと変わらぬ、軽い笑い方だった。
だが、その笑みの奥に、何か隠しているものがある気がした。
「希望、か」
カインが、その言葉を、繰り返す。
「軽く聞こえるでござるが、それしかないなら、仕方ないでござるな」
ワングが、刀の柄を握り直した。
「あたしは、逃げるつもりはない」
ネリスが、耳をぴんと立てる。
「兄貴も、一緒だし」
スルが、無言のまま、小さく頷いた。
「わたしも」
ミラが、静かに言い切る。
「ノリア、無理はしないで」
「無理は、するけど」
ノリアが、弱々しく笑った。
「やらない、とは言わない」
「なら、決まりでござるな」
ワングが、皆を見回す。
「決まりだ」
カインが、頷いた。
「七段階の修行、受けよう」
「その意気だ」
エランドが、満足そうに目を細める。
「詳しいことは、明日から追って伝える」
「今日のところは、帰って休め」
その一言に、六人は顔を見合わせ、白い部屋を後にした。
街へ戻る道すがら、誰も、多くを語らなかった。
迷宮に飲み込まれる世界。
目覚めぬズール。
七段階の修行。
どれも、まだ実感の湧かない話ばかりだった。
それでも、六人の足取りに、迷いはなかった。
夕暮れの街並みが、いつも通りの温かさで、六人を迎えていた。
その夜、ヘクサインの一室に、六人は集まっていた。
「ダダには、話すのか」
ミラが、静かに聞く。
「話す。あいつにも、関わることだ」
カインが、迷わず答えた。
「装備の見立ても、変わってくるでござろうしな」
ワングが、村雨を壁に立てかけながら言う。
ネリスは、窓の外の月を、しばらく黙って見つめていた。
「明日から、七段階、か」
ネリスが、ぽつりと呟く。
「一つずつ、片づけるしかない」
スルが、静かに答えた。
「わかってる」
ネリスが、小さく頷く。
ノリアは、杖を壁際に立てかけたまま、寝台に腰を下ろしていた。
(希望がありそう、なんて、随分な言われようだ)
それでも、その言葉に、すがりたい自分がいることも、認めていた。
「明日は、明日で考えよう」
カインが、皆を見回して言った。
「今夜くらいは、ゆっくり眠っておけ」
誰からともなく、小さく笑いが漏れる。
灯りを落とした部屋に、六人分の息づかいだけが、静かに残っていた。
いかがでしょうか?
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