第176話「注ぎ尽くす祈り、迫る牙」
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朽ちた白骨の眼窩と、フードの奥の双眸が、揃って六人を見据えていた。
冷たい沈黙が、部屋の底に沈んでいる。
リッチが、二体。
魔女が、二体。
物理の一切を寄せつけない相手だと、六人はもう知っている。
苦い経験から、いやというほど学んでいた。
剣も爪も、ここでは何の役にも立たない。
退路のない部屋の中、後がないことだけは、誰の頭にもあった。
重い緊張が、六人の間を満たしていた。
指先まで、冷たく強張っていた。
「前は、雷殺と業炎獄の三連発だったな」
ワングが、記憶をたどりながら村雨に手をかける。
無意識の仕草だと、本人も気づいていない。
抜いたところで、意味はない。
わかっていて、それでも手が動いた。
得物を握る意味のなさが、かえって焦りを煽った。
スルとネリスも、前へ出るに出られず、身構えたまま立ち尽くしている。
誰もが、次の手を探しあぐねていた。
「跳ね返る威力の下限も、結局わからないままでござったな」
苦い記憶を辿るような口ぶりだった。
「今、それを確かめてる余裕はない」
ミラが、杖を強く握り直した。
「この後は、ゾンビ系出ないから」
「聖魔法、全部打つ!」
言い切ったミラの声に、迷いはなかった。
迷いを振り切るような、強い響きだった。
不死系にしか、まともに刺さらない一撃を、出し惜しみする理由がもうない。
ミラの目に、迷いのない光が宿っていた。
その決意が、ミラの背筋を伸ばしていた。
「頼んだ!」
カインが、短く応じる。
その一言に、迷いは感じられなかった。
ミラが、大きく息を吸い込んだ。
「終末の裁き!」
白い光が、二体のリッチへ向けて放たれる。
眩いばかりの光に、ネリスが思わず目を覆った。
温かくも刺すような光が、部屋中を満たす。
間を置かず、もう一度。
「終末の裁き!」
出し惜しみのない、二連続だった。
光の奔流が、部屋全体を白く染め上げる。
杖を握るミラの手が、反動でびりびりと痺れている。
それでも、ミラは杖を離さなかった。
痛みを堪えるように、唇を固く結んでいる。
「守護の盾!」
ワングが、残った力を絞り出すように、結界を張り直す。
これで、正真正銘、最後の一枚だった。
村雨を握る手が、微かに震えている。
消耗の色が、ワングの顔にも滲んでいた。
光を浴びたリッチの体が、輪郭からぼろぼろと崩れていく。
崩れる音が、乾いた音を立てて響いた。
骨が、粉のように風化していく。
乾いた音を立てて、白い破片が舞い落ちた。
「消えて……いく」
カインが、目を見開いた。
予想以上の効果に、言葉を失っていた。
二体とも、跡形もなく消え去った。
静けさが、束の間、部屋に戻る。
「効いた……!」
ネリスが、拳を握る。
予想外の呆気なさに、逆に戸惑うほどだった。
「前は、もっと手こずったのに」
ノリアが、驚いたように呟いた。
「不死系には、格別に効くってことでござろう」
ワングが、短く応じる。
経験に基づいた、確信めいた口調だった。
だが、魔女たちは、まだ健在だった。
油断のならない気配が、なおも漂っている。
フードの下から、くぐもった声が漏れる。
空気が、ひりつくように張り詰めた。
誰もが、身構えを解けずにいた。
二体の杖の先に、赤い光が集まり始めた。
「来る、詠唱でござる!」
ワングが、鋭く叫んだ。
「「業炎獄!」」
二重の炎が、六人めがけて押し寄せる。
熱波が、肌を刺すように迫ってきた。
「守りの聖歌!」
ミラが、間髪を入れずに唱えた。
淡い光の膜が、六人を覆う。
薄い加護の膜が、肌の上を滑るように広がった。
炎の熱が、肌を焼く寸前で和らいだ。
「くっ……!」
それでも、衝撃までは殺しきれない。
六人の足が、そろって後ろへよろける。
熱の余韻が、肌にじわりと残った。
スルが、崩れかけたネリスの腕を、とっさに支えた。
「大丈夫か!」
カインが、声を張り上げる。
「何とか……!」
ネリスが、荒く息をつきながら答えた。
炎の残り火が、床のあちこちで小さく揺れている。
焦げた匂いが、鼻の奥に張り付いた。
なんとか、耐えた。
それでも、消耗は着実に積み重なっていく。
「もう、第七階梯の呪文は無いでござる」
ワングが、荒く息をつきながら叫んだ。
守護の盾に注ぎ込んだ分だけ、手駒が尽きていた。
ワングの肩が、大きく上下していた。
それでも、まだ膝を折るわけにはいかない。
村雨の柄を握る手が、微かに震えている。
「なら、こっちで」
ノリアが、震える手で杖を掲げる。
残っている呪文が、もう多くないことは、誰よりも本人がわかっていた。
杖を下ろす選択肢は、どこにもなかった。
それでも、迷っている暇はなかった。
「頼む!」
カインが、短く叫んだ。
魔女たちの杖の先で、二つ目の詠唱が形を成しかけている。
赤い光が、じわりと強さを増していった。
間に合うかどうかは、賭けだった。
誰もが、息を止めて見守っていた。
「業炎獄!」
荒れ狂う炎が、二体の魔女を包み込んだ。
くぐもった悲鳴とともに、魔女たちの姿が崩れ去る。
ローブの切れ端だけが、灰となって舞い落ちた。
灰の匂いが、部屋に広がっていく。
だが、放たれた炎の余波が、そのまま六人へ跳ね返ってきた。
「うぐっ……」
全員が、同時に体を折る。
視界が、白く霞んだ。
耳の奥まで、鈍い痛みが響いていた。
「大群癒!」
ミラが、震える声で唱えた。
光が満ちるが、傷の疼きは完全には引かない。
これが、最後の一回だった。
ミラの表情に、初めて焦りが浮かんだ。
「まだ、足りない……」
ミラが、唇を噛む。
体のあちこちに、鈍い痛みがまだ居座っていた。
誰の顔にも、疲労の色が濃く滲んでいる。
指先の震えが、なかなか収まらなかった。
「大群癒は、もう無い」
代わりに、杖を握り直す。
出し惜しみできる余裕など、とうにない。
「群癒!」
先ほどより控えめな光が、六人を包む。
ようやく、体の震えが収まった。
とはいえ、まだ本調子には程遠い。
だが、痛みの芯までは、まだ拭えていない。
かなりの消耗だった。
肩で息をする音だけが、部屋に響いていた。
誰も、軽口を叩く余裕がない。
「聖属性の手駒は、もう底でござるな」
ワングが、ミラを見やりながら言った。
「アルカナの方も、似たようなもの」
ノリアが、杖に寄りかかったまま呟く。
「回復も、あと群癒くらいしか、まともに残ってない」
ミラが、力なく肩を落とした。
疲労の色が、誰の顔にも濃く出ていた。
「前衛は、まだ動けるでござろう」
ワングが、スルとネリスへ目をやる。
「動けるけど」
ネリスが、爪の具合を確かめながら答えた。
「相手が、あれじゃなければ、の話」
軽口のようで、本音がにじんでいた。
肩で息をする六人の前に、静けさが戻る。
束の間の静寂が、かえって不気味だった。
「次は、たしか……」
カインが、記憶をたどるように呟いた。
「二番目の部屋の、サーベルタイガー二体、だったか」
「刃を、収めていれば良かった部屋でござるな」
ワングが、村雨の柄から手を離す。
抜いた者だけが、六人まとめて弾かれた、あの部屋だった。
苦い記憶とともに、扉の重さが甦る。
得物を収めたまま、六人分の攻撃をひたすら耐え続けて、ようやく開いた扉。
あの忍耐が、今も体の芯に重く残っている。
簡単には忘れられない記憶だった。
「今の状態で、同じ手が通じるとは限らないでござる」
「耐えるだけの体力が、今の私たちに残ってるかも怪しい」
カインが、乾いた声で付け加えた。
「刃を収めるだけなら、魔法の手駒がなくても、できる」
ミラが、そう言いながらも、表情は硬いままだった。
誰の顔にも、緊張が張り付いていた。
その言葉が終わるより早く、闇の奥に、獣の輪郭が浮かび上がった。
「やっぱり……」
ネリスが、低く呻いた。
二体のサーベルタイガーが、牙を剥き出しにして踏み出してくる。
闇の中で、金色の瞳がぎらついていた。
低い唸り声が、部屋の空気を震わせた。
空気が、ずしりと重さを増す。
金色の瞳が、闇の中で四つ、また四つと光る。
その後ろから、さらにもう二体。
合わせて四体の巨獣が、六人の前に立ちはだかった。
疲れ切った体に、新たな緊張が走った。
誰も、言葉を発せなかった。
いかがでしょうか?
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