↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

166/237

第162話「逸れる炎、覗く亀裂」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


翌朝、六人はエアの入り口に立っていた。

「今日はスルの盾、まだ間に合ってないでござるな」

ワングが横目でスルの得物を見る。

「これで充分だ」

スルが軽く肩を回した。

「傷も、もう残ってない」

「無理はするな、とは言わないでおく」

カインが苦笑した。

「昨日、聞いたばかりだからな」

「それじゃ、行くか」

カインが皆を見回した。

「おう」

スルが頷き、盾を担ぎ直す。

一部屋目、二部屋目、三部屋目は迷わず抜けた。

何度も通った道のりに、もう緊張はない。

四部屋目の扉も抵抗なく開いた。

奥に佇んでいた姿はもうどこにもない。

四行目の文言だけが壁と板に光を帯びたまま残っていた。

「五つ目は、どんな部屋でござろうか」

ワングが扉の先を覗き込むように言った。

「開けてみないと、わからない」

カインが肩をすくめる。

「わからないことばかりだな、相変わらず」

ネリスが苦笑した。

五つ目の扉の前に六人は立った。

扉の脇の壁に、文字が刻まれていた。

「一撃に望む者は拒まれ、幾重にも打つ者は許される」

カインがそれを声に出して読んだ。

「一撃に望む者は拒まれ……一発逆転を狙うな、ってことか」

「幾重にも打つ者は許される、と対になっているでござるな」

ワングが文字を指でなぞる。

「何度も打てば良い、ということかもしれぬでござる」

「じゃあ、物理で殴ればいいってこと?」

ネリスが首を傾げた。

「決めつけるのは早い」

カインが板を見比べる。

「打つ、としか書いてない。魔法で試した奴が、まだいない」

「なら、あたしが試す」

ノリアが杖を構えた。

「駄目元でしょ、こういうのは」

扉が開いた。

石造りの広間は、これまでの部屋よりも静かだった。

奥にいたのは、全身を鎧で固めた騎士だった。

手にしているのは大きな盾一つだけ。

剣も槍も、どこにも見当たらない。

「武器なし、でござるか」

ワングが刀を構えたまま、じりじりと間合いを詰める。

ノリアが杖を振り、火花炎を放った。

炎が騎士に届く直前、進路を曲げる。

明後日の方向へ逸れ、壁に当たって消えた。

「うわ、本当に逸れた」

ネリスが目を丸くする。

「これで、はっきりしたでござるな」

ワングが刀を構え直した。

「魔法は通らぬ。打ち込むしかないでござる」

カインが先陣を切り、剣で斬りかかった。

刃が鎧の胸に当たる。

手応えがなかった。

弾かれたわけでも、通ったわけでもない。

ただ当たった感触だけがそこにあった。

「……効いてるのか、これ」

カインが刃を引く。

騎士は盾を構えたまま、何も返してこない。

殴られても、ただ立っている。

「反撃、してこないでござるな」

ワングが背後から声をかけた。

「気味が悪いくらい、大人しい」

「幾重にも、だ」

カインが剣を握り直す。

「一発じゃ駄目だって、最初から書いてあった」

「なら、数えるでござる」

ワングが刀を構え直した。

「幾つ重ねれば応えるのか、見当がつくかもしれぬでござる」

「賛成」

ネリスが爪を構える。

「一、二、三……」

カイン・ワング・ネリス・スル・ミラの五人が、代わる代わる得物を叩き込んだ。

剣、刀、爪、盾での体当たり。

何を当てても手応えは同じだった。

ないのと、ほとんど変わらない。

「これ、意味あるのか」

ネリスが爪を打ち込みながら顔をしかめる。

「傷一つ、ついてないでござる」

ワングの刀も鎧の表面を滑るだけだった。

「幾重にも打つ者は許される、だ」

ミラが剣を構えながら静かに言う。

「今すぐ分かる保証は、どこにもない」

「気の長い話だな」

スルが盾ごと体当たりする。

騎士がわずかによろめいた。

「……今、動いたか?」

カインが目を凝らす。

「気のせいでは、ないでござる」

ワングも手を止めた。

「かすかにでござるが、確かに」

打撃をやめて、しばらく様子を見る。

騎士はまた元の位置に戻り、微動だにしなかった。

「戻った、な」

カインが息を吐く。

「でも、動いた」

ネリスの声が少しだけ弾んでいた。

「積もってる。何かが」

「なら、続けるしかないでござる」

ワングが刀を構え直す。

「終わりが見えないなら、見えるまでやるだけでござる」

六人はまた打撃を重ね始めた。

手応えのないまま、何度も、何度も。

板に刻まれた五行目の文言は、変わらずそこにあった。

いくつ重ねれば応えるのか、誰にも分からないままだった。

三十度、四十度と打撃を重ねた。

汗が滴り始めても、騎士は変わらず佇んでいた。

「喉、からからだ」

ネリスが荒い息を吐いた。

「先に、水を飲んでおけ」

ミラが革袋を差し出す。

「ありがと」

ネリスが受け取り、喉を鳴らして飲んだ。

「休むなら、今のうちでござるぞ」

ワングが振り返らずに声をかけた。

「いい加減、飽きてきたでござる」

ワングが手を止めずにぼやく。

「拙者、こんな辛抱強い方じゃないでござるよ、本当は」

「意外」

ネリスが混ぜっ返す。

「今更でござる」

「待て」

スルが盾を止めた。

指差す先、盾の縁に髪の毛ほどのヒビが入っていた。

「ヒビ、入ってる」

ネリスが覗き込む。

「今ので、じゃないよね」

カインが目を凝らした。

「多分、今のじゃない」

ミラが静かに言う。

「積もった分が、今になって見えただけだと思う」

「数えるだけ無駄でござったか」

ワングが苦笑する。

「途中で見失ったでござる」

「あたしも」

ネリスが肩をすくめた。

「何撃目とか、もう分からない」

「なら、ヒビの広がり方で測るしかない」

カインが盾を見据える。

「幾重にも打つ、ってのは正確な数の話じゃないのかもな」

「ノリア、もう一度試すか?」

ミラが杖を担いだままのノリアに聞いた。

「逸れるだけなのに?」

ノリアが肩をすくめる。

「無駄弾、使うだけだと思う」

「だよな」

ミラが小さく頷いた。

そこから先も、五人は打撃を重ね続けた。

ヒビは少しずつ、だが確かに広がっていく。

太陽が傾き始めた頃、盾の半分ほどに亀裂が走っていた。

「今日中に、いけるか」

カインが息を切らしながら呟く。

「わからん」

スルが短く答えた。

「けど、止まる理由もない」

「無理はするな、とは今日も言わないでおく」

カインが小さく笑う。

「言われなくても、無理はしてない」

スルが盾を構え直した。

だが、亀裂はそこから先、それ以上広がらなかった。

「止まった、な」

カインが盾を覗き込む。

「疲れが出ただけかもしれぬ」

ワングが刀を杖代わりに、肩で息をした。

「それとも、ここまでが今日の分、ということか」

「わからない」

カインが正直に答えた。

日が完全に落ちる頃、六人は打撃の手を止めた。

「今日は、ここまでにするでござるか」

ワングが肩で息をしながら言う。

「賛成」

ネリスが座り込んだ。

「腕、上がらない」

盾に走った亀裂だけを残して、六人は前室へ戻った。

板に刻まれた五行目の文言は、変わらずそこにあった。

亀裂の分だけ、確かに何かが進んでいた。

だが、あとどれだけ重ねれば応えるのか、誰にも見当がつかなかった。


その日の夕方、フォージタウンの工房にダダを訪ねた。

「今日は、随分と汗臭いな」

ダダが図面から顔を上げる。

「盾一枚、一日中殴り続けてた」

カインが疲れた声で答える。

「一日中、か」

ダダが片眉を上げた。

「一日中でござる」

ワングが力なく笑う。

「手応えは、最後までほとんどなかったでござるよ」

「それで、進んだのか」

「盾の半分くらいまで、亀裂が入った」

スルが自分の得物ではなく、騎士の盾のことを指で示すように言う。

「殴るだけの部屋、か」

ダダが顎に手をやった。

「地味な部屋も、あるもんだな」

「地味すぎて、心が折れかけたでござる」

ワングがぼやく。

「今日は、途中で数えるのも諦めた」

ネリスが肩をすくめる。

「明日で終わるといいけどな」

カインが小さく息をついた。

「わからない」

ミラが静かに首を振る。

「亀裂の広がり方次第だと思う」

「無理はするなよ」

ダダが心配そうに言った。

「殴るだけの部屋だからって、油断は禁物だ」

「わかってる」

スルが短く頷いた。

板に刻まれた五行目の文言は、まだ光を帯びたまま、そこに残っていた。

それでも、進んだ実感だけは確かにあった。

明日もまた、同じ場所から始めるしかなかった。

いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。

下記の「評価」も、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。