第156話「拒まれた刃、押し戻された一歩」
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朝、ヘクサインの食堂で、ダダが六人を見送った。
「今日も、工房か」
カインが、椅子を立ちながら聞く。
「ああ。ブロムの奴が、また新しい図面を寄越してきた」
ダダが、軽く肩を回す。
「気をつけてな。四層は、まだ、勝手がわからない」
「わかってるって」
ネリスが、扉を押しながら答えた。
六人は、そのままアプレイザルへ向かった。
鑑定具の光が、順に、六人の掌を照らしていく。
ドワーフの鑑定士が、記録紙をめくりながら、数字を読み上げた。
「カインさん、19ですね」
「上がったか」
カインが、掌を握り直す。
「それと、新しい呪文が二つ、増えています」
「え、二つ?」
「アルカナ系、第五階梯に幻影。ノストス系、第五階梯に加護の盾です」
「加護の盾……」
カインが、その響きを、噛みしめるように繰り返す。
「使用回数は、第四階梯が3回、第五階梯が2回に、それぞれ増えていますね」
「地味に、着実だな」
「地味で悪いか」
「悪くない」
ノリアが、横から口を挟む。
「地味なのが、あんたらしい」
「褒めてるのか、それ」
「褒めてる」
「続いて、ネリスさん。21です」
「順調」
ネリスが、爪を軽く鳴らす。
「他は?」
「変化なしですね。習得済みの構成のままです」
「地味な数字が、二人続いたでござるな」
ワングが、面白そうに言う。
「うるさい」
ネリスが、軽く睨む。
「ノリアさん、20です」
「そう」
ノリアが、素っ気なく答える。
「呪文の変化は?」
「ありません。使用回数も、全階梯、9回のままです」
「まあ、順当」
「順当って言うには、十分すぎる数字だと思うでござるが」
ワングが、横から呟く。
「ミラさん」
鑑定士が、記録紙に目を落とす。
「23です。それと、第七階梯、全ての呪文が9回、上限に達しています」
「上限……!」
ミラの声が、弾んだ。
「神域も、終末の裁きも?」
「はい、両方とも」
「やった……」
ミラが、両手を握りしめる。
「ずっと、7回のままだったから」
「積み上げてきた甲斐が、あったでござるな」
ワングが、静かに頷く。
「ワングさん、26です。呪文は変化なし、既に全階梯、上限まで届いています」
「かたじけない」
ワングが、頭を下げる。
「拙者は、当分、この数字と付き合うでござるな」
「最後に、スルさん。31のまま、変化ありません」
「うん」
スルが、短く頷く。
「それと、これは……」
鑑定士が、少し、目を見開いた。
「新しく、盾のスキルが加わっています。挑発、超加速に加えて、盾術の適性です」
「ダダの、盾を継いでからか」
カインが、聞き返す。
「たぶん」
スルが、静かに言う。
「構えてるうちに、体が、覚えたんだと思う」
「回避に、盾まで乗るのか」
ワングが、感心したように、腕を組んだ。
「厄介な前衛が、また一段、厄介になったでござるな」
「兄さんらしい、といえば、らしいけど」
ネリスが、腕を組みながら、どこか誇らしげに言う。
「厄介で、悪いか」
スルが、微かに笑った。
「悪くない。むしろ、頼もしい」
カインが、笑いながら言う。
「明日から、しばらくは、盾も剣も、両方試す形になりそうだな」
「望むところだ」
スルが、静かに頷いた。
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翌日、六人はエアへ向かった。
四層への扉をくぐり、まず、一つ目の部屋――去る者は追わず、来たれり者とは相対する、と刻まれた広間へ足を運ぶ。
壁の文字は、変わっていなかった。
「同じ、だね」
ミラが、壁を確かめながら言う。
「前と、寸分違わない」
「板の方も、見てみるか」
カインが、板を広げる。
一行目の文言は、そのままだった。
「ってことは」
ネリスが、部屋を見回す。
「四層は、階層の作り自体は、変わらないってことか」
「エアらしくない、話でござるな」
ワングが、腕を組む。
「三層までは、毎回、通路も部屋も、違って見えたでござるが」
「四層だけ、様子が違う」
ノリアが、首を傾げる。
「理由は」
「わからない」
カインが、素早く首を振る。
「でも、確かに、同じだ」
誰も、それ以上は、深追いしなかった。
わからないことは、わからないままにしておく。
それが、六人のやり方だった。
部屋の奥、来た時にはなかった扉が、静かに開いていた。
板に、新しい点が、淡く浮かんでいる。
「行ってみるしかない」
ワングが、頷いた。
扉を押すと、抵抗なく開いた。
中に広がっていたのは、先ほどと同じ造りの、石の広間だった。
かがり火もなく、ただ、天井の高さだけが、やけに際立っている。
壁に、文字が刻まれていた。
「刃を提げし者は拒み、刃を収めし者は迎える。」
「今度は……」
ミラが、文字を目で追う。
「刃を、収める方が、良さそうな話だね」
言い終わらないうちに、奥の闇から、低い唸り声が響いた。
二対の目が、闇の中で、光る。
牙をむき出しにした、二頭のサーベルタイガーが、姿を現した。
体長は、ダダの背丈をゆうに超えている。
低い姿勢のまま、じりじりと、間合いを詰めてくる。
「来た!」
ワングが、反射的に、氷姫の柄へ手をかける。
「私も!」
ミラが、対の剣を引き抜く。
「まかせろ!」
スルが、腰の剣を、抜き放った。
カインも、剣の柄に手をかけたが、抜くより先に、体が固まった。
三人の刃が、同時に、灯りを弾いた。
その瞬間だった。
視界が、ぶれる。
気づけば、六人は、元の部屋――去る者は追わず、来たれり者とは相対する、と刻まれた広間に、立っていた。
サーベルタイガーの姿は、どこにもない。
「な……」
カインが、言葉を失う。
「戻された……?」
ネリスが、辺りを見回す。
「今、確かに、刃を抜いた」
ワングが、まだ抜き身のままの氷姫を、呆然と見つめる。
「その、瞬間に……」
「壁の文字、そのままじゃないか」
ノリアが、掠れた声で言う。
「刃を提げし者は拒み、刃を収めし者は迎える」
「つまり」
ミラが、剣を握ったまま、固まる。
「抜いたから、拒まれた……ってこと?」
「待って」
ネリスが、自分の手を見下ろす。
「あたし、抜いてない」
「僕も、まだ、剣に触れてもいなかった」
カインが、手のひらを開いて見せる。
「なのに、戻された」
「誰か一人が、抜けば」
ミラが、静かに続ける。
「全員が、拒まれる……ってこと?」
「六人の壁と、同じ理屈でござるか」
ワングが、氷姫を、ゆっくりと鞘へ収めた。
「誰か一人の行いが、六人全員の、結果になる」
「だとしたら」
ノリアが、腕を組む。
「次は、誰も抜かずに、入ってみるしかない」
「サーベルタイガーが、それで、大人しくしてるとは、思えないけど」
ネリスが、唸るように言う。
「爪は、どうなんだろうな」
カインが、ふと、呟いた。
「ネリスの爪も、刃のうちに入るのか」
「入ったら、困る」
ネリスが、自分の爪を、じっと見つめる。
「入らなかったら?」
「その時は、あたしが、囮を引き受ける」
「頼もしいでござるな」
「かもな」
カインが、小さく息を吐く。
「でも、試すしかない」
誰も、それに、異を唱えなかった。
板の上、新しい点は、まだ、消えずに残っていた。
六人は、しばらく、無言のまま、それを見つめていた。
その日は、そのまま、ヘクサインへ引き返すことにした。
夕方、工房から戻ったダダが、六人の顔ぶれを見て、片眉を上げる。
「浮かない顔だな」
「拒まれた」
カインが、短く答える。
「拒まれた?」
「刃を抜いたら、部屋ごと、押し戻された」
ネリスが、補足するように言う。
「刃を、収めろってことか」
ダダが、腕を組む。
「たぶん。でも、獣が、大人しく待っててくれるとは、思えない」
「厄介な部屋だな」
「今までで、一番、厄介かもしれない」
カインが、苦笑した。
「あたしの爪が、刃に入るかどうかも、まだわからない」
ネリスが、爪先を、軽く鳴らす。
「明日、試すのか」
「試すしかない」
ワングが、静かに言う。
「わからないことは、わからないまま、進むしかないでござるからな」
「それが、あんたらのやり方なんだろ」
ダダが、少し、笑った。
「なら、待ってる。装備、いつでも、直すからな」
「頼りにしてる」
スルが、短く答えた。
答えは、また明日、確かめればいい。
わからないことだらけの四層が、今日も、静かに、次の一歩を待っていた。
いかがでしょうか?
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