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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第18話「三層の主、グラヴォル」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

朝一番で、五人はアーカイブに向かった。


「昨日の続き、お願いします」


カインが言うと、司書が待っていたように記録帳を広げた。


「三層のボス、記録が見つかりました」


「名前、あるんですか」


「あります。グラヴォル、と記されています」


聞き慣れない響きに、五人は顔を見合わせた。


---


「甲殻を持つ、巨大な多脚の生物です」


司書が、古い挿絵を指す。


黄ばんだ紙に、幾本もの脚を持つ影が描かれていた。


「地中を掘り進む習性があり、分岐廊下のあの入り組んだ構造は、この個体が長年掘り進んだ跡ではないか、という説もあります」


「あの分岐、全部こいつのせいかもしれないってことですか」


カインが、驚いた声を出す。


「あくまで、説です」


司書が、念を押す。


「証明された話ではありません」


---


「弱点は?」


ダダが、身を乗り出して聞く。


「甲殻の継ぎ目。関節部分です」


「それは、いつもの敵と同じですね」


「同じですが、規模が違います。過去の記録では、複数のパーティが撤退しています」


「撤退、って」


ネリスが、耳を伏せる。


「深追いせず引いた、ということです。全滅の記録はありません。ただ、無傷で勝った記録も、今のところありません」


司書の言葉は、素っ気なかったが、重みがあった。


---


「もう一つ、扉のことなんですが」


カインが、思い出したように聞く。


「昨日、押しても開かなかったんです」


「ああ、ボス部屋の扉ですね」


司書が、別の記録帳を開く。


「記録によると、パーティ全員が同時に触れて、力を込めることで開く、とあります」


「全員で?」


「一人や二人では、開かないようです。なぜそういう作りなのかは」


「わからない、と」


カインが、先回りして言った。


「わからない、です」


司書が、律儀に頷いた。


---


門をくぐり、二層を抜け、三層へ降りる。


見覚えのある分岐を、迷いなく進んでいく。


「今日で、ここまで来た道のりが、全部意味を持つな」


カインが言う。


「意味って?」


ネリスが聞く。


「ここまでの分岐、全部あいつが掘ったのかもしれないって考えると」


「考えたくなかった」


ネリスが、顔をしかめた。


「考えたところで、変わらないだろ」


ダダが、あっさり流す。


---


扉の前に着くと、五人は一度、足を止めた。


石造りの重い扉が、以前と同じ姿でそこにあった。


「今日は、開くはずだ」


カインが、扉に手をかける。


「全員で、だったな」


ダダが確認する。


「全員で」


五人が、扉に手を触れていく。


カイン、ダダ、ネリス、ノリア、ミラ。


五つの手が、冷たい石に並んだ。


---


「せーの」


カインの合図で、全員が力を込める。


石の擦れる重い音が、通路に響いた。


扉が、ゆっくりと、内側へ開いていく。


「開いた」


ネリスが、思わず声を上げる。


「開いた、な」


ダダが、扉の奥を覗き込みながら言う。


暗がりの向こうに、広い部屋の気配があった。


---


部屋の中は、思ったより広かった。


天井は高く、床には土がむき出しになっている区画がところどころにあった。


「土、か」


カインが、床に触れる。


「掘った跡、っぽいな」


ダダが、注意深く周囲を見渡す。


奥の暗がりに、何か大きなものが、じっと蹲っていた。


---


「いる」


ミラが、小さく声を上げる。


五人の視線が、一斉に奥へ向いた。


暗がりの中で、巨大な影が、ゆっくりと動き出す。


甲殻に覆われた、幾本もの脚。


長く伸びた胴体が、土を押しのけながら姿を現した。


「でかい」


カインの声が、掠れた。


---


グラヴォルが、頭部を持ち上げる。


甲殻の隙間から、赤黒い光がいくつも覗いた。


「あれ、目か?」


ネリスが聞く。


「わからない」


ダダが、短く答える。


わからないまま、グラヴォルが動き出した。


---


「来る!」


ダダが叫び、盾を構えて前に出る。


グラヴォルの脚の一本が、床を叩くように振り下ろされた。


重い衝撃が、通路を震わせる。


ダダの盾が、正面から受け止めた。


「重い!」


ダダの足が、深く沈み込む。


「耐えて!」


カインが、横から斬りかかる。


刃が、甲殻の表面で弾かれた。


「効いてない」


「本体、硬すぎる。関節狙え!」


ダダが叫ぶ。


---


ネリスが、素早く回り込む。


脚の付け根、甲殻の継ぎ目に、鋼の爪を突き立てた。


「入った!」


だが、手応えは浅い。


グラヴォルが、体をひねって振り払う。


ネリスが、吹き飛ばされた。


「うわっ!」


「ネリス!」


ミラが、すぐに駆け寄る。


「大丈夫?」


「大丈夫……痛いけど」


痛くないわけがなかった。


腕を押さえるネリスの顔が、青ざめている。


---


「浄光」


ミラの手から、淡い光が広がる。


痛みが、わずかに引いた。


「これで、応急」


「応急って」


「これ以上は、私の階梯じゃ足りない」


短い言葉に、限界の輪郭がにじんでいた。


---


「ファイア」


ノリアの一撃が、グラヴォルの側面を捉える。


爆発が、甲殻の一部を焼いた。


だが、傷は浅い。


「硬い」


ノリアが、呟く。


「範囲じゃ、決め手にならない」


「関節、狙えるか」


カインが聞く。


「狙う、けど、動いてる的だと精度落ちる」


正直な答えだった。


---


グラヴォルが、突然、地面に潜り始めた。


「潜った!」


ダダが、盾を構えたまま周囲を見回す。


「どこから来る?」


ネリスが、耳を伏せて気配を探る。


「わからない」


答えは、誰にも出せなかった。


---


床が、突然盛り上がった。


「右!」


ミラの声が飛んだ瞬間、グラヴォルが地中から突き上げるように現れた。


「くっ!」


カインが、辛うじて避ける。


だが、避けきれなかった衝撃が、肩をかすめた。


「カイン!」


ダダの声に、カインが顔をしかめながら答える。


「大丈夫……ではない、かも」


強がりが、途中で崩れた。


---


「浄光」


ミラが、すぐにカインの肩に光を当てる。


「これで、動ける?」


「動ける。ありがとう」


「まだ油断しないで」


ミラの声には、緊張が滲んでいた。


---


「潜られると、厄介だな」


ダダが、地面を睨みながら言う。


「潜る前に、足止めできないか」


カインが言う。


「潜る瞬間、動きが鈍る気がする」


ネリスが、様子を観察しながら言う。


「気がする、で行くしかないか」


「行くしかない」


ダダの声に、迷いはなかった。


---


再び、グラヴォルが潜ろうとする。


その瞬間、ダダが盾で地面を強く叩いた。


「今!」


ネリスが跳ぶ。


爪が、潜りかけたグラヴォルの脚の付け根に食い込んだ。


「入った、今度は深く!」


グラヴォルが、苦しむように身をよじる。


初めて、明確な悲鳴のような音が響いた。


---


「効いてる!」


カインが、剣を構え直す。


「ノリア、ここで一発、狙えるか!」


「狙う」


ノリアが、手をかざす。


グラヴォルの動きが鈍った隙を、正確に見極めていた。


「ファイア」


爆発が、露わになった関節を正確に捉えた。


甲殻の一部が、大きく砕けた。


---


だが、グラヴォルの反撃も激しくなった。


長い胴体をしならせ、五人を薙ぎ払うように振り回す。


「下がって!」


ダダが叫ぶが、間に合わなかった。


胴体の一撃が、ダダごとカインを弾き飛ばした。


「うわあっ!」


二人が、壁際まで転がる。


---


「ダダ! カイン!」


ミラが、すぐに駆け寄る。


ダダは、なんとか身を起こした。


だが、カインは、顔をしかめたまま動けずにいた。


「カイン、動ける?」


「……ちょっと、待って」


強がる余裕さえ、今回はなかった。


---


「浄光」


ミラが、光を当てる。


「まだ痛い」


カインが、正直に言う。


「深く入ってる。これ以上は……」


ミラの声が、初めて震えた。


(前と、同じかもしれない)


過去の記憶が、一瞬、脳裏をよぎった。


---


「間に合わなかった、あの時と」


ミラの中で、古い痛みが疼く。


だが、すぐに首を振った。


(今は、違う。今は、まだ間に合う)


自分にそう言い聞かせ、もう一度、光を強く込める。


「癒しの波」


第二階梯の光が、カインの肩から胸元にかけて広がった。


「……効いてる」


カインが、驚いたように呟く。


「起きられる?」


「起きられる。もう平気」


平気ではなかったが、動けるようにはなっていた。


---


「みんな、まだやれるか!」


カインが、立ち上がりながら叫ぶ。


「やれる」


ダダが、盾を構え直す。


「やるしかない」


ネリスが、爪を握り直す。


「あと一発で、決める」


ノリアが、静かに、だが確かな声で言った。


---


グラヴォルが、再び潜ろうとする。


だが、その動きに、以前ほどの勢いはなかった。


「今しかない!」


ダダが、盾ごと体当たりする。


グラヴォルの動きが、大きく崩れた。


「ネリス!」


「わかってる!」


ネリスが跳び、露出した関節に、深く爪を打ち込む。


甲殻が、大きく裂けた。


---


「ノリア、決めろ!」


カインが叫ぶ。


「決める」


ノリアが、両手をかざす。


これまでで、一番長く、集中していた。


「ファイア」


爆発が、裂けた甲殻の奥、露わになった核のような部分を直撃した。


グラヴォルが、大きく仰け反る。


---


「まだだ!」


カインが、最後の力を振り絞って踏み込む。


剣が、無防備になった脚の付け根に、深く突き刺さった。


グラヴォルの体が、大きく震える。


やがて、ゆっくりと、力を失うように崩れ落ちた。


---


しばらく、誰も動かなかった。


荒い息だけが、部屋に響いていた。


「終わった……のか」


カインが、剣を支えに、なんとか立っている。


「終わった」


ダダが、盾を下ろしながら頷く。


その声にも、疲労が色濃くにじんでいた。


---


「みんな、怪我は」


ミラが、すぐに確認に回る。


「カイン、肩、まだ痛む?」


「痛むけど、動く」


「動くなら、いい」


ミラの声に、安堵がにじんでいた。


(今度は、間に合った)


その一言を、誰にも聞かせず、心の中だけで噛みしめていた。


---


崩れ落ちたグラヴォルの体が、次第に灰のように崩れていく。


後には、これまで見たどの魔石よりも大きな結晶が、ひとつ転がっていた。


「でかい」


ネリスが、目を丸くする。


「これが、ボス級ってやつか」


カインが、拾い上げながら言う。


ずしりとした重みが、掌に伝わった。


---


部屋の奥、それまで見えなかった壁の一部が、音を立てて開き始めた。


「あれ」


ダダが、指差す。


石壁の奥から、下へ続く新しい階段が現れていた。


「開いた」


カインが、呟く。


「開いた、な」


ダダが、確かめるように頷く。


四層への道が、五人の前に、確かに開いていた。


---


「本当に、俺たちだけに開いてるのか」


カインが、階段を覗き込みながら言う。


「たぶん」


ダダが答える。


「たぶんで、いいのか」


「たぶんでいい。開いてるのは、事実だ」


ダダの言葉に、誰も反論しなかった。


---


「今日は、ここまでにしよう」


カインが、階段から視線を上げる。


「四層は、また今度でいい」


「賛成」


ダダが、即座に頷く。


「私も、もう限界」


ネリスが、座り込みながら言う。


「限界って、認めるの早くない?」


「早く認めた方が、楽だから」


開き直った答えに、誰も突っ込まなかった。


---


魔石を回収し、部屋を後にする。


扉の前で、カインが一度、振り返った。


「グラヴォル、か」


呟くように、その名を口にする。


「覚えとく必要、あるのか」


ネリスが聞く。


「なんとなく、覚えとくべき気がして」


理由になっていない理由だったが、誰も否定しなかった。


---


帰り道、五人の足取りは重かった。


それでも、口数は減っていなかった。


「今日、本気で死ぬかと思った」


カインが、正直に言う。


「思ったんじゃなくて、実際危なかった」


ダダが、訂正する。


「訂正しなくていいのに」


「事実だから、言っておく」


ダダらしい律儀さだった。


---


「ミラ、さっきの回復、いつもより速かったよな」


カインが言う。


「そう?」


「気のせいか、気迫が違った」


ミラが、少し黙る。


「気迫、あったかも」


短い答えの奥に、何か重いものが横たわっているのが、なんとなく伝わった。


誰も、それ以上は踏み込まなかった。


---


門を抜けて、外に出る。


日は、もう傾き始めていた。


「今日は、これで終わりだな」


カインが言う。


「終わりだな」


ダダが頷く。


「終わりでいい」


ネリスも、続いた。


---


エクスチェンジの窓口に、大きな魔石を持ち込むと、職員が目を見開いた。


「これ、ボス級ですね。査定に少し時間いただきます」


「お願いします」


カインが、疲れた声で答える。


「相当な額になりますよ、これ」


職員の言葉に、五人の顔が、少しだけ緩んだ。


---


フラグメンツに寄ると、ガラントがすぐに気づいた。


「お前ら、なんかあったな」


「三層のボス、倒しました」


カインが、答える。


「ボス?」


ガラントの手が、止まった。


「三層に、ボスがいたのか」


「グラヴォルって名前でした」


「グラヴォル……聞いたことある気がするな」


ガラントが、少し考え込むような顔をする。


「知ってるんですか」


「いや。気のせいかもしれん」


はぐらかされた気がしたが、誰も追及しなかった。


---


「とにかく、無事でよかった」


ガラントが、五人分の酒とつまみを、いつもより多めに並べる。


「サービスですか」


「サービスだ。今日ばかりはな」


素直な労いに、五人の肩から、少しずつ力が抜けていった。


---


「明日、四層行くか」


カインが、丼をつつきながら言う。


「行く」


ダダが、頷く。


「行くけど」


ミラが、続ける。


「今日みたいなの、もう一回あったら、私の階梯じゃ危ないかも」


正直な言葉だった。


誰も、それを否定しなかった。


「僧侶系、もう少し伸びるといいんだけどな」


カインが、呟くように言う。


「伸びるかどうかは、私にもわからない」


ミラの答えは、いつも通り、正直だった。


---


四層への道は、もう開いている。


だが、今日はもう、誰も動く気力が残っていなかった。


「明日、また来よう」


カインの声に、誰も異論はなかった。


グラヴォルが守っていた道の先に、まだ見ぬ四層が、静かに待っていた。


いかがでしょうか?


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