第184話「ノアの悲鳴、桁外れの光」
マランの世界、一日一話、連日投稿してます。
ノリア、過去最強威力の呪文発動!!
門をくぐると、いつもの喧騒が六人を迎えた。
だが、纏う空気だけは、以前とは明らかに違っていた。
「エアは、収まったらしい」
出迎えたリゼットが、開口一番にそう告げる。
「スタンピードの兆候は、じきに消えたと」
「なら、良かった」
カインが、詰めていた息を、静かに吐いた。
「ただ」
リゼットの声が、そこで一段低くなる。
「ノアの方が、まだ片づいていません」
「え……?」
ノリアが、顔を上げる。
「ギルド長が、自ら出ています。一進一退、と聞いています」
「フラッドガードでは、収まる気配なしと」
リゼットが、手元の紙を確かめながら付け足した。
その一言で、六人の疲労が、ふっと引くのがわかった。
「あの人が、自分で」
ワングが、村雨の柄に、無意識に手をやった。
「余程のこと、でござるな」
「エアと、ノアが、同時になんて」
ミラが、眉を寄せる。
「今まで、聞いたことがない」
「俺たちも、行くべきだ」
カインが、迷わず言った。
「待って」
ミラが、間に入る。
「呪文の回数、まだ戻ってない」
「わかってる」
カインが、頷いた。
「それでも、行く」
「全員は、無理」
スルが、静かに言う。
割れた盾を、ちらりと見やった。
腕には、まだ癒しの波の痕が、うっすら残っている。
「わたしと、ネリスと、スルは、ここで待つ」
ミラが、先に申し出る。
「一番、動ける三人で、行って」
「悔しいけど、その通り」
ネリスが、耳を伏せた。
爪の先が、微かに震えている。
ノリアとワングが、視線を交わし、頷いた。
「俺たちで、行く」
カインの言葉に、異を唱える者はいなかった。
ノアの一層は、荒れ果てていた。
壁のあちこちに、爪痕とも焼け跡ともつかない傷が走っている。
床に転がる、割れた松明の残骸。
二層まで、すれ違う冒険者の姿はなかった。
「静かすぎるでござるな」
ワングが、刀の柄に手を添えたまま、周囲を窺う。
普段の賑やかな「浅瀬」からは、想像もつかない静けさだった。
(呪文は、まだ半分も戻っていない)
カインは、掌をそっと握り直した。
それでも、足を止める理由にはならなかった。
「三人だけで、足りるでござろうか」
ワングが、歩きながら呟く。
「足りるか、じゃない。足りるようにする」
カインが、前を見たまま答えた。
三層への階段が見えたところで、足が止まった。
唸り声と、剣戟の音が、下から絶え間なく響いてくる。
階段の手前、数人の冒険者が、横一列になって陣を張っていた。
矢が尽きかけた弓使いに、片膝をついた重装の剣士。
その中央に、ルーシェナがいる。
纏う気配だけで、これまで見た彼女とは別人だとわかった。
「来てくれたか」
振り返らないまま、彼女が言った。
「押されてる。手を貸してくれ」
「すぐに」
カインが、前へ出た。
「ややこしいが、六人で、パーティを組み直す」
ルーシェナの声に、迷いはなかった。
その一言で、陣にいた三人が、静かに列を抜けた。
代わって、ノリア、ワング、カインが、その場に加わる。
「へぇ。こんなことが、できるんだ」
ノリアが、思わず呟いた。
「まあ、戦闘中でなければな」
ルーシェナが、軽く笑う。
その笑みの下に、隠しきれない疲労が滲んでいた。
(六人の壁は、絶対のものじゃ、ないのか)
カインは、内心で首をかしげたが、今は考えている場合ではなかった。
「再度、行くぞ」
階段を降りると、光景が一変していた。
三層は、あふれる魔物で埋め尽くされている。
狼めいた影、甲殻の群れ、名も知れぬ影が、絶え間なく渦を巻いていた。
これまで見てきた、どの部屋の光景とも違う。
数そのものが、敵という感じすらしなかった。
「いったん、上がってくる分を止める」
ルーシェナが、前へ進み出た。
「業炎獄」
炎が、階段を駆け上がろうとする群れを、まとめて焼き払う。
熱気が、階段の下まで押し寄せてきた。
たった一発で、その規模かと、ワングが息を呑む気配があった。
「わたしと、ノリア、ワング、カインが、打てる最大の魔法を打つ」
ルーシェナが、振り返らずに告げる。
「あとの二人は、防御魔法で守れ。三層が見えたら、詠唱を始めろ。いいな」
三人が、揃って頷いた。
一段、また一段。
階段を降りるたび、うねる魔物の群れが、はっきりと見えてくる。
視界が開けると同時に、後ろの二人が声を上げた。
「防御魔法」
淡い光の膜が、六人の周りに広がる。
それを合図に、ルーシェナが叫んだ。
「終焉!」
「「終焉」」
ワングとカインの声が、重なった。
三条の光が、階下の闇へと吸い込まれていく。
轟音とともに、迷宮そのものが震えた。
だが、それでも。
奥から、まだ幾つもの咆哮が、途切れずに響いてくる。
「これだけ、やって……」
ノリアが、息を呑んだ。
ルーシェナが、振り返る。
まっすぐ、ノリアだけを見つめていた。
「あんたの番だ」
その一言で、すべてを悟った。
杖を握る手に、力がこもる。
十三番目の部屋で見た、あの瀕死の感覚が、脳裏をよぎった。
(今度は、勝手に暴発させたわけじゃない)
(頼まれて、託された一撃だ)
それでも、退く選択肢はなかった。
「無理は、するなよ」
カインが、短く声をかける。
「してない」
ノリアが、即座に返す。
していた。
魔力を、限界まで引き上げていく。
「終焉!!!!」
叫びと共に放たれた光は、ルーシェナたちのそれとは、まるで桁が違っていた。
すでに魔物のいなくなった三層を、黒い本流となって駆け抜けていく。
四層への階段を目指し、周囲の空間を歪めながら、下層へとなだれ込んだ。
直後。
すさまじい絶叫と、迷宮全体の揺れが、六人を包んだ。
そして、静寂。
「やったか」
ルーシェナが、すすけた顔で、苦く笑った。
三層は、静まり返っていた。
崩れた瓦礫の向こうから、風の抜ける音だけが聞こえてくる。
「本当に、終わったでござるか」
ワングが、刀を鞘に収めながら、辺りを見回す。
「たぶんな」
カインが、荒い息のまま答えた。
ノリアは、杖にすがるように、その場に膝をついていた。
「大丈夫か」
カインが、駆け寄る。
「平気。今度は、ちゃんと、加減した」
ノリアが、弱々しく笑った。
一撃で終わらせるための全力ではなく、六人がかりの上に乗せた、最後の一押し。
その違いだけで、体にかかる負担は、まるで別物だった。
「よくやった」
ルーシェナが、短く言う。
それだけで、十分だった。
救援に来ていた冒険者たちの間からも、安堵のどよめきが広がっていく。
クロスロードに戻ると、待っていた三人が、真っ先に駆け寄ってきた。
「無事……!」
ミラが、安堵の息を吐く。
「派手にやったな」
スルが、割れた盾を抱えたまま、口の端を上げた。
「そっちこそ」
ネリスが、ワングの焦げた袖に目をやる。
「両方とも、大変だったみたいじゃん」
「本当に、感謝する」
ルーシェナが、六人に向かって、深く頭を下げた。
「お前たちがいなければ、街は、魔物に呑まれていた」
「たまたま、動ける状態だったからです」
カインが、頭を掻く。
「エランドに言われて、五層から、すぐ帰還したので」
その経緯を、六人は順に語った。
ルーシェナは、黙って聞いていた。
聞き終えると、ゆっくりと頷く。
(間一髪、というやつでござるな)
ワングは、村雨の柄を軽く撫でながら思う。
もう少し五層に留まっていたら、と考えると、背筋が冷えた。
「にしても、六人で組み直すなんて、初耳だった」
ミラが、興味深そうにルーシェナを見る。
「あたしも、初めてやったよ」
ルーシェナが、肩をすくめた。
「迷宮が、なぜ許したのかは、わたしにもわからない」
その一言に、誰も驚かなかった。
わからないことは、いつも、そのまま積み上がっていく。
それでも、今日という日が、無事に終わったことだけは、確かだった。
「何かが、起きているんだろうな」
その呟きは、誰に向けたものでもなかった。
「迷宮に」
その一言に、六人は顔を見合わせた。
問いは、また一つ増えただけだった。
答えは、まだどこにもなかった。
窓の外、夕暮れの街は、いつもと変わらない喧騒を続けていた。
それでも、ルーシェナの呟きだけが、いつまでも六人の耳に残っていた。
いかがでしょうか?
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