第162話「逸れる炎、覗く亀裂」
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翌朝、六人はエアの入り口に立っていた。
「今日はスルの盾、まだ間に合ってないでござるな」
ワングが横目でスルの得物を見る。
「これで充分だ」
スルが軽く肩を回した。
「傷も、もう残ってない」
「無理はするな、とは言わないでおく」
カインが苦笑した。
「昨日、聞いたばかりだからな」
「それじゃ、行くか」
カインが皆を見回した。
「おう」
スルが頷き、盾を担ぎ直す。
一部屋目、二部屋目、三部屋目は迷わず抜けた。
何度も通った道のりに、もう緊張はない。
四部屋目の扉も抵抗なく開いた。
奥に佇んでいた姿はもうどこにもない。
四行目の文言だけが壁と板に光を帯びたまま残っていた。
「五つ目は、どんな部屋でござろうか」
ワングが扉の先を覗き込むように言った。
「開けてみないと、わからない」
カインが肩をすくめる。
「わからないことばかりだな、相変わらず」
ネリスが苦笑した。
五つ目の扉の前に六人は立った。
扉の脇の壁に、文字が刻まれていた。
「一撃に望む者は拒まれ、幾重にも打つ者は許される」
カインがそれを声に出して読んだ。
「一撃に望む者は拒まれ……一発逆転を狙うな、ってことか」
「幾重にも打つ者は許される、と対になっているでござるな」
ワングが文字を指でなぞる。
「何度も打てば良い、ということかもしれぬでござる」
「じゃあ、物理で殴ればいいってこと?」
ネリスが首を傾げた。
「決めつけるのは早い」
カインが板を見比べる。
「打つ、としか書いてない。魔法で試した奴が、まだいない」
「なら、あたしが試す」
ノリアが杖を構えた。
「駄目元でしょ、こういうのは」
扉が開いた。
石造りの広間は、これまでの部屋よりも静かだった。
奥にいたのは、全身を鎧で固めた騎士だった。
手にしているのは大きな盾一つだけ。
剣も槍も、どこにも見当たらない。
「武器なし、でござるか」
ワングが刀を構えたまま、じりじりと間合いを詰める。
ノリアが杖を振り、火花炎を放った。
炎が騎士に届く直前、進路を曲げる。
明後日の方向へ逸れ、壁に当たって消えた。
「うわ、本当に逸れた」
ネリスが目を丸くする。
「これで、はっきりしたでござるな」
ワングが刀を構え直した。
「魔法は通らぬ。打ち込むしかないでござる」
カインが先陣を切り、剣で斬りかかった。
刃が鎧の胸に当たる。
手応えがなかった。
弾かれたわけでも、通ったわけでもない。
ただ当たった感触だけがそこにあった。
「……効いてるのか、これ」
カインが刃を引く。
騎士は盾を構えたまま、何も返してこない。
殴られても、ただ立っている。
「反撃、してこないでござるな」
ワングが背後から声をかけた。
「気味が悪いくらい、大人しい」
「幾重にも、だ」
カインが剣を握り直す。
「一発じゃ駄目だって、最初から書いてあった」
「なら、数えるでござる」
ワングが刀を構え直した。
「幾つ重ねれば応えるのか、見当がつくかもしれぬでござる」
「賛成」
ネリスが爪を構える。
「一、二、三……」
カイン・ワング・ネリス・スル・ミラの五人が、代わる代わる得物を叩き込んだ。
剣、刀、爪、盾での体当たり。
何を当てても手応えは同じだった。
ないのと、ほとんど変わらない。
「これ、意味あるのか」
ネリスが爪を打ち込みながら顔をしかめる。
「傷一つ、ついてないでござる」
ワングの刀も鎧の表面を滑るだけだった。
「幾重にも打つ者は許される、だ」
ミラが剣を構えながら静かに言う。
「今すぐ分かる保証は、どこにもない」
「気の長い話だな」
スルが盾ごと体当たりする。
騎士がわずかによろめいた。
「……今、動いたか?」
カインが目を凝らす。
「気のせいでは、ないでござる」
ワングも手を止めた。
「かすかにでござるが、確かに」
打撃をやめて、しばらく様子を見る。
騎士はまた元の位置に戻り、微動だにしなかった。
「戻った、な」
カインが息を吐く。
「でも、動いた」
ネリスの声が少しだけ弾んでいた。
「積もってる。何かが」
「なら、続けるしかないでござる」
ワングが刀を構え直す。
「終わりが見えないなら、見えるまでやるだけでござる」
六人はまた打撃を重ね始めた。
手応えのないまま、何度も、何度も。
板に刻まれた五行目の文言は、変わらずそこにあった。
いくつ重ねれば応えるのか、誰にも分からないままだった。
三十度、四十度と打撃を重ねた。
汗が滴り始めても、騎士は変わらず佇んでいた。
「喉、からからだ」
ネリスが荒い息を吐いた。
「先に、水を飲んでおけ」
ミラが革袋を差し出す。
「ありがと」
ネリスが受け取り、喉を鳴らして飲んだ。
「休むなら、今のうちでござるぞ」
ワングが振り返らずに声をかけた。
「いい加減、飽きてきたでござる」
ワングが手を止めずにぼやく。
「拙者、こんな辛抱強い方じゃないでござるよ、本当は」
「意外」
ネリスが混ぜっ返す。
「今更でござる」
「待て」
スルが盾を止めた。
指差す先、盾の縁に髪の毛ほどのヒビが入っていた。
「ヒビ、入ってる」
ネリスが覗き込む。
「今ので、じゃないよね」
カインが目を凝らした。
「多分、今のじゃない」
ミラが静かに言う。
「積もった分が、今になって見えただけだと思う」
「数えるだけ無駄でござったか」
ワングが苦笑する。
「途中で見失ったでござる」
「あたしも」
ネリスが肩をすくめた。
「何撃目とか、もう分からない」
「なら、ヒビの広がり方で測るしかない」
カインが盾を見据える。
「幾重にも打つ、ってのは正確な数の話じゃないのかもな」
「ノリア、もう一度試すか?」
ミラが杖を担いだままのノリアに聞いた。
「逸れるだけなのに?」
ノリアが肩をすくめる。
「無駄弾、使うだけだと思う」
「だよな」
ミラが小さく頷いた。
そこから先も、五人は打撃を重ね続けた。
ヒビは少しずつ、だが確かに広がっていく。
太陽が傾き始めた頃、盾の半分ほどに亀裂が走っていた。
「今日中に、いけるか」
カインが息を切らしながら呟く。
「わからん」
スルが短く答えた。
「けど、止まる理由もない」
「無理はするな、とは今日も言わないでおく」
カインが小さく笑う。
「言われなくても、無理はしてない」
スルが盾を構え直した。
だが、亀裂はそこから先、それ以上広がらなかった。
「止まった、な」
カインが盾を覗き込む。
「疲れが出ただけかもしれぬ」
ワングが刀を杖代わりに、肩で息をした。
「それとも、ここまでが今日の分、ということか」
「わからない」
カインが正直に答えた。
日が完全に落ちる頃、六人は打撃の手を止めた。
「今日は、ここまでにするでござるか」
ワングが肩で息をしながら言う。
「賛成」
ネリスが座り込んだ。
「腕、上がらない」
盾に走った亀裂だけを残して、六人は前室へ戻った。
板に刻まれた五行目の文言は、変わらずそこにあった。
亀裂の分だけ、確かに何かが進んでいた。
だが、あとどれだけ重ねれば応えるのか、誰にも見当がつかなかった。
その日の夕方、フォージタウンの工房にダダを訪ねた。
「今日は、随分と汗臭いな」
ダダが図面から顔を上げる。
「盾一枚、一日中殴り続けてた」
カインが疲れた声で答える。
「一日中、か」
ダダが片眉を上げた。
「一日中でござる」
ワングが力なく笑う。
「手応えは、最後までほとんどなかったでござるよ」
「それで、進んだのか」
「盾の半分くらいまで、亀裂が入った」
スルが自分の得物ではなく、騎士の盾のことを指で示すように言う。
「殴るだけの部屋、か」
ダダが顎に手をやった。
「地味な部屋も、あるもんだな」
「地味すぎて、心が折れかけたでござる」
ワングがぼやく。
「今日は、途中で数えるのも諦めた」
ネリスが肩をすくめる。
「明日で終わるといいけどな」
カインが小さく息をついた。
「わからない」
ミラが静かに首を振る。
「亀裂の広がり方次第だと思う」
「無理はするなよ」
ダダが心配そうに言った。
「殴るだけの部屋だからって、油断は禁物だ」
「わかってる」
スルが短く頷いた。
板に刻まれた五行目の文言は、まだ光を帯びたまま、そこに残っていた。
それでも、進んだ実感だけは確かにあった。
明日もまた、同じ場所から始めるしかなかった。
いかがでしょうか?
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