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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第170話「語る白、絶える腕」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


フラグメンツの隅の卓に、六人は集まっていた。

ミーは、卓の真ん中で丸くなっている。

「まずは、何ができるか、確かめないとね」

ノリアが、腕を組んだ。

「威力とか、範囲とか」

「持続時間も気になる」

ミラが、ミーの頭を、そっと撫でる。

ミーは、気持ちよさそうに目を細めた。

「エランドの奴、肝心なことは何も言わずに行ったでござるからな」

ワングが、苦笑する。

「まあ、試すしかない」

カインが、ミーを見つめた。

その時だった。

「試すも何も」

低く、澄んだ声が、卓の上から響いた。

一同が、凍りつく。

「……今、喋った?」

ネリスが、爪をしまうのも忘れて、後ずさった。

「私が話しただけだ。驚くほどのことか」

ミーが、丸い目でカインを見上げる。

「……喋るのかよ!」

カインが、思わず声を上げた。

「みゃー、では味気ないだろう」

ミーが、あくびを一つした。

「もっと早く言ってよ!」

ノリアが、卓を叩く。

「聞かれなかった」

ミーが、そっけなく答える。

「聞くよ、普通!」

ネリスが、じりじりと詰め寄った。

「まあ、待て」

ワングが、間に入る。

「せっかくだ。話を聞こうではないか」

一同が、居住まいを正す。

スルだけは、驚いた様子もなく、じっとミーを見つめていた。

「……驚かないのか」

カインが、思わず聞く。

「言葉を、話す獣は、見たことがある」

スルが、短く答えた。

それ以上は、続かなかった。

ミーは、体を丸めたまま、静かに話し始めた。

「私の力は、単純だ。パーティ全体に、加護をかける」

「バフ、ってことだね」

ミラが、頷く。

「そうだ。だが、一度潜れば、一回きり」

「一回?」

「一日に一回、という意味か」

「一度の潜行につき、一度だけだ。使い切れば、街へ戻るまで、次はない」

カインが、腕を組んだ。

「効果は?」

「見れば、わかる」

ミーが、そっけなく言った。

「言葉で説明するより、早い」

「不親切でござるな」

ワングが、苦笑する。

「エランドと、よく似てる」

ネリスが、呆れたように言った。

「他には?」

「他の力も、ある」

ミーが、目を細めた。

「だが、今は使えない」

「なんで」

「わからない」

ミーが、あっさりと言った。

「私自身にも、まだよく」

「そんなことって、ある?」

ノリアが、眉をひそめる。

「ある。ここは、そういう場所だ」

ミーが、静かに答えた。

「相談には、乗ってくれるんだよな?」

カインが、念のため尋ねる。

「もちろんだ。そのために、ここにいる」

ミーが、前足で顔を拭った。

「じゃあ、聞くけど」

ネリスが、身を乗り出す。

「なんで、猫なわけ」

一同の視線が、ミーに集まった。

ミーは、しばらく黙っていた。

「まあ、そのうち」

「ごまかした!」

ノリアが、指を差す。

「今、確実にごまかしたよね!」

「そのうち、わかる」

ミーが、繰り返した。

それ以上は、何を聞いても答えなかった。

「無理に聞き出すもんじゃない」

カインが、苦笑しながら、皆を制した。

「そのうち、な」

ミーが、満足げに、丸くなり直した。

その夜は、それ以上何も判明しないまま、お開きになった。

---

翌日、六人は再びエアへ向かった。

十行目までを、迷わず抜ける。

十一行目の扉の前に立った。

壁に浮かぶ文字は、変わらず、あの一文のままだった。

「独り剣を執る者は阻まれ、己ならぬ力を従える者は迎える。」

先日、この意味を掴みかね、進み、そして退いた場所だった。

「今度こそ、でござるな」

ワングが、静かに言う。

「うん」

カインが、頷いた。

「ララ、頼む」

淡い光とともに、ララが姿を現す。

その足元に、ミーが、するりと並んだ。

「今日は、こいつもいる」

カインが、ミーを見せる。

「頼りにしてるでござるぞ」

ワングが、笑いかけた。

ミーは、答える代わりに、小さく鳴いた。

「気をつけて」

ミラの声を背に、扉に手をかける。

抵抗は、なかった。

前と同じように、開いた。

「行ってくる」

短く言って、カインとララ、そしてミーは、中へ消えた。

---

広い部屋だった。

先日と、同じ光景。

奥に、二つの影がある。

一つは、顔の見えない男。

フードの奥は、闇に沈んだままだった。

微動だにせず、ただ佇んでいる。

もう一つは、その倍はある身の丈の、四本腕の魔物。

肌は岩のように厚く、節々から、うっすらと蒸気が立ち上っていた。

前に来た時と、何も変わっていない。

変わったのは、こちら側だった。

「今日は、逃げない」

カインが、低く呟く。

四本腕の魔物が、太い腕を持ち上げた。

咆哮が、部屋を震わせる。

その瞬間、足元のミーが、小さく鳴いた。

「みゃっ」

淡い光が、カインとララを、ふわりと包む。

温かく、柔らかな光だった。

「これが……」

カインが、自分の手のひらを見つめる。

「守護の盾!」

ララが、間髪入れずに詠唱した。

一度、二度、三度。

透明な光の壁が、三重に重なって展開される。

四本腕の魔物が、四本の剣を同時に振り下ろした。

轟音とともに、光の壁に、亀裂が走る。

だが、割れなかった。

弾かれた魔物が、たたらを踏む。

「はじき返した……!」

カインが、目を見開いた。

前回、逃げるしかなかった一撃を、今は正面から受け止めている。

顔のない男は、動かない。

ただ、静かに、その場に立ち続けていた。

魔物が、体勢を立て直し、二撃目を放とうと腕を引く。

「ララ、いける?」

カインが、問いかける。

ララは、答える代わりに、静かに杖を掲げた。

「終焉」

短い一言が、部屋の空気を震わせた。

次の瞬間、視界が、白く塗りつぶされる。

すさまじい爆発が、部屋いっぱいに荒れ狂った。

床が震え、カインは咄嗟に身を伏せる。

光が収まるまで、長くはなかった。

だが、体感では、ずいぶんと長く感じられた。

静けさが戻った時、部屋の中央には、何も残っていなかった。

四本腕の魔物も、顔の見えない男も、跡形もなく消えている。

焦げた床の匂いだけが、うっすらと漂っていた。

「じゃあ、また」

ララが、そう言って、光の粒子となって消えていく。

引き止める間もなかった。

足元で、ミーが、大きくあくびをする。

役目は果たした、と言わんばかりの、満足そうな顔だった。

カインは、しばらく、何も言えずに立ち尽くしていた。

目の前の光景と、今しがた聞いたはずの言葉が、うまく繋がらない。

扉の外で、五人が待っている。

そのことを思い出し、カインは、我に返った。

---

「カイン!」

扉が開くと同時に、ミラが駆け寄った。

「大丈夫? 何も、聞こえなかったけど」

「……終わった」

カインが、まだ呆然としたまま答える。

「終わった、って」

「あの二体、もう、いない」

「あっさりでござるな」

ワングが、目を丸くした。

「前は、逃げるしかなかったのに」

「ミーの、おかげだ」

カインが、腕の中のミーを、そっと見せる。

「バフがかかった状態で、ララが守護の盾を三重に張った。あの一撃を、正面から受け止めた」

「それから?」

「終焉」

「一撃で……?」

ノリアが、絶句する。

「跡形もなく」

カインが、まだ信じられない、という顔で言った。

「あの人、結局、何だったんだろう」

ミラが、誰にともなく呟く。

誰も、答えられなかった。

板に目を落とすと、十一行目の文言の下に、新しい一文が浮かんでいた。

「十二行目」

その先は、まだ、白紙のままだった。

カインは、足元のミーを、そっと抱き上げる。

「なあ、教えてくれよ」

「何をだ」

「今の、本当に、お前のおかげなんだろ」

ミーは、答えなかった。

ただ、腕の中で、満足そうに目を閉じるだけだった。

十二行目の扉は、まだ静かに、闇の中に沈んでいる。

だが、今日のところは、十分だった。

一日で、二つの影を、乗り越えた。

「今日は、これで上がろう」

カインの声に、誰も異論はなかった。

ミーを腕に抱いたまま、カインは、来た道を振り返る。

十一行目の扉には、もう、何も残っていない。

それでも、あの顔の見えない男のことは、頭の隅に、いつまでも引っかかっていた。

---

その日の帰り、クロスロードに立ち寄った。

「十一行目、クリアです」

カインの報告に、リゼットが、書類から顔を上げる。

「今回も、詳細は?」

「四本腕の魔物と、顔の見えない男。あと」

カインが、腕の中のミーを、そっと見せた。

「こいつが、喋ります」

リゼットは、しばらく、ミーを見つめていた。

「……それは、本人から聞いたほうがいいと思います」

「聞いても、はぐらかされるんだよ」

カインが、肩をすくめる。

「それは、災難ですね」

リゼットが、珍しく、小さく笑った。

書類を受け取りながら、カインは、もう一度ミーを見下ろす。

「十二行目、か」

「みゃー」

短い返事だけが、返ってきた。

その声には、いつもより少しだけ、機嫌のよさがにじんでいた。

いかがでしょうか?


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