第160話「迎える扉、抱える頭」
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朝、ヘクサインの食堂で、六人は久しぶりに揃って朝食を取っていた。
「今日は、四つ目でござるな」
ワングがパンを千切りながら言う。
「三部屋目までは、なんとかなった」
カインがスープを飲み干す。
「四つ目も、たぶん、なんとかなる」
「たぶん、が多いな」
ネリスが苦笑した。
「たぶんしか、言えないんだから仕方ない」
カインも笑って肩をすくめる。
「四層は、造り自体が変わらないんだったな」
ミラがパンをちぎりながら呟いた。
「一度通った部屋は、そのまま同じ形で残ってる」
「理由は、わからずじまいでござるが」
ワングが肩をすくめる。
「俺の加護も、まだ、わからずじまいだ」
カインが自分の手のひらを見つめた。
「六つの壁を越えたら、わかるらしいけどな」
「四つ目も、そのうちの一つ、なんでござろうか」
「さあ」
カインが苦笑する。
「それも、わからない」
食べ終えると、六人はいつも通りエアへ向かった。
一部屋目、二部屋目を抜ける足取りは、もう迷いがない。
三部屋目の広間には、リッチも魔女も、もういなかった。
静まり返った石の床を横切り、その奥、四つ目の扉の前に立つ。
扉の脇の石壁に、新しい一行が浮かび上がっていた。
「独り往く者は迎え、群れ往く者は阻む」
カインがそれを、声に出して読む。
「迎えて、阻む……」
「今度は、どっちだ」
ネリスが眉根を寄せた。
読み終えるのと、ほとんど同時だった。
扉の奥、闇の中に何かが立ち上がる気配がした。
黒々とした両角。
燃えるような赤い瞳が、ゆっくりとこちらへ向く。
腰には、これまでの魔物のどれとも違う、禍々しい大剣が下がっている。
「デーモン……」
ワングが刀の柄に手をかけたまま、低く呟いた。
「いや、あれは」
ミラの声が硬くなる。
「デーモンの、上位種」
「グレーテスト・デーモン」
ノリアが震える声で、名前だけをどうにか口にした。
デーモン族最高位。
アーカイブの記録にすら、名前しか残っていない魔物だった。
討伐の記録どころか、目撃談すらほとんどないという。
三層で戦った雑兵のデーモンとは、格からして違う。
名を口にした瞬間、六人の体がまとめて弾かれる。
痛みはなかった。
ただ、見えない壁に押し戻されるような、あの独特の抵抗があった。
視界が反転し、気づけば三部屋目の手前、見慣れた前室に立っていた。
「戻された……」
カインが辺りを見回す。
「全員で踏み込んだから、でござろうな」
ワングが息を整えながら言った。
「群れ往く者は阻む、その通りになったでござる」
「じゃあ」
ネリスが扉の方を睨む。
「一人なら、通るってこと?」
「独り往く者は迎え」
ミラが文言をなぞる。
「文字通りなら、そうなる」
「けど」
カインが腕を組んだ。
「相手はグレーテスト・デーモンだぞ」
「一人で、勝てる相手には見えなかった」
「二行目の部屋の時は」
ミラがふと思い出したように言う。
「刃を提げただけで、六人まとめて弾かれた」
「六人の壁の時は、声と呪文だけは通ったでござる」
ワングが顎に手をやる。
「あの部屋も、同じ理屈なら、今回も望みはあるでござるな」
「なら、一人で入っても、完全に孤立するわけじゃないかも」
カインの声に、わずかに希望が滲んだ。
「けど、たしかめてみないと、わからない」
「召喚モンスターなら」
カインが自分の手のひらを見た。
「ゴーレムかララを、一人分として送り込めないか」
「モンスターも、人数に数えるのかどうか」
ミラが首を傾げる。
「六人の壁の時は、召喚中のスルは数えられなかった、はずだ」
「なら、望みはあるでござるな」
ワングが身を乗り出した。
「でも、試すには、また一度弾かれる覚悟がいる」
カインが渋い顔をする。
「弾かれるだけなら、まだいい」
ネリスが腕を組んだ。
「もっと悪いことが起きたら」
「あたしが、気配を殺してついていくのは」
ネリスが自分の爪を見せる。
「見つからなければ、群れにはならない」
「壁が、気配で見分けているとは限らないでござる」
ワングが首を振った。
「数そのものを、見ているのかもしれない」
「それも、そうか」
ネリスが渋々、爪をしまう。
「勝てなくても」
スルが静かに口を開いた。
「行くだけなら、行ける」
「スル」
ネリスが振り向く。
「まさか」
「確かめてくる」
スルが盾を軽く持ち直した。
「戻されるかどうか、それだけでも」
「危ないでござる」
ワングが止めようとする。
「戦うところまでは、しない」
スルが淡々と続けた。
「様子を見るだけだ」
「約束する」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「わかった」
カインが折れる。
「無理はするなよ、絶対に」
「約束する」
スルが頷いて、扉へと歩き出す。
五人は前室に残り、扉の向こうを見つめた。
スルの体が、扉をくぐる。
弾かれる気配はなかった。
「通った……」
ミラが小さく声を漏らす。
扉の奥で、スルが足を止めるのが見えた。
その先、あの黒い両角の魔物が大剣を引きずるようにして、じっと佇んでいる。
背丈は、ワングの倍近くもありそうだった。
大剣の刃だけで、人ひとりの背丈に届きそうな長さがある。
「スル、聞こえるか」
カインが扉に向かって呼びかけた。
「聞こえる」
スルの声が、扉越しにはっきりと返ってくる。
「声は通るんだな」
「なら」
ノリアが目を輝かせた。
「呪文も、届くかもしれない」
「まだ試すな」
カインが釘を刺す。
「スル、そっちの様子は」
「動かない」
スルが答えた。
「こっちを見てる、だけだ」
三十を数えるあいだ、両者は動かなかった。
「戦わないと、先へは進めなさそうか」
「たぶん」
スルの声が、わずかに沈む。
「立ってるだけで、道を塞いでる」
「避けて通れそうにはない」
「一人で、あれを相手にしろってことか」
カインが唸った。
「戻ってこい、スル」
「今日のところは、それでいい」
「わかった」
スルが踵を返す。
扉を抜けて、また五人の輪に戻ってきた。
「見ただけで、わかるでござるよ」
ワングが眉を寄せる。
「拙者たち六人が束になっても、危ういでござろう」
「一人であれを倒せって、無茶にもほどがある」
ネリスが唇を尖らせた。
「でも」
ミラが静かに言う。
「入れること自体は、確認できた」
「声も、届く」
カインが呟く。
「なら、外から助ける方法も、あるはずだ」
「あたしが、扉際まで詰めて、業炎獄を撃ち込むのは」
ノリアが杖を握り直す。
「巻き込んで、スルごと吹き飛ばすのが落ちでござろう」
ワングが即座に首を振った。
「だよね」
ノリアが肩を落とす。
「あるはず、じゃ心細いけどな」
六人は顔を見合わせたまま、しばらく動けずにいた。
「今日は、一度戻ろう」
カインが言った。
「頭を抱えてても、始まらない」
「拙者も、頭を抱えているでござるが」
ワングが力なく笑う。
「同感だ」
カインも笑うしかなかった。
エアを出て、街まで戻ると、フォージタウンの工房からダダが顔を出した。
「今日は、早いな」
「四つ目で、つまずいた」
カインが事情を、かいつまんで話す。
「グレーテスト・デーモン、一人で、か」
ダダが腕を組んで唸った。
「盾は、スルが自分で作った方がいいかもしれないな」
「一人用の、装備ってことか」
スルが自分の盾に目を落とす。
「今の盾は、仲間と並ぶ前提で打ってある」
ダダが盾を軽く指で弾いた。
「一人で受け続けるなら、勝手が違ってくるはずだ」
「もっと、広く受けられる形か」
「あるいは、重さより粘りだ」
ダダが顎に手をやる。
「考えておく」
ダダが工房の方を振り返った。
「今夜のうちに、図面くらいは引いておこう」
「頼む」
スルが短く答えた。
「無理はするな、とは言わないでおく」
ダダがスルの肩を軽く叩いた。
「お前は、言われても聞かない性分だからな」
スルが、少しだけ口の端を上げた。
その夜、ヘクサインの部屋に戻っても、誰もはっきりした答えを持てないままだった。
「一人で、行かせるしかないのか」
ネリスが天井を見上げたまま呟く。
「一人で、行くしかない部屋だった」
ミラが静かに訂正する。
「せめて、外から支える手立てくらいは、明日までに見つけたい」
「明日には、見つかるといいでござるがな」
ワングが小さく息を吐いた。
一人で、デーモン族最高位に挑む。
その方法を、六人はまだ、何一つ思いついていなかった。
いかがでしょうか?
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