第159話「届いた裁き、守り抜いた盾」
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翌朝、ヘクサインの食堂に、六人はまた集まっていた。
「整理しよう」
カインが羊皮紙の端に、昨日の顛末を書き出していく。
「剣も爪も、たぶん効かない」
「拙者たちの得物は封じられたまま、ということでござろうな」
ワングが氷姫の鞘を軽く指で叩く。
「頼れるのは術だけだ」
カインが頷いた。
「あとは、どの術で、どう攻めるか」
「リッチには」
ミラが静かに切り出す。
「終末の裁きが効くと思う」
「聖属性でござるな」
ワングが目を細めた。
「アンデッド相手には理屈に合うでござろう」
「あれは、めったに使わない切り札だけど」
ミラが少し緊張した面持ちで続ける。
「今回は出し惜しみしない」
「神域と、同じ枠を使う呪文でござったな」
ワングが思い出したように言う。
「第七階梯は、二つとも、同じ回数の中から使う」
ミラが頷いた。
「今日は、両方、使うことになると思う」
「足りるのか」
カインが心配そうに聞く。
「九回まで溜まってる。二つ使っても、まだ余裕はある」
「なら、心配いらないでござるな」
ワングが軽く笑った。
「魔女の方は」
ノリアが杖の先で机を軽く叩く。
「あたしとワングで、雷殺を一体ずつ」
「個別に確実に削るでござるな」
「弱い呪文が弾かれたなら」
カインが腕を組む。
「今度は力で押し切る」
「あたしと、スルは」
ネリスが自分とスルを指差した。
「今回も、丸腰?」
「前で見張りを頼む」
カインが頷く。
「跳ね返りが、どこから来るかわからない。気づいたら、すぐ声を出してくれ」
「俺は、盾で受ける」
スルが静かに応じた。
「僕は、二人に庇護陣をかけておく」
カインが印を確かめるように指を組む。
「攻めは三人に任せて、俺たちは守りに回る」
誰も異を唱えなかった。
「本当に、これで、いけるでござろうか」
ワングが少し不安げに、机の上の羊皮紙を見つめた。
「わからない」
カインが正直に答える。
「でも、やってみないことには、わからないことばかりだ」
「違いない」
ワングが笑って立ち上がった。
「行くか」
エアへ向かい、一部屋目、二部屋目を迷いなく抜ける。
一部屋目の広間は静まり返ったままで、二部屋目にはまだ、あのサーベルタイガーの爪痕らしき傷が壁に残っていた。
三部屋目の扉の前、六人は一度だけ顔を見合わせた。
「行くぞ」
カインの声で扉が開く。
石の広間には、あの日と同じ、リッチ二体と魔女二体が待っていた。
冷たい空気も、紫の光も、記憶のままだった。
「庇護陣」
カインの詠唱がスルの体を淡い光で包む。
「もう一度、庇護陣」
続けて、同じ光がネリスの体を覆った。
「これで、多少はマシなはずだ」
「予定通り」
カインが叫ぶ。
「ミラ、頼む」
「終末の裁き」
ミラの詠唱が広間全体を白い光で満たす。
光は、二体のリッチを真っ先に貫いた。
骨の体が軋むような音を立てて崩れかける。
「効いてる!」
ネリスが声を上げた。
「ワング、あたし、右!」
「拙者は左でござる」
「雷殺!」
二筋の雷が、それぞれ魔女の一体へ吸い込まれるように落ちる。
黒いローブが稲光に一瞬だけ照らし出された。
魔女の一体が膝から崩れるように、その場に沈んだ。
もう一体は、まだ立っている。
「もう一発!」
ノリアが叫んだ。
「雷殺!」
二度目の雷が残る魔女へ落ちる。
悲鳴のような声が、初めて上がった。
かなりの手応えがあった。
だが、それと同時に、四体の輪郭が揺らめくように歪む。
「来る、上!」
ネリスの声が響いた。
弾かれた光の欠片が六人の頭上から降り注ぐ。
「守護の盾!」
ワングの詠唱が強固な障壁を六人の周囲に張る。
「神域!」
続けて、ミラの光が六人の体を淡く包んだ。
スルが盾を掲げ、崩れかけた障壁の隙間を身をもって塞ぐ。
「そっちも!」
ネリスがまた別の方向を指差した。
「左!」
その声に、ワングが半歩だけ体をずらす。
跳ね返りが障壁と光と盾に、次々と当たった。
鈍い音が幾度も響いた。
誰も後ろへ下がらなかった。
「まだ、いける」
カインが拳を握る。
「ノリア!」
「業炎獄!」
炎の塊が、四体まとめて飲み込むように広がる。
一回。
二回。
三回。
炎が間断なく押し寄せた。
跳ね返りは、その都度あった。
だが、盾と神域と、スルの構えがそのすべてを受け止め続けた。
「あと少し……!」
ミラが額に汗をにじませながら声を絞り出す。
三度目の業炎獄が着弾した瞬間、四体の輪郭がいっせいに崩れ始めた。
骨が砂のように崩れていく。
黒いローブが煙のように薄れて消える。
広間に静けさが戻った。
「消えた……」
ネリスが辺りを見回す。
「終わった、のか」
「終わった」
カインが肩の力を抜く。
「怪我は」
「ない」
ミラが自分の体を確かめるように両手を見つめる。
「盾と神域が、最後まで保ってくれた」
「拙者の分も、まだ余力があるでござる」
ワングが少し得意げに、氷姫の柄に手を添えてみせた。
「弱い術が駄目だっただけ、だったんだな」
ノリアが杖を胸に抱えて息を吐く。
「たぶん」
カインが慎重に言葉を選ぶ。
「跳ね返り自体は、まだあった。完全に消えたわけじゃない」
「決めつけるのは、まだ早い、でござるな」
ワングが軽く笑った。
「その通り」
カインもつられて笑う。
「ネリスの声掛け、助かった」
ミラがネリスの方を見た。
「あれがなかったら、盾も、間に合ってなかったかもしれない」
「見張るくらいしか、できなかったから」
ネリスが少し照れくさそうに、耳の後ろを掻く。
「見張るのも、立派な仕事でござる」
ワングが頷いた。
「俺も、次は、もう少し広く受けられるように、構えを見直す」
スルが盾を軽く叩きながら言った。
板に刻まれた三行目の文言は、光を帯びたまま、そこに残り続けていた。
四行目は、まだどこにも現れていない。
「次の部屋に着くまでは、何も浮かばないみたいだね」
ミラが板を覗き込む。
「今度は、どんな部屋だろうね」
ネリスが呟いた。
誰も、すぐには答えなかった。
六人は来た道を戻り、二部屋目、一部屋目を抜けて、外へ出た。
外はまだ、日が高いままだった。
エアの中で過ごした時間の割に、街の空気はいつも通り騒がしい。
「腹、減った」
ネリスが大きく伸びをした。
「同感でござる」
ワングが氷姫を鞘ごと肩に担ぎ直した。
その日の夕方、ヘクサインに戻った六人を、工房から出てきたダダが出迎えた。
「今日は、顔つきが違うな」
「三部屋目、抜けた」
カインが疲れの滲む笑みを浮かべる。
「本当か」
ダダが目を見開いた。
「終末の裁きまで、使ったんだよ」
ミラが少し照れたように言う。
「あたしの業炎獄も、ちゃんと届いた」
ノリアが胸を張った。
「跳ね返りは、まだあったでござるがな」
ワングが付け加える。
「盾と神域で、なんとか凌いだ、というところでござる」
「力があれば、それだけ、道は開けるってことか」
ダダが腕を組んで、感心したように頷いた。
「にしても、切り札まで使うとは、思わなかったな」
「あたしも、まさか使う日が来るとは、思ってなかった」
ミラが苦笑する。
「でも、使ってよかった」
「次も、使うのか」
ダダが聞いた。
「わからない」
ミラが首を振る。
「四層の先が、どんな部屋になるかで、変わると思う」
「充電には、宿での休息が要るんだったな」
ダダが確かめるように言う。
「今夜、ゆっくり休んでおけよ」
「そうする」
カインが頷いた。
「今日の分は、寝れば、ちゃんと積み上がるはずだ」
「四体まとめて、だったからな」
ワングが少し楽しみそうに言う。
「明日の朝が、待ち遠しいでござる」
「次の部屋が、また、何を試してくるかは、わからないけどな」
カインが肩をすくめながら笑った。
わからないことは、まだ、たくさん残っている。
それでも六人は、確かな手応えを胸に、まだ見ぬ四つ目の扉へと、気持ちを向けていた。
夜が更けても、ミラはしばらく剣の柄から手を離さなかった。
明日にはまた、その腕に新しい謎が試されるかもしれない。
それでも今夜だけは、静かに休むことにした。
いかがでしょうか?
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