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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第172話「退けぬ賭け、閉じない瞳」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


十二番目の部屋をクリアした翌日、六人はエアへ向かった。

前日の消耗は、まだ抜けきっていない。

ミラは、ヘクサインで一晩休んでもなお、右肩に鈍い痛みが残っていた。

「無理は、しないで」

ミラが、自分に言い聞かせるように呟く。

「それは、こっちの台詞でござる」

ワングが、苦笑した。

クロスロードで薬品を買い足し、六人は迷宮へ足を向けた。

一番目から十二番目までの部屋を、迷わず通り抜ける。

見慣れた景色のはずなのに、今日は妙に長く感じられた。

途中、五番目の部屋の重い扉を横目に、ノリアが呟く。

「ここも、思えば大変だったね」

「二日がかりだったでござるな」

ワングが、懐かしむように相槌を打った。

「あの頃に比べれば、まだマシ」

ネリスが、伸びをしながら言う。

その言葉が、後になって重く効いてくることを、まだ誰も知らなかった。

十三番目の部屋の扉の前に立った。

カインが、扉に手を伸ばす。

指先が触れた瞬間、文字が浮かび上がった。

「始まりの部屋に戻るためには、逃げることならず」

「……どういうことだ?」

カインが、眉を寄せた。

「逃げるな、ってことだと思うけど」

ノリアが、腕を組む。

「戻るため、って言い回しが、引っかかるでござる」

ワングが、文字を読み返した。

「考えてても始まらない」

ネリスが、爪を構える。

「開けよう」

スルが、短く言った。

扉を開ける。

その先に立っていたのは、抜き身の長剣を提げた大柄な剣士だった。

「……八番目の部屋の」

ネリスの声が、強張る。

「またお前か」

スルも、盾を構え直した。

八番目の部屋で、二人が仕留めた相手だ。

閉じる刹那を狙えば、勝てるはずだった。

「同じ手で、いく」

ネリスが、あえて大きく踏み込む。

剣士の剣が、唸りを上げて振り下ろされた。

だが、目は閉じない。

かわしたネリスが、着地しながら舌打ちする。

「閉じない……!」

「もう一度」

スルが、盾で受け止めながら怒鳴った。

ネリスが、再び誘いをかける。

剣筋は、むしろ鋭さを増していく。

目を閉じる気配は、微塵もなかった。

弾かれたネリスの腕に、浅い切り傷が走った。

「浄光!」

ミラが、間を置かず癒しの光を飛ばす。

「ありがと」

ネリスが、腕を振って、傷の具合を確かめた。

「三度目、いくでござる」

ワングが、村雨を構えて前に出る。

「その手は、もう通じないみたいだけど」

ノリアが、不安げに杖を握った。

「わかっていても、他に手がないでござる」

ワングの一撃も、剣士の切っ先にあっさりと弾かれる。

弾き返された勢いで、村雨の刃がわずかに震えた。

打ち合いは、いっこうに決着の気配を見せない。

汗が、六人の額を伝っていく。

「なら、これは!」

ノリアが、杖を掲げ、火球を放つ。

業火弾が直撃するも、剣士は怯む素振りすら見せない。

「効いてない、ってわけじゃなさそうだけど」

ノリアが、忌々しげに杖を握り直した。

「力じゃない、ってことでござるか」

ワングが、荒い息のまま呟く。

「なら、俺も」

カインが、剣を構えて斬り込む。

一撃、二撃、三撃。

いずれも、あっさりと弾き返された。

息が、上がっていく。

盾役のスルが、じりじりと後退させられていく。

「押される……!」

ミラが、思わず声を上げた。

六人がかりで攻めても、剣先は緩まない。

「一旦、引くぞ」

カインが、叫んだ。

だが、背後の扉は開かなかった。

「開かない!」

ミラが、扉を叩く。

「押しても、引いても」

ワングが、扉に肩をぶつけた。

びくともしない。

「魔法で、抉じ開けられないか」

カインが、扉に手をかざす。

だが、呪文を紡ぐ前に、指先が拒まれるように弾かれた。

「駄目だ、これも……!」

「隙間から、何か通せないか」

ネリスが、扉の縁に爪を差し込もうとする。

指先が届く前に、見えない壁に阻まれた。

「跳躍門は?」

ミラが、縋るように言う。

「ここまで来る道中、一度も浮かんでない。呪文で飛べる場所として、認識されてないんだと思う」

ノリアが、力なく首を振った。

「帰郷の扉も、試す価値はあるでござるか」

ワングが、なおも食い下がった。

「同じだと思う。ペナルティも重いし、そもそも今、詠唱を始められる状況じゃない」

ミラが、首を振った。

「戻るためには、逃げることならず、って」

ノリアが、文字の意味を、今さら思い出した。

「つまり……」

カインの声が、掠れる。

「逃げられない、ってことか」

そのときだった。

「みゃー」

呼んでもいないのに、足元にミーが現れた。

「ミー!?」

ネリスが、目を見開く。

「呼んでないのに」

ノリアも、驚いた声を上げた。

「今は、それを聞いてる場合じゃない」

ミーが、いつになく硬い声で言う。

「カイン、あの剣に、真贋の瞳を使え」

「今、それをやってる場合か!?」

カインが、剣を弾き返しながら怒鳴り返す。

「いいから」

ミーの声には、有無を言わせない響きがあった。

押されるまま、カインは咄嗟に印を組んだ。

「真贋の瞳!」

淡い光が、剣士の剣を照らし出す。

浮かび上がった文字に、カインは息を呑んだ。

「聖魔法を、弾く……?」

「聖魔法を、弾く剣ってことでござるか」

ワングが、繰り返す。

「ミラ!」

カインが、振り返って叫んだ。

「あの剣、聖魔法に反発するらしい!」

「わかった」

ミラが、杖を掲げる。

「裁きの光!」

聖なる光が、剣士へと降り注いだ。

剣士は、剣を振り上げ、光を打ち払おうとする。

刃と光が、正面からぶつかった。

反発した衝撃が、部屋全体を震わせる。

壁に、細かい亀裂が走った。

叩き返された光の残滓が、剣士の腕を焼く。

一度目の衝突だけでは、剣士は倒れなかった。

「もう一発!」

ミラが、続けて杖を掲げる。

二度目の「裁きの光」が、間を置かず降り注いだ。

剣士の体が、大きくよろめいた。

その一瞬。

閉じた。

目が、確かに閉じる。

「今!」

カインが、地を蹴った。

がら空きの喉元へ、剣を突き立てる。

剣士の姿が、光の粒子となって崩れていった。

消えた後、部屋には静寂だけが残る。

「……勝った、のか」

カインが、剣を杖代わりにしたまま、その場にへたり込んだ。

「勝ったでござるな」

ワングも、肩で息をしながら、村雨を鞘に収める。

「はぁ……疲れた……」

ノリアが、壁に寄りかかった。

「大丈夫か」

スルが、ネリスの肩に手を添える。

「平気」

ネリスが、笑ってみせた。

膝は、まだ笑っていた。

「浄光」

ミラが、疲れの残る六人を見回し、もう一度光を灯す。

「助かる」

カインが、へたり込んだまま、小さく頭を下げた。

「これで、終わりだといいけど」

ノリアが、扉のほうへ目をやった。

背後の扉は、まだ固く閉じたままだった。

「終わってないって、顔に書いてあるでござるな」

ワングが、力なく笑う。

「それにしても」

ワングが、村雨の刃を検めながら呟く。

「あの剣が聖魔法を弾くと、よく気づいたでござるな」

「気づいたのは、俺じゃない」

カインが、足元のミーへ目をやった。

ミーは、素知らぬ顔で毛づくろいをしている。

「教えてくれても、いいのに」

ネリスが、恨めしそうにミーを見た。

「みゃー。今、教えた」

ミーが、そっけなく答える。

「そうじゃなくて」

ノリアが、眉を寄せた。

「呼ばれない限り、来ないんじゃなかったの?」

ミーは、答えなかった。

尻尾を、ゆっくり揺らしただけだった。

足元で、ミーが小さく鳴く。

「みゃー。この部屋、一戦で終わるのではない様だな」

「え?」

カインが、顔を上げた。

「次のヤツが、現れた」

ミーの言葉と同時に、扉の奥から新たな気配が立ち上る。

そこに立っていたのは、仮面をつけた細身の剣士だった。

丸盾と細いレイピアを構え、佇まいだけで底知れぬ俊敏さを感じさせる。

七番目の部屋で、影を斬られて消えた相手だ。

カインは、剣を握り直す力も、まだ戻っていなかった。

ワングが、へたり込んだままのカインを一瞥し、それでも村雨を鞘から抜いた。

「休んでいる暇はなさそうでござる」

疲れの滲む声に、それでも芯だけは通っていた。

「まだ、続くのか……」

ネリスが、爪を握る手に、力を込め直す。

扉の向こうに、これで何体控えているのか。

誰にも、わからなかった。

いかがでしょうか?


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