第168話「己ならぬ力、退く判断」
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一度、街へ戻った。
六人は、アプレイザルへ足を運ぶ。
「まずは、こちらから」
鑑定士が、ネリスの短刀を手に取った。
刀身に、鑑定具の光を当てる。
しばらく、じっと見つめていた。
「銘は、風雪」
「風雪……」
ネリスが、その名を繰り返す。
「珍しいですね、これは」
鑑定士が、眉を上げた。
「珍しいって?」
「持ち主の技能そのものを、増やす類の品です」
「スキルを、増やす?」
カインが、身を乗り出す。
「忍者の技能に、作用するものかと」
「そんなの、聞いたことない」
ノリアが、目を丸くした。
「私も、初めて見ました」
鑑定士が、正直に答える。
長年この場に立ってきた者の言葉としては、珍しいくらい素直な物言いだった。
「詳しい効果までは、私の手にも余ります。実際に使いながら、確かめるのが早いかもしれません」
「使ってみる、って……」
ネリスが、短刀をそっと受け取った。
「危なくない?」
ミラが、心配そうに聞く。
「見た限り、悪い品ではなさそうです」
鑑定士が、鑑定具を軽く振ってみせた。
「呪いの気配も、害意の反応もありません。純粋に、育てる類の品かと」
「育てる、か」
ネリスが、短刀を鞘に収めながら、その響きを確かめるように呟く。
「悪いようにはしない。ちゃんと、使いこなしてみる」
鑑定士が、続けて村雨を手に取った。
丁寧に、鞘から抜く。
その瞬間、鑑定士の表情が、わずかに変わった。
「……これは」
「わかるでござるか」
ワングが、身を乗り出す。
「かなりの業物です」
鑑定士が、慎重に刀身を検分した。
「技量さえ伴えば、アイアンゴーレムの装甲でも、断ち切れるでしょう」
「アイアンゴーレムを……」
ワングが、息を呑む。
「銘までは、私の力量では読み解けませんでした」
鑑定士が、丁寧に鞘へ収める。
「持ち主に相応しい腕が育てば育つほど、真価が見えてくる。そういう類の刀だと思います」
「拙者に、相応しい腕でござるか」
ワングが、村雨を懐へしまいながら、静かに呟いた。
「二つとも、只の武具じゃないってことは、はっきりしましたね」
鑑定士が、二人へ目をやる。
「エアの深い部屋には、そういう品が眠っているのかもしれません」
「ますます、次の部屋が気になるでござるな」
ワングが、小さく笑った。
---
数日後、六人は再びエアへ潜った。
十行目までを抜け、十一の扉の前に立つ。
壁に、文字が浮かんでいた。
「独り剣を執る者は阻まれ、己ならぬ力を従える者は迎える。」
カインが、それを読み上げる。
誰も、口を開かなかった。
「……俺だな」
カインが、自分から言った。
「己ならぬ力、って言ったら、召喚しかないでしょ」
ノリアが、頷く。
「二人とも、部屋に入って、何かを持ち帰ってきたでござる」
ワングが、懐の村雨に触れながら言った。
「拙者もネリスも、そうだった」
「俺には、何が待ってるんだろうな」
カインが、乾いた声で笑う。
内心では、少しだけ、怖さがあった。
これまでの誰よりも、自分の「戦い方」は曖昧だ。
剣も、魔法も、召喚も、器用に扱えるだけで、突出したものは何もない。
そんな自分が、この扉の先で通用するのか。
その不安を、顔には出さなかった。
「一人で、大丈夫か」
ワングが、心配そうに聞いた。
「一人じゃない」
カインが、少し笑ってみせる。
「ララがいる」
「呼べるでござるか、扉の前で」
「試してみる」
カインが、印を組んだ。
淡い光とともに、ララが姿を現す。
感情の読めない、静かな表情のまま、ゆっくりと辺りを見回した。
「行くよ、ララ」
「うん」
短く答え、ララがカインの隣に並ぶ。
「気をつけて」
ミラの声を背に、扉が開いた。
---
広い部屋だった。
天井は高く、これまでの部屋よりも、一回り以上広い。
奥に、二つの影がある。
一つは、顔の見えない男。
フードの奥は、闇に沈んでいた。
微動だにせず、ただ佇んでいる。
もう一つは、その倍はある身の丈の、四本腕の魔物。
肌は岩のように厚く、節々から、うっすらと蒸気が立ち上っていた。
太い腕が、ゆっくりと持ち上がる。
床が、その重みだけで軋んだ気がした。
「……これは」
カインの声が、掠れた。
背筋を、冷たいものが伝う。
これまでの部屋とは、明らかに気配の質が違った。
「ララ、行けそうか?」
ララは、しばらく黙って、二つの影を見つめていた。
風もないのに、フードの奥の闇が、揺れたように見えた。
「やっても良いけど」
ララが、感情の乗らない声で答える。
「たぶん、無理」
「無理、って」
カインが、聞き返そうとした。
だが、四本腕の魔物が、先に動いた。
一歩、踏み出しただけで、空気が震える。
言い終わるより早く、ララは杖を構えていた。
「業炎獄!」
炎の奔流が、二つの影を呑み込む。
轟音とともに、視界が赤く染まった。
その一瞬。
ララが、カインの腕を強く掴む。
「戻るよ」
「え、ちょっ……!」
引っ張られるまま、カインは扉の外へ転がり出た。
視界の端に、炎を突き破って腕を振り上げる魔物の姿が映る。
扉が、勢いよく閉じた。
「今の、なに」
カインが、荒い息のまま座り込む。
「四本腕、無理」
ララが、短く言った。
「それだけ?」
「それだけ」
その簡潔さが、逆に恐ろしかった。
普段、大げさな物言いをしない彼女が、これほどきっぱりと退いた。
それだけで、相手の格が知れた。
---
外で待っていた五人が、駆け寄る。
「カイン! 大丈夫か!」
「ああ、平気。でも」
カインが、額の汗を拭った。
「あれは、無理だ。ララが、判断してくれた」
「無理、って」
ネリスが、眉を寄せる。
「四本腕の魔物と、顔も見えない男。二体一組で待ち構えてた」
カインが、重い声で言う。
「これまでとは、格が違う」
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
「退いたのは、初めてだね」
ノリアが、静かに言う。
「悔しい?」
「悔しいっていうより……」
カインが、言葉を探した。
しばらく、間があった。
「怖かった。それだけだ」
正直な一言に、誰も茶化さなかった。
「退く判断は、間違ってないでござる」
ワングが、静かに言葉を継ぐ。
「無理に進んで、誰かが欠けるよりは、よほどいい」
「そうだね」
ミラも、静かに頷いた。
「どうする、カイン」
ワングが、続けて聞いた。
「少し、考えさせてくれ」
カインが、ララを見る。
「ありがとう、助かった」
「うん」
ララは、それだけ答えて、光の粒子となって消えていった。
「一旦、戻ろう」
カインが、皆を見回した。
「一人で決めることじゃない。相談しながら、決める」
その声には、いつもの軽さがなかった。
だが、迷いも見えなかった。
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その足で、フォージタウンのダダを訪ねた。
事の次第を聞き終えたダダは、しばらく腕を組んでいた。
「四本腕、二体一組、か」
「勝てる気がしなかった」
カインが、正直に言う。
「無理して勝とうとするより、賢明な判断だ」
ダダが、静かに頷いた。
「ただ、な」
「ただ?」
「そろそろ、俺らだけで考えるのは、限界かもな」
ダダが、腕を組んだまま続ける。
「もう、迷宮の専門家に相談するしかないんじゃないか?」
「専門家……」
カインが、その言葉を噛みしめた。
「アーカイブか、ギルド長か。どちらにしろ、俺たちの手には余る話だ」
ダダの言葉に、六人は顔を見合わせた。
「顔の見えない男、か」
ダダが、腕を組んだまま呟く。
「聞いたことがあるような、ないような」
「知ってるのか?」
カインが、身を乗り出す。
「いや、ただの勘だ。当てにするな」
ダダが、軽く手を振った。
「餅は餅屋だ。俺は鍛冶のことしかわからん」
「それでも、頼りになるでござるよ」
ワングが、素直に言った。
「よし、なら」
カインが、皆を見回す。
「明日、アーカイブに行ってみよう。ティリーなら、何か知ってるかもしれない」
「賛成」
ネリスが、真っ先に頷いた。
十一行目の壁には、まだあの文言が浮かんだままだった。
「独り剣を執る者は阻まれ、己ならぬ力を従える者は迎える。」
初めて、板を前に足が止まった夜だった。
その先に何が待つのか、今はまだ、誰にもわからなかった。
いかがでしょうか?
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