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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第158話「届かぬ剣、跳ね返る炎」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


三部屋目の扉は、二部屋目のものより、心なしか重かった。

扉を抜けた先、壁に浮かぶ文字を、六人は代わる代わる読んだ。

「力に頼る者は禍を得ん、術に頼る者は恵みを得ん」

カインが声に出して読み上げる。

「今度は、逆か」

ネリスが首をかしげた。

「刃を収めろ、ってのは、まだわかりやすかったのに」

「力に頼るな、ってことは」

ミラが続きを考える。

「戦うな、ってことじゃなくて」

「戦い方の話でござろうな」

ワングが静かに言った。

「拙者たちの得意な方は封じられる、ということかもしれぬ」

「じゃあ、術で戦えってこと」

ノリアが杖を握り直す。

「わかりやすくて助かる」

「決めつけるのは、まだ早い」

カインが皆を見渡した。

「一行目も二行目も、額面通りには進まなかった」

「今回だけ、素直かもしれないでござろう」

ワングが氷姫の柄に手をかけたまま言う。

「様子を見ながら、確かめるしかないな」

スルが盾の位置を軽く直した。

その言葉が終わるより先に、広間の奥から気配が立ち上る。

広間は、これまでの部屋よりひと回り広く、天井が高い。

壁に沿って並ぶ石柱には、見覚えのない文様が、うっすらと刻まれている。

空気が、目に見えて冷たい。

石の柱の陰から、二体のリッチが姿を現した。

ぼろを纏う骨の体は、揺らめく紫の光をまとっている。

対をなすように、黒いローブの魔女が二人、床から染み出すように現れた。

「来る」

スルが短く言い、盾を構える。

「まずは、様子見だ」

カインの声に、ワングが小さく頷いた。

「承知」

ワングが氷姫を抜いた。

「拙者が前へ」

刃が一体のリッチへ振り下ろされる。

手応えがなかった。

骨の体をすり抜けるように、刃はただ空を切った。

「なっ……」

ミラもロングソードで斬りかかる。

同じだった。

刃先が触れる寸前、リッチの輪郭が霧のように揺れて逃げる。

「効いてない」

ミラが声を上げた。

「壁の文字の通りでござるか」

ワングが氷姫を構え直したまま、じりじりと後退る。

「盾も、同じかもしれない」

スルが確かめるように前へ出た。

魔女の放った光弾が、盾に触れた瞬間、そのまま吸い込まれるように弾け飛んだ。

「防ぐのは、平気そうだ」

「攻めるのだけが、駄目らしい」

カインが呟く。

「なら、これは」

ネリスが腰の後ろから、小さな苦無を抜いた。

投げた刃は、リッチの体をそのまま通り抜けて、石の壁に当たって落ちた。

「これも、駄目か」

ネリスが舌打ちする。

「刃物全般、ってことみたいでござるな」

四体の敵は、その場に留まらなかった。

リッチと魔女が、四方に散る。

「散開してる」

ネリスが爪を構えたまま、視線を巡らせた。

爪の装具に触れかけて、思い直したように手を止める。

「これも、駄目、なんだよね」

「たぶん」

カインが頷いた。

「囲むつもりだ」

四つの方向から、同時に光が放たれる。

火、氷、雷、そして紫の淀んだ光。

「守りの聖歌」

ミラの詠唱が間一髪、六人を薄い光で包んだ。

光弾が次々に弾け、障壁を揺らす。

「これなら押し返せる」

ノリアが杖を掲げた。

「火花炎」

小さな炎の粒が、リッチの一体へ向けて放たれる。

だが、着弾する直前、炎は不自然に歪んだ。

そのまま跳ね返るように、ノリアの元へ戻ってくる。

「危ない!」

カインが叫んだ。

弾けた火の粉が、ノリアの前髪をかすめて散った。

「熱っ……」

ノリアが頬を押さえる。

「なんで……」

ノリアが呆然と杖を見つめる。

「術で戦えって、言われたはずじゃ」

「わからない」

カインが歯を食いしばる。

「でも、一番、弱い呪文だった」

「力が足りなくて、はじかれた、ということかもしれぬ」

ワングが唸った。

「今、考えてる場合じゃないでござる」

ワングが叫んだ。

四体の敵が、再び光をまとい始める。

障壁は、もう一撃を防げるかどうかというところまで、削られていた。

「一旦、引き上げだ」

カインの声が広間に響いた。

「退くぞ」

誰も聞き返さなかった。

スルが盾を掲げたまま、最後尾で殿を務める。

背後から、紫の光弾が追ってきた。

「伏せて!」

ミラの咄嗟の一喝に、六人が身を屈める。

光弾は頭上をわずかに逸れて、壁に着弾した。

石の破片が頬をかすめる。

「今の、危なかったでござるな」

「文句は後だ、走れ」

「拙者が、殿を代わるでござる」

ワングがスルと並んで、最後尾に付いた。

二人の背中越しに、また一つ、光弾が飛んでくる。

盾と氷姫の平で、同時に弾いた。

六人は来た扉へ向かって走った。

背後で何かが崩れるような音がしたが、振り返る余裕はなかった。

扉の外、二部屋目の広間に転がり込むようにして、六人はようやく足を止めた。

「痛……」

ネリスが膝をつく。

「間に合った、のか」

「間に合った」

カインが肩で息をしながら頷いた。

「怪我は」

「かすり傷。ワングとミラは」

「無事でござる」

ワングが氷姫を鞘に納めた。

「無傷、というわけにはいかぬが」

「あたしも平気」

ミラが額の汗を拭う。

「でも、あれ何だったの」

「わからない」

カインが正直に首を振った。

「力じゃ駄目、弱い術でも駄目。じゃあ何なら通じるんだ」

「術は術でも」

ノリアが杖を睨みながら呟く。

「あたしの火花炎が、非力すぎただけかもしれない」

「守りの聖歌も、盾のあれも、弾かれてはいなかったでござる」

ワングが思い出しながら言う。

「防ぐ分には、足りていた、ということかもしれぬ」

「攻めるには、もっと力がいる、ってこと」

ミラが眉を寄せる。

「壁の文字の意味、まだ半分もわかってないってことだな」

カインが軽く肩をすくめた。

「決めつけるのは、まだ早い」

さっきカインが言った言葉を、そのまま返される形になった。

「そうだね」

カインが苦笑する。

「今日のところは、これで十分だ」

板の上、三行目の点が、まだ淡く浮かんだままだった。

答えは、まだ遠い。

それでも、扉の向こうに何があったのかは、確かに、少しだけ見えてきていた。

その日の夕方、ヘクサインに戻った六人を、工房から出てきたダダが出迎えた。

「今日は、随分早いな」

「今日は、退いてきた」

カインが力なく笑う。

「珍しいな」

ダダが片眉を上げた。

「珍しいでござるよ、本当に」

ワングが氷姫を壁に立てかけながら答える。

「刃も、爪も、まるで通じなかったでござる」

「じゃあ、術で押したのか」

「それも、途中で跳ね返された」

ノリアが椅子に崩れるように座った。

「あたしの火花炎、自分に返ってきたんだよ」

「そいつは、災難だったな」

ダダが少し困ったように笑った。

「新しい謎が、また増えたわけか」

「増えた」

カインが頷く。

「でも、守りの聖歌や盾は、ちゃんと効いてた」

カインが続けた。

「攻めの方だけ、力が足りなかったんだと思う」

「火花炎より、上の呪文を試すべきかもしれぬ」

ワングが腕を組んだ。

「業火弾か、氷棘あたりからでござろうか」

「あたしも、次は、支援に回るだけじゃなく、少しは前に出る」

ミラがロングソードの柄に、そっと手を添えた。

「無茶はするなよ」

ダダが心配そうに眉を寄せる。

「わかってる」

「明日、もう一度、確かめに行く」

カインが皆を見回した。

「今度は、もっと威力のある呪文から試す」

「あたしも、次は、ちゃんと役に立つ」

ノリアが拳を握った。

「今日は、あたしのせいで、危なかったし」

「誰のせいでもない」

ミラがノリアの肩を軽く叩く。

「わからないことを、わからないまま試したんだから」

「拙者も、次は、盾役に回るでござる」

ワングが静かに申し出た。

「刃が通らぬなら、氷姫は、しばらく休ませてやろう」

「スルと二枚、盾を並べるってこと」

ネリスが目を丸くする。

「悪くないでござろう」

ワングが少し笑った。

「俺も、次は、もっと粘れるように」

スルが珍しく、自分から言葉を継いだ。

誰も異を唱えなかった。

わからないことは、まだ、山ほど残っている。

それでも、六人は、次の手がかりを胸に、静かに休息へと向かった。

いかがでしょうか?


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