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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第168話「己ならぬ力、退く判断」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


一度、街へ戻った。

六人は、アプレイザルへ足を運ぶ。

「まずは、こちらから」

鑑定士が、ネリスの短刀を手に取った。

刀身に、鑑定具の光を当てる。

しばらく、じっと見つめていた。

「銘は、風雪」

「風雪……」

ネリスが、その名を繰り返す。

「珍しいですね、これは」

鑑定士が、眉を上げた。

「珍しいって?」

「持ち主の技能そのものを、増やす類の品です」

「スキルを、増やす?」

カインが、身を乗り出す。

「忍者の技能に、作用するものかと」

「そんなの、聞いたことない」

ノリアが、目を丸くした。

「私も、初めて見ました」

鑑定士が、正直に答える。

長年この場に立ってきた者の言葉としては、珍しいくらい素直な物言いだった。

「詳しい効果までは、私の手にも余ります。実際に使いながら、確かめるのが早いかもしれません」

「使ってみる、って……」

ネリスが、短刀をそっと受け取った。

「危なくない?」

ミラが、心配そうに聞く。

「見た限り、悪い品ではなさそうです」

鑑定士が、鑑定具を軽く振ってみせた。

「呪いの気配も、害意の反応もありません。純粋に、育てる類の品かと」

「育てる、か」

ネリスが、短刀を鞘に収めながら、その響きを確かめるように呟く。

「悪いようにはしない。ちゃんと、使いこなしてみる」

鑑定士が、続けて村雨を手に取った。

丁寧に、鞘から抜く。

その瞬間、鑑定士の表情が、わずかに変わった。

「……これは」

「わかるでござるか」

ワングが、身を乗り出す。

「かなりの業物です」

鑑定士が、慎重に刀身を検分した。

「技量さえ伴えば、アイアンゴーレムの装甲でも、断ち切れるでしょう」

「アイアンゴーレムを……」

ワングが、息を呑む。

「銘までは、私の力量では読み解けませんでした」

鑑定士が、丁寧に鞘へ収める。

「持ち主に相応しい腕が育てば育つほど、真価が見えてくる。そういう類の刀だと思います」

「拙者に、相応しい腕でござるか」

ワングが、村雨を懐へしまいながら、静かに呟いた。

「二つとも、只の武具じゃないってことは、はっきりしましたね」

鑑定士が、二人へ目をやる。

「エアの深い部屋には、そういう品が眠っているのかもしれません」

「ますます、次の部屋が気になるでござるな」

ワングが、小さく笑った。

---

数日後、六人は再びエアへ潜った。

十行目までを抜け、十一の扉の前に立つ。

壁に、文字が浮かんでいた。

「独り剣を執る者は阻まれ、己ならぬ力を従える者は迎える。」

カインが、それを読み上げる。

誰も、口を開かなかった。

「……俺だな」

カインが、自分から言った。

「己ならぬ力、って言ったら、召喚しかないでしょ」

ノリアが、頷く。

「二人とも、部屋に入って、何かを持ち帰ってきたでござる」

ワングが、懐の村雨に触れながら言った。

「拙者もネリスも、そうだった」

「俺には、何が待ってるんだろうな」

カインが、乾いた声で笑う。

内心では、少しだけ、怖さがあった。

これまでの誰よりも、自分の「戦い方」は曖昧だ。

剣も、魔法も、召喚も、器用に扱えるだけで、突出したものは何もない。

そんな自分が、この扉の先で通用するのか。

その不安を、顔には出さなかった。

「一人で、大丈夫か」

ワングが、心配そうに聞いた。

「一人じゃない」

カインが、少し笑ってみせる。

「ララがいる」

「呼べるでござるか、扉の前で」

「試してみる」

カインが、印を組んだ。

淡い光とともに、ララが姿を現す。

感情の読めない、静かな表情のまま、ゆっくりと辺りを見回した。

「行くよ、ララ」

「うん」

短く答え、ララがカインの隣に並ぶ。

「気をつけて」

ミラの声を背に、扉が開いた。

---

広い部屋だった。

天井は高く、これまでの部屋よりも、一回り以上広い。

奥に、二つの影がある。

一つは、顔の見えない男。

フードの奥は、闇に沈んでいた。

微動だにせず、ただ佇んでいる。

もう一つは、その倍はある身の丈の、四本腕の魔物。

肌は岩のように厚く、節々から、うっすらと蒸気が立ち上っていた。

太い腕が、ゆっくりと持ち上がる。

床が、その重みだけで軋んだ気がした。

「……これは」

カインの声が、掠れた。

背筋を、冷たいものが伝う。

これまでの部屋とは、明らかに気配の質が違った。

「ララ、行けそうか?」

ララは、しばらく黙って、二つの影を見つめていた。

風もないのに、フードの奥の闇が、揺れたように見えた。

「やっても良いけど」

ララが、感情の乗らない声で答える。

「たぶん、無理」

「無理、って」

カインが、聞き返そうとした。

だが、四本腕の魔物が、先に動いた。

一歩、踏み出しただけで、空気が震える。

言い終わるより早く、ララは杖を構えていた。

「業炎獄!」

炎の奔流が、二つの影を呑み込む。

轟音とともに、視界が赤く染まった。

その一瞬。

ララが、カインの腕を強く掴む。

「戻るよ」

「え、ちょっ……!」

引っ張られるまま、カインは扉の外へ転がり出た。

視界の端に、炎を突き破って腕を振り上げる魔物の姿が映る。

扉が、勢いよく閉じた。

「今の、なに」

カインが、荒い息のまま座り込む。

「四本腕、無理」

ララが、短く言った。

「それだけ?」

「それだけ」

その簡潔さが、逆に恐ろしかった。

普段、大げさな物言いをしない彼女が、これほどきっぱりと退いた。

それだけで、相手の格が知れた。

---

外で待っていた五人が、駆け寄る。

「カイン! 大丈夫か!」

「ああ、平気。でも」

カインが、額の汗を拭った。

「あれは、無理だ。ララが、判断してくれた」

「無理、って」

ネリスが、眉を寄せる。

「四本腕の魔物と、顔も見えない男。二体一組で待ち構えてた」

カインが、重い声で言う。

「これまでとは、格が違う」

誰も、すぐには言葉を継げなかった。

「退いたのは、初めてだね」

ノリアが、静かに言う。

「悔しい?」

「悔しいっていうより……」

カインが、言葉を探した。

しばらく、間があった。

「怖かった。それだけだ」

正直な一言に、誰も茶化さなかった。

「退く判断は、間違ってないでござる」

ワングが、静かに言葉を継ぐ。

「無理に進んで、誰かが欠けるよりは、よほどいい」

「そうだね」

ミラも、静かに頷いた。

「どうする、カイン」

ワングが、続けて聞いた。

「少し、考えさせてくれ」

カインが、ララを見る。

「ありがとう、助かった」

「うん」

ララは、それだけ答えて、光の粒子となって消えていった。

「一旦、戻ろう」

カインが、皆を見回した。

「一人で決めることじゃない。相談しながら、決める」

その声には、いつもの軽さがなかった。

だが、迷いも見えなかった。

---

その足で、フォージタウンのダダを訪ねた。

事の次第を聞き終えたダダは、しばらく腕を組んでいた。

「四本腕、二体一組、か」

「勝てる気がしなかった」

カインが、正直に言う。

「無理して勝とうとするより、賢明な判断だ」

ダダが、静かに頷いた。

「ただ、な」

「ただ?」

「そろそろ、俺らだけで考えるのは、限界かもな」

ダダが、腕を組んだまま続ける。

「もう、迷宮の専門家に相談するしかないんじゃないか?」

「専門家……」

カインが、その言葉を噛みしめた。

「アーカイブか、ギルド長か。どちらにしろ、俺たちの手には余る話だ」

ダダの言葉に、六人は顔を見合わせた。

「顔の見えない男、か」

ダダが、腕を組んだまま呟く。

「聞いたことがあるような、ないような」

「知ってるのか?」

カインが、身を乗り出す。

「いや、ただの勘だ。当てにするな」

ダダが、軽く手を振った。

「餅は餅屋だ。俺は鍛冶のことしかわからん」

「それでも、頼りになるでござるよ」

ワングが、素直に言った。

「よし、なら」

カインが、皆を見回す。

「明日、アーカイブに行ってみよう。ティリーなら、何か知ってるかもしれない」

「賛成」

ネリスが、真っ先に頷いた。

十一行目の壁には、まだあの文言が浮かんだままだった。

「独り剣を執る者は阻まれ、己ならぬ力を従える者は迎える。」

初めて、板を前に足が止まった夜だった。

その先に何が待つのか、今はまだ、誰にもわからなかった。

いかがでしょうか?


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