第178話「立ち上がる影、定めた的」
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サイクロプス六体が、闇の奥でゆっくりと膝を伸ばしていく。
土色ではない、あの青黒い肌が、松明の淡い光を鈍く弾いていた。
たった今、部屋の奥から立ち上がってきたばかりの六体を前に、六人の足が自然と止まる。
消耗しきった体では、後ろへ引く余力すら怪しかった。
誰の呼吸も、まだ整いきっていない。
だが、目を凝らすと様子がおかしい。
六体のうち、四体は見覚えのある体格だった。
見覚えのある威圧感が、そのまま伝わってくる。
一番目の部屋で相対した個体と、丸太のような棍棒、隆起した筋肉、すべて同じ造りをしている。
残る二体だけが、明らかに違った。
肌の色こそ同じ青黒だが、棍棒の代わりに節くれ立った杖を握っている。
一つ目の奥に灯る光も、他の四体よりずっと深く沈んで見えた。
得体の知れない気配が、そこだけ違って見えた。
「四体は前と同じ」
ワングが、村雨の柄に手をかけたまま呟く。
「残る二体は、得物からして違うでござる」
「杖を持つ化け物なんて、聞いたことない」
ネリスが、低く唸った。
「嫌な予感しかしない」
スルが、盾を握り直しながら短く答える。
「これが最後と思いたい」
カインが、掌を握り締めながら言う。
願うだけの言葉だと、本人が一番よくわかっていた。
それでも、口にせずにはいられなかった。
「ともかく防御魔法をかける」
ミラが、杖を強く握り直す。
残っている手駒を、頭の中で数え直す暇さえない。
「守りの聖歌!」
淡い光の帯が、六人の体を包み込んだ。
「一回しか使えないけど」
カインが、両の掌を六人へ向ける。
「守りの聖歌!」
もう一枚、薄い光の膜が重なった。
これで、パーティ全体にかける防御魔法は、二人とも出し切っている。
残された手駒の少なさが、誰の頭にもよぎった。
「これで、耐えるだけ耐える」
カインが、短く言った。
六体のサイクロプスが、揃って踏み出してくる。
床が、重い足音を立てて震えた。
容赦のない一斉攻撃だった。
床全体が、重い震動に揺れていた。
狙いは、一人に集中している。
「ノリア!」
スルの叫びが届くより早く、太い棍棒が、ノリアめがけて振り下ろされた。
一番、消耗していた者へ、迷いなく的を絞った動きだった。
悪意すら感じさせる、正確な狙いだった。
「加護の盾!」
ミラの声が飛ぶ。
淡い盾が、ノリアの体を覆った瞬間、棍棒の一撃がそこで止まる。
衝撃だけが、ノリアの足元を大きく揺らした。
痺れるような余波が、足の先まで伝わってくる。
「ありがとう、ミラ!」
ノリアが、青ざめた顔のまま礼を言う。
膝が、まだ小さく震えていた。
「私にも、まだ杖はある」
ノリアが、自分に言い聞かせるように呟く。
「とにかく、逃げるか防御しかない」
カインが、周りを見回しながら叫ぶ。
「治癒呪文が、もう無い!」
言葉の重みに、六人の間を緊張が走った。
誰も、すぐには次の言葉を継げなかった。
「完全治癒が2回、癒しの波が3回、あったはずでござるが」
ワングが、確かめるように聞く。
「その2回も、この後の部屋に取っておきたい」
ミラが、苦しげに答えた。
出し惜しみと呼ぶには、あまりに切実な理由だった。
誰も、それ以上は問い詰めなかった。
「なら、削るしかないでござる」
ワングが村雨を鞘へ収め、両の掌を構え直した。
剣を捨てたわけではない。
呪文にも頼らなければ、削り切れないというだけだった。
掌に集まる熱が、じわりと強さを増していく。
「業炎獄!」
赤黒い炎が、渦を巻きながら二体を呑み込む。
「もう一つ!」
間を置かず、二重目の炎が放たれた。
「業炎獄!」
炎に炙られた個体が、次々と膝を折っていく。
四体のうち、二体が地に沈んだ。
焦げた匂いが、部屋に広がっていった。
その隙に、ネリスが低い姿勢のまま踏み込んだ。
爪が、残る一体の脛へ深く突き刺さる。
スルも盾で押し込み、もう一体の動きを封じにかかった。
「やったか?」
ネリスが、爪を構えたまま呟く。
安堵にはまだ早い問いだった。
誰の胸にも、拭えない不安が残っていた。
杖を持つ一体が、低く喉を鳴らす。
聞き取れない言葉が、部屋の空気を震わせた。
倒れていたはずの二体が、ゆっくりと肩を持ち上げる。
焼け焦げていた皮膚が、みるみるうちに元の色を取り戻していった。
崩れかけていた膝が、再び伸びていく。
誰の目にも、信じがたい光景だった。
「え、呪文を唱えるサイクロプスって!」
カインが、声を裏返らせて叫ぶ。
これまで、棍棒と膂力だけで押してきた敵だった。
杖を持つ二体だけが、まったく別の性質を隠し持っている。
「今の詠唱、ワングの終焉とは違う響きでござった」
ワングが、荒い息の合間に呟いた。
聞き覚えのない、異質な言葉だったという実感だけが残る。
得体の知れない不気味さが、場を包んだ。
「削っても削っても、埋め合わせされたら終わらない」
ミラが、青ざめた顔で呟く。
一番、恐れていた展開だった。
「まずは、青黒を攻めよう!」
カインの声に、六人が身構え直した。
倒しても立ち上がる相手を、いつまでも削り続ける余裕はない。
誰もが、それを痛いほど理解していた。
先に沈めるべきは、立たせている側だった。
「拙者とネリスで、右の一体を」
ワングが、村雨を再び抜き放つ。
「私も」
ネリスが、低い姿勢のまま踏み込んだ。
「なら、俺とスルで左を」
カインが、剣を握り直しながら頷く。
「ミラとノリアは、後ろで支えてくれ」
「わかった」
ミラが、杖を胸元へ引き寄せる。
ノリアも、震える手で杖を掲げ直した。
蘇った二体を含む六体すべてが、じりじりと間合いを詰めてくる。
体のあちこちに傷を負ったまま、誰も足を止めない。
痛みよりも、焦りの方が勝っていた。
肩で息をするワング、傷ついた手を握り直すネリス、盾を支えに立つスル。
誰の顔にも、余裕は残っていなかった。
痛みを堪え、誰も足を止めなかった。
それでも、退く道はどこにもない。
六人は、青黒い杖の影へ向かって、揃って踏み出した。
ワングが、村雨を右手に、右側の一体へ真っ直ぐ駆けた。
杖を持つサイクロプスが、その動きを見て、太い節の杖を横に薙ぐ。
村雨が、杖の一撃を弾き返した。
火花が散り、腕全体に鈍い痺れが走る。
痛みを堪え、ワングは体勢を崩さなかった。
「速い……!」
ワングが、思わず呻いた。
棍棒の四体より、明らかに動きが軽い。
その隙を、ネリスが逃さなかった。
低く沈んだ体が、杖を持つ腕の関節めがけて跳ぶ。
爪が、皮膚の奥まで深く食い込んだ。
「そこ!」
短い悲鳴のような唸りが上がる。
杖を握る指の力が、わずかに緩んだ。
好機を逃すまいと、ネリスは息を詰めた。
左側では、カインとスルが、もう一体の杖持ちへ肉薄していた。
太い唸りとともに、口が呪文の形に開きかける。
「させるか!」
カインが、剣を斜めに振り上げる。
切っ先が、開きかけた口先を貫いた。
言葉になりかけていた音が、途中で潰れる。
詠唱は、最後まで紡がれなかった。
安堵する間もなく、次の脅威が迫っていた。
「今のうち……!」
スルが、盾ごと体当たりを叩き込む。
巨体が、大きくよろめいた。
だが、残る棍棒の四体は、いまだ健在のままだった。
「私も、まだやれる」
ノリアが、震える手で杖を構え直す。
大技はもう残っていない。
それでも、削られた腕を狙うくらいなら、火花炎一発でも意味はある。
「火花炎!」
小さな炎が、ネリスに抉られた腕の傷口へ突き刺さった。
痛みに悶えるように、巨体が大きく仰け反る。
小さな一撃でも、確かな効果があった。
「よし……!」
ノリアが、汗ばんだ額を拭う暇もなく、次の隙を探し始めた。
「ミラ、今のうちに息を整えて」
カインが、後方へ短く声をかける。
「わかってる。回復は、ここぞの時のために」
ミラが、杖を握ったまま、六人の様子に目を配り続けていた。
蘇った二体が、うなりを上げながら、再び間合いを詰めてくる。
一体を抑え込んだだけでは、まだ何一つ終わっていない。
残る敵の数を思うと、気は抜けなかった。
「まだ、これで半分でござるな」
ワングが、荒い息のまま呟いた。
答える余裕は、誰にもなかった。
部屋の中に、六対六の乱戦が、なお続いていく。
いかがでしょうか?
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