第165話「閉じる瞳、通う呼吸」
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一度、街へ戻った。
翌朝、六人は再びエアへ向かった。
一部屋目から七部屋目までは、迷わず抜けた。
八つ目の扉の前に、六人は立った。
扉の脇の壁に、文字が刻まれていた。
「開く瞳に挑む者は阻まれ、閉じる刹那を狙う者に届く。」
カインがそれを声に出して読む。
「開く瞳に挑む者は阻まれ……」
「閉じる刹那を狙う者に届く、って」
ワングが腕を組んだ。
「さっぱり、意味がわからないでござる」
「瞳を開けたまま挑むな、ってことなのかな」
ミラが首を傾げる。
「じゃあ、閉じてる時に挑めってこと?」
ネリスが眉を寄せた。
「敵が目を閉じるタイミングなんて、わかるものなのか」
カインが板を睨む。
「わからない」
ミラが正直に答えた。
「まあ、行くしかないでしょ」
ノリアが杖を担ぎ直し、扉に手をかける。
「考えてても、始まらない」
扉が開いた。
奥に立っていたのは、大柄な剣士だった。
抜き身の長剣を、片手で無造作に提げている。
構えを見ただけで、これまでの魔物とは格が違うとわかった。
「行くぞ!」
カインの声で、ワングとミラが同時に斬り込んだ。
剣士は、動いたのかどうかもわからない速さで二人の刃を受け流す。
「かっ……!」
ワングの刀が弾かれ、体勢が崩れる。
「隙が、ないでござる」
ワングが即座に体勢を立て直しながら唸った。
ミラも斬りかかるが、剣先はあっさりと逸らされた。
「くっ……!」
ミラが片膝をつきかける。
「スル!」
カインの合図で、スルが盾を構えて突っ込んだ。
盾がぶつかる寸前、剣士の剣が横から滑り込む。
金属同士がぶつかる鈍い音が響いた。
「重い……!」
スルが押し返され、後ろへ数歩よろめく。
「なら、あたしが」
ネリスが低く姿勢を落とし、地を這うように距離を詰めた。
爪が剣士の脇腹めがけて閃く。
だが、剣士の体は既にそこになかった。
「速すぎる……」
ネリスが着地しながら舌打ちする。
「囲んでも、駄目みたいだ」
カインが息を切らしながら剣を構え直した。
「なら、僕も」
カインが正面から斬りかかる。
剣士の切っ先が、カインの頬をかすめた。
「危な……!」
血が一筋、頬を伝う。
「カイン!」
ミラが叫んだ。
「大丈夫、掠っただけだ」
カインが後ろへ跳びながら答える。
「本当に隙がない、こいつ」
「休むな! 崩れるぞ!」
ワングが再び斬り込む。
刃と刃がぶつかり合う音が、幾度も広間に響いた。
誰も彼もが、汗と息を切らしながら剣士に食らいついていく。
「浄光!」
ミラがカインの傷に光を当てた。
傷が塞がっていくのを感じながら、カインはすぐに剣を握り直す。
「まだ、いける」
「なら、火力で押すか」
ノリアが杖を構えた。
「業火弾!」
炎の塊が剣士へ向かって飛ぶ。
剣士は身をひねり、最小限の動きだけで炎をかわした。
「魔法まで、避けるのかよ」
ノリアが唇を噛む。
「本当に、化け物だな」
打ち合いは、それからもしばらく続いた。
前衛が代わる代わる仕掛けては、弾かれ、躱され、押し返される。
ワングの連撃も、氷姫の切っ先が空を切るばかりだった。
「いい加減、当たれでござる!」
ワングが吠えながら刀を振るう。
剣士は一歩も退かず、その全てを最小限の動きで捌いていく。
ミラが横合いから斬りかかると、剣士は振り向きもせずに剣を合わせた。
その反動だけで、ミラの体が数歩後ろへ流される。
「まるで、後ろにも目があるみたい」
ミラが荒い呼吸のまま呟いた。
スルが盾ごと突進しても、剣士はその圧力を真正面から受け止めてみせる。
拮抗した力比べは、一瞬でスルの側が押し切られて終わった。
汗が飛び散り、床に幾筋もの傷跡が刻まれていく。
誰の攻撃も、まともに届かない。
「このままじゃ、埒が明かないでござる」
ワングが肩で息をしながら言う。
「一旦、退くか」
カインが皆を見回した瞬間だった。
剣士が、大きく踏み込んできた。
「来る!」
ネリスが叫ぶ。
その一撃を、カインが咄嗟に剣で受け止める。
鍔迫り合いの、ほんの一瞬。
カインは、剣士の顔を間近に見た。
「……目、閉じてる?」
一瞬だけ、剣士の両の瞳が閉じられていた。
そのまま剣士は力任せにカインを弾き飛ばし、後ろへ下がる。
「今、目を閉じてなかったか」
カインが体勢を立て直しながら叫んだ。
「見間違いじゃないでござるか」
ワングが疑わしそうに言う。
「いや、確かに閉じてた。斬り込む、その瞬間だけ」
カインが板を思い出すように見た。
「開く瞳に挑む者は阻まれ、閉じる刹那を狙う者に届く」
「まさか、本当に瞬きの話でござったか」
ワングが目を見開く。
「でも、閉じるのは一瞬だけだ」
カインが唸った。
「しかも、向こうが斬り込んでくる瞬間に合わせないといけない」
「危険すぎる」
ミラが眉をひそめた。
「打ち合いながら、その一瞬だけを狙うなんて」
「あたしとスルなら」
ネリスが不意に口を開いた。
「できるかもしれない」
「ネリス?」
「あたしが誘う。踏み込ませて、目を閉じさせる」
ネリスが自分の爪を見つめる。
「そこに、スルが喉を突く」
「危なすぎるでござる」
ワングが止めようとした。
「囮になるってことでござるぞ」
「わかってる」
ネリスが短く答える。
「でも、あたしが一番、避けるのは得意だから」
スルが黙って盾を置き、腰の短剣を抜いた。
「俺は、外さない」
短く、それだけ言った。
「二人とも、無理は」
カインが言いかけるのを、ノリアが遮った。
「無理はするな、はもう聞き飽きたでしょ」
ノリアが杖を握り直す。
「あたしたちは、隙を作る」
「わかった」
カインが頷いた。
「合わせる」
再び、六人は剣士へ向き直った。
「行くよ!」
ネリスが真正面から飛び込んだ。
わざと大きく踏み込み、爪を振りかぶる。
剣士の視線が、ネリスに吸い寄せられた。
「今……!」
ネリスが叫んだ瞬間、剣士が斬り込んできた。
切っ先が、ネリスの肩をかすめる。
痛みに構わず、ネリスはその場に踏みとどまった。
剣士の両の瞳が、確かに閉じた。
その刹那。
スルが背後から跳び込んだ。
短剣を逆手に持ち替え、喉元めがけて突き出す。
刃が、剣士の喉に深く突き刺さった。
「入った……!」
ネリスが肩を押さえながら叫ぶ。
剣士の体が、大きくのけぞった。
閉じていた瞳が、再び開かれる。
だが、もう遅かった。
輪郭が内側から光を帯び、崩れていく。
抜き身の長剣が、音を立てて床に落ちた。
その姿は、粒子となって、静かに消えていった。
広間に、荒い息遣いだけが残る。
「……効いた」
スルが短剣を下ろす。
「効いたでござるな、本当に」
ワングが刀を鞘に納めながら、大きく息を吐いた。
「ネリス、肩は」
カインが駆け寄る。
「かすり傷。それより、決まったね、スル」
ネリスが痛みをこらえながら笑った。
「ああ」
スルが妹の肩に手を当てる。
「昔から、お前が誘って俺が仕留める。それだけだ」
「懐かしい言い方するじゃん」
ネリスが笑った。
「浄光」
ミラがネリスの肩に光を当てる。
傷はすぐに塞がっていった。
「二人の息の合い方、見事だったでござるよ」
ワングが感心したように言う。
「兄妹の連携、ってやつでござるな」
「連携っていうか」
ネリスが肩をすくめる。
「昔から、そういう役割だっただけ」
「役割でも、簡単にできることじゃない」
ミラが静かに言った。
「あの一瞬に、二人とも命を懸けてた」
板に刻まれた八行目の文言は、そのまま光を帯びて残った。
その日の夕方、フォージタウンの工房にダダを訪ねた。
「今日は、また一段と気迫がすごいな」
ダダが図面から顔を上げる。
「達人の剣士でな」
カインが椅子に腰を下ろす。
「隙が一つもなかった」
「よく倒せたな、それで」
「目を閉じる一瞬だけ、喉が空くでござった」
ワングが得物を壁に立てかけた。
「そこを、ネリスとスルの二人で仕留めたでござる」
「兄妹コンビか」
ダダが目を丸くする。
「たまたまだよ」
ネリスが照れくさそうに言う。
「たまたまで、命懸けの一撃は打てないだろう」
ダダが苦笑した。
「昔取った杵柄、ってやつか」
「そんなところ」
スルが短く頷いた。
「次は、どんな部屋だと思う」
ダダが聞いた。
「わからない」
カインが正直に答える。
「でも、今日みたいに、誰かの一瞬が鍵になるのかもな」
「大袈裟でござるよ」
ワングが笑う。
「大袈裟でもいい」
カインが小さく笑い返した。
「今日は、それだけの戦いだった」
八行目の文言は、まだ工房の話題の中心にあった。
九行目が、どんな姿を見せるのかは、今夜もまだ誰にもわからなかった。
いかがでしょうか?
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