第161話「守られた盾、放たれた終焉」
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朝、フォージタウンの工房に、六人は顔を揃えていた。
「盾は、まだ途中だ」
ダダが図面を広げたまま、渋い顔をする。
「粘りのある芯材を、探しているところでな」
「普通の鉄じゃ、駄目なのか」
ネリスが工房の棚を覗き込む。
「厚くすれば重くなる、薄くすれば割れる」
ダダが渋面のまま腕を組んだ。
「今のところ、いい落としどころが見つからない」
「今の盾で、いい」
スルが自分の得物を軽く叩いた。
「待ってる時間の方が、もったいない」
「無理はするな、とは言わないでおく、と言ったばかりだぞ」
ダダが渋い顔のまま、スルを見た。
「聞かない性分だ」
スルが短く笑う。
「なら、行かせてやろう」
カインが息を吐いた。
「本人の意向だ」
「まずは、任せよう」
誰も、これ以上は止めなかった。
ダダが、仕上げかけの盾の縁に、簡単な当て金だけを打ちつける。
「気休めだが、ないよりはましだ」
「充分だ」
スルがそれを受け取り、腕に通した。
「ありがとう」
エアへ入り、一部屋目、二部屋目、三部屋目を抜ける。
もう何度も通った道のりだった。
やがて、四つ目の扉の前に立つ。
「行ってくる」
スルが盾を構え、扉をくぐった。
五人は前室に残り、耳を澄ませた。
しばらくは、何の音もしなかった。
「様子は」
カインが扉に耳を寄せる。
「まだ、動きはないみたいでござる」
ワングが扉に手を添えたまま、低く応じた。
不意に、重い金属音が、扉の向こうから響いてくる。
一度。
二度。
三度。
「押されてる」
ネリスが扉に耳をつけたまま、顔をしかめた。
「音の重さが、こっちの武器のそれとは違う」
「拙者たちが束になっても、危ういでござる」
ワングが、剣の柄を強く握りしめた。
四度。
五度。
音の間隔が、次第に短くなっていく。
カインは、拳を握ったまま、ただ祈ることしかできなかった。
「スル、無事か!」
カインが扉に向かって叫んだ。
返事はなかった。
かわりに、悲鳴に近い呻き声が届いた。
「まずい」
ミラが顔色を変える。
「戻れ、スル! 今すぐ戻れ!」
ワングが声を張り上げた。
長い沈黙のあと、扉が内側から押し開けられる。
スルが、片膝をついたまま、転がるように前室へ戻ってきた。
肩から胸にかけて、深い一撃の跡があった。
「スル!」
ネリスが真っ先に駆け寄る。
「完全治癒」
ミラの詠唱が、白い光となってスルを包んだ。
傷が、見る間に塞がっていく。
「間に合った……」
ミラが額の汗を拭う。
「あと、少し遅れてたら」
「わかってる」
カインが唇を噛んだ。
「俺も、行った方がいいんじゃないか」
「駄目でござる」
ワングが即座に遮った。
「一人という条件、それ自体は崩せないでござろう」
「わかってる、わかってるけど」
カインが拳を握る。
「見てるだけなのが、一番きつい」
ネリスは、スルの手をずっと握ったままだった。
「もう、いなくなるところだった」
「悪い」
スルが、ネリスの頭に軽く手を置く。
「心配、かけた」
「次はない」
ネリスが、涙目のまま睨みつけた。
「わかってる」
スルが小さく頷いた。
「今ので、わかったこともある」
スルが荒い息のまま、身を起こした。
「盾で受けても、削り切れない」
「一撃、一撃が重すぎる」
「一人で削るには、時間が足りない」
「向こうは、疲れないのか」
ネリスが唇を噛む。
「休む素振りすら、なかった」
スルが力なく首を振った。
「充分だ」
ワングがスルの肩に手を置いた。
「もう、無理をしなくていい」
「悔しいが、その通りだ」
スルが小さく頷いた。
そのとき、ノリアが立ち上がった。
その顔に、いつもの余裕はなかった。
「じゃあ、私が行ってくる」
「え」
カインが振り向く。
「ノリア」
「待って」
ネリスが引き止めようとした時には、もう遅かった。
ノリアは杖を握り直し、さっさと扉へ歩き出していた。
「おい、待て!」
「ノリア殿、せめて策を!」
二人の声も、彼女の足を止めなかった。
「庇護陣!」
カインが慌てて詠唱する。
淡い光が、ノリアの背中に重なった。
「拙者もでござる、庇護陣!」
ワングも続けて唱える。
光が、もう一段、重ねて輝いた。
ノリアが、扉の向こうへ踏み込む。
黒い両角の魔物が、緩慢にこちらへ向き直るのが見えた。
血の跡が、大剣の刃にまだ残っている。
スルを追い詰めた、その剣だった。
「ええい、めんどくさい」
ノリアが杖の先を突きつける。
「終焉!!」
極大の光が、視界を白く塗りつぶした。
「終焉!!」
間を置かず、二発目が重ねて放たれる。
前室にいた五人は、思わず腕で顔を庇った。
だが、衝撃も熱も、扉の外までは届かなかった。
しばらくして、白い光が引いていく。
「消えた……」
ネリスが恐る恐る覗き込む。
扉の奥には、もう何も立っていなかった。
「クリア、なのか」
カインが呆然と呟いた。
(俺の加護は、これで一つ、近づいたんだろうか)
そう思ったが、口には出さなかった。
「らしい、でござるな」
ワングも、まだ信じられない様子だった。
ノリアが、杖を肩に担いで戻ってくる。
足取りは、思ったよりしっかりしていた。
「ローブが、ちょっと熱かった」
そう言って、袖口を軽く払った。
「庇護陣、二重にかけてなかったら」
ミラが青ざめる。
「危なかったかもしれない」
「反動を、全部その身で受けてたら、ってことでござるな」
ワングが額の汗を拭った。
「考えたくもないでござる」
「あたしの魔力を、ダダのローブが逃がしてくれてる」
ノリアが涼しい顔で答えた。
「それでも、余裕はなかったけどね」
腕には、うっすらと火傷の痕が残っていた。
「二連発なんて、正気か」
カインが額に手をやる。
「スルが、あそこまでやられてるの見たら」
ノリアが肩をすくめた。
「悠長に、様子見てる気分じゃなかった」
「無事なら、なによりでござる」
ワングが胸を撫で下ろす。
「無茶を叱る元気も、今は出てこないでござるよ」
「黒いドラゴンより、格上かもしれないでござるな」
ワングが扉の奥を振り返る。
「氷も炎も通じなかった、あの時とは、また違う怖さでござった」
「今度は、術そのものが通じるだけ、まだましだったのかもね」
ミラが静かに言葉を継いだ。
「終わったなら、いい」
スルが息を整えながら言う。
「悔しくは、あるけどな」
「悔しがるのは、次の盾ができてからにしろ」
カインが軽く肩を叩く。
「俺の分まで、片づけてくれたわけだ」
「借りは、また今度返して」
ノリアが軽く笑った。
「利子付きで、待っててやる」
スルも、つられて笑った。
板に刻まれた四行目の文言は、光を帯びたまま、そこに残り続けていた。
五行目は、まだどこにも現れていない。
「次の部屋に着くまでは、何も浮かばないでござるか」
ワングが板を覗き込む。
「今度は、どんな文句が待ってるんだか」
ネリスが呟いた。
「今日みたいなのは、もう懲り懲りだ」
カインが天井を仰いだ。
誰も、すぐには答えなかった。
六人は顔を見合わせ、それから、どちらからともなく笑った。
一人で挑んで、危うく命を落としかけた部屋を、もう一人が待たずに終わらせてしまった。
その日の夕方、六人はフォージタウンの工房に立ち寄った。
「盾は、間に合わなかったな」
ダダが図面をしまいながら、苦笑する。
「間に合わなくて、良かったのかもしれない」
スルが自分の腕を軽く回した。
「向こうが、先に片づいた」
「片づけたのは、あたしだけどね」
ノリアが胸を張る。
「そこは、素直に感謝しておく」
スルが頭を下げた。
「珍しいでござるな、スルが頭を下げるとは」
ワングが目を丸くする。
「借りは、借りだからな」
スルが真面目な顔で言った。
「ローブの調子は」
ダダが興味深そうに尋ねた。
「まだ着られる」
ノリアが袖をつまんで見せる。
「次は、もう少し、頑丈にしてくれると助かる」
「善処する」
ダダが小さく笑った。
四行目の文言が刻まれたままの板には、五行目にあたる新しい一行は、まだ影も形もなかった。
「次は、あたしの番じゃなくてもいいけどね」
ノリアが伸びをしながら笑う。
「贅沢言うな」
カインも、つられて笑った。
工房の窓の外は、もう橙色の夕焼けに染まっていた。
わからないことばかりの迷宮で、今日もまた一つだけ増えて、一つだけ減っていた。
いかがでしょうか?
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