第155話「相対する掟、刻まれた一行」
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四層への扉は、思っていたより、ずっと大きかった。
これまでの通路とも、部屋とも違う。
ただ、扉が一枚、そこに立っているだけだった。
三層までのような、色のついた点も、板の示す道もない。
板を覗き込んでも、ただ真っ白なままだった。
「板、何も映してないね」
ミラが板を掲げながら言う。
「四層は、また勝手が違うのかもな」
カインが扉を見上げる。
見上げるほどの高さの扉だった。
装飾もなく、ただ古びた石の色をしている。
六人での探索は、まだ、慣れない。
ダダの図体がいないと、隊列の幅が、どこか心許なく感じられる。
それでも、進むしかなかった。
「開けるしかない、よな」
カインが取っ手に手をかける。
「今更、後には引けないでござる」
ワングが静かに頷いた。
「スル、準備は」
カインが振り返る。
「いつでも」
スルが盾を構え直した。
その盾には、まだ銘のない、打ち上げたばかりの艶がある。
ダダから、譲られたばかりの盾だった。
恐る恐る、扉を押し開ける。
重い見た目に反して、軋む音ひとつ立てず、扉は開いた。
中に広がっていたのは、石造りの広間だった。
壁の一面に、大きく文字が刻まれている。
「去る者は追わず。来たれり者とは相対する。」
「なんて読むんだろ、これ」
ネリスが首を傾げる。
「読んで字のごとくだ」
カインが答える。
「立ち去るなら、追わない。だが、来たなら」
言い終わる前に、床が震えた。
「来た!」
叫んだのはミラだった。
広間の奥、六つの人影が、同時に立ち上がる。
一つ目の巨人。
サイクロプスだった。
それぞれが、人の背丈を超える大剣を担いでいる。
「相対する、ってことか」
カインが印を組みながら呟いた。
「出でよ、ゴーレム!」
石の巨体が、光とともに現れる。
「スル、頼む!」
「任せろ」
スルが盾を構え、前に出た。
ダダが打った盾が、松明の灯りを鈍く照り返す。
一体目の大剣が、唸りを上げて振り下ろされた。
スルとゴーレムが、左右からそれを受け止める。
衝撃に、石畳がひび割れた。
「重い……!」
スルが歯を食いしばる。
盾越しに伝わる衝撃は、思っていた以上だった。
だが、崩れなかった。
膝で受け流し、力を斜めに逃がす。
ダダに教わった構えだった。
「二体目、来るぞ!」
カインが叫ぶ。
隣の一体が、続けて大剣を振り上げていた。
「スル、無理はしないで!」
ミラが後方から声を飛ばす。
「浄光、いつでも飛ばせるから!」
「頼りにしてる」
スルが短く返した。
「ワング、右!」
「承知!」
ワングが氷姫を抜き放ち、隙間を縫って斬り込む。
刃は通ったが、浅い。
「硬いでござるな」
「私も行く!」
ミラが剣を構え、対の剣で二体目の側面を突いた。
「業火弾!」
ノリアの炎が、奥の一体を包み込む。
怯みはしたが、倒れない。
「これ、真正面じゃ埒が明かない」
ネリスが呟く。
姿が、すっと影に溶けた。
一拍の後、一体の背後に、既に立っていた。
首の後ろ、延髄のあたりへ、迷わず手刀を叩き込む。
サイクロプスの巨体が、大きくよろめいた。
「弱点みたい!」
「そこか!」
ワングが即座に反応する。
正面から斬り結びながら、狙いを首の後ろへ絞った。
「私も!」
ミラが対の剣で、同じ位置を狙って突く。
二体目が、膝から崩れ、光の粒になって消えた。
「ノリア、いけるか」
カインが叫ぶ。
「もちろん」
ノリアが杖を掲げる。
「雷殺!」
紫電が、よろめいた一体の首筋に、まっすぐ落ちた。
耳をつんざく音とともに、その巨体が崩れ、光の粒になって消える。
「あと、四体!」
スルが盾で受けながら叫んだ。
「同じところを、狙えばいい!」
ネリスが再び影に溶け、別の一体の背後を取る。
手刀が、また同じ場所を打ち抜いた。
ワングが斬り込み、ミラが続く。
ゴーレムの拳が、残る一体の腕を弾き飛ばした。
カインが駆け寄り、剣で首の後ろを薙ぐ。
一体、また一体と、光になって消えていく。
残る二体が、雄叫びとともに、同時に打ちかかってきた。
「二体まとめては、無理だ!」
スルが片方の大剣を盾で受け、もう片方を紙一重でかわす。
「ミラ、加護を!」
「庇護陣!」
ミラの詠唱が、スルの防御を底上げする。
「今のうちに!」
ネリスが再び影に溶け、五体目の背後を取った。
手刀が、また同じ場所を打ち抜く。
「毎回同じ手が通じるとはな」
カインが感心したように呟きながら、剣を構え直す。
「弱点は弱点だ。何度でも突けばいい」
ワングが五体目にとどめを刺しながら答えた。
最後の一体が、大剣を大きく振りかぶる。
「危ない!」
ミラが割り込み、対の剣で軌道を逸らした。
その隙に、ゴーレムの拳が横腹へ叩き込まれる。
体勢を崩した一体の首へ、カインとネリスが同時に手刀を放った。
最後の一体が崩れ落ちたとき、広間には、静けさだけが残った。
「終わった、か」
カインが肩で息をする。
「終わったでござるな」
ワングが刀を鞘に納めた。
「首の後ろ、共通の弱点だったんだね」
ミラが息を整えながら言う。
「気づいたの、ネリスだけどな」
カインが笑う。
「なんとなく、そこが弱そうだった」
ネリスが爪を軽く払う。
「なんとなく、で当てるのが、お前らしい」
スルが小さく笑った。
「その盾、ちゃんと仕事したな」
カインが、スルの盾を見ながら言う。
盾の縁には、大剣を受けた傷が、いくつも刻まれていた。
「ダダに、報告しないとな」
スルが盾を撫でる。
その手つきに、誇らしさが滲んでいた。
「傷、勲章みたいだね」
ミラが微笑む。
「勲章にしては、痛かったでござるが」
ワングが肩を回しながら苦笑した。
「拙者も、あとで湿布が要りそうでござる」
「私も、少し診るよ」
ミラが早速、道具を取り出す。
見回すと、床には魔石が散らばっていた。
その中央に、木箱が一つ、残されている。
「宝箱、か」
カインが慎重に近づき、蓋を開けた。
中にあったのは、一枚の金属板だった。
上の層で見たものと、似た質感をしている。
「また、板か」
ネリスが覗き込む。
板には、文字が刻まれていた。
「去る者は追わず。来たれり者とは相対する。」
壁に刻まれていた言葉と、まったく同じだった。
「壁と、同じことが書いてある」
ミラが板を覗き込みながら言う。
板は、思ったより大きい。
刻まれているのは、たった一行だけだった。
余白は、まだ何行も残っている。
「これから、増えるってことか」
カインが板を裏返してみる。
裏には、何も刻まれていない。
「わからない」
ノリアが首を振った。
「でも、増えそうな気は、する」
「一行だけ、ってのが、気味悪いな」
ネリスが板を指でなぞる。
「上の層の板とは、別物、ってことでござるか」
ワングが尋ねる。
「たぶん」
カインが答えた。
「あっちは、俺たち六人にしか見えない地図だった」
「これは、誰にでも見える」
スルが静かに付け加える。
「そう考えると、性質が違う」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「壁の言葉と、板の言葉が、同じってことは」
ミラが板を見つめる。
「戦うたびに、なにか書き足されていく、板なのかも」
「日記、みたいなものか」
カインが首を捻る。
「誰の日記だよ、それ」
ネリスが笑った。
「迷宮の、だろうな」
ワングが静かに言う。
「エランドや、ベーダー殿のような存在が、書いているのかもしれぬ」
「かもしれない、だらけだね、今日も」
ノリアが肩をすくめる。
「でも、それでいいのかもな」
カインが板を撫でながら言う。
「わからないまま、進んでいくのが、俺たちのやり方だ」
誰も、それに異を唱えなかった。
「持ち帰って、ティリーに見てもらおう」
カインが板を懐にしまう。
「賛成」
ミラが頷いた。
「去る者は追わず。来たれり者とは相対する、か」
ノリアが呟く。
「なんだか、宣戦布告みたいだね」
「もう、始まってるけどな」
カインが苦笑した。
「二行目、どんな時に増えるんだろう」
ネリスが広間を見回す。
答えは、誰にもわからなかった。
広間の奥には、まだ通路が続いていた。
「行くか」
カインが先に立つ。
「行こう」
スルが盾を担ぎ直し、続いた。
一行だけの言葉を刻んだ板を懐に、六人は、四層の奥へと足を進める。
何が待っているのかは、まだ、誰にもわからない。
新しい層は、静かに、その先を待っていた。
いかがでしょうか?
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