第167話「偽りの隙、届いた手刀」
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翌日、六人はフォージタウンの工房を訪ねた。
「おう、来たか」
ダダが、槌を置いて振り返る。
「例のやつ、持ってきたでござる」
ワングが、折れた氷姫と、村雨を差し出した。
ダダが、まず氷姫を手に取る。
刃のない柄を、光にかざしてじっくり眺めた。
「……根元から、きれいに折れてるな」
「戦いの中で、力を出し切ってくれたでござる」
「なら、直しがいがある」
ダダが、柄を軽く撫でる。
「時間はもらうが、直してみるよ」
「かたじけない」
ワングが、頭を下げた。
続けて、ダダは村雨を鞘から抜いた。
刀身が、鈍い光を弾く。
しばらく、無言だった。
工房の中に、鎚の音すら聞こえなくなる。
「……おい」
「なんだ」
「これ、どこで拾った」
「エアの九行目でござる」
「そうか」
ダダが、刀身を透かすように見る。
刃紋を指でなぞり、柄の作りを確かめ、また刀身に目を戻した。
「俺の目でも、只者じゃないってことしかわからん」
「わからないのか」
ノリアが、意外そうに言った。
「これだけの代物は、俺の見立てじゃ底が見えない」
ダダが、慎重に鞘へ戻す。
「打った職人の腕もそうだが、それだけじゃない何かが、乗ってる気がする」
「何か、って」
カインが、身を乗り出した。
「うまく言えないが……曰くつき、ってやつだろうな」
「アプレイザルに回した方がいい。銘の意味も、由来も、あっちの方が詳しいはずだ」
「承知した」
ワングが、村雨を懐へしまう。
「まあ、氷姫は任せとけ」
ダダが、にっと笑った。
「あんたの相棒だからな。適当な仕事はしない」
「頼りにしているでござる」
ワングが、深く頭を下げた。
「終わったら、フラグメンツで一杯奢れよ」
「望むところでござる」
---
数日後、六人は再びエアへ潜った。
九行目までを、迷わず抜ける。
十行目の扉に、文字が浮かんでいた。
「気配を残す者は拒まれ、気配を断つ者にのみ届く。」
カインが、それを読み上げる。
「気配を、断つ」
「あたしじゃん」
ネリスが、真っ先に言った。
「忍者に、なったばっかりだけど」
「あんたしか、いないでしょ」
ノリアが頷く。
「爪しか使わないあんたが、気配まで断てるとは思えないけどね」
「ちょっと」
ネリスが、むっとした顔をする。
「これでも、修行はしてるんだから」
「無茶は、しないで」
ミラが、心配そうにネリスを見た。
「わかってる」
ネリスが、軽く笑ってみせる。
「一人が、得意なんだから」
「一人で平気とか、みんな同じこと言うよね」
ノリアが、小さく肩をすくめた。
「その台詞、ワングも言ってたでござるよ」
ワングが、苦笑気味に口を挟んだ。
「拙者は、あまり信じなかったが」
「今度は、信じてくれる?」
「信じるでござる」
ワングが、真面目な顔で頷く。
「拙者と同じく、必ず戻ってくると」
「当たり前」
ネリスが、鼻を鳴らした。
扉に手をかける。
抵抗なく、開いた。
「行ってくる」
短く言って、ネリスは中へ消えた。
---
薄暗い部屋だった。
灯りはなく、壁際にわずかな燐光が滲んでいるだけ。
中央に、黒ずくめの人影が、音もなく佇んでいる。
顔も、体の輪郭さえも、闇に溶けているようだった。
猫系獣人の目でさえ、輪郭を捉えきれない。
(気配、感じない)
ネリスは、息を潜めた。
自分の呼吸の音さえ、うるさく感じる。
爪を、そっと構え直した。
その瞬間、人影がしゃがみ込む。
まるで、獲物を狙う獣のような、低い姿勢だった。
次の瞬間には、宙に舞っていた。
「速……!」
ネリスは、辛うじて身をかわす。
すれ違いざま、腰のくないを投げた。
相手は、短刀でそれを弾き返す。
金属音が、部屋に響いた。
弾かれたくないが、床を滑って闇へ消える。
「本当に、隙がない」
構え直しながら、ネリスは唇を噛んだ。
追撃の爪が、空を切る。
かわされた反動で、体勢が崩れかけた。
そこへ、短刀の切っ先が伸びる。
「く……!」
とっさに身をひねり、頬に浅い傷を負いながら躱した。
熱い痛みが、遅れて追いついてくる。
だが、止まっている暇はなかった。
打ち合いは、何度も続いた。
爪と、短刀。
床を蹴る音。
息を殺す間合い。
一つ躱せば、一つ突かれる。
一つ弾けば、一つ流される。
読み合いと、読み合い。
互角。
どちらも、決定打を打てないまま、時間だけが過ぎていく。
(このままじゃ、あたしが先に潰れる)
腕の感覚が、鈍くなっていた。
呼吸が、乱れている。
汗が、背中を伝う。
視界の端が、わずかに霞み始めていた。
(どこかで、決めないと)
ふと、脳裏をよぎるものがあった。
なぜ、こんなにも迷宮に潜りたがるのか。
自分でも、うまく言葉にできない理由。
だが今は、それを考えている場合ではない。
ネリスは、覚悟を決めた。
罠を見抜くのが得意なら、罠を張るのも得意なはずだ。
そう、自分に言い聞かせる。
わざと、押し込まれたふりをする。
一歩、また一歩、後ろへ下がる。
肩を落とし、息を乱し、追い詰められた冒険者を、そのまま演じた。
相手の間合いが、わずかに詰まる。
食いついた、と感じた。
そして――右足を、大きく滑らせた。
「あっ……!」
よろける。
無防備な、右半身。
見逃す相手ではなかった。
黒い影が、地を這うように距離を詰める。
短刀が、まっすぐに迫る。
喉元を、狙っていた。
その刹那。
ネリスは、崩れる体をそのまま使い、後方へ跳んだ。
背中で、壁を蹴る。
反動で、宙を裂くように、相手の背後へ回り込んだ。
「――もらった」
手刀を、首筋へ叩き込む。
確かな手応え。
骨まで届くような、重い感触があった。
相手の体が、ぐらりと傾いだ。
短刀が、乾いた音を立てて床に落ちる。
そのまま、光を帯びていく。
輪郭が崩れ、粒子となって、闇に溶けるように消えていった。
最後まで、顔は見えなかった。
気配すら、最初から最後まで、掴ませなかった相手だった。
部屋に、静けさが戻る。
膝から、力が抜けそうになった。
床に、何かが転がっている。
短刀だった。
「……あとで、真贋の瞳で見てもらおう」
倒れそうになりながら、ネリスはそれだけ思った。
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扉が開く。
「ネリス!」
真っ先に駆け寄ったのは、ミラだった。
「大丈夫、ちょっと、疲れただけ」
膝に手をついたまま、ネリスが笑う。
「頬、切れてる」
ミラが、そっと指摘した。
「あ……気づかなかった」
「浄光」
ミラの光が、そっと降り注いだ。
頬の傷が、みるみる塞がっていく。
強張っていた体から、少しずつ力みが抜けていった。
「無理しすぎ」
ミラが、軽く睨む。
「ごめんって」
ネリスが、両手を上げて降参する仕草を見せた。
「決まったのか」
カインが、拾われた短刀に目をやった。
「ぎりぎり」
ネリスが、肩をすくめる。
「わざと転んで、隙を作った」
「わざと?」
「あたし、罠を見抜くのは得意でしょ」
ネリスが、にやりと笑った。
「なら、仕掛ける方も、いけると思って」
「危ない賭けでござるな」
ワングが、感心と呆れの混じった声を出す。
「賭けじゃないよ」
ネリスが、短く言い返した。
「これしかない、って思っただけ」
その言い方に、誰も反論しなかった。
「気配、断てたのか」
ノリアが、興味深そうに聞く。
「断てたかどうかは、わからない」
ネリスが、正直に答えた。
「でも、扉は開いたから、そういうことなんだと思う」
「相変わらず、感覚だけで生きてるな」
ノリアが、呆れたように笑う。
「悪い?」
「悪くはない。あんたらしい」
スルが、妹の肩に、そっと手を置いた。
「よく、やった」
「ん」
ネリスが、短く頷く。
その一言だけで、少しだけ、体の強張りが緩んでいく。
兄の不器用な優しさは、昔から変わらなかった。
拾った短刀を、懐へしまう。
「これも、あとで見てもらわないとね」
カインは、ふと考え込むように、板を見つめた。
ワングの時も、氷姫の代わりに村雨が遺された。
今度は、ネリスの前に短刀が残った。
一つ一つの部屋が、ただの試練ではなく、何かを置いていく。
(次は、俺の番かもしれない)
その予感を、口には出さなかった。
十行目の板に、淡い光が宿った。
十一行目が何を映すのか、今はまだ、誰にもわからなかった。
ただ、板の光だけが、静かに六人を見つめていた。
いかがでしょうか?
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