第180話「感謝の手紙、開かれる五層」
マランの世界、連日投稿してます。
毎日2話投稿中ですが、このエア四層の後は
一話投稿となります。
苦闘の末に、ようやく帰還を果たした六人だった。
体のあちこちに、まだ鈍い痛みが残っている。
擦り切れた装備の隙間から、乾いた血の匂いが漂っていた。
それでも、生きて戻れたという実感だけは、確かなものだった。
門をくぐる六人の足取りは重く、誰の口からも軽口ひとつ出てこない。
街の喧騒が、やけに遠くに聞こえた。
行き交う人々の笑い声が、別の世界のもののように感じられる。
真っ先に向かったのは、フォージタウンの工房だった。
槌を振るう手を止め、ダダが顔を上げる。
「随分と、遅かったな」
「長い戦いだった」
カインが、短く答える。
声には、隠しきれない疲労がにじんでいた。
それだけで、只事ではなかったことは伝わったらしい。
ダダは、黙って椅子を勧めた。
工房の隅に積まれた資材が、灯りを受けて鈍く光っている。
六人は、代わる代わる、あの部屋での出来事を語った。
過去のボスが弱点を変えて再登場したこと。
退路が封じられ、逃げ場のないまま連戦を強いられたこと。
極めつけは、ノリアが最後に放った「終焉」の代償で、危うく意識を失いかけた場面だった。
語るうちに、あの部屋の空気が、まざまざと甦ってくるようだった。
言葉を継ぐたびに、誰かの表情が微かに強張る。
「よく、無事だったな」
ダダが、低く言った。
「無事、ってほどでもない」
ネリスが、包帯の巻かれた腕を軽く持ち上げてみせる。
「それでも、帰ってきた」
スルが、静かに付け加えた。
その一言に、それ以上の説明はいらなかった。
翌日、六人はギルド長ルーシェナのもとを訪れた。
執務室に差し込む朝の光が、積まれた書類の上を静かに滑っていた。
苦戦の末に踏破したことを報告すると、ルーシェナは、しばらく黙って六人を見つめていた。
「四層の踏破例は、これで幾つ目になるか」
「そこまでは、把握してないでござる」
ワングが、正直に答える。
「記録上も、多くはない」
ルーシェナが、静かに続けた。
「あれだけの部屋がある四層で、最後まで辿り着いたパーティとなると、なおさら少ない」
その言葉の重みに、誰も、すぐには言葉を返せなかった。
窓の外を、鳥の影が一つ、音もなく横切っていく。
長い沈黙の後、ルーシェナが、ふっと表情を緩めた。
「生きて戻った。それが、何よりの報告だ」
「次の部屋は」
カインが、控えめに切り出す。
「まだ、確認できていない。無理をする必要はない」
ルーシェナが、静かに首を振った。
「休めるうちに、休んでおくといい」
その一言には、これまでの功績を労う響きがあった。
その言葉に甘え、六人は丸一日、体を休めることに費やした。
ヘクサインの一室で、傷を癒し、呪文の使用回数を回復させる。
眠りの中でさえ、あの部屋の光景がちらついたと、翌朝ぽつりと漏らす者もいた。
そして二日後。
再び、エアの四層へと足を踏み入れる。
見慣れたはずの通路が、今日は幾分か軽く感じられた。
十三番目の部屋は、静まり返っていた。
崩れ去った巨躯の跡には、まだ灰が薄く積もっている。
足を踏み入れても、何の反応も起きなかった。
その先へ進むと、これまで見たことのない扉が待っていた。
装飾のない、簡素な扉だった。
誰からともなく、視線を交わす。
「開けるでござるか」
ワングの問いに、カインが頷いた。
扉に手をかける。
今度は、文言は浮かばなかった。
ただ、静かに扉が開いていく。
その先にあったのは、これまでのどの部屋とも違う、円形の部屋だった。
戦いの気配は、どこにもない。
張り詰めていた空気が、ふっと緩むのを、誰もが同時に感じた。
部屋の中央に、小さな机がひとつ、ぽつんと置かれている。
机の上には、一通の手紙と、銀色に光る何かが並んでいた。
埃ひとつ積もっていないところが、かえって不自然だった。
まるで、たった今、誰かが置いていったばかりのように見える。
「手紙……?」
ミラが、恐る恐る近づく。
足音だけが、円形の壁にわずかに反響した。
そっと取り上げ、封を開いた。
手紙にはただ一言、こう記されていた。
「助かった。感謝しかない。もう巡り合うことはないかもしれないが――ご存じの六人より」
読み上げる声が、静かな部屋に落ちる。
誰も、すぐには反応できなかった。
「ご存じの、六人……」
ノリアが、その一文を、確かめるように繰り返す。
心当たりは、一つしかなかった。
そのとき、聞き覚えのある声が、どこからともなく響いた。
「十三は、お主たちと、もう一組、プラス、超えるべきものの数だろう」
エランドの声だった。
「そして、五層への潜入許可が出たということだ」
姿は、最後まで見えなかった。
声の余韻だけが、円形の部屋にしばらく漂っていた。
声が消えると同時に、銀色の品の横に、六つの護符が現れていた。
「増えて、る……」
ネリスが、目を見開く。
六人は、それぞれ護符を手に取った。
掌に、ほのかな温かさが伝わってくる。
不思議と、悪いものではないと、誰もがすぐに感じ取っていた。
「銀器は、あいつらが持っていったモノ、か」
カインが、銀色の品を持ち上げながら呟いた。
「護符は、五層へのパスか」
誰にも、確かめようはなかった。
それでも、その言葉に反論する者はいなかった。
その日のうちに、六人はクロスロードへと引き上げた。
その途中、工房に立ち寄り、ダダに銀色の品を見せる。
手に取ったダダが、目を見開いた。
「これ……あの時の、器と同じ形をしてる」
黒い竜を討った日、対の迷宮のダダ型の人物が持ち去った、あの器の面影が、確かにそこにあった。
指先でなぞる感触にも、覚えがあるようだった。
「向こうも、律儀なもんだな」
ダダが、柔らかく目を細める。
道すがら、誰も、多くを語らなかった。
確かめきれない感謝と、まだ見ぬ相手への思いが、それぞれの胸の内にあった。
街に戻ると、六人はその足でアプレイザルへ向かう。
窓口には、見慣れた鑑定士が座っている。
台の上の鑑定具に、カインが手をかざす。
淡い光が、しばらく灯り続けた。
「レベル、22ですね」
鑑定士が、記録紙をめくる手を止めた。
「それと……アルカナ・ノストス、両系統とも、全ての階梯の呪文を習得済みになっています」
「全部……?」
カインが、自分の手のひらを見つめた。
「使用回数は、万能士の上限どおり、各階梯三回のままです」
鑑定士が、淡々と付け加える。
七つの階梯すべてに、名を連ねる呪文。
その重みを、カイン自身、まだ測りかねているようだった。
「万能士で、全階梯というのは」
鑑定士が、珍しく言葉を継いだ。
「記録を遡っても、そう多くはありません」
「先代も、そうだったのか」
カインが、思わず聞き返す。
「そこまでは、こちらでも」
鑑定士は、それ以上を語らず、記録紙に視線を戻した。
わからないことは、わからないままにしておくしかない。
続いて、ネリスが台に手を触れる。
「レベル、26です」
「五つも、上がってる」
ネリスが、小さく息をついた。
耳の先が、心なしか誇らしげに揺れている。
ノリアが、静かに続いた。
「レベル、24です」
呪文の欄には、これといった変化はなかった。
それでも、ノリアは、満足そうに頷いた。
ミラの番になる。
「レベル、27です。全階梯の呪文も取得済です。」
「変化なし、ね」
ミラが、記録紙を覗き込みながら呟いた。
ワングが、村雨の柄から手を離し、鑑定具に触れた。
「レベル、28です。全階梯の呪文も取得済です。」
「拙者も、変化なしでござる」
ワングが、静かに笑う。
最後に、スルが、大きな手を鑑定具の上に乗せた。
「レベル、33です」
数字を聞いても、スルの表情はあまり変わらなかった。
それでも、頷く仕草だけは、確かなものだった。
六人は、記録紙を受け取り、アプレイザルを後にした。
護符の温もりだけが、掌にまだ残っている。
夕暮れの街並みを歩きながら、それぞれが、これまでの道のりを胸の内で振り返っていた。
最初の部屋から数えれば、随分と遠くまで来たものだった。
それでも、まだ旅の途中でしかないことも、皆がわかっていた。
五層に何が待ち受けているのか、誰にもわからない。
それでも、六人は、次の扉へ向かう足を止めるつもりはなかった。
長かった四層の記憶を胸に抱えたまま、六人はまた一つ、新しい扉の前に立とうとしていた。
いかがでしょうか?
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