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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第五部 迷宮エア編 四層

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第157話「六度の牙、収めた爪」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朝、ヘクサインの食堂で、六人は額を突き合わせていた。

「刃を提げし者は拒み、刃を収めし者は迎える」

カインが、壁の文字を、もう一度、声に出して、ゆっくりと口にする。

「収める、ってことは」

ノリアが、腕を組む。

「抜くな、じゃなくて」

「そもそも、戦うな、ってことかもな」

カインが、続けた。

「様子見、ってことか」

ネリスが、聞き返す。

「サーベルタイガーが、大人しく見てるだけの相手とは、思えないけど」

「攻撃されても、抜かない。それが、条件かもしれぬ」

ワングが、静かに言う。

「拙者も、鞘に手をかけないでおくでござる」

「あたしも」

ネリスが、爪の装具を、外し始めた。

「これも、刃のうちに、入るかもしれない」

「念のため、か」

カインが、頷く。

「念のため」

ネリスが、装具を懐へしまう。

「丸腰で、獣の前に立つのは、初めてだけどな」

「守りに徹する分、僕とミラとワングの魔法が、頼りになりそうだ」

カインが、皆を見渡す。

「幻影と、守りの聖歌と、守護の盾。三つ揃えれば、何とかなる」

「攻撃、しないんだよね」

ミラが、確かめるように聞く。

「基本は、しない」

カインが、頷く。

「先に、抜いたら、また戻されるだけだ」

「我慢比べでござるな」

ワングが、少し、苦笑した。

「拙者は、我慢は、得意な方でござる」

工房から顔を出したダダが、支度を整える六人を見て、片眉を上げた。

「今日は、盾も剣も、置いていくのか」

「剣は、置いていく」

スルが、答える。

「盾は、持っていく」

「盾は、刃じゃないもんな」

ダダが、軽く笑った。

「無事に、戻ってこいよ」

「行ってくる」

六人は、そのまま、エアへ向かった。

朝の光が、まだ、街の屋根を、薄く照らしていた。

---

一つ目の部屋を抜け、二部屋目の扉の前に立つ。

板には、あの日と同じ、淡い点が浮かんでいた。

「行くぞ」

カインが、扉に手をかける。

抵抗なく開いた先、石の広間に、二頭のサーベルタイガーが、既に、待っていた。

牙は、松明もない暗がりの中で、白く際立っている。

低い唸り声が、六人を出迎える。

誰も、得物に手をかけなかった。

睨み合いが、続いた。

サーベルタイガーは、動かない。

六人も、動かない。

じりじりと、間合いだけが、詰まっていく。

「このまま、向こうも、動かないつもりでござるか」

ワングが、低く呟いた。

「わからない」

カインが、首を振る。

「でも、動くのは、こっちからじゃない」

「このまま、朝まで、睨み合うのか」

ノリアが、小さくぼやいた。

「一発、撃てば、楽なんだけどな」

ノリアが、杖を、指先で、軽く弄ぶ。

「駄目だ」

カインが、即座に、首を振る。

「業火弾は、刃じゃないでござるが」

ワングが、少し、悩ましげに言う。

「魔法まで、駄目とは、限らないでござるかもしれぬ」

「でも、賭けるには、まだ早い」

カインが、続けた。

「攻撃、って括りで、拒まれる可能性もある」

「わかってる」

ノリアが、渋々、頷く。

「撃ちたいのを、我慢してるだけ」

「それも、一つの答えかもな」

「このまま……」

ミラが、小さく呟いたときだった。

一頭が、地を蹴った。

「スル!」

カインが、叫ぶ。

牙が、スルの肩口へ、迫る。

盾が、間に、割り込んだ。

金属の擦れる音とともに、牙が、逸れる。

「大丈夫か」

「平気」

スルが、盾を構え直しながら、短く答えた。

「刃は、抜いてない」

「ミラ、防御魔法を!」

カインが、叫んだ。

「守りの聖歌!」

ミラの詠唱が、六人を、淡い光で包む。

「僕も」

カインが、印を組んだ。

「幻影!」

淡い虚像が、六人の周囲に、いくつも浮かび上がる。

もう一頭が、跳びかかった。

狙いは、再び、スルだった。

牙が、虚像の一つを、噛み砕く。

本物のスルは、その隙に、半歩、後ろへ引いていた。

「効いてる……!」

ネリスが、目を見開く。

「拙者も!」

ワングが、印を組む。

「守護の盾!」

強固な障壁が、六人を、覆った。

サーベルタイガーの爪が、続けて振るわれる。

障壁が、鈍い音を立てて、耐えた。

「まだ、来るぞ」

カインが、身構える。

「刃には、頼らない」

「わかってる」

ネリスが、爪のない手を、握りしめた。

一頭が、三度目の攻撃を、繰り出す。

もう一頭も、ほぼ同時に、三度目を仕掛けてきた。

どちらも、障壁と盾に、阻まれた。

牙が、鱗のような鈍い光を残して、弾かれる。

その直後だった。

二頭のサーベルタイガーが、揃って、ふっと、姿を消した。

広間に、静けさが戻る。

「終わった……?」

ミラが、辺りを見回す。

「一頭、三回ずつ」

ワングが、指を折る。

「合わせて、六回でござるな」

「六回……」

ネリスが、繰り返す。

「パーティの人数分、ってことか」

「攻撃を、六回受けたら、消える」

カインが、腕を組む。

「刃さえ、抜かなければ」

「受け身のまま、耐え切れば、いい部屋だったんだな」

ノリアが、息を吐く。

「わかりやすいような、わかりにくいような」

「もし、六回で消えないままだったら、どうするつもりだったんだ」

ミラが、ふと、聞く。

「そのときは、そのとき」

カインが、肩をすくめた。

「粘るしか、なかったでござろうな」

ワングが、軽く笑う。

「粘り勝ち、ってやつだね」

「壁の文字通り、ではあったでござるな」

ワングが、氷姫の柄から、手を離す。

「刃を、提げなかった。だから、迎えられた」

「収めた者には、応える、か」

カインが、静かに、壁の文字を、見上げた。

「爪、外して正解だった」

ネリスが、装具を、そっと、握り直す。

「もし、あれが刃扱いだったら、真っ先に、戻されてた」

「わからないうちは、慎重に、が正解でござるな」

「守りの聖歌と、幻影と、守護の盾。三つ重ねたのも、良かった」

ミラが、皆を見渡す。

「一つでも、欠けてたら、危なかったかもしれない」

「盾がなかったら、最初の一撃で、拙者たちの誰かが、抜いてたでござろうな」

ワングが、頷く。

「スルの盾が、時間を稼いでくれたおかげでござる」

「役に、立てたなら」

スルが、静かに、盾を下ろした。

「痛くは、なかったのか」

ネリスが、心配そうに、スルの肩口を覗き込む。

「痺れる程度」

スルが、軽く、肩を回してみせる。

「あんたが、真っ先に狙われるのも、そろそろ、慣れてきた」

「盾を持ってるのが、一番わかりやすいからな」

スルが、少し、笑った。

「囮も、悪くない」

板の上、新しい点が、また、淡く浮かんでいる。

「次も、こんな部屋が、続くのかな」

ミラが、不安げに、板を覗き込む。

「戦えばいい部屋と、戦っちゃいけない部屋、両方あるってことは」

ネリスが、爪の装具を、握ったまま、続ける。

「もっと、変な条件も、出てくるかもしれない」

「かもな」

カインが、小さく笑う。

「でも、それが、わかっただけでも、収穫だ」

「一行ごとに、試すしかない、ってことでござるな」

ワングが、頷いた。

誰も、それに、異を唱えなかった。

その日は、ヘクサインへ引き返した。

夕方、工房から戻ったダダが、埃を払いながら、六人の顔を見て、ほっと息を吐く。

「今度は、無事そうだな」

「今度は、な」

カインが、笑う。

「今日の分の湿布は、いらなそうだ」

「そりゃ、良かった」

ダダが、軽く笑い返す。

「刃を抜かずに、六回耐えたら、消えた」

「六回、って、数えたのか」

「ワングが、律儀に、指を折ってた」

「拙者は、数えるくらいしか、やることがなかったでござるからな」

ワングが、苦笑した。

「ノリアは、終始、撃ちたそうにしてたけどね」

ミラが、からかうように言う。

「うるさい。我慢したんだから、いいでしょ」

ノリアが、頬を膨らませる。

「偉い、偉い」

ミラが、笑いながら、ノリアの肩を軽く叩いた。

「次の部屋も、条件が、違うのかもな」

ダダが、腕を組みながら言う。

「たぶん」

カインが、頷いた。

「一つ、クリアするたびに、また新しい謎が増える。それが、四層のやり方らしい」

「飽きないでいいでござるな」

ワングが、静かに、笑った。

わからないことは、まだ、山ほど残っている。

それでも、六人は、確かな手応えを胸に、次の一歩を踏み出していた。

いかがでしょうか?


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