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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第177話「尽きる手駒、色を変えた影」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


四体のサーベルタイガーが、闇の奥で低く唸っている。

金色の瞳が、八つ、揃って六人を見据えていた。

闇の奥から、低い唸りが絶え間なく響いてくる。

以前、刃を収めたまま耐え続けた、あの部屋の主だった。

だが、今は誰も、刃を収めるつもりでいなかった。

張り詰めた気配が、部屋全体を包んでいた。

「前の二体より、明らかに数が多い」

カインが、剣を構え直しながら呟く。

「まともにぶつかれば、押し切られるでござるな」

ワングが、村雨の柄に手をかけたまま応じた。

四体の巨躯が、じりじりと間合いを詰めてくる。

低い唸り声が重なり合い、部屋そのものが震えているようだった。

肌がひりつくような緊張が、六人を包んでいた。

退路のないこの階では、後ろへ下がるという選択肢自体が存在しない。

進むか、削られるか、二つに一つだった。

「とりあえず、魔法で何割か削りたい」

カインが、周りを見回しながら言った。

数を減らせるなら、それに越したことはない。

誰の顔にも、余裕は残っていなかった。

「防御も唱えておく」

ミラが、杖を強く握り直す。

先に守りを固めておかなければ、削る前にこちらが崩される。

「守りの聖歌!」

淡い光の帯が、六人の体を包み込んだ。

肌の上を、薄い加護の膜が滑るように広がっていく。

これで、最初の一撃だけは、まともに受けても崩れずに済む。

それでも、油断はできなかった。

四体の巨躯が、揃って前脚に力を溜め始めた。

「業炎獄はもう無いの」

ノリアが、悔しげに杖を握る手を見つめた。

四体まとめて薙ぎ払う手駒は、もう手元に残っていない。

以前なら、この一言で済ませられる場面ではなかった。

自分の主力が欠けていることを、認めるしかない状況だった。

悔しさを噛み殺すような声だった。

「業火弾!」

代わりに放たれた炎が、四体をまとめて呑み込む。

以前ほどの威力はないが、確かな手応えがあった。

四体の毛皮が、焦げた匂いを放ち始める。

「拙者も、続くでござる」

ワングが村雨を鞘に収め、代わりに右の掌を突き出した。

剣一辺倒だと思われがちだが、まだ切れる手札は残っている。

「侍だからと、剣しか使わぬわけではないでござる」

自分に言い聞かせるように、ワングが小さく付け加えた。

「業炎獄!」

村雨とは異なる、赤黒い炎の渦が四体へ襲いかかる。

滅多に使わない一撃だったが、狙いは外れなかった。

赤黒い炎が、じわりと敵の体を炙っていく。

二重の炎を浴びた四体のうち、二体が特に深い手傷を負っていた。

毛皮が焼け焦げ、足取りが目に見えて鈍くなっている。

残る二体も、勢いこそ削がれたものの、まだ牙を失ってはいなかった。

傷ついた二体の足取りが、はっきりと乱れているのが見て取れた。

好機は、そう長くは続かない。

「今のうちに!」

ネリスが、低い姿勢のまま踏み込んだ。

爪が、傷ついた一体の喉元を正確に切り裂く。

断末魔の唸りもなく、巨躯が力を失って崩れていく。

血の匂いが、かすかに漂った。

「こっちも」

スルが、盾で押し込みながら、もう一体へ体当たりを叩き込んだ。

弾き飛ばされた巨体が、そのまま起き上がらなくなる。

重い音を立てて、床が軋んだ。

二体のサーベルタイガーが、相次いで崩れ落ちていく。

「残り2体!」

カインの声に、六人の緊張が一段上がった。

だが、残る二体の動きは、傷ついた仲間よりずっと速い。

まだ手傷一つ負っていない分、勢いも衰えていなかった。

残る二体の目に、なおも獰猛な光が宿っていた。

六人は、それぞれ息を整えながら、次の動きへ神経を尖らせる。

一体が、低く身を沈めたかと思うと、跳躍した。

狙いは、後方で杖を握るノリアだった。

「危ない!」

カインが、間に合うかどうかもわからないまま踏み込む。

剣が、跳びかかる巨躯の喉を、間一髪で貫いた。

生温かい血が、カインの腕を伝って落ちる。

心臓が、まだ激しく打っていた。

「っ……ありがと」

ノリアが、崩れ落ちる巨体を横目に、掠れた声で答える。

心臓が、まだ早鐘を打っていた。

一歩でも踏み込みが遅れていたら、と思うと背筋が冷える。

冷や汗が、こめかみを伝った。

「礼はあとだ」

カインが、剣を引き抜きながら短く返した。

残る一体が、牙を剥き出しにして威嚇する。

仲間を三体失ってなお、目の光は衰えていなかった。

追い詰められてなお、獣は退く気配を見せない。

「拙者が、仕留めるでござる」

ワングが、掌に残った力を絞り出すように構えた。

「滅却光!」

白く濁った光が、防御ごと巨躯を貫いていく。

ぎりぎりのところで光が届き、最後の一体が崩れ落ちた。

四体分の重みが、部屋の床にようやく静けさとなって落ち着く。

静寂が、束の間、部屋を満たした。

膝から力が抜けたように、ワングがその場に片膝をつく。

村雨だけでなく、掌の呪文にまで頼らざるを得なかった戦いだった。

「危なかったでござるな、正直」

「ノリア、大丈夫か!」

ミラが、駆け寄りながら叫んだ。

跳躍を受け止めた際の傷は、見た目以上に深かった。

「完全治癒!」

強い光が、ノリアの体を包み込む。

裂けた傷が、みるみるうちに塞がっていった。

温かな光が、傷口を優しく包み込んでいた。

「助かった……」

ノリアが、息をつきながら立ち上がる。

だが、他の五人も、それぞれ限界に近い消耗を隠せずにいた。

肩で息をするスル、息の上がったネリス、剣を杖代わりにするカイン。

誰の顔にも、余裕と呼べるものは残っていなかった。

荒い息づかいだけが、部屋に響いていた。

「大丈夫か、スル」

ネリスが、兄の様子を覗き込みながら聞く。

「平気」

スルが、短く答えた。

その一言だけでは、消耗の度合いまでは伝わらない。

スルの表情から、本当のところは読み取れなかった。

だが、それ以上を語らないのが、いつものスルだった。

「手遅れになるとマズイから」

ミラが、杖を構え直す。

「群癒!」

淡い光が、六人全体を柔らかく包んだ。

強張っていた体から、わずかに力が戻ってくる。

それでも、疲労の色までは消えなかった。

「これで、完全治癒があと2回」

ミラが、指を折りながら数える。

「癒しの波が、3回」

その数字に、誰も余裕の表情は見せなかった。

誰もが、次の展開を思い、表情を曇らせていた。

「大群癒は、まだ戻らないんでござるな」

ワングが、確かめるように聞く。

「戻らない。ヘクサインで休まないと」

ミラが、力なく首を振った。

「回復も、ぎりぎりの手札で回してる状態」

カインが、乾いた声で呟く。

「攻めの手駒も、似たようなものでござる」

ワングが、右の掌を見つめながら言った。

削れるだけ削った実感が、掌の奥にまだ残っていた。

疲労が、じわりと体の奥に沈んでいく。

「二番目の部屋は、これで終わりでござるな」

ワングが、村雨の柄を握り直しながら周りを見る。

「次は……」

カインが、記憶をたどるように呟いた。

逆順にたどるなら、あと一部屋。

そこまで来た、という安堵が、束の間、六人の間をよぎった。

その安堵は、長くは続かなかった。

だが、十三番目の部屋の前例を思えば、油断できる保証はどこにもない。

同じ相手が、弱点を変えて再登場した、あの多段戦の記憶がまだ新しい。

言い終わるより早く、部屋の奥に、新たな気配が満ちていく。

一つ、二つ、三つと、輪郭が浮かび上がった。

四つ、五つ、六つ。

見覚えのある巨躯が、次々と闇の中に立ち上がっていく。

「サイクロプス、6体……」

ネリスが、低く呻く。

一番目の部屋で最初に相対した相手のはずだった。

だが、その巨体を覆う肌の色は、記憶にあるものと違っていた。

かつて倒した個体は、くすんだ土色の肌をしていたはずだった。

今、目の前に並ぶ六体は、揃って青黒く沈んだ色をしている。

「え、前の時のサイクロプスと、色が違う……」

ノリアが、目を細める。

「別種、か?」

その問いに、誰も答えを持ち合わせていなかった。

単なる再登場ではないのかもしれない、という不安だけが残る。

誰の顔にも、隠しきれない緊張が浮かんでいた。

「色が違うだけなら、まだいいけど」

ネリスが、爪を構え直しながら呟く。

「弱点まで変わってたら、厄介でござるな」

ワングが、荒い息のまま応じた。

疲れ切った体に、なおも力を込め直す。

六つの巨眼が、揃って六人を見下ろす。

低い唸り声が、部屋の空気を震わせた。

消耗しきった体のまま、六人は、無言でそれぞれの得物を構え直した。

いかがでしょうか?


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