第183話「止めれば、終わる」
マランの世界、連日投稿してます。
五層のお話から、一日一話とします。
よろしくお願いいたします。
エアの一層は、なおも魔物を吐き出し続けていた。
だが、六人とララの前では、それも数のうちに入らなかった。
襲いかかるより早く、剣が、爪が、炎が、相手を仕留めていく。
ワングの刀が、群れの先頭を一閃で薙ぎ払う。
スルの盾が、突進してくる獣を弾き飛ばす。
ネリスの爪が、闇に紛れようとする影を逃さず切り裂く。
ミラの剣と、ノリアとララの呪文が、後方から抜けてくる分を確実に仕留めていく。
途切れることなく、次々と現れる群れを、そのつど刈り取っていった。
「もう何度目でござろうな」
ワングが、刀を一振りしながら呟く。
「数えるだけ、無駄」
ネリスが、爪についた返り血を払いながら答える。
十数度目の群れを片づけたところで、ふと、辺りが静まり返った。
唸り声も、地響きも、ぴたりとやんでいる。
不自然なほどの静けさだった。
「終わった、のか」
スルが、盾を下ろしかけたその時、声が響いた。
「まだだ」
エランドだった。
「今回のスタンピードの元凶が、現れる」
「心せよ。こいつを止めれば、終わりだ」
声が消えると同時に、通路の奥から、重い足音が響いてきた。
一歩ごとに、床がわずかに揺れる。
現れたのは、杖を掲げた装甲の騎士、二体。
漆黒の甲冑に、赤い紋様が走っている。
その後ろに、通常の人間の倍はある背丈の、もう一体の騎士が立っていた。
両手に、それぞれ黒い刃を提げている。
纏う気配だけで、これまでの魔物とは、明らかに格が違うと知れた。
「装甲の騎士? 剣じゃなくて、杖?」
ネリスが、怪訝そうに聞く。
「あれは、魔法騎士だ」
エランドの声が、なおも続く。
「杖を、魔法で剣として振るう。そして、奴らを従えているのが、デーモンナイトだ」
「大将首は、あの大きいのでござるな」
ワングが、静かに刀を構え直した。
二体の魔法騎士が、杖を掲げ、同時に呪文を唱えた。
杖の先に、刃の形をした光が生まれ、二筋、こちらへ放たれる。
「庇護陣」
ワングが、間髪入れずに唱える。
「重ねる」
ララも、同じ呪文を杖から放った。
二重の光の壁が、六人の前に展開される。
光の刃が、壁に激突し、火花を散らして砕けた。
だが、二度目の斉射で、壁の表面に、細かな亀裂が走った。
「長くは、保たないでござるな」
「防ぎきったか」
カインが、剣を構えたまま前に出る。
だが、休む間はなかった。
デーモンナイトが、両手の双剣を、唸りを上げて振り抜いた。
狙いは、前衛のワング、スル、カインの三人。
「散れ!」
カインの声に、三人が左右に跳ぶ。
一撃が空を切り、床が大きくえぐれた。
土煙の向こうで、二の太刀が、間髪入れず追ってくる。
スルが、とっさに盾で受けたが、腕まで痺れが走った。
「一発で削られるでござるか」
ワングが、着地しざま、刃を返す。
「業炎獄」
ノリアが、魔法騎士の一体へ向け、炎を放つ。
炎が直撃し、装甲の一部が焼け落ちる。
だが、騎士はよろめいただけで、崩れなかった。
杖の先に、まだ薄く光の刃が灯っている。
「一発じゃ、足りないの」
ノリアが、舌打ちする。
「なら、二の太刀」
ネリスが、燃える騎士の隙をついて、爪を叩き込んだ。
炎で脆くなった継ぎ目が、そこでようやく崩れ落ちる。
「一体、落ちた」
ミラが、残るもう一体の魔法騎士へ、剣を向ける。
そちらは、デーモンナイトを庇うように、なおも杖を構えていた。
「そっちは、わたしが」
ミラの剣が、光をまとう。
「裁きの光」
一閃が、魔法騎士の胴を貫いた。
だが、こちらも一撃では沈まず、片膝をついただけだった。
「しぶとい……!」
崩れかけた騎士が、最後の力で杖を振り上げる。
とっさに、ミラが身をひねって躱した。
頬を、光の刃がかすめる。
「無茶するな」
カインの声に、ミラが小さく頷く。
「二撃目、いく」
ミラが、続けて剣を振り下ろした。
今度こそ、光の破片となって崩れ去る。
残るは、デーモンナイトただ一体。
双剣が、唸りを上げて、絶え間なく襲いかかってくる。
スルの盾が、一撃を受け止めるたびに、軋んだ音を立てた。
「重い……!」
スルが、歯を食いしばりながら踏みとどまる。
盾の表面に、幾筋もの亀裂が走り始めていた。
「今だ」
その隙に、ワングが懐へ飛び込んだ。
刀が閃くが、装甲に阻まれ、浅い傷しか残せない。
「硬いでござるな」
カインが、動きを目で追いながら、剣を構え直す。
十三番目の部屋で見てきた鎧の敵と、関節の作りはよく似ていた。
「関節、脇腹側が、薄い」
カインの声に、ネリスがすぐさま反応する。
「そこ、貰う」
ネリスの爪が、示された場所へ突き刺さる。
だが、装甲の下から、思いのほか硬い感触が返ってきた。
「思ったより、粘るね」
ネリスが、飛び退きながら舌打ちする。
その隙を突くように、デーモンナイトの双剣が、横薙ぎに払われた。
「危ない!」
ネリスの声に、スルが割って入り、盾で受け止める。
亀裂だらけの盾が、その一撃でついに真っ二つに割れた。
「スル!」
ミラが、駆け寄りながら杖を振る。
「癒しの波」
淡い光が、スルの腕を包み込み、痺れが引いていく。
「助かった。だが、盾が」
「得物は、あとで何とでもなる。今は、命が先」
ミラが、短く言い切った。
「今のうち、畳みかけるぞ」
カインの声に、全員が動いた。
スルが素手同然で押し込み、体勢を崩す。
ワングが、崩れた隙へ、二の太刀を叩き込む。
ミラの剣が、露わになった継ぎ目を貫く。
それでも、デーモンナイトは倒れなかった。
なおも双剣を握り直し、立ち上がろうとする。
「規格外、でござるな」
ワングが、荒い息をつきながら、刀を構え直した。
「気を引く。隙、作る」
ネリスが、デーモンナイトの背後へ回り込み、兜の隙間に爪を立てた。
苛立ったように振り向いた隙に、ワングとカインが、左右から斬りかかる。
だが、装甲はびくともせず、二人とも弾き返された。
このまま削り続けても、埒が明かない。
そう、誰もが感じ始めていた。
「滅却光、試すでござる」
ワングが、刀身に光をまとわせ、正面から斬り込んだ。
閃光が、デーモンナイトの胸元を貫く。
だが、傷口はすぐに黒い靄でふさがり、動きは止まらなかった。
「再生、するでござるか」
ワングが、舌打ちしながら飛び退く。
「魂縛、試す」
カインが、剣先を向け、呪文を唱えた。
黒い鎖が、デーモンナイトの四肢に絡みつく。
だが、巨躯が身をよじった瞬間、鎖はあっさりと引きちぎられた。
「拘束も、効かないか」
カインが、苦い顔で剣を構え直す。
「刻を、かけすぎでござる」
ワングが、荒い息の合間に言う。
「このままじゃ、こっちが先に保たない」
言い終わるより早く、デーモンナイトが、双剣を大きく振りかぶった。
狙いは、盾を失ったスルだった。
「危ない!」
カインが、身を投げ出すようにして、スルを突き飛ばす。
代わりに、カインの肩口を、刃がかすめた。
「カイン!」
ミラの悲鳴じみた声が響く。
「これくらい、大丈夫だ」
カインが、痛みに顔をしかめながらも、剣を握り直す。
だが、次の一撃が来れば、大丈夫では済まないと、誰もが分かっていた。
「ノリア、まだいけるな」
カインが、振り返らずに聞く。
「これで、決める」
ノリアが、杖を天へ掲げた。
「終焉」
天を裂くような閃光と共に、業火がデーモンナイトの巨躯を包み込む。
黒い靄も、再生の間もなく、炎の奔流に呑まれて消えていった。
咆哮が響き渡り、双剣が力なく床に落ちた。
やがて、それも静かに消えていった。
膝から崩れ落ちたデーモンナイトが、そのまま塵となって散る。
塵の中に、ドロップ品らしき輝きはなかった。
「終焉」を使った代償だと、皆、口には出さずとも承知していた。
体の奥に、レベルがひとつ下がったような、頼りない感覚が残った。
「これで、良かったんでござるよ」
ワングが、静かに言う。
「命に代えられるものは、ないでござる」
「カイン、肩、見せて」
ミラが、駆け寄りながら杖を構える。
「浄光」
温かな光が、肩口の傷を、じんわりと塞いでいく。
「悪い。世話になった」
カインが、肩を軽く回しながら、礼を言った。
短い静寂のあと、誰からともなく、息を吐いた。
「終わった、のか」
スルが、割れた盾を、名残惜しそうに見下ろす。
「終わったな」
カインが、剣を鞘に収めた。
見渡す一層は、いつの間にか、すっかり静けさを取り戻していた。
唸り声も、地響きも、もうどこにもない。
焦げ跡と、えぐれた床だけが、激戦の跡を物語っている。
「随分と、派手にやったでござるな」
ワングが、辺りを見回しながら、小さく笑う。
「装備の点検、必要だな」
カインが、スルの割れた盾を見やる。
「ダダに、また世話になるな」
スルが、苦笑しながら、盾の欠片を拾い上げた。
「あれが、本当に元凶だったのかな」
ノリアが、塵の消えた辺りを見つめながら呟く。
「エランドが、そう言ったんだ。信じるしかない」
カインが、静かに答えた。
それでも、エランドの声には、まだ何か含みが残っていたようにも思えた。
その正体を、確かめる術は、今はまだなかった。
「帰ろう」
カインの一言に、六人は、静まり返ったエアを一度だけ振り返り、来た道を戻り始めた。
いかがでしょうか?
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