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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第165話「閉じる瞳、通う呼吸」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


一度、街へ戻った。

翌朝、六人は再びエアへ向かった。

一部屋目から七部屋目までは、迷わず抜けた。

八つ目の扉の前に、六人は立った。

扉の脇の壁に、文字が刻まれていた。

「開く瞳に挑む者は阻まれ、閉じる刹那を狙う者に届く。」

カインがそれを声に出して読む。

「開く瞳に挑む者は阻まれ……」

「閉じる刹那を狙う者に届く、って」

ワングが腕を組んだ。

「さっぱり、意味がわからないでござる」

「瞳を開けたまま挑むな、ってことなのかな」

ミラが首を傾げる。

「じゃあ、閉じてる時に挑めってこと?」

ネリスが眉を寄せた。

「敵が目を閉じるタイミングなんて、わかるものなのか」

カインが板を睨む。

「わからない」

ミラが正直に答えた。

「まあ、行くしかないでしょ」

ノリアが杖を担ぎ直し、扉に手をかける。

「考えてても、始まらない」

扉が開いた。

奥に立っていたのは、大柄な剣士だった。

抜き身の長剣を、片手で無造作に提げている。

構えを見ただけで、これまでの魔物とは格が違うとわかった。

「行くぞ!」

カインの声で、ワングとミラが同時に斬り込んだ。

剣士は、動いたのかどうかもわからない速さで二人の刃を受け流す。

「かっ……!」

ワングの刀が弾かれ、体勢が崩れる。

「隙が、ないでござる」

ワングが即座に体勢を立て直しながら唸った。

ミラも斬りかかるが、剣先はあっさりと逸らされた。

「くっ……!」

ミラが片膝をつきかける。

「スル!」

カインの合図で、スルが盾を構えて突っ込んだ。

盾がぶつかる寸前、剣士の剣が横から滑り込む。

金属同士がぶつかる鈍い音が響いた。

「重い……!」

スルが押し返され、後ろへ数歩よろめく。

「なら、あたしが」

ネリスが低く姿勢を落とし、地を這うように距離を詰めた。

爪が剣士の脇腹めがけて閃く。

だが、剣士の体は既にそこになかった。

「速すぎる……」

ネリスが着地しながら舌打ちする。

「囲んでも、駄目みたいだ」

カインが息を切らしながら剣を構え直した。

「なら、僕も」

カインが正面から斬りかかる。

剣士の切っ先が、カインの頬をかすめた。

「危な……!」

血が一筋、頬を伝う。

「カイン!」

ミラが叫んだ。

「大丈夫、掠っただけだ」

カインが後ろへ跳びながら答える。

「本当に隙がない、こいつ」

「休むな! 崩れるぞ!」

ワングが再び斬り込む。

刃と刃がぶつかり合う音が、幾度も広間に響いた。

誰も彼もが、汗と息を切らしながら剣士に食らいついていく。

「浄光!」

ミラがカインの傷に光を当てた。

傷が塞がっていくのを感じながら、カインはすぐに剣を握り直す。

「まだ、いける」

「なら、火力で押すか」

ノリアが杖を構えた。

「業火弾!」

炎の塊が剣士へ向かって飛ぶ。

剣士は身をひねり、最小限の動きだけで炎をかわした。

「魔法まで、避けるのかよ」

ノリアが唇を噛む。

「本当に、化け物だな」

打ち合いは、それからもしばらく続いた。

前衛が代わる代わる仕掛けては、弾かれ、躱され、押し返される。

ワングの連撃も、氷姫の切っ先が空を切るばかりだった。

「いい加減、当たれでござる!」

ワングが吠えながら刀を振るう。

剣士は一歩も退かず、その全てを最小限の動きで捌いていく。

ミラが横合いから斬りかかると、剣士は振り向きもせずに剣を合わせた。

その反動だけで、ミラの体が数歩後ろへ流される。

「まるで、後ろにも目があるみたい」

ミラが荒い呼吸のまま呟いた。

スルが盾ごと突進しても、剣士はその圧力を真正面から受け止めてみせる。

拮抗した力比べは、一瞬でスルの側が押し切られて終わった。

汗が飛び散り、床に幾筋もの傷跡が刻まれていく。

誰の攻撃も、まともに届かない。

「このままじゃ、埒が明かないでござる」

ワングが肩で息をしながら言う。

「一旦、退くか」

カインが皆を見回した瞬間だった。

剣士が、大きく踏み込んできた。

「来る!」

ネリスが叫ぶ。

その一撃を、カインが咄嗟に剣で受け止める。

鍔迫り合いの、ほんの一瞬。

カインは、剣士の顔を間近に見た。

「……目、閉じてる?」

一瞬だけ、剣士の両の瞳が閉じられていた。

そのまま剣士は力任せにカインを弾き飛ばし、後ろへ下がる。

「今、目を閉じてなかったか」

カインが体勢を立て直しながら叫んだ。

「見間違いじゃないでござるか」

ワングが疑わしそうに言う。

「いや、確かに閉じてた。斬り込む、その瞬間だけ」

カインが板を思い出すように見た。

「開く瞳に挑む者は阻まれ、閉じる刹那を狙う者に届く」

「まさか、本当に瞬きの話でござったか」

ワングが目を見開く。

「でも、閉じるのは一瞬だけだ」

カインが唸った。

「しかも、向こうが斬り込んでくる瞬間に合わせないといけない」

「危険すぎる」

ミラが眉をひそめた。

「打ち合いながら、その一瞬だけを狙うなんて」

「あたしとスルなら」

ネリスが不意に口を開いた。

「できるかもしれない」

「ネリス?」

「あたしが誘う。踏み込ませて、目を閉じさせる」

ネリスが自分の爪を見つめる。

「そこに、スルが喉を突く」

「危なすぎるでござる」

ワングが止めようとした。

「囮になるってことでござるぞ」

「わかってる」

ネリスが短く答える。

「でも、あたしが一番、避けるのは得意だから」

スルが黙って盾を置き、腰の短剣を抜いた。

「俺は、外さない」

短く、それだけ言った。

「二人とも、無理は」

カインが言いかけるのを、ノリアが遮った。

「無理はするな、はもう聞き飽きたでしょ」

ノリアが杖を握り直す。

「あたしたちは、隙を作る」

「わかった」

カインが頷いた。

「合わせる」

再び、六人は剣士へ向き直った。

「行くよ!」

ネリスが真正面から飛び込んだ。

わざと大きく踏み込み、爪を振りかぶる。

剣士の視線が、ネリスに吸い寄せられた。

「今……!」

ネリスが叫んだ瞬間、剣士が斬り込んできた。

切っ先が、ネリスの肩をかすめる。

痛みに構わず、ネリスはその場に踏みとどまった。

剣士の両の瞳が、確かに閉じた。

その刹那。

スルが背後から跳び込んだ。

短剣を逆手に持ち替え、喉元めがけて突き出す。

刃が、剣士の喉に深く突き刺さった。

「入った……!」

ネリスが肩を押さえながら叫ぶ。

剣士の体が、大きくのけぞった。

閉じていた瞳が、再び開かれる。

だが、もう遅かった。

輪郭が内側から光を帯び、崩れていく。

抜き身の長剣が、音を立てて床に落ちた。

その姿は、粒子となって、静かに消えていった。

広間に、荒い息遣いだけが残る。

「……効いた」

スルが短剣を下ろす。

「効いたでござるな、本当に」

ワングが刀を鞘に納めながら、大きく息を吐いた。

「ネリス、肩は」

カインが駆け寄る。

「かすり傷。それより、決まったね、スル」

ネリスが痛みをこらえながら笑った。

「ああ」

スルが妹の肩に手を当てる。

「昔から、お前が誘って俺が仕留める。それだけだ」

「懐かしい言い方するじゃん」

ネリスが笑った。

「浄光」

ミラがネリスの肩に光を当てる。

傷はすぐに塞がっていった。

「二人の息の合い方、見事だったでござるよ」

ワングが感心したように言う。

「兄妹の連携、ってやつでござるな」

「連携っていうか」

ネリスが肩をすくめる。

「昔から、そういう役割だっただけ」

「役割でも、簡単にできることじゃない」

ミラが静かに言った。

「あの一瞬に、二人とも命を懸けてた」

板に刻まれた八行目の文言は、そのまま光を帯びて残った。

その日の夕方、フォージタウンの工房にダダを訪ねた。

「今日は、また一段と気迫がすごいな」

ダダが図面から顔を上げる。

「達人の剣士でな」

カインが椅子に腰を下ろす。

「隙が一つもなかった」

「よく倒せたな、それで」

「目を閉じる一瞬だけ、喉が空くでござった」

ワングが得物を壁に立てかけた。

「そこを、ネリスとスルの二人で仕留めたでござる」

「兄妹コンビか」

ダダが目を丸くする。

「たまたまだよ」

ネリスが照れくさそうに言う。

「たまたまで、命懸けの一撃は打てないだろう」

ダダが苦笑した。

「昔取った杵柄、ってやつか」

「そんなところ」

スルが短く頷いた。

「次は、どんな部屋だと思う」

ダダが聞いた。

「わからない」

カインが正直に答える。

「でも、今日みたいに、誰かの一瞬が鍵になるのかもな」

「大袈裟でござるよ」

ワングが笑う。

「大袈裟でもいい」

カインが小さく笑い返した。

「今日は、それだけの戦いだった」

八行目の文言は、まだ工房の話題の中心にあった。

九行目が、どんな姿を見せるのかは、今夜もまだ誰にもわからなかった。

いかがでしょうか?


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