第171話「集いし影、重なる盾」
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十一行目をクリアした翌日、六人は再びエアへ向かった。
九行目、十行目、十一行目。
見慣れた三つの部屋を、迷わず抜ける。
「今日は、拙者たちも入れるでござるな」
ワングが、足元のミーに目をやった。
「前は、カイン殿とララ殿だけだったが」
「みんなで潜るのは、久しぶりって感じ」
ネリスが、伸びをする。
「怪我しても、みゃーは治せないぞ」
ミーが、そっけなく言った。
「わかってるって」
ネリスが、苦笑した。
十二行目の扉の前に立つ。
壁にも、扉にも、まだ何も浮かんでいない。
「今回は、遅いでござるな」
ワングが、怪訝そうに壁を見つめる。
「今までは、着いた時点で、何か浮かんでたのに」
ノリアが、首をかしげた。
「触ってみようか」
カインが、扉に手を伸ばす。
指先が、木の表面に触れた瞬間だった。
文字が、浮かび上がる。
「一つの手を払えても、集まりし手は如何。」
「……何?」
ネリスが、眉を寄せた。
「触らないと、読めなかった、ってことでござるか」
ワングが、扉から一歩離れ、また近づいてみる。
文字は、消えなかった。
近づくだけでは駄目で、手をかけて初めて浮かぶらしい。
「今までとは、違う。仕掛けが」
ミラが、静かに呟いた。
「集まりし手、って」
カインが、その一文を、繰り返す。
「意味は、わからないけど」
ノリアが、腕を組んだ。
「一人ずつ、じゃなさそうなのは、伝わってくる」
「開けてみるしかない」
「異論なし」
ネリスが、真っ先に頷く。
「今度は、六人揃って、でござるな」
ワングが、皆を見回した。
これまでの部屋は、いつも誰か一人が、扉の先へ消えていった。
今日は、違う。
「揃って、行こう」
カインの言葉に、皆が頷く。
足元で、ミーが、小さく伸びをした。
扉に、手をかけた。
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開いた先、待っていたものに、六人は言葉を失った。
黒い甲冑の剣士。
九行目で、ワングが村雨を手に入れた、あの相手だった。
黒ずくめの、輪郭の掴めない人影。
十行目で、ネリスが手刀を叩き込んだ、あの相手だった。
四本腕の魔物と、顔の見えない男。
十一行目で、カインとララがようやく退けた、あの相手だった。
四体が、横一列に並んで、こちらを見ていた。
「……全員、揃ってるでござる」
ワングの声が、掠れる。
「一人ずつでも、きつかったのに」
ネリスが、爪を構え直した。
「今度は、まとめて」
カインが、足元を見た。
四本腕の魔物が、じりじりと間合いを詰めてくる。
その切っ先は、まっすぐミラへ向いていた。
「危ない!」
カインが、声を上げる。
「ミー、頼む」
「みゃっ」
小さな鳴き声とともに、淡い光が六人を包む。
温かい光が、体の芯まで届いた。
「守護の盾!」
ワングが、真っ先に唱えた。
一度、二度、三度。
光の壁が、三重に展開される。
黒甲冑の剣士が、真っ先に動いた。
袈裟懸けの一撃。
「スル!」
「任せろ」
スルが、盾で受け流す。
刃が、わずかに逸れた。
間一髪だった。
「ありがとう、スル」
ミラが、詰めていた息を吐く。
「次から、先に言ってくれ」
スルが、盾を構え直しながら、短く答えた。
同時に、黒ずくめの人影が、ネリスへ短刀を突き出す。
「見飽きたよ、その動き」
ネリスが、身をひねってかわす。
四本腕の魔物も、太い腕を振り上げていた。
「ララ、頼む」
カインが、印を組む。
淡い光とともに、ララが姿を現した。
「守護の盾!」
ララも、同じ呪文を重ねる。
光の壁が、さらに厚みを増した。
四体が、一斉に踏み込んでくる。
轟音が、部屋を満たした。
床が震え、六人は歯を食いしばって踏みとどまる。
「ノリア、終焉、いけるか?」
カインが、振り返って聞く。
「……まだ、やめとく」
ノリアが、杖を強く握りしめたまま、首を振った。
「バフがかかった今の終焉が、どれだけの威力か、自分でも読めない」
「読めない?」
「下手すれば、あんたたちごと、消し飛ばす」
その一言に、誰も、それ以上は促さなかった。
「良いかも」
ワングが、村雨を構え直しながら呟く。
「終焉!」
「終焉!」
ワングとララ、二つの声が重なった。
すさまじい光が、四体を呑み込む。
「決まった……」
誰かが、そう思った瞬間だった。
「守護の盾!」
顔の見えない男の声が、初めて響いた。
四体を守るように、透明な壁が展開される。
光が収まった後も、四体は、そこに立っていた。
「防がれた……!」
ノリアが、目を見開く。
「同じ、手を使ってきた」
カインが、唇を噛んだ。
味方の光の壁も、あちこちに亀裂が走っている。
三重だったはずの壁は、今や、辛うじて一枚残るだけだった。
「浄光!」
ミラが、素早くネリスの腕の傷を癒す。
「まだ、いける」
ネリスが、爪を握り直した。
黒甲冑の剣士が、間を置かず斬りかかる。
「今度は、拙者が」
ワングが、村雨で受け止めた。
刃と刃が、火花を散らす。
押し合ったまま、動かない。
「一人じゃ、押し切れないでござる。誰か!」
「わかってる」
カインが、剣を抜いて駆け出す。
二人がかりで、ようやく剣士の体勢を崩した。
崩れた隙に、ネリスが、黒ずくめの人影へ爪を叩き込む。
浅く、だが確かに、傷を負わせた。
「もう一枚、いく!」
ワングが、再び「守護の盾」を唱える。
「守りの聖歌!」
ミラの声が、続いた。
淡い光が、六人を包み直す。
「ノリア、頼めるか」
カインが、振り返った。
「言われなくても」
ノリアが、杖を掲げる。
「業炎獄!」
膨大な炎が、渦を巻いて放たれた。
先ほどの、ワングとララ二人がかりの終焉が、児戯に見えるほどの威力だった。
炎が、部屋いっぱいに荒れ狂った。
壁が軋み、床が焦げていく。
誰もが、腕で顔を庇いながら、その場に踏みとどまった。
光が収まった後、そこには、焦げた跡だけが残っていた。
四体は、跡形もなく消えている。
味方の防護魔法も、ぼろぼろだった。
かろうじて、形を保っているだけだった。
「……勝った、のか」
カインが、肩で息をしながら、辺りを見回す。
「勝った、みたいでござるな」
ワングも、村雨を鞘へ収めながら、大きく息を吐いた。
「みんな、怪我は?」
ミラが、慌てて六人を見回す。
「かすり傷程度」
ネリスが、腕を上げてみせた。
「拙者も、同じく」
「なら、良かった」
ミラが、胸を撫で下ろす。
「四本腕、ミラを狙ってたでござるな」
ワングが、額の汗を拭いながら、ミラを見る。
「たぶん、一番の回復役から、潰すつもりだったんだと思う」
カインが、重い声で言った。
「ぞっとしない狙い方でござるな」
「みゃー、次から、私が先に教えよう」
ミーが、そっけなく口を挟む。
「それ、早く言ってよ!」
ネリスが、思わず声を上げた。
「ミーのバフ、有効な時の魔法って、難しい……」
ノリアが、ぼそっと呟いた。
「難しい?」
カインが、聞き返す。
「威力が、いつもと違いすぎる」
ノリアが、杖に寄りかかりながら言った。
「加減がわからない。今のだって、危うく壁ごと巻き込むところだった」
「それは、それで、頼もしいでござるが」
ワングが、苦笑する。
「頼もしいけど、怖い」
ノリアが、正直に言った。
その言葉に、誰も、笑い返せなかった。
板に目を落とすと、十二行目の文言の下に、新しい一文が浮かんでいた。
「十三行目」
その先は、まだ、白紙のままだった。
足元で、ミーが、大きくあくびをする。
今日は、これで十分だ、と言わんばかりの顔だった。
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その日の帰り、クロスロードに立ち寄った。
「十二行目、クリアです」
カインの報告に、リゼットが、書類から顔を上げる。
「今回は、六人まとめてでした」
「珍しいですね」
リゼットが、少し目を丸くする。
「これまでの部屋は、単独入場が多かったのに」
「相手も、まとめて出てきました」
カインが、苦笑気味に言う。
「九行目、十行目、十一行目。全部の相手が、一緒に」
「それは、災難でしたね」
リゼットが、静かにペンを走らせた。
「怪我人が出なかっただけ、良しとしましょう」
「本当に」
カインが、心底そう思いながら頷いた。
「文言も、扉に触れないと読めなかったんです」
「新しい仕掛けが、増えたということですね」
リゼットが、報告書に書き加える。
「ええ。十三行目が、どんな部屋になるのか」
カインが、板を見下ろした。
まだ、何も刻まれていない。
「みゃー」
足元で、ミーが、小さく鳴いた。
その声には、いつもと変わらない、そっけなさが滲んでいた。
それでも、今日ばかりは、少しだけ、労うような響きに聞こえた。
いかがでしょうか?
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