第179話「賭けた終焉、開かれた道」
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杖持ちの一体を仕留めきれないまま、乱戦はなおも続いていた。
数はまだ、六体のまま。
一体たりとも、減っていない。
疲労だけは、確実に積み重なっていた。
それでも、狙いはいつの間にか一人に絞られていた。
その狙いの正確さが、かえって不気味だった。
「またノリアか!」
カインが、舌打ちしながら叫ぶ。
四体の棍棒持ちが、示し合わせたように、揃ってノリアへ迫っていた。
巨躯が迫る地響きが、腹の底まで響いてくる。
一番、消耗している者から潰す気なのは、もう疑いようがなかった。
悪意すら感じる、迷いのない動きだった。
「二体は、私が引きつける」
ネリスが、低い姿勢のまま横合いへ回り込む。
爪が、迫る一体の太い足へ深く食い込んだ。
痛みに怯んだ巨躯が、わずかに標的から逸れる。
浅い傷では、動きは止まらない。
だが、残る二体の勢いまでは止められない。
「させない」
スルが、盾を構えたまま、ノリアの前へ滑り込む。
太い棍棒の一撃が、盾に叩きつけられた。
重い衝撃音が、部屋いっぱいに響き渡った。
腕全体が痺れるほどの衝撃だったが、スルは踏みとどまる。
足の裏が、床に深くめり込んでいた。
「大丈夫……?」
ノリアが、青ざめた顔で背中越しに聞いた。
「平気」
スルが、短く答える。
その一言だけで、押し込まれている実感までは隠せていなかった。
額に滲む汗が、それを何より物語っていた。
「加護の盾!」
ミラの声が飛んだ。
淡い光が、スルの体を包む。
「加護の盾!」
続けて、ノリアにも同じ光がかけられた。
「ありがとう……!」
ノリアが、掠れた声で答える。
安堵の色が、青白い顔にわずかに戻った。
二重の防御に守られ、ようやく息をつく間ができた。
それでも、油断はできなかった。
一方、右手にいた杖持ちは、まだ体勢を崩していなかった。
「拙者が、決めるでござる」
ワングが、掌に残った力を絞り出すように構える。
「滅却光!」
白く濁った光が、防御ごと巨躯を貫いた。
貫かれた敵の体が、大きく傾いていく。
よろめく敵の隙を、カインが逃さない。
踏み込んだ剣が、一閃。
首が、鈍い音とともに地に落ちた。
光の粒子となって、巨躯が崩れていく。
「青黒、あと一つ!」
カインの声に、わずかな安堵が混じる。
だが、まだ半分だった。
誰の顔にも、安堵より緊張の方が色濃く残っていた。
「もう一体は、私がやる」
ノリアが、乱れた息のまま杖を握り直す。
「雷殺!」
「雷殺!」
二つの雷が、間を置かず重なって落ちた。
青白い光が、部屋全体を一瞬照らし出す。
最後の杖持ちが、声もなく崩れ去る。
「残り4体!」
ネリスが、爪から滴る血を振り払いながら叫んだ。
戦いの熱が、その声ににじんでいた。
安堵する間もなく、棍棒持ちの一体が、体勢を立て直して踏み込んでくる。
「雷殺!」
ノリアの雷が、その膝を撃ち抜いた。
崩れ落ちる巨躯を、ワングが見逃さない。
「もらった!」
村雨が、深く突き立てられる。
手応えとともに、巨躯が崩れ落ちていった。
「残り3体!」
スルが、盾を構え直しながら短く数えた。
気を抜く暇は、どこにもなかった。
だが、残る三体は、これまでよりずっと頑強だった。
膝を折らせても、すぐにまた立ち上がってくる。
その頑強さに、誰もが息を呑んだ。
削っても削っても、埋まらない差のように思えた。
「回復も、もう底が見えてる」
ミラが、震える声で漏らす。
「攻めの手駒も、似たようなものでござる」
ワングが、荒い息のまま応じた。
疲労の色が、その声にも滲んでいた。
誰も、次の一手を軽々しく口にできる状態ではなかった。
重い沈黙が、束の間、六人を包んだ。
「もう出し惜しみしてる場合じゃない」
ノリアが、杖を両手で構える。
「業火弾!」
「業火弾!」
二重の炎が、三体をまとめて呑み込んだ。
「雷殺!」
「雷殺!」
ワングの雷が、炎の上から追い打ちをかける。
「業炎獄!」
カインの炎が、さらに重なった。
三つの攻撃が、同時に敵を襲っていた。
轟音とともに、三体の巨躯が大きく揺らぐ。
視界が、濃い土煙に覆われていく。
土煙が晴れた後も、三体は、まだそこに立っていた。
深く傷つきながらも、倒れない。
焦りの色が、六人の表情に濃く滲んでいた。
「まだ、こんなに耐えるのか……」
ミラが、掠れた声で呟く。
誰の顔にも、これ以上の手駒があるようには見えなかった。
重い沈黙が、その場を支配していた。
三体の巨眼が、なおも六人を見据えていた。
削られても削られても、目の光だけは衰えない。
「仕方ない。いちかばちか……」
ノリアが、震える声で呟く。
その声には、覚悟の重みがにじんでいた。
杖を握る手に、力がこもった。
指先が、白くなるほどだった。
「ノリア、無理は……!」
カインが、止めようと声を上げかけた。
「他に、手が無い」
ノリアが、短く遮る。
これ以上、時間をかければ、こちらの体力が先に尽きる。
誰もが、それをわかっていながら、口には出せずにいた。
せめてもの備えにと、カインが、掌をノリアへ向ける。
「まだ、一回だけ……!」
「加護の盾!」
ミラがかけていた光の上に、もう一枚、薄い盾が重なった。
淡い光が、二重に折り重なって輝いていた。
だが、言い終わるより早く、ノリアはすっくと立ち上がっていた。
「終焉!」
声を張り上げた瞬間、これまでとは違う何かが、荒れ狂いながら三体を包み込む。
空気そのものが、軋むように震えた。
視界を白く染める光が、部屋中に満ちる。
三体が、跡形もなく崩れ落ちる。
長かった戦いに、ようやく終止符が打たれた。
だが、同時に、猛烈な跳ね返りが六人を襲った。
「うぐっ……!」
全員が、その場に膝をつく。
耳の奥まで、鈍い痛みが響いていた。
中でも、ノリアの様子が明らかにおかしかった。
加護の盾を二重にかけられていたはずなのに、糸が切れたように倒れ込む。
誰もが、その異変にすぐ気づいた。
「ノリア!」
ミラが、駆け寄りながら悲鳴を上げた。
抱き起こしても、息がほとんど感じられない。
ミラの手が、小刻みに震えていた。
「完全治癒!」
残り僅かな光が、ノリアの体に注ぎ込まれる。
祈るような手つきで、ミラが光を送り込んでいく。
長い一瞬の後、かろうじて息が戻った。
その場にいた全員が、安堵の息を漏らした。
「次は、スル……!」
ノリアを庇って盾ごと弾き飛ばされていたスルも、深い傷を負っていた。
ミラが、震える手で最後の完全治癒を重ねる。
手の震えが、消耗の深さを物語っていた。
「みんなにも……!」
カインが、残った力を振り絞って両の掌を掲げる。
「群癒!」
淡い光が、六人全体を柔らかく包んだ。
強張っていた指先に、わずかな温もりが戻る。
ミラも、癒しの波を絞り出すように唱え続ける。
最後の力を振り絞るような詠唱だった。
強張っていた六人の体から、少しずつ力が戻ってくる。
肩を大きく上下させるワング、村雨を杖代わりにして立つカイン、盾に寄りかかったまま動かないスル。
満身創痍という言葉が、これほど似合う場面もなかった。
ネリスも、爪を握ったまま、その場にへたり込んでいた。
誰も、口を開く元気すら残っていなかった。
荒い呼吸だけが、部屋に響いていた。
六人が、ようやく体を起こせるようになった頃。
いつの間にか、背後の扉が、音もなく開いていた。
「勝ったのか? 終わったのか?」
カインが、掠れた声で呟く。
誰も、すぐには答えられなかった。
実感の伴わない表情が、六人の間に広がっていた。
答える代わりに、六人はしばらく、その場に座り込んだままでいた。
崩れ去った巨躯の跡には、灰と粉塵だけが静かに積もっている。
音一つない静けさが、部屋全体を包んでいた。
これまでの部屋のボスたちが、代わる代わる立ちはだかり続けた、あの長い一続きの戦いだった。
それが今、ようやく途切れている。
その事実が、まだ実感として追いついていなかった。
「終わった、んだよな……?」
ネリスが、確かめるように呟いた。
誰も、すぐには頷けなかった。
確かに、何かが終わったのだと体が知っていた。
それでも、開いた扉の先から、これまでとは違う静かな空気が流れ込んでくる。
苦労の連続だった戦いが、ようやく終わっていた。
いかがでしょうか?
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