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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第176話「注ぎ尽くす祈り、迫る牙」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朽ちた白骨の眼窩と、フードの奥の双眸が、揃って六人を見据えていた。

冷たい沈黙が、部屋の底に沈んでいる。

リッチが、二体。

魔女が、二体。

物理の一切を寄せつけない相手だと、六人はもう知っている。

苦い経験から、いやというほど学んでいた。

剣も爪も、ここでは何の役にも立たない。

退路のない部屋の中、後がないことだけは、誰の頭にもあった。

重い緊張が、六人の間を満たしていた。

指先まで、冷たく強張っていた。

「前は、雷殺と業炎獄の三連発だったな」

ワングが、記憶をたどりながら村雨に手をかける。

無意識の仕草だと、本人も気づいていない。

抜いたところで、意味はない。

わかっていて、それでも手が動いた。

得物を握る意味のなさが、かえって焦りを煽った。

スルとネリスも、前へ出るに出られず、身構えたまま立ち尽くしている。

誰もが、次の手を探しあぐねていた。

「跳ね返る威力の下限も、結局わからないままでござったな」

苦い記憶を辿るような口ぶりだった。

「今、それを確かめてる余裕はない」

ミラが、杖を強く握り直した。

「この後は、ゾンビ系出ないから」

「聖魔法、全部打つ!」

言い切ったミラの声に、迷いはなかった。

迷いを振り切るような、強い響きだった。

不死系にしか、まともに刺さらない一撃を、出し惜しみする理由がもうない。

ミラの目に、迷いのない光が宿っていた。

その決意が、ミラの背筋を伸ばしていた。

「頼んだ!」

カインが、短く応じる。

その一言に、迷いは感じられなかった。

ミラが、大きく息を吸い込んだ。

「終末の裁き!」

白い光が、二体のリッチへ向けて放たれる。

眩いばかりの光に、ネリスが思わず目を覆った。

温かくも刺すような光が、部屋中を満たす。

間を置かず、もう一度。

「終末の裁き!」

出し惜しみのない、二連続だった。

光の奔流が、部屋全体を白く染め上げる。

杖を握るミラの手が、反動でびりびりと痺れている。

それでも、ミラは杖を離さなかった。

痛みを堪えるように、唇を固く結んでいる。

「守護の盾!」

ワングが、残った力を絞り出すように、結界を張り直す。

これで、正真正銘、最後の一枚だった。

村雨を握る手が、微かに震えている。

消耗の色が、ワングの顔にも滲んでいた。

光を浴びたリッチの体が、輪郭からぼろぼろと崩れていく。

崩れる音が、乾いた音を立てて響いた。

骨が、粉のように風化していく。

乾いた音を立てて、白い破片が舞い落ちた。

「消えて……いく」

カインが、目を見開いた。

予想以上の効果に、言葉を失っていた。

二体とも、跡形もなく消え去った。

静けさが、束の間、部屋に戻る。

「効いた……!」

ネリスが、拳を握る。

予想外の呆気なさに、逆に戸惑うほどだった。

「前は、もっと手こずったのに」

ノリアが、驚いたように呟いた。

「不死系には、格別に効くってことでござろう」

ワングが、短く応じる。

経験に基づいた、確信めいた口調だった。

だが、魔女たちは、まだ健在だった。

油断のならない気配が、なおも漂っている。

フードの下から、くぐもった声が漏れる。

空気が、ひりつくように張り詰めた。

誰もが、身構えを解けずにいた。

二体の杖の先に、赤い光が集まり始めた。

「来る、詠唱でござる!」

ワングが、鋭く叫んだ。

「「業炎獄!」」

二重の炎が、六人めがけて押し寄せる。

熱波が、肌を刺すように迫ってきた。

「守りの聖歌!」

ミラが、間髪を入れずに唱えた。

淡い光の膜が、六人を覆う。

薄い加護の膜が、肌の上を滑るように広がった。

炎の熱が、肌を焼く寸前で和らいだ。

「くっ……!」

それでも、衝撃までは殺しきれない。

六人の足が、そろって後ろへよろける。

熱の余韻が、肌にじわりと残った。

スルが、崩れかけたネリスの腕を、とっさに支えた。

「大丈夫か!」

カインが、声を張り上げる。

「何とか……!」

ネリスが、荒く息をつきながら答えた。

炎の残り火が、床のあちこちで小さく揺れている。

焦げた匂いが、鼻の奥に張り付いた。

なんとか、耐えた。

それでも、消耗は着実に積み重なっていく。

「もう、第七階梯の呪文は無いでござる」

ワングが、荒く息をつきながら叫んだ。

守護の盾に注ぎ込んだ分だけ、手駒が尽きていた。

ワングの肩が、大きく上下していた。

それでも、まだ膝を折るわけにはいかない。

村雨の柄を握る手が、微かに震えている。

「なら、こっちで」

ノリアが、震える手で杖を掲げる。

残っている呪文が、もう多くないことは、誰よりも本人がわかっていた。

杖を下ろす選択肢は、どこにもなかった。

それでも、迷っている暇はなかった。

「頼む!」

カインが、短く叫んだ。

魔女たちの杖の先で、二つ目の詠唱が形を成しかけている。

赤い光が、じわりと強さを増していった。

間に合うかどうかは、賭けだった。

誰もが、息を止めて見守っていた。

「業炎獄!」

荒れ狂う炎が、二体の魔女を包み込んだ。

くぐもった悲鳴とともに、魔女たちの姿が崩れ去る。

ローブの切れ端だけが、灰となって舞い落ちた。

灰の匂いが、部屋に広がっていく。

だが、放たれた炎の余波が、そのまま六人へ跳ね返ってきた。

「うぐっ……」

全員が、同時に体を折る。

視界が、白く霞んだ。

耳の奥まで、鈍い痛みが響いていた。

「大群癒!」

ミラが、震える声で唱えた。

光が満ちるが、傷の疼きは完全には引かない。

これが、最後の一回だった。

ミラの表情に、初めて焦りが浮かんだ。

「まだ、足りない……」

ミラが、唇を噛む。

体のあちこちに、鈍い痛みがまだ居座っていた。

誰の顔にも、疲労の色が濃く滲んでいる。

指先の震えが、なかなか収まらなかった。

「大群癒は、もう無い」

代わりに、杖を握り直す。

出し惜しみできる余裕など、とうにない。

「群癒!」

先ほどより控えめな光が、六人を包む。

ようやく、体の震えが収まった。

とはいえ、まだ本調子には程遠い。

だが、痛みの芯までは、まだ拭えていない。

かなりの消耗だった。

肩で息をする音だけが、部屋に響いていた。

誰も、軽口を叩く余裕がない。

「聖属性の手駒は、もう底でござるな」

ワングが、ミラを見やりながら言った。

「アルカナの方も、似たようなもの」

ノリアが、杖に寄りかかったまま呟く。

「回復も、あと群癒くらいしか、まともに残ってない」

ミラが、力なく肩を落とした。

疲労の色が、誰の顔にも濃く出ていた。

「前衛は、まだ動けるでござろう」

ワングが、スルとネリスへ目をやる。

「動けるけど」

ネリスが、爪の具合を確かめながら答えた。

「相手が、あれじゃなければ、の話」

軽口のようで、本音がにじんでいた。

肩で息をする六人の前に、静けさが戻る。

束の間の静寂が、かえって不気味だった。

「次は、たしか……」

カインが、記憶をたどるように呟いた。

「二番目の部屋の、サーベルタイガー二体、だったか」

「刃を、収めていれば良かった部屋でござるな」

ワングが、村雨の柄から手を離す。

抜いた者だけが、六人まとめて弾かれた、あの部屋だった。

苦い記憶とともに、扉の重さが甦る。

得物を収めたまま、六人分の攻撃をひたすら耐え続けて、ようやく開いた扉。

あの忍耐が、今も体の芯に重く残っている。

簡単には忘れられない記憶だった。

「今の状態で、同じ手が通じるとは限らないでござる」

「耐えるだけの体力が、今の私たちに残ってるかも怪しい」

カインが、乾いた声で付け加えた。

「刃を収めるだけなら、魔法の手駒がなくても、できる」

ミラが、そう言いながらも、表情は硬いままだった。

誰の顔にも、緊張が張り付いていた。

その言葉が終わるより早く、闇の奥に、獣の輪郭が浮かび上がった。

「やっぱり……」

ネリスが、低く呻いた。

二体のサーベルタイガーが、牙を剥き出しにして踏み出してくる。

闇の中で、金色の瞳がぎらついていた。

低い唸り声が、部屋の空気を震わせた。

空気が、ずしりと重さを増す。

金色の瞳が、闇の中で四つ、また四つと光る。

その後ろから、さらにもう二体。

合わせて四体の巨獣が、六人の前に立ちはだかった。

疲れ切った体に、新たな緊張が走った。

誰も、言葉を発せなかった。


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