第174話「二重の業炎、削られる力」
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第174話「二重の業炎、削られる力」
鎧の騎士が、二体。
ローブの老人が、二体。
四体の姿には、見覚えがあった。
「あれは……五番目と、六番目の部屋の」
ネリスが、低く呟く。
以前戦った鎧の騎士は、大盾一枚だけを構え、反撃してこない相手だった。
打っても打っても手応えがなく、六人がひたすら数を重ねるだけの部屋だった。
今、目の前の二体は、大盾に加えて、抜き身の剣を握っている。
「剣を、持ってる」
ワングが、目を細めた。
「前は、大人しいだけの相手だったでござるな」
「今回は、そうじゃないってことだろ」
カインが、剣を握り直す。
十二番目の部屋の再来と、同じ顔ぶれではなかった。
同じ相手が、二体ずつ重なって出てくるのは、これが初めてだった。
ローブの老人たちも、以前より纏う空気が張り詰めて見えた。
前は、ただ杖を提げて突っ立っているだけの相手だった。
一撃で消し飛ばした記憶しかない。
「退けないんでござったな、この部屋」
ワングが、背後の扉へちらりと目をやった。
閉ざされたままの扉は、開く気配もない。
「なら、四体まとめて片づけるしかないでござるな」
「言うのは簡単だけどね」
ノリアが、肩をすくめる。
「魔法攻撃も、あると思ったほうがいい」
村雨を構えたまま、ワングが言った。
「盾に、剣に、魔法まで」
ミラが、表情を硬くする。
「今度は、何もかも本気で来るってことだね」
ノリアが、忌々しげに杖を握り直した。
「前衛は、騎士を。後衛は、老人を見張るでござる」
ワングが、短く役割を割り振る。
「わかった」
ミラが頷き、長剣を握り直した。
「守護の盾!」
ワングが唱えると同時に、六人の周りに淡い光の結界が広がる。
「なら、こっちも先に黙らせておく」
ノリアが杖を掲げ、「静黙」を放った。
光が、老人たちの手前で、ふっと弾かれる。
跡形もなく、消えた。
「効かない……」
「あの魔法使い、強い」
ノリアが、杖を握る手に力を込める。
「拙者とスル殿で、騎士を引き受けるでござる」
ワングが、前へ出た。
村雨の刃が、鈍く光る。
「おう」
スルが頷き、盾を構える。
「私も前へ」
ミラが、長剣を抜きながら並んだ。
「三人がかりなら、な」
カインが、剣先を騎士へ向けた。
騎士の剣が、唸りを上げて振り下ろされる。
スルが盾で受け、ワングが横合いから斬り込む。
金属同士がぶつかる音が、幾度も響いた。
騎士の太刀筋は、五番目の部屋の頃とはまるで別物だった。
大盾で受け流すだけの相手ではない。
一撃ごとに、確かな殺意が乗っている。
「重い……!」
ミラが、押し返される足に力を込める。
もう一体の騎士が、隙を突いて回り込もうとした。
「そっちは、させない」
ネリスが、爪で切りつけ、動きを止める。
四人が斬り結んでいる間に、老人たちの詠唱が重なっていく。
低く、唸るような声。
二つの声が、一つに揃った瞬間だった。
「「業炎獄!」」
二重の炎が、六人めがけて押し寄せる。
放てば、確実に手持ちの回数を削る。
わかっていて、ノリアに迷う暇はなかった。
「同じ手なら、こっちも!」
ノリアが即座に杖を振るい、同じ炎をぶつけて相殺した。
爆風が、辺りの空気を根こそぎ揺らす。
だが、押し返した分だけ、こちらの息も上がっていく。
「まずいぞ、これ」
ミラが、盾で受け止めながら歯を食いしばった。
騎士の剣が、スルの盾を弾き飛ばしかける。
ワングの村雨が、辛うじてそれを受け止めた。
その隙に、もう一体の剣先がミラの肩をかすめる。
「っ……!」
ミラが、片膝をつきかけて、すぐに立て直した。
「大丈夫か!」
カインが、声を上げる。
「浄光!」
ミラが、自分自身に光を飛ばし、傷を塞いだ。
だが、消耗までは戻せない。
「押されてる……」
ネリスが、爪を構えたまま、じりじりと後退する六人を見た。
「この戦い、撤退はできない」
カインが、低く呟く。
「なら、負ければ、それで終わりってことだ」
足元で、ミーが、じっとカインを見上げていた。
「使うか?」
短く、ミーが聞く。
一度限りの、切り札だった。
答えを出す間も、惜しかった。
「やってくれ!!」
カインが、迷わず答えた。
ミーの体が、淡く光る。
その光が、六人それぞれの胸元に、静かに宿っていく。
体の内側から、力が漲るのがわかった。
腕の疲れが、嘘のように軽くなる。
「今日はこれで打ち止め。あとは、お前たちの腕次第だぞ」
ミーが、小さく鳴きながら言った。
「上等だ」
カインが、口の端だけで笑う。
こんな時、ダダがいれば、あの分厚い盾がもう一枚増えるのに。
そんな考えが、頭の隅をよぎって消えた。
「神域!」
ミラが唱えた光が、六人を丸ごと包み込んだ。
「業炎獄!」
ノリアの杖から放たれた炎が、これまでとは比べ物にならない勢いで敵を呑み込む。
炎の渦が、部屋そのものを塗り替えるように広がった。
騎士二体が、剣を握ったまま、崩れ落ちていく。
だが、老人たちは、まだそこに立っていた。
炎の中で、一人が、もう一人の胸元へ、持っていた杖を突き立てる。
「うっ……」
刺された老人が、それでも詠唱をやめない。
二人分の声が、炎の中で一つに縒り合わさっていく。
意味を成さない、歪んだ呪文だった。
その声が、荒れ狂う炎を、するりと潜り抜けてくる。
「な……!」
ノリアの声が、上ずった。
六人の背筋に、一斉に悪寒が走る。
指先まで、冷たいものが駆け抜けた。
まるで、体の中から何かを吸い出されたような感覚だった。
炎が収まった頃には、老人たちの姿は、跡形もなく消えていた。
部屋に、束の間の静けさが戻る。
「今の、何?」
ネリスが、警戒を解かないまま辺りを見回した。
「体は、平気そうだけど」
ミラが、自分の手のひらを確かめる。
「怖い、敵」
スルが、盾を下ろしながら、ぽつりと言った。
短い一言に、誰も異を唱えなかった。
「いや」
ノリアが、杖を握る手を見つめた。
「呪文の、使える回数が」
確かめるまでもなかった。
各階梯の呪文が、軒並み目減りしている。
「拙者の分も、減っているでござる」
ワングが、村雨を鞘に収めながら唸った。
「私の『神域』も、だいぶ削られてる」
ミラが、指を折りながら数え、顔を曇らせる。
カインも、自分の手のひらを見つめた。
「業炎獄」も「守りの聖歌」も、指で数えるまでもなく減っている。
万能士の枠は、もともと三回までしかない。
その三回が、あっという間に一回にまで削られていた。
「これじゃ、いざって時に何もできないぞ」
カインが、掠れた声で言う。
積み上げてきた回数が、まとめて三分の一まで、戻されていた。
「そんな、まさか」
カインが、拳を握り込む。
「今の詠唱、あれが狙いだったのか」
「わからん」
ワングが、首を振った。
「だが、備えが減ったことだけは、確かでござる」
「この部屋、あと何体、続くんだ」
カインが、荒く息をついた。
「これまでの逆をたどるなら」
ノリアが、記憶をたどるように呟く。
「たぶん、この次は」
「グレーテスト・デーモン」
ミラが、先に言った。
「四番目の部屋の、あれ」
「この状態で、あと四部屋分」
ノリアが、乾いた声で笑う。
「呪文、足りるのかな」
「足りなくても、やるしかないでござる」
ワングが、村雨の柄を握り直した。
「前は、私の『終焉』二連発で終わったけど」
ノリアが、自分の掌をじっと見つめる。
「今の回数じゃ、一発しか撃てない」
「一発で、足りるのか」
カインが、乾いた唾を飲み込んだ。
「わからない」
ノリアが、正直に首を振る。
「後は、どうにか工夫でも見つけないと」
カインが、周りの五人を見回した。
誰も、頷けなかった。
そう案じたメンバーの目の前に、影が一つ、静かに立ち上った。
見上げるほどの、巨躯。
岩のように厚い肌の節々から、細い蒸気が立ち上っている。
四本の腕が、それぞれ緩慢に、けれど確かに動き出す。
一度は撤退を選んだ相手だった。
今度は、その扉すら、閉ざされたままだった。
「来る……!」
カインが、剣を構え直し、歯を食いしばった。
グレーテスト・デーモンが、六人の前に、その姿を現していた。
いかがでしょうか?
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