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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第163話「一閃の終焉、猫の答え」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


一度、街へ引き上げた。

翌日、六人はふたたびエアへ向かった。

一部屋目から四部屋目までは、いつも通り抜ける。

五つ目の扉を開けると、騎士は昨日と同じ場所に立っていた。

盾に走った亀裂も、そのままだった。

「消えてない、でござるな」

ワングが亀裂を確かめる。

「積んだ分は、残ってるってことか」

カインが小さく息を吐いた。

「なら、続きからやれる」

スルが盾を構え直す。

「気合、入れ直すよ」

ネリスが爪を鳴らした。

カイン・ワング・ネリス・スル・ミラの五人が、ふたたび得物を叩き込んだ。

ノリアは杖を担いだまま、少し離れて眺めている。

「今日も、あたしは見てるだけか」

「暇なら、数えててくれ」

カインが打ち込みながら言う。

「今度は見失わないように」

「はいはい」

亀裂は、少しずつ深くなっていった。

だが、思ったほど早くは進まない。

「昨日の続き、って感じがしないでござるな」

ワングが刀を止めずにぼやいた。

「振り出しに、戻ってる気さえする」

「気のせいだと思いたい」

カインが息を切らしながら答える。

半刻ほど打ち込んだところで、ネリスが手を止めた。

「ちょっと、休もう」

「賛成」

スルが盾を下ろす。

「腕が痺れてきた」

短い休息を挟み、水を口に含む。

「配置、変えてみるか」

カインが提案した。

「同じところばかり狙ってたから」

「なら、拙者はここから」

ワングが騎士の脚元を指す。

「重心を崩すつもりで、でござる」

配置を変えて再開すると、そのうち、盾だけでなく、鎧そのものにも細い筋が走り始めた。

「盾だけじゃない、でござるな」

ワングが刀を止めずに言う。

「鎧まで、いってる」

「あと少しかもしれない」

ミラが息を切らしながらも、剣を振り続けた。

ネリスが、鎧の継ぎ目めがけて爪を突き立てる。

その瞬間、騎士の姿が、輪郭からほどけるように崩れた。

音もなく、霧が晴れるように消えていく。

「……終わった?」

ネリスが爪を構えたまま、動きを止めた。

「終わった、みたいでござるな」

ワングが刀を下ろす。

「やっとか」

スルが盾を下ろし、大きく息をついた。

「二日がかりだったな」

カインが額の汗を拭う。

「幾重にも打つ者は許される、か」

「文字通り、でござったな」

「配置を変えたのが、良かったのかもしれない」

ミラが静かに付け加える。

「単に、積もった分が限界だっただけかもよ」

ネリスが肩をすくめた。

板に刻まれた五行目の文言は、そのまま光を帯びて残った。

六人は、六つ目の扉の前に立つ。

壁に、新しい文字が刻まれていた。

「一呪に望む者は拒まれ、幾重にも唱える者は許される」

カインがそれを読み上げる。

「今度は、また魔法でござるか」

ワングが眉を寄せた。

「一呪に望む、って……一回の呪文じゃ駄目、ってこと?」

ネリスが首をひねる。

「多分な」

カインが板を見比べる。

「五行目と、字面はそっくりだ。でも、同じとは限らない」

「確かめながら、進めるでござるな」

ワングが頷いた。

「まずは、軽いのから試すか」

カインが自分の手を見た。

「僕が、一発、様子見で撃ってみる」

「危なくないでござるか」

「一発だけだ。すぐ退く」

扉が開いた。

奥に立っていたのは、ローブを纏った老いた男だった。

杖も何も持たず、ただ静かに佇んでいる。

「庇護陣」

カインが自分に軽く唱え、一歩前へ出る。

「火花炎」

小さな炎の粒が、老いた男へ向けて放たれる。

届く直前、炎はふっと掻き消えた。

弾かれたのでも、逸れたのでもない。

まるで最初からなかったかのように、消えてしまった。

「……消えた?」

カインが自分の手を見下ろす。

「一発じゃ、届きすらしないでござるか」

ワングが息を呑む。

「威力の問題、じゃなさそうだ」

カインが後ろへ下がりながら言う。

「回数、そのものが足りてない、ってことかもしれない」

「なら、あたしの出番だ」

ノリアが前へ進み出た。

「防御魔法を!」

ノリアが真っ先に叫んだ。

「一応、下がってて!」

カイン・ネリス・スルが、後ろへ引く。

「守護の盾!」

ワングが唱えた。

淡い光が、六人全員を包み込む。

「守りの聖歌!」

ミラも続けて詠唱する。

光が幾重にも重なり、部屋全体を淡く覆った。

「幾重にも、って言われてもね」

ノリアが杖を高く掲げた。

「一発で十分でしょ、これは」

「終焉!!」

極大の光が、部屋の奥を白く塗りつぶした。

光が引いたあと、老いた男が立っていた場所には、何も残っていなかった。

「……一撃で、でござるか」

ワングが呆然と呟く。

「一呪に望む者は拒まれ、って書いてあったけどな」

カインが板を見下ろす。

「僕のは、本当に一発で消えた。ノリアのは、一発で通った」

「同じ一発なのに、扱いが真逆でござるな」

「多分、ノリアの魔力が、それだけ規格外だったんだろうな」

ミラが静かに言った。

「知らないよ」

ノリアが杖を肩に担ぎ直した。

「効いたんだから、いいでしょ」

「いいのか、それで」

スルが小さく笑う。

「文句を言う相手も、もういない」

六人は顔を見合わせた。

板に刻まれた六行目の文言は、まだ光を帯びたまま、そこに残っていた。

規格外の力の持ち主だからこそ通用した一撃なのか、それとも別の理由があるのか、確かめようはなかった。

その時、板が一瞬、白く光った。

これまでのどの一行が浮かぶ時とも、違う光り方だった。

「……今の、なんでござる」

ワングが辺りを見回す。

部屋の隅、いつの間にか小さな影が立っていた。

丸い瞳と、しなやかな体。

「エランド」

カインが思わず声を上げた。

猫の姿をしたエランドが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「久しいな、六人とも」

「本当に、エランドか」

ネリスが目を丸くする。

「三層のあと、姿を見せなかったから」

「見る必要が、なかっただけだ」

エランドが尻尾を揺らした。

「今日は、見せる理由がある」

エランドの視線が、まっすぐカインに向いた。

「お前は、まだ気づいていないようだな」

「……加護のこと、か」

カインが息を詰めた。

「エアの六つの壁を、すべて越えたときにわかる。そう言ったな」

「言った」

「でも、僕は、まだ何ももらってない」

「もらっていない、と思っているのは、お前だけだ」

エランドの声は、静かだった。

「お前が呼び出す力――それが、お前の加護だ」

「……召喚のこと、か」

カインが自分の手のひらを見下ろす。

「ゴーレムやララを、取り込む力」

「あれは、僕がもともと持ってたスキルで」

「もともと、という言葉に、意味はない」

エランドが目を細める。

「与えられた時期を、お前が知らなかっただけだ」

カインは、しばらく言葉が出なかった。

「ずっと、持ってた、ってことか」

「気づくまでが、お前の番だった」

「なら、なぜ、今まで黙ってた」

カインが問う。

「気づかなかったのには、それなりの訳がある」

エランドの声が、わずかに低くなった。

「今は、まだ話せない」

「じゃあ、いつ……」

「加護だと認めた者にだけ、見えてくるものがある」

エランドの尾が、ぴたりと止まった。

「お前は、その入り口に立ったに過ぎない」

カインは、すぐには言葉を返せなかった。

エランドがそれだけ言い、身を翻す。

「壁は、もう幾つか越えている」

「全部か」

「それは、まだだ」

エランドの姿が、光に溶けるように消えていく。

「エランド……!」

カインが呼びかけたが、返事はなかった。

板の白い光も、いつの間にか収まっていた。

「……なんだったんだ、今の」

ネリスが呆然と呟く。

「カインの加護、ってことでござるよな」

ワングが確かめるように言う。

「多分」

カインが自分の手を握ったり開いたりした。

「ずっと前から、もらってたことに、気づいてなかっただけらしい」

「変な感じでござるな」

「ずっと使ってた力が、加護でした、って」

「変な感じだ、本当に」

カインが小さく笑った。

「でも、なんか、腑に落ちた気もする」

「良かったでござるな」

ワングがカインの肩を軽く叩いた。

「一つ、わからないことが、減ったでござる」

「一つだけな」

カインが苦笑する。

「他は、まだ、山ほど残ってる」


その日の夕方、フォージタウンの工房にダダを訪ねた。

「今日は、えらく騒がしい顔してるな」

ダダが図面から顔を上げる。

「五行目も六行目も、片づいた」

カインが工房の椅子に腰を下ろす。

「両方とも、か」

「おまけに、エランドまで出てきた」

ノリアが付け加えた。

「カインの加護、正体がわかったんだよ」

「本当か」

ダダが目を丸くする。

「召喚のスキル、あれがそのまま加護だったらしい」

カインが自分の手を見せる。

「ずっと持ってた力が、まさかそれだったとはな」

「気づくのに、随分かかったでござるな」

ワングが笑った。

「本人だけ、知らなかったでござる」

「言われてみれば、そうかもしれない、とは思う」

カインが頭をかいた。

「でも、まだ全部の壁を越えたわけじゃないらしい」

「相変わらず、はっきりしないやつだな、あの猫は」

ダダが苦笑する。

「昔からそうだ」

「今日のところは、それで十分だ」

カインが小さく息をついた。

板に刻まれた六行目の文言は、まだ工房の話題の中心にあった。

七行目が、次にどんな姿を見せるのかは、誰にもわからなかった。

いかがでしょうか?


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