第158話「届かぬ剣、跳ね返る炎」
マランの世界、連日投稿してます。
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三部屋目の扉は、二部屋目のものより、心なしか重かった。
扉を抜けた先、壁に浮かぶ文字を、六人は代わる代わる読んだ。
「力に頼る者は禍を得ん、術に頼る者は恵みを得ん」
カインが声に出して読み上げる。
「今度は、逆か」
ネリスが首をかしげた。
「刃を収めろ、ってのは、まだわかりやすかったのに」
「力に頼るな、ってことは」
ミラが続きを考える。
「戦うな、ってことじゃなくて」
「戦い方の話でござろうな」
ワングが静かに言った。
「拙者たちの得意な方は封じられる、ということかもしれぬ」
「じゃあ、術で戦えってこと」
ノリアが杖を握り直す。
「わかりやすくて助かる」
「決めつけるのは、まだ早い」
カインが皆を見渡した。
「一行目も二行目も、額面通りには進まなかった」
「今回だけ、素直かもしれないでござろう」
ワングが氷姫の柄に手をかけたまま言う。
「様子を見ながら、確かめるしかないな」
スルが盾の位置を軽く直した。
その言葉が終わるより先に、広間の奥から気配が立ち上る。
広間は、これまでの部屋よりひと回り広く、天井が高い。
壁に沿って並ぶ石柱には、見覚えのない文様が、うっすらと刻まれている。
空気が、目に見えて冷たい。
石の柱の陰から、二体のリッチが姿を現した。
ぼろを纏う骨の体は、揺らめく紫の光をまとっている。
対をなすように、黒いローブの魔女が二人、床から染み出すように現れた。
「来る」
スルが短く言い、盾を構える。
「まずは、様子見だ」
カインの声に、ワングが小さく頷いた。
「承知」
ワングが氷姫を抜いた。
「拙者が前へ」
刃が一体のリッチへ振り下ろされる。
手応えがなかった。
骨の体をすり抜けるように、刃はただ空を切った。
「なっ……」
ミラもロングソードで斬りかかる。
同じだった。
刃先が触れる寸前、リッチの輪郭が霧のように揺れて逃げる。
「効いてない」
ミラが声を上げた。
「壁の文字の通りでござるか」
ワングが氷姫を構え直したまま、じりじりと後退る。
「盾も、同じかもしれない」
スルが確かめるように前へ出た。
魔女の放った光弾が、盾に触れた瞬間、そのまま吸い込まれるように弾け飛んだ。
「防ぐのは、平気そうだ」
「攻めるのだけが、駄目らしい」
カインが呟く。
「なら、これは」
ネリスが腰の後ろから、小さな苦無を抜いた。
投げた刃は、リッチの体をそのまま通り抜けて、石の壁に当たって落ちた。
「これも、駄目か」
ネリスが舌打ちする。
「刃物全般、ってことみたいでござるな」
四体の敵は、その場に留まらなかった。
リッチと魔女が、四方に散る。
「散開してる」
ネリスが爪を構えたまま、視線を巡らせた。
爪の装具に触れかけて、思い直したように手を止める。
「これも、駄目、なんだよね」
「たぶん」
カインが頷いた。
「囲むつもりだ」
四つの方向から、同時に光が放たれる。
火、氷、雷、そして紫の淀んだ光。
「守りの聖歌」
ミラの詠唱が間一髪、六人を薄い光で包んだ。
光弾が次々に弾け、障壁を揺らす。
「これなら押し返せる」
ノリアが杖を掲げた。
「火花炎」
小さな炎の粒が、リッチの一体へ向けて放たれる。
だが、着弾する直前、炎は不自然に歪んだ。
そのまま跳ね返るように、ノリアの元へ戻ってくる。
「危ない!」
カインが叫んだ。
弾けた火の粉が、ノリアの前髪をかすめて散った。
「熱っ……」
ノリアが頬を押さえる。
「なんで……」
ノリアが呆然と杖を見つめる。
「術で戦えって、言われたはずじゃ」
「わからない」
カインが歯を食いしばる。
「でも、一番、弱い呪文だった」
「力が足りなくて、はじかれた、ということかもしれぬ」
ワングが唸った。
「今、考えてる場合じゃないでござる」
ワングが叫んだ。
四体の敵が、再び光をまとい始める。
障壁は、もう一撃を防げるかどうかというところまで、削られていた。
「一旦、引き上げだ」
カインの声が広間に響いた。
「退くぞ」
誰も聞き返さなかった。
スルが盾を掲げたまま、最後尾で殿を務める。
背後から、紫の光弾が追ってきた。
「伏せて!」
ミラの咄嗟の一喝に、六人が身を屈める。
光弾は頭上をわずかに逸れて、壁に着弾した。
石の破片が頬をかすめる。
「今の、危なかったでござるな」
「文句は後だ、走れ」
「拙者が、殿を代わるでござる」
ワングがスルと並んで、最後尾に付いた。
二人の背中越しに、また一つ、光弾が飛んでくる。
盾と氷姫の平で、同時に弾いた。
六人は来た扉へ向かって走った。
背後で何かが崩れるような音がしたが、振り返る余裕はなかった。
扉の外、二部屋目の広間に転がり込むようにして、六人はようやく足を止めた。
「痛……」
ネリスが膝をつく。
「間に合った、のか」
「間に合った」
カインが肩で息をしながら頷いた。
「怪我は」
「かすり傷。ワングとミラは」
「無事でござる」
ワングが氷姫を鞘に納めた。
「無傷、というわけにはいかぬが」
「あたしも平気」
ミラが額の汗を拭う。
「でも、あれ何だったの」
「わからない」
カインが正直に首を振った。
「力じゃ駄目、弱い術でも駄目。じゃあ何なら通じるんだ」
「術は術でも」
ノリアが杖を睨みながら呟く。
「あたしの火花炎が、非力すぎただけかもしれない」
「守りの聖歌も、盾のあれも、弾かれてはいなかったでござる」
ワングが思い出しながら言う。
「防ぐ分には、足りていた、ということかもしれぬ」
「攻めるには、もっと力がいる、ってこと」
ミラが眉を寄せる。
「壁の文字の意味、まだ半分もわかってないってことだな」
カインが軽く肩をすくめた。
「決めつけるのは、まだ早い」
さっきカインが言った言葉を、そのまま返される形になった。
「そうだね」
カインが苦笑する。
「今日のところは、これで十分だ」
板の上、三行目の点が、まだ淡く浮かんだままだった。
答えは、まだ遠い。
それでも、扉の向こうに何があったのかは、確かに、少しだけ見えてきていた。
その日の夕方、ヘクサインに戻った六人を、工房から出てきたダダが出迎えた。
「今日は、随分早いな」
「今日は、退いてきた」
カインが力なく笑う。
「珍しいな」
ダダが片眉を上げた。
「珍しいでござるよ、本当に」
ワングが氷姫を壁に立てかけながら答える。
「刃も、爪も、まるで通じなかったでござる」
「じゃあ、術で押したのか」
「それも、途中で跳ね返された」
ノリアが椅子に崩れるように座った。
「あたしの火花炎、自分に返ってきたんだよ」
「そいつは、災難だったな」
ダダが少し困ったように笑った。
「新しい謎が、また増えたわけか」
「増えた」
カインが頷く。
「でも、守りの聖歌や盾は、ちゃんと効いてた」
カインが続けた。
「攻めの方だけ、力が足りなかったんだと思う」
「火花炎より、上の呪文を試すべきかもしれぬ」
ワングが腕を組んだ。
「業火弾か、氷棘あたりからでござろうか」
「あたしも、次は、支援に回るだけじゃなく、少しは前に出る」
ミラがロングソードの柄に、そっと手を添えた。
「無茶はするなよ」
ダダが心配そうに眉を寄せる。
「わかってる」
「明日、もう一度、確かめに行く」
カインが皆を見回した。
「今度は、もっと威力のある呪文から試す」
「あたしも、次は、ちゃんと役に立つ」
ノリアが拳を握った。
「今日は、あたしのせいで、危なかったし」
「誰のせいでもない」
ミラがノリアの肩を軽く叩く。
「わからないことを、わからないまま試したんだから」
「拙者も、次は、盾役に回るでござる」
ワングが静かに申し出た。
「刃が通らぬなら、氷姫は、しばらく休ませてやろう」
「スルと二枚、盾を並べるってこと」
ネリスが目を丸くする。
「悪くないでござろう」
ワングが少し笑った。
「俺も、次は、もっと粘れるように」
スルが珍しく、自分から言葉を継いだ。
誰も異を唱えなかった。
わからないことは、まだ、山ほど残っている。
それでも、六人は、次の手がかりを胸に、静かに休息へと向かった。
いかがでしょうか?
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