第172話「退けぬ賭け、閉じない瞳」
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十二番目の部屋をクリアした翌日、六人はエアへ向かった。
前日の消耗は、まだ抜けきっていない。
ミラは、ヘクサインで一晩休んでもなお、右肩に鈍い痛みが残っていた。
「無理は、しないで」
ミラが、自分に言い聞かせるように呟く。
「それは、こっちの台詞でござる」
ワングが、苦笑した。
クロスロードで薬品を買い足し、六人は迷宮へ足を向けた。
一番目から十二番目までの部屋を、迷わず通り抜ける。
見慣れた景色のはずなのに、今日は妙に長く感じられた。
途中、五番目の部屋の重い扉を横目に、ノリアが呟く。
「ここも、思えば大変だったね」
「二日がかりだったでござるな」
ワングが、懐かしむように相槌を打った。
「あの頃に比べれば、まだマシ」
ネリスが、伸びをしながら言う。
その言葉が、後になって重く効いてくることを、まだ誰も知らなかった。
十三番目の部屋の扉の前に立った。
カインが、扉に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、文字が浮かび上がった。
「始まりの部屋に戻るためには、逃げることならず」
「……どういうことだ?」
カインが、眉を寄せた。
「逃げるな、ってことだと思うけど」
ノリアが、腕を組む。
「戻るため、って言い回しが、引っかかるでござる」
ワングが、文字を読み返した。
「考えてても始まらない」
ネリスが、爪を構える。
「開けよう」
スルが、短く言った。
扉を開ける。
その先に立っていたのは、抜き身の長剣を提げた大柄な剣士だった。
「……八番目の部屋の」
ネリスの声が、強張る。
「またお前か」
スルも、盾を構え直した。
八番目の部屋で、二人が仕留めた相手だ。
閉じる刹那を狙えば、勝てるはずだった。
「同じ手で、いく」
ネリスが、あえて大きく踏み込む。
剣士の剣が、唸りを上げて振り下ろされた。
だが、目は閉じない。
かわしたネリスが、着地しながら舌打ちする。
「閉じない……!」
「もう一度」
スルが、盾で受け止めながら怒鳴った。
ネリスが、再び誘いをかける。
剣筋は、むしろ鋭さを増していく。
目を閉じる気配は、微塵もなかった。
弾かれたネリスの腕に、浅い切り傷が走った。
「浄光!」
ミラが、間を置かず癒しの光を飛ばす。
「ありがと」
ネリスが、腕を振って、傷の具合を確かめた。
「三度目、いくでござる」
ワングが、村雨を構えて前に出る。
「その手は、もう通じないみたいだけど」
ノリアが、不安げに杖を握った。
「わかっていても、他に手がないでござる」
ワングの一撃も、剣士の切っ先にあっさりと弾かれる。
弾き返された勢いで、村雨の刃がわずかに震えた。
打ち合いは、いっこうに決着の気配を見せない。
汗が、六人の額を伝っていく。
「なら、これは!」
ノリアが、杖を掲げ、火球を放つ。
業火弾が直撃するも、剣士は怯む素振りすら見せない。
「効いてない、ってわけじゃなさそうだけど」
ノリアが、忌々しげに杖を握り直した。
「力じゃない、ってことでござるか」
ワングが、荒い息のまま呟く。
「なら、俺も」
カインが、剣を構えて斬り込む。
一撃、二撃、三撃。
いずれも、あっさりと弾き返された。
息が、上がっていく。
盾役のスルが、じりじりと後退させられていく。
「押される……!」
ミラが、思わず声を上げた。
六人がかりで攻めても、剣先は緩まない。
「一旦、引くぞ」
カインが、叫んだ。
だが、背後の扉は開かなかった。
「開かない!」
ミラが、扉を叩く。
「押しても、引いても」
ワングが、扉に肩をぶつけた。
びくともしない。
「魔法で、抉じ開けられないか」
カインが、扉に手をかざす。
だが、呪文を紡ぐ前に、指先が拒まれるように弾かれた。
「駄目だ、これも……!」
「隙間から、何か通せないか」
ネリスが、扉の縁に爪を差し込もうとする。
指先が届く前に、見えない壁に阻まれた。
「跳躍門は?」
ミラが、縋るように言う。
「ここまで来る道中、一度も浮かんでない。呪文で飛べる場所として、認識されてないんだと思う」
ノリアが、力なく首を振った。
「帰郷の扉も、試す価値はあるでござるか」
ワングが、なおも食い下がった。
「同じだと思う。ペナルティも重いし、そもそも今、詠唱を始められる状況じゃない」
ミラが、首を振った。
「戻るためには、逃げることならず、って」
ノリアが、文字の意味を、今さら思い出した。
「つまり……」
カインの声が、掠れる。
「逃げられない、ってことか」
そのときだった。
「みゃー」
呼んでもいないのに、足元にミーが現れた。
「ミー!?」
ネリスが、目を見開く。
「呼んでないのに」
ノリアも、驚いた声を上げた。
「今は、それを聞いてる場合じゃない」
ミーが、いつになく硬い声で言う。
「カイン、あの剣に、真贋の瞳を使え」
「今、それをやってる場合か!?」
カインが、剣を弾き返しながら怒鳴り返す。
「いいから」
ミーの声には、有無を言わせない響きがあった。
押されるまま、カインは咄嗟に印を組んだ。
「真贋の瞳!」
淡い光が、剣士の剣を照らし出す。
浮かび上がった文字に、カインは息を呑んだ。
「聖魔法を、弾く……?」
「聖魔法を、弾く剣ってことでござるか」
ワングが、繰り返す。
「ミラ!」
カインが、振り返って叫んだ。
「あの剣、聖魔法に反発するらしい!」
「わかった」
ミラが、杖を掲げる。
「裁きの光!」
聖なる光が、剣士へと降り注いだ。
剣士は、剣を振り上げ、光を打ち払おうとする。
刃と光が、正面からぶつかった。
反発した衝撃が、部屋全体を震わせる。
壁に、細かい亀裂が走った。
叩き返された光の残滓が、剣士の腕を焼く。
一度目の衝突だけでは、剣士は倒れなかった。
「もう一発!」
ミラが、続けて杖を掲げる。
二度目の「裁きの光」が、間を置かず降り注いだ。
剣士の体が、大きくよろめいた。
その一瞬。
閉じた。
目が、確かに閉じる。
「今!」
カインが、地を蹴った。
がら空きの喉元へ、剣を突き立てる。
剣士の姿が、光の粒子となって崩れていった。
消えた後、部屋には静寂だけが残る。
「……勝った、のか」
カインが、剣を杖代わりにしたまま、その場にへたり込んだ。
「勝ったでござるな」
ワングも、肩で息をしながら、村雨を鞘に収める。
「はぁ……疲れた……」
ノリアが、壁に寄りかかった。
「大丈夫か」
スルが、ネリスの肩に手を添える。
「平気」
ネリスが、笑ってみせた。
膝は、まだ笑っていた。
「浄光」
ミラが、疲れの残る六人を見回し、もう一度光を灯す。
「助かる」
カインが、へたり込んだまま、小さく頭を下げた。
「これで、終わりだといいけど」
ノリアが、扉のほうへ目をやった。
背後の扉は、まだ固く閉じたままだった。
「終わってないって、顔に書いてあるでござるな」
ワングが、力なく笑う。
「それにしても」
ワングが、村雨の刃を検めながら呟く。
「あの剣が聖魔法を弾くと、よく気づいたでござるな」
「気づいたのは、俺じゃない」
カインが、足元のミーへ目をやった。
ミーは、素知らぬ顔で毛づくろいをしている。
「教えてくれても、いいのに」
ネリスが、恨めしそうにミーを見た。
「みゃー。今、教えた」
ミーが、そっけなく答える。
「そうじゃなくて」
ノリアが、眉を寄せた。
「呼ばれない限り、来ないんじゃなかったの?」
ミーは、答えなかった。
尻尾を、ゆっくり揺らしただけだった。
足元で、ミーが小さく鳴く。
「みゃー。この部屋、一戦で終わるのではない様だな」
「え?」
カインが、顔を上げた。
「次のヤツが、現れた」
ミーの言葉と同時に、扉の奥から新たな気配が立ち上る。
そこに立っていたのは、仮面をつけた細身の剣士だった。
丸盾と細いレイピアを構え、佇まいだけで底知れぬ俊敏さを感じさせる。
七番目の部屋で、影を斬られて消えた相手だ。
カインは、剣を握り直す力も、まだ戻っていなかった。
ワングが、へたり込んだままのカインを一瞥し、それでも村雨を鞘から抜いた。
「休んでいる暇はなさそうでござる」
疲れの滲む声に、それでも芯だけは通っていた。
「まだ、続くのか……」
ネリスが、爪を握る手に、力を込め直す。
扉の向こうに、これで何体控えているのか。
誰にも、わからなかった。
いかがでしょうか?
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