第170話「語る白、絶える腕」
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フラグメンツの隅の卓に、六人は集まっていた。
ミーは、卓の真ん中で丸くなっている。
「まずは、何ができるか、確かめないとね」
ノリアが、腕を組んだ。
「威力とか、範囲とか」
「持続時間も気になる」
ミラが、ミーの頭を、そっと撫でる。
ミーは、気持ちよさそうに目を細めた。
「エランドの奴、肝心なことは何も言わずに行ったでござるからな」
ワングが、苦笑する。
「まあ、試すしかない」
カインが、ミーを見つめた。
その時だった。
「試すも何も」
低く、澄んだ声が、卓の上から響いた。
一同が、凍りつく。
「……今、喋った?」
ネリスが、爪をしまうのも忘れて、後ずさった。
「私が話しただけだ。驚くほどのことか」
ミーが、丸い目でカインを見上げる。
「……喋るのかよ!」
カインが、思わず声を上げた。
「みゃー、では味気ないだろう」
ミーが、あくびを一つした。
「もっと早く言ってよ!」
ノリアが、卓を叩く。
「聞かれなかった」
ミーが、そっけなく答える。
「聞くよ、普通!」
ネリスが、じりじりと詰め寄った。
「まあ、待て」
ワングが、間に入る。
「せっかくだ。話を聞こうではないか」
一同が、居住まいを正す。
スルだけは、驚いた様子もなく、じっとミーを見つめていた。
「……驚かないのか」
カインが、思わず聞く。
「言葉を、話す獣は、見たことがある」
スルが、短く答えた。
それ以上は、続かなかった。
ミーは、体を丸めたまま、静かに話し始めた。
「私の力は、単純だ。パーティ全体に、加護をかける」
「バフ、ってことだね」
ミラが、頷く。
「そうだ。だが、一度潜れば、一回きり」
「一回?」
「一日に一回、という意味か」
「一度の潜行につき、一度だけだ。使い切れば、街へ戻るまで、次はない」
カインが、腕を組んだ。
「効果は?」
「見れば、わかる」
ミーが、そっけなく言った。
「言葉で説明するより、早い」
「不親切でござるな」
ワングが、苦笑する。
「エランドと、よく似てる」
ネリスが、呆れたように言った。
「他には?」
「他の力も、ある」
ミーが、目を細めた。
「だが、今は使えない」
「なんで」
「わからない」
ミーが、あっさりと言った。
「私自身にも、まだよく」
「そんなことって、ある?」
ノリアが、眉をひそめる。
「ある。ここは、そういう場所だ」
ミーが、静かに答えた。
「相談には、乗ってくれるんだよな?」
カインが、念のため尋ねる。
「もちろんだ。そのために、ここにいる」
ミーが、前足で顔を拭った。
「じゃあ、聞くけど」
ネリスが、身を乗り出す。
「なんで、猫なわけ」
一同の視線が、ミーに集まった。
ミーは、しばらく黙っていた。
「まあ、そのうち」
「ごまかした!」
ノリアが、指を差す。
「今、確実にごまかしたよね!」
「そのうち、わかる」
ミーが、繰り返した。
それ以上は、何を聞いても答えなかった。
「無理に聞き出すもんじゃない」
カインが、苦笑しながら、皆を制した。
「そのうち、な」
ミーが、満足げに、丸くなり直した。
その夜は、それ以上何も判明しないまま、お開きになった。
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翌日、六人は再びエアへ向かった。
十行目までを、迷わず抜ける。
十一行目の扉の前に立った。
壁に浮かぶ文字は、変わらず、あの一文のままだった。
「独り剣を執る者は阻まれ、己ならぬ力を従える者は迎える。」
先日、この意味を掴みかね、進み、そして退いた場所だった。
「今度こそ、でござるな」
ワングが、静かに言う。
「うん」
カインが、頷いた。
「ララ、頼む」
淡い光とともに、ララが姿を現す。
その足元に、ミーが、するりと並んだ。
「今日は、こいつもいる」
カインが、ミーを見せる。
「頼りにしてるでござるぞ」
ワングが、笑いかけた。
ミーは、答える代わりに、小さく鳴いた。
「気をつけて」
ミラの声を背に、扉に手をかける。
抵抗は、なかった。
前と同じように、開いた。
「行ってくる」
短く言って、カインとララ、そしてミーは、中へ消えた。
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広い部屋だった。
先日と、同じ光景。
奥に、二つの影がある。
一つは、顔の見えない男。
フードの奥は、闇に沈んだままだった。
微動だにせず、ただ佇んでいる。
もう一つは、その倍はある身の丈の、四本腕の魔物。
肌は岩のように厚く、節々から、うっすらと蒸気が立ち上っていた。
前に来た時と、何も変わっていない。
変わったのは、こちら側だった。
「今日は、逃げない」
カインが、低く呟く。
四本腕の魔物が、太い腕を持ち上げた。
咆哮が、部屋を震わせる。
その瞬間、足元のミーが、小さく鳴いた。
「みゃっ」
淡い光が、カインとララを、ふわりと包む。
温かく、柔らかな光だった。
「これが……」
カインが、自分の手のひらを見つめる。
「守護の盾!」
ララが、間髪入れずに詠唱した。
一度、二度、三度。
透明な光の壁が、三重に重なって展開される。
四本腕の魔物が、四本の剣を同時に振り下ろした。
轟音とともに、光の壁に、亀裂が走る。
だが、割れなかった。
弾かれた魔物が、たたらを踏む。
「はじき返した……!」
カインが、目を見開いた。
前回、逃げるしかなかった一撃を、今は正面から受け止めている。
顔のない男は、動かない。
ただ、静かに、その場に立ち続けていた。
魔物が、体勢を立て直し、二撃目を放とうと腕を引く。
「ララ、いける?」
カインが、問いかける。
ララは、答える代わりに、静かに杖を掲げた。
「終焉」
短い一言が、部屋の空気を震わせた。
次の瞬間、視界が、白く塗りつぶされる。
すさまじい爆発が、部屋いっぱいに荒れ狂った。
床が震え、カインは咄嗟に身を伏せる。
光が収まるまで、長くはなかった。
だが、体感では、ずいぶんと長く感じられた。
静けさが戻った時、部屋の中央には、何も残っていなかった。
四本腕の魔物も、顔の見えない男も、跡形もなく消えている。
焦げた床の匂いだけが、うっすらと漂っていた。
「じゃあ、また」
ララが、そう言って、光の粒子となって消えていく。
引き止める間もなかった。
足元で、ミーが、大きくあくびをする。
役目は果たした、と言わんばかりの、満足そうな顔だった。
カインは、しばらく、何も言えずに立ち尽くしていた。
目の前の光景と、今しがた聞いたはずの言葉が、うまく繋がらない。
扉の外で、五人が待っている。
そのことを思い出し、カインは、我に返った。
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「カイン!」
扉が開くと同時に、ミラが駆け寄った。
「大丈夫? 何も、聞こえなかったけど」
「……終わった」
カインが、まだ呆然としたまま答える。
「終わった、って」
「あの二体、もう、いない」
「あっさりでござるな」
ワングが、目を丸くした。
「前は、逃げるしかなかったのに」
「ミーの、おかげだ」
カインが、腕の中のミーを、そっと見せる。
「バフがかかった状態で、ララが守護の盾を三重に張った。あの一撃を、正面から受け止めた」
「それから?」
「終焉」
「一撃で……?」
ノリアが、絶句する。
「跡形もなく」
カインが、まだ信じられない、という顔で言った。
「あの人、結局、何だったんだろう」
ミラが、誰にともなく呟く。
誰も、答えられなかった。
板に目を落とすと、十一行目の文言の下に、新しい一文が浮かんでいた。
「十二行目」
その先は、まだ、白紙のままだった。
カインは、足元のミーを、そっと抱き上げる。
「なあ、教えてくれよ」
「何をだ」
「今の、本当に、お前のおかげなんだろ」
ミーは、答えなかった。
ただ、腕の中で、満足そうに目を閉じるだけだった。
十二行目の扉は、まだ静かに、闇の中に沈んでいる。
だが、今日のところは、十分だった。
一日で、二つの影を、乗り越えた。
「今日は、これで上がろう」
カインの声に、誰も異論はなかった。
ミーを腕に抱いたまま、カインは、来た道を振り返る。
十一行目の扉には、もう、何も残っていない。
それでも、あの顔の見えない男のことは、頭の隅に、いつまでも引っかかっていた。
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その日の帰り、クロスロードに立ち寄った。
「十一行目、クリアです」
カインの報告に、リゼットが、書類から顔を上げる。
「今回も、詳細は?」
「四本腕の魔物と、顔の見えない男。あと」
カインが、腕の中のミーを、そっと見せた。
「こいつが、喋ります」
リゼットは、しばらく、ミーを見つめていた。
「……それは、本人から聞いたほうがいいと思います」
「聞いても、はぐらかされるんだよ」
カインが、肩をすくめる。
「それは、災難ですね」
リゼットが、珍しく、小さく笑った。
書類を受け取りながら、カインは、もう一度ミーを見下ろす。
「十二行目、か」
「みゃー」
短い返事だけが、返ってきた。
その声には、いつもより少しだけ、機嫌のよさがにじんでいた。
いかがでしょうか?
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