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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第169話「求めた加護、応えた白」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


アーカイブでの相談は、実りが薄かった。

顔の見えない男についても、四本腕の魔物についても、ティリーの記録には該当がない。

分厚い書物を何冊も開き、埃を払いながら調べてくれたが、収穫はなかった。

「これは、私の手を超えているかもしれません」

ティリーは、そう言って、珍しく困った顔をした。

「ギルド長に、直接聞いてみたらどうでしょう」

「ルーシェナに?」

「召喚のことは、記録がほとんどありません。だとすれば、あの方の頭の中にしか、答えはない気がします」

その一言で、カインは一人、ギルド長の元へ向かった。

---

「珍しいね、あんたが一人で来るなんて」

ルーシェナが、椅子の背にもたれながら、にっと笑った。

「相談したいことがあって」

「召喚のこと?」

「なんで、わかるんだ」

「顔に書いてある」

ルーシェナが、からかうように言う。

「それに、あの部屋を退いたって噂、もう耳に入ってるよ」

「早いな、噂の回りが」

「ギルド長だからね」

ルーシェナが、片目をつぶってみせた。

「召喚、ねえ」

改めて、頬杖をついた。

「悪いけど、あたしにも、詳しいことはわからない」

「情報が、少なすぎる?」

「その通り」

ルーシェナが、肩をすくめる。

「あんたと、八十年前の先代。記録らしい記録は、それくらいしかない」

「先代のことも、詳しくは」

「わからない。生きてるのかどうかすら」

ルーシェナが、机の上で指を組んだ。

「アーカイブに記録がないってことは、あたしたちの手に負える話じゃない、ってことでもある」

「じゃあ、誰に聞けば」

「迷宮の中の者、くらいじゃない?」

ルーシェナが、静かに続けた。

「エカチェリーナか、エランド」

「エランド……」

カインが、その名を繰り返す。

一層で出会った、猫の姿の守護者。

「あいつは、あんたに目をかけてた。行ってみる価値はあると思うよ」

「ありがとう」

カインが、頭を下げる。

「一つ、聞いていい?」

「なに」

「八十年前の先代も、万能士だった、って言ってたよね」

「言った」

ルーシェナが、静かに頷く。

「それが、偶然なのか、必然なのか。あたしにも、わからない」

「わからない、か」

「わからないことだらけで、悪いね」

ルーシェナが、少しだけ、寂しそうに笑った。

「無茶はしないこと。それだけ、約束して」

ルーシェナが、いつになく真剣な声で言った。

---

街に戻り、皆に相談する。

「エランドに、会いに行こう」

カインの言葉に、誰も異論はなかった。

「一層なら、今の六人にとっては、庭みたいなものでござる」

ワングが、軽く笑う。

翌日、六人はエアの一層、あの日エランドと出会った場所を訪れた。

石畳の広間に、猫の姿が、音もなく現れる。

「久しいな」

エランドが、金色の目を細めた。

「やっと自ら加護を求めるところまで来たか」

「……待ってた、ってこと?」

「待っていたぞ」

エランドが、小さく喉を鳴らす。

「お前が、自分から助けを求めに来るのを、な」

その言い方に、カインは少し、意表を突かれた。

「これまでは、駄目だったのか」

「駄目ではない。ただ、早すぎても、意味がなかった」

エランドが、静かに答える。

「四層の部屋の話、聞かせてもらおうか」

カインは、四本腕の魔物のこと、顔の見えない男のこと、ララの判断のことを、順に話した。

エランドは、黙って耳を傾けていた。

話し終えると、エランドは静かに頷く。

「なるほどな。ならば、お前に良い相棒を紹介しよう」

そう言って、エランドが、天へ向かって短く吠えた。

その傍らに、ふわりと、白い子猫が現れる。

雪のように白い毛並みに、青い瞳が印象的だった。

「わっ、可愛い」

ミラが、思わず声を上げた。

「こやつは、ミーという」

エランドが、目を細める。

「まあ、可愛がってやってくれ」

子猫が、鳴きもせず、じっとカインを見上げている。

その視線に、なぜか、初対面とは思えない親しみを感じた。

不思議と、警戒する気にはならなかった。

「召喚モンスター、なのか?」

カインが、恐る恐る尋ねた。

「違う」

エランドが、はっきりと否定する。

「召喚獣ではない。呼ばぬ限り、こやつは来ない」

「呼ばない限り……」

「そして、召喚獣とは違う。お前が、既に何かを召喚していても、ミーは呼べる」

「一緒に、使えるってこと?」

「そういうことだ」

白い子猫が、カインの足元に、すり寄ってくる。

温かい体温が、伝わってきた。

「何が、できるんだ」

カインが、問いかける。

エランドは、答えなかった。

代わりに、目を細めて笑った。

「まあ、試してみろ」

「それだけかよ」

カインが、思わず苦笑する。

エランドは、答える代わりに、片目を細めてみせた。

その言葉を最後に、エランドの姿は、音もなく掻き消えた。

「……行っちゃった」

ネリスが、拍子抜けしたように呟く。

「相変わらず、説明が足りないでござるな」

ワングが、苦笑した。

---

「とりあえず、帰ろうか」

カインが、皆を見回した瞬間だった。

周囲の空気が、ざわりと揺れる。

石畳の陰から、六体の魔物が、一斉に姿を現した。

一層の魔物にしては、明らかに数が多い。

小型の獣型と、コウモリ型が入り混じっている。

「囲まれてる」

ネリスが、低く構えた。

「一層の魔物なら、危なくはないでござるが」

ワングも、氷姫代わりの村雨に手をかける。

「数だけは、少し厄介でござるな」

「ララ、頼む」

カインが、印を組む。

淡い光とともに、ララが姿を現した。

「みゃー」

足元で、ミーが小さく鳴く。

その瞬間、六人とララ、全員を、淡い光がふわりと包んだ。

温かく、柔らかい光だった。

「なに、これ」

ノリアが、自分の手のひらを見つめる。

「業火弾!」

ララが、間髪入れずに詠唱した。

放たれた炎が、これまでとは比べ物にならない勢いで膨れ上がる。

一瞬で、六体の魔物を呑み込んだ。

爆風が収まった後、そこには、何も残っていなかった。

石畳が、うっすらと焦げているだけだった。

「……え」

ララ自身が、自分の杖を見つめたまま、固まっている。

「今の、私?」

「今の、お前だよ」

カインが、呆然と答えた。

「一層の雑魚が、一撃で……」

ノリアが、絶句している。

「ちょっと、今の威力、七階梯クラスなんじゃない」

「あたしも、そう思う」

ネリスが、爪をしまうのも忘れて、辺りを見回した。

「戦う暇、なかったでござるな」

ワングも、構えたままの村雨を、そっと鞘へ戻す。

「ありがとう、ララ。もう、平気だ」

「うん」

ララは、まだ戸惑った様子のまま、光の粒子となって消えていった。

---

足元で、ミーが、満足そうに一声鳴く。

「ミー、あんた、とんでもない相棒だね」

ネリスが、しゃがみ込んで、そっと頭を撫でた。

ミーは、気持ちよさそうに目を細める。

「怪我とか、してない?」

ミラが、心配そうにミーを覗き込んだ。

「みゃー」

ミーが、まるで答えるように、短く鳴く。

「元気そうで、良かった」

ミラが、ほっとしたように微笑んだ。

「これ、ちゃんと確かめないと」

ノリアが、腕を組んだ。

「効果の範囲とか、時間とか、何回使えるとか」

「そうだね」

ミラも、頷く。

「次、あの部屋に挑む前に、はっきりさせておきたい」

「賛成でござる」

ワングが、力強く頷いた。

「威力だけじゃなく、持続時間や、使える間隔も気になる」

カインが、腕を組みながら言う。

「フラグメンツにでも集まって、一つずつ試していこう」

「あたしも、風雪を試したいし」

ネリスが、懐の短刀に触れた。

「ちょうどいい機会だね」

カインは、足元のミーを、そっと抱き上げる。

小さな体は、驚くほど軽かった。

温かい重みが、腕の中で、確かに息づいている。

「よろしくな、ミー」

「みゃー」

短い返事が、静かな一層に、小さく響いた。

六人は、それぞれに小さな笑みを浮かべながら、街への道を歩き出す。

「一層で、こんなに驚かされる日が来るとはね」

ノリアが、苦笑交じりに呟いた。

「エランドの加護は、いつも予想の斜め上でござるな」

ワングが、それに応じる。

十一行目の扉が待つ四層は、まだ先のことだった。

だが、少しだけ、道が開けた気がした。

いかがでしょうか?


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