第157話「六度の牙、収めた爪」
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朝、ヘクサインの食堂で、六人は額を突き合わせていた。
「刃を提げし者は拒み、刃を収めし者は迎える」
カインが、壁の文字を、もう一度、声に出して、ゆっくりと口にする。
「収める、ってことは」
ノリアが、腕を組む。
「抜くな、じゃなくて」
「そもそも、戦うな、ってことかもな」
カインが、続けた。
「様子見、ってことか」
ネリスが、聞き返す。
「サーベルタイガーが、大人しく見てるだけの相手とは、思えないけど」
「攻撃されても、抜かない。それが、条件かもしれぬ」
ワングが、静かに言う。
「拙者も、鞘に手をかけないでおくでござる」
「あたしも」
ネリスが、爪の装具を、外し始めた。
「これも、刃のうちに、入るかもしれない」
「念のため、か」
カインが、頷く。
「念のため」
ネリスが、装具を懐へしまう。
「丸腰で、獣の前に立つのは、初めてだけどな」
「守りに徹する分、僕とミラとワングの魔法が、頼りになりそうだ」
カインが、皆を見渡す。
「幻影と、守りの聖歌と、守護の盾。三つ揃えれば、何とかなる」
「攻撃、しないんだよね」
ミラが、確かめるように聞く。
「基本は、しない」
カインが、頷く。
「先に、抜いたら、また戻されるだけだ」
「我慢比べでござるな」
ワングが、少し、苦笑した。
「拙者は、我慢は、得意な方でござる」
工房から顔を出したダダが、支度を整える六人を見て、片眉を上げた。
「今日は、盾も剣も、置いていくのか」
「剣は、置いていく」
スルが、答える。
「盾は、持っていく」
「盾は、刃じゃないもんな」
ダダが、軽く笑った。
「無事に、戻ってこいよ」
「行ってくる」
六人は、そのまま、エアへ向かった。
朝の光が、まだ、街の屋根を、薄く照らしていた。
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一つ目の部屋を抜け、二部屋目の扉の前に立つ。
板には、あの日と同じ、淡い点が浮かんでいた。
「行くぞ」
カインが、扉に手をかける。
抵抗なく開いた先、石の広間に、二頭のサーベルタイガーが、既に、待っていた。
牙は、松明もない暗がりの中で、白く際立っている。
低い唸り声が、六人を出迎える。
誰も、得物に手をかけなかった。
睨み合いが、続いた。
サーベルタイガーは、動かない。
六人も、動かない。
じりじりと、間合いだけが、詰まっていく。
「このまま、向こうも、動かないつもりでござるか」
ワングが、低く呟いた。
「わからない」
カインが、首を振る。
「でも、動くのは、こっちからじゃない」
「このまま、朝まで、睨み合うのか」
ノリアが、小さくぼやいた。
「一発、撃てば、楽なんだけどな」
ノリアが、杖を、指先で、軽く弄ぶ。
「駄目だ」
カインが、即座に、首を振る。
「業火弾は、刃じゃないでござるが」
ワングが、少し、悩ましげに言う。
「魔法まで、駄目とは、限らないでござるかもしれぬ」
「でも、賭けるには、まだ早い」
カインが、続けた。
「攻撃、って括りで、拒まれる可能性もある」
「わかってる」
ノリアが、渋々、頷く。
「撃ちたいのを、我慢してるだけ」
「それも、一つの答えかもな」
「このまま……」
ミラが、小さく呟いたときだった。
一頭が、地を蹴った。
「スル!」
カインが、叫ぶ。
牙が、スルの肩口へ、迫る。
盾が、間に、割り込んだ。
金属の擦れる音とともに、牙が、逸れる。
「大丈夫か」
「平気」
スルが、盾を構え直しながら、短く答えた。
「刃は、抜いてない」
「ミラ、防御魔法を!」
カインが、叫んだ。
「守りの聖歌!」
ミラの詠唱が、六人を、淡い光で包む。
「僕も」
カインが、印を組んだ。
「幻影!」
淡い虚像が、六人の周囲に、いくつも浮かび上がる。
もう一頭が、跳びかかった。
狙いは、再び、スルだった。
牙が、虚像の一つを、噛み砕く。
本物のスルは、その隙に、半歩、後ろへ引いていた。
「効いてる……!」
ネリスが、目を見開く。
「拙者も!」
ワングが、印を組む。
「守護の盾!」
強固な障壁が、六人を、覆った。
サーベルタイガーの爪が、続けて振るわれる。
障壁が、鈍い音を立てて、耐えた。
「まだ、来るぞ」
カインが、身構える。
「刃には、頼らない」
「わかってる」
ネリスが、爪のない手を、握りしめた。
一頭が、三度目の攻撃を、繰り出す。
もう一頭も、ほぼ同時に、三度目を仕掛けてきた。
どちらも、障壁と盾に、阻まれた。
牙が、鱗のような鈍い光を残して、弾かれる。
その直後だった。
二頭のサーベルタイガーが、揃って、ふっと、姿を消した。
広間に、静けさが戻る。
「終わった……?」
ミラが、辺りを見回す。
「一頭、三回ずつ」
ワングが、指を折る。
「合わせて、六回でござるな」
「六回……」
ネリスが、繰り返す。
「パーティの人数分、ってことか」
「攻撃を、六回受けたら、消える」
カインが、腕を組む。
「刃さえ、抜かなければ」
「受け身のまま、耐え切れば、いい部屋だったんだな」
ノリアが、息を吐く。
「わかりやすいような、わかりにくいような」
「もし、六回で消えないままだったら、どうするつもりだったんだ」
ミラが、ふと、聞く。
「そのときは、そのとき」
カインが、肩をすくめた。
「粘るしか、なかったでござろうな」
ワングが、軽く笑う。
「粘り勝ち、ってやつだね」
「壁の文字通り、ではあったでござるな」
ワングが、氷姫の柄から、手を離す。
「刃を、提げなかった。だから、迎えられた」
「収めた者には、応える、か」
カインが、静かに、壁の文字を、見上げた。
「爪、外して正解だった」
ネリスが、装具を、そっと、握り直す。
「もし、あれが刃扱いだったら、真っ先に、戻されてた」
「わからないうちは、慎重に、が正解でござるな」
「守りの聖歌と、幻影と、守護の盾。三つ重ねたのも、良かった」
ミラが、皆を見渡す。
「一つでも、欠けてたら、危なかったかもしれない」
「盾がなかったら、最初の一撃で、拙者たちの誰かが、抜いてたでござろうな」
ワングが、頷く。
「スルの盾が、時間を稼いでくれたおかげでござる」
「役に、立てたなら」
スルが、静かに、盾を下ろした。
「痛くは、なかったのか」
ネリスが、心配そうに、スルの肩口を覗き込む。
「痺れる程度」
スルが、軽く、肩を回してみせる。
「あんたが、真っ先に狙われるのも、そろそろ、慣れてきた」
「盾を持ってるのが、一番わかりやすいからな」
スルが、少し、笑った。
「囮も、悪くない」
板の上、新しい点が、また、淡く浮かんでいる。
「次も、こんな部屋が、続くのかな」
ミラが、不安げに、板を覗き込む。
「戦えばいい部屋と、戦っちゃいけない部屋、両方あるってことは」
ネリスが、爪の装具を、握ったまま、続ける。
「もっと、変な条件も、出てくるかもしれない」
「かもな」
カインが、小さく笑う。
「でも、それが、わかっただけでも、収穫だ」
「一行ごとに、試すしかない、ってことでござるな」
ワングが、頷いた。
誰も、それに、異を唱えなかった。
その日は、ヘクサインへ引き返した。
夕方、工房から戻ったダダが、埃を払いながら、六人の顔を見て、ほっと息を吐く。
「今度は、無事そうだな」
「今度は、な」
カインが、笑う。
「今日の分の湿布は、いらなそうだ」
「そりゃ、良かった」
ダダが、軽く笑い返す。
「刃を抜かずに、六回耐えたら、消えた」
「六回、って、数えたのか」
「ワングが、律儀に、指を折ってた」
「拙者は、数えるくらいしか、やることがなかったでござるからな」
ワングが、苦笑した。
「ノリアは、終始、撃ちたそうにしてたけどね」
ミラが、からかうように言う。
「うるさい。我慢したんだから、いいでしょ」
ノリアが、頬を膨らませる。
「偉い、偉い」
ミラが、笑いながら、ノリアの肩を軽く叩いた。
「次の部屋も、条件が、違うのかもな」
ダダが、腕を組みながら言う。
「たぶん」
カインが、頷いた。
「一つ、クリアするたびに、また新しい謎が増える。それが、四層のやり方らしい」
「飽きないでいいでござるな」
ワングが、静かに、笑った。
わからないことは、まだ、山ほど残っている。
それでも、六人は、確かな手応えを胸に、次の一歩を踏み出していた。
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