第169話「求めた加護、応えた白」
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アーカイブでの相談は、実りが薄かった。
顔の見えない男についても、四本腕の魔物についても、ティリーの記録には該当がない。
分厚い書物を何冊も開き、埃を払いながら調べてくれたが、収穫はなかった。
「これは、私の手を超えているかもしれません」
ティリーは、そう言って、珍しく困った顔をした。
「ギルド長に、直接聞いてみたらどうでしょう」
「ルーシェナに?」
「召喚のことは、記録がほとんどありません。だとすれば、あの方の頭の中にしか、答えはない気がします」
その一言で、カインは一人、ギルド長の元へ向かった。
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「珍しいね、あんたが一人で来るなんて」
ルーシェナが、椅子の背にもたれながら、にっと笑った。
「相談したいことがあって」
「召喚のこと?」
「なんで、わかるんだ」
「顔に書いてある」
ルーシェナが、からかうように言う。
「それに、あの部屋を退いたって噂、もう耳に入ってるよ」
「早いな、噂の回りが」
「ギルド長だからね」
ルーシェナが、片目をつぶってみせた。
「召喚、ねえ」
改めて、頬杖をついた。
「悪いけど、あたしにも、詳しいことはわからない」
「情報が、少なすぎる?」
「その通り」
ルーシェナが、肩をすくめる。
「あんたと、八十年前の先代。記録らしい記録は、それくらいしかない」
「先代のことも、詳しくは」
「わからない。生きてるのかどうかすら」
ルーシェナが、机の上で指を組んだ。
「アーカイブに記録がないってことは、あたしたちの手に負える話じゃない、ってことでもある」
「じゃあ、誰に聞けば」
「迷宮の中の者、くらいじゃない?」
ルーシェナが、静かに続けた。
「エカチェリーナか、エランド」
「エランド……」
カインが、その名を繰り返す。
一層で出会った、猫の姿の守護者。
「あいつは、あんたに目をかけてた。行ってみる価値はあると思うよ」
「ありがとう」
カインが、頭を下げる。
「一つ、聞いていい?」
「なに」
「八十年前の先代も、万能士だった、って言ってたよね」
「言った」
ルーシェナが、静かに頷く。
「それが、偶然なのか、必然なのか。あたしにも、わからない」
「わからない、か」
「わからないことだらけで、悪いね」
ルーシェナが、少しだけ、寂しそうに笑った。
「無茶はしないこと。それだけ、約束して」
ルーシェナが、いつになく真剣な声で言った。
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街に戻り、皆に相談する。
「エランドに、会いに行こう」
カインの言葉に、誰も異論はなかった。
「一層なら、今の六人にとっては、庭みたいなものでござる」
ワングが、軽く笑う。
翌日、六人はエアの一層、あの日エランドと出会った場所を訪れた。
石畳の広間に、猫の姿が、音もなく現れる。
「久しいな」
エランドが、金色の目を細めた。
「やっと自ら加護を求めるところまで来たか」
「……待ってた、ってこと?」
「待っていたぞ」
エランドが、小さく喉を鳴らす。
「お前が、自分から助けを求めに来るのを、な」
その言い方に、カインは少し、意表を突かれた。
「これまでは、駄目だったのか」
「駄目ではない。ただ、早すぎても、意味がなかった」
エランドが、静かに答える。
「四層の部屋の話、聞かせてもらおうか」
カインは、四本腕の魔物のこと、顔の見えない男のこと、ララの判断のことを、順に話した。
エランドは、黙って耳を傾けていた。
話し終えると、エランドは静かに頷く。
「なるほどな。ならば、お前に良い相棒を紹介しよう」
そう言って、エランドが、天へ向かって短く吠えた。
その傍らに、ふわりと、白い子猫が現れる。
雪のように白い毛並みに、青い瞳が印象的だった。
「わっ、可愛い」
ミラが、思わず声を上げた。
「こやつは、ミーという」
エランドが、目を細める。
「まあ、可愛がってやってくれ」
子猫が、鳴きもせず、じっとカインを見上げている。
その視線に、なぜか、初対面とは思えない親しみを感じた。
不思議と、警戒する気にはならなかった。
「召喚モンスター、なのか?」
カインが、恐る恐る尋ねた。
「違う」
エランドが、はっきりと否定する。
「召喚獣ではない。呼ばぬ限り、こやつは来ない」
「呼ばない限り……」
「そして、召喚獣とは違う。お前が、既に何かを召喚していても、ミーは呼べる」
「一緒に、使えるってこと?」
「そういうことだ」
白い子猫が、カインの足元に、すり寄ってくる。
温かい体温が、伝わってきた。
「何が、できるんだ」
カインが、問いかける。
エランドは、答えなかった。
代わりに、目を細めて笑った。
「まあ、試してみろ」
「それだけかよ」
カインが、思わず苦笑する。
エランドは、答える代わりに、片目を細めてみせた。
その言葉を最後に、エランドの姿は、音もなく掻き消えた。
「……行っちゃった」
ネリスが、拍子抜けしたように呟く。
「相変わらず、説明が足りないでござるな」
ワングが、苦笑した。
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「とりあえず、帰ろうか」
カインが、皆を見回した瞬間だった。
周囲の空気が、ざわりと揺れる。
石畳の陰から、六体の魔物が、一斉に姿を現した。
一層の魔物にしては、明らかに数が多い。
小型の獣型と、コウモリ型が入り混じっている。
「囲まれてる」
ネリスが、低く構えた。
「一層の魔物なら、危なくはないでござるが」
ワングも、氷姫代わりの村雨に手をかける。
「数だけは、少し厄介でござるな」
「ララ、頼む」
カインが、印を組む。
淡い光とともに、ララが姿を現した。
「みゃー」
足元で、ミーが小さく鳴く。
その瞬間、六人とララ、全員を、淡い光がふわりと包んだ。
温かく、柔らかい光だった。
「なに、これ」
ノリアが、自分の手のひらを見つめる。
「業火弾!」
ララが、間髪入れずに詠唱した。
放たれた炎が、これまでとは比べ物にならない勢いで膨れ上がる。
一瞬で、六体の魔物を呑み込んだ。
爆風が収まった後、そこには、何も残っていなかった。
石畳が、うっすらと焦げているだけだった。
「……え」
ララ自身が、自分の杖を見つめたまま、固まっている。
「今の、私?」
「今の、お前だよ」
カインが、呆然と答えた。
「一層の雑魚が、一撃で……」
ノリアが、絶句している。
「ちょっと、今の威力、七階梯クラスなんじゃない」
「あたしも、そう思う」
ネリスが、爪をしまうのも忘れて、辺りを見回した。
「戦う暇、なかったでござるな」
ワングも、構えたままの村雨を、そっと鞘へ戻す。
「ありがとう、ララ。もう、平気だ」
「うん」
ララは、まだ戸惑った様子のまま、光の粒子となって消えていった。
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足元で、ミーが、満足そうに一声鳴く。
「ミー、あんた、とんでもない相棒だね」
ネリスが、しゃがみ込んで、そっと頭を撫でた。
ミーは、気持ちよさそうに目を細める。
「怪我とか、してない?」
ミラが、心配そうにミーを覗き込んだ。
「みゃー」
ミーが、まるで答えるように、短く鳴く。
「元気そうで、良かった」
ミラが、ほっとしたように微笑んだ。
「これ、ちゃんと確かめないと」
ノリアが、腕を組んだ。
「効果の範囲とか、時間とか、何回使えるとか」
「そうだね」
ミラも、頷く。
「次、あの部屋に挑む前に、はっきりさせておきたい」
「賛成でござる」
ワングが、力強く頷いた。
「威力だけじゃなく、持続時間や、使える間隔も気になる」
カインが、腕を組みながら言う。
「フラグメンツにでも集まって、一つずつ試していこう」
「あたしも、風雪を試したいし」
ネリスが、懐の短刀に触れた。
「ちょうどいい機会だね」
カインは、足元のミーを、そっと抱き上げる。
小さな体は、驚くほど軽かった。
温かい重みが、腕の中で、確かに息づいている。
「よろしくな、ミー」
「みゃー」
短い返事が、静かな一層に、小さく響いた。
六人は、それぞれに小さな笑みを浮かべながら、街への道を歩き出す。
「一層で、こんなに驚かされる日が来るとはね」
ノリアが、苦笑交じりに呟いた。
「エランドの加護は、いつも予想の斜め上でござるな」
ワングが、それに応じる。
十一行目の扉が待つ四層は、まだ先のことだった。
だが、少しだけ、道が開けた気がした。
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