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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第160話「迎える扉、抱える頭」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朝、ヘクサインの食堂で、六人は久しぶりに揃って朝食を取っていた。

「今日は、四つ目でござるな」

ワングがパンを千切りながら言う。

「三部屋目までは、なんとかなった」

カインがスープを飲み干す。

「四つ目も、たぶん、なんとかなる」

「たぶん、が多いな」

ネリスが苦笑した。

「たぶんしか、言えないんだから仕方ない」

カインも笑って肩をすくめる。

「四層は、造り自体が変わらないんだったな」

ミラがパンをちぎりながら呟いた。

「一度通った部屋は、そのまま同じ形で残ってる」

「理由は、わからずじまいでござるが」

ワングが肩をすくめる。

「俺の加護も、まだ、わからずじまいだ」

カインが自分の手のひらを見つめた。

「六つの壁を越えたら、わかるらしいけどな」

「四つ目も、そのうちの一つ、なんでござろうか」

「さあ」

カインが苦笑する。

「それも、わからない」

食べ終えると、六人はいつも通りエアへ向かった。

一部屋目、二部屋目を抜ける足取りは、もう迷いがない。

三部屋目の広間には、リッチも魔女も、もういなかった。

静まり返った石の床を横切り、その奥、四つ目の扉の前に立つ。

扉の脇の石壁に、新しい一行が浮かび上がっていた。

「独り往く者は迎え、群れ往く者は阻む」

カインがそれを、声に出して読む。

「迎えて、阻む……」

「今度は、どっちだ」

ネリスが眉根を寄せた。

読み終えるのと、ほとんど同時だった。

扉の奥、闇の中に何かが立ち上がる気配がした。

黒々とした両角。

燃えるような赤い瞳が、ゆっくりとこちらへ向く。

腰には、これまでの魔物のどれとも違う、禍々しい大剣が下がっている。

「デーモン……」

ワングが刀の柄に手をかけたまま、低く呟いた。

「いや、あれは」

ミラの声が硬くなる。

「デーモンの、上位種」

「グレーテスト・デーモン」

ノリアが震える声で、名前だけをどうにか口にした。

デーモン族最高位。

アーカイブの記録にすら、名前しか残っていない魔物だった。

討伐の記録どころか、目撃談すらほとんどないという。

三層で戦った雑兵のデーモンとは、格からして違う。

名を口にした瞬間、六人の体がまとめて弾かれる。

痛みはなかった。

ただ、見えない壁に押し戻されるような、あの独特の抵抗があった。

視界が反転し、気づけば三部屋目の手前、見慣れた前室に立っていた。

「戻された……」

カインが辺りを見回す。

「全員で踏み込んだから、でござろうな」

ワングが息を整えながら言った。

「群れ往く者は阻む、その通りになったでござる」

「じゃあ」

ネリスが扉の方を睨む。

「一人なら、通るってこと?」

「独り往く者は迎え」

ミラが文言をなぞる。

「文字通りなら、そうなる」

「けど」

カインが腕を組んだ。

「相手はグレーテスト・デーモンだぞ」

「一人で、勝てる相手には見えなかった」

「二行目の部屋の時は」

ミラがふと思い出したように言う。

「刃を提げただけで、六人まとめて弾かれた」

「六人の壁の時は、声と呪文だけは通ったでござる」

ワングが顎に手をやる。

「あの部屋も、同じ理屈なら、今回も望みはあるでござるな」

「なら、一人で入っても、完全に孤立するわけじゃないかも」

カインの声に、わずかに希望が滲んだ。

「けど、たしかめてみないと、わからない」

「召喚モンスターなら」

カインが自分の手のひらを見た。

「ゴーレムかララを、一人分として送り込めないか」

「モンスターも、人数に数えるのかどうか」

ミラが首を傾げる。

「六人の壁の時は、召喚中のスルは数えられなかった、はずだ」

「なら、望みはあるでござるな」

ワングが身を乗り出した。

「でも、試すには、また一度弾かれる覚悟がいる」

カインが渋い顔をする。

「弾かれるだけなら、まだいい」

ネリスが腕を組んだ。

「もっと悪いことが起きたら」

「あたしが、気配を殺してついていくのは」

ネリスが自分の爪を見せる。

「見つからなければ、群れにはならない」

「壁が、気配で見分けているとは限らないでござる」

ワングが首を振った。

「数そのものを、見ているのかもしれない」

「それも、そうか」

ネリスが渋々、爪をしまう。

「勝てなくても」

スルが静かに口を開いた。

「行くだけなら、行ける」

「スル」

ネリスが振り向く。

「まさか」

「確かめてくる」

スルが盾を軽く持ち直した。

「戻されるかどうか、それだけでも」

「危ないでござる」

ワングが止めようとする。

「戦うところまでは、しない」

スルが淡々と続けた。

「様子を見るだけだ」

「約束する」

しばらく、誰も何も言わなかった。

「わかった」

カインが折れる。

「無理はするなよ、絶対に」

「約束する」

スルが頷いて、扉へと歩き出す。

五人は前室に残り、扉の向こうを見つめた。

スルの体が、扉をくぐる。

弾かれる気配はなかった。

「通った……」

ミラが小さく声を漏らす。

扉の奥で、スルが足を止めるのが見えた。

その先、あの黒い両角の魔物が大剣を引きずるようにして、じっと佇んでいる。

背丈は、ワングの倍近くもありそうだった。

大剣の刃だけで、人ひとりの背丈に届きそうな長さがある。

「スル、聞こえるか」

カインが扉に向かって呼びかけた。

「聞こえる」

スルの声が、扉越しにはっきりと返ってくる。

「声は通るんだな」

「なら」

ノリアが目を輝かせた。

「呪文も、届くかもしれない」

「まだ試すな」

カインが釘を刺す。

「スル、そっちの様子は」

「動かない」

スルが答えた。

「こっちを見てる、だけだ」

三十を数えるあいだ、両者は動かなかった。

「戦わないと、先へは進めなさそうか」

「たぶん」

スルの声が、わずかに沈む。

「立ってるだけで、道を塞いでる」

「避けて通れそうにはない」

「一人で、あれを相手にしろってことか」

カインが唸った。

「戻ってこい、スル」

「今日のところは、それでいい」

「わかった」

スルが踵を返す。

扉を抜けて、また五人の輪に戻ってきた。

「見ただけで、わかるでござるよ」

ワングが眉を寄せる。

「拙者たち六人が束になっても、危ういでござろう」

「一人であれを倒せって、無茶にもほどがある」

ネリスが唇を尖らせた。

「でも」

ミラが静かに言う。

「入れること自体は、確認できた」

「声も、届く」

カインが呟く。

「なら、外から助ける方法も、あるはずだ」

「あたしが、扉際まで詰めて、業炎獄を撃ち込むのは」

ノリアが杖を握り直す。

「巻き込んで、スルごと吹き飛ばすのが落ちでござろう」

ワングが即座に首を振った。

「だよね」

ノリアが肩を落とす。

「あるはず、じゃ心細いけどな」

六人は顔を見合わせたまま、しばらく動けずにいた。

「今日は、一度戻ろう」

カインが言った。

「頭を抱えてても、始まらない」

「拙者も、頭を抱えているでござるが」

ワングが力なく笑う。

「同感だ」

カインも笑うしかなかった。

エアを出て、街まで戻ると、フォージタウンの工房からダダが顔を出した。

「今日は、早いな」

「四つ目で、つまずいた」

カインが事情を、かいつまんで話す。

「グレーテスト・デーモン、一人で、か」

ダダが腕を組んで唸った。

「盾は、スルが自分で作った方がいいかもしれないな」

「一人用の、装備ってことか」

スルが自分の盾に目を落とす。

「今の盾は、仲間と並ぶ前提で打ってある」

ダダが盾を軽く指で弾いた。

「一人で受け続けるなら、勝手が違ってくるはずだ」

「もっと、広く受けられる形か」

「あるいは、重さより粘りだ」

ダダが顎に手をやる。

「考えておく」

ダダが工房の方を振り返った。

「今夜のうちに、図面くらいは引いておこう」

「頼む」

スルが短く答えた。

「無理はするな、とは言わないでおく」

ダダがスルの肩を軽く叩いた。

「お前は、言われても聞かない性分だからな」

スルが、少しだけ口の端を上げた。

その夜、ヘクサインの部屋に戻っても、誰もはっきりした答えを持てないままだった。

「一人で、行かせるしかないのか」

ネリスが天井を見上げたまま呟く。

「一人で、行くしかない部屋だった」

ミラが静かに訂正する。

「せめて、外から支える手立てくらいは、明日までに見つけたい」

「明日には、見つかるといいでござるがな」

ワングが小さく息を吐いた。

一人で、デーモン族最高位に挑む。

その方法を、六人はまだ、何一つ思いついていなかった。

いかがでしょうか?


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