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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第15話「それぞれの支度」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

フォージタウンは、朝から槌の音で満ちていた。


ダダは、傷だらけになった盾を作業台に置いていた。


「思ったより、えぐれてるな」


工房の親方が、盾の縁を指でなぞりながら言う。


「甲殻型の体当たり、何度も受けたので」


「その割に、よく保った方だ」


親方が、感心したように言う。


ダダは、無言で頷いた。


自分で打った盾が、きちんと役目を果たしたことに、静かな満足があった。


「補強、どのくらいでできますか」


「今日いっぱい見といてくれ。芯から組み直す」


「お願いします」


短いやり取りを終えると、ダダは工房の隅に立てかけられた予備の盾を借りて、また作業台の前に座り込んだ。


暇があれば、道具の手入れをするのがダダの癖だった。


---


隣の作業場では、ネリスが台の上に爪を並べていた。


「これ、本当に効果あるの?」


ネリスが、鋼でできた鉤爪型の装具を持ち上げる。


「あるさ。関節の隙間狙うなら、生爪よりずっと確実だ」


職人が、爪の先を軽く弾いて見せる。


金属特有の、硬く澄んだ音が鳴った。


「甲殻型の関節、生爪だと滑ることあったから」


ネリスが、自分の指先と見比べながら言う。


「それだ。鋼の爪なら食い込む」


職人が、装具をネリスの指に合わせて調整していく。


「重くないか?」


鋼の爪を装備してみる。


「思ったより軽い」


ネリスが、指を握ったり開いたりしながら答える。


「動きの邪魔にならないよう作ってある。跳躍系の斥候用に、うちでも扱いの多い品だ」


「跳躍系」


ネリスが、その響きを気に入ったように繰り返した。


装着したまま何度か拳を握り、感触を確かめる。


「悪くない」


短い感想だったが、目はいつもより輝いていた。


---


カインは、武器屋の棚の前で、腕を組んで立っていた。


「今の剣、そんなに悪いか」


店主が、聞いてきた。


「悪くはないんですけど。甲殻型相手だと、刃こぼれが早くて」


カインが、鞘から抜いた刃を見せる。


刃の縁に、いくつもの小さな欠けができていた。


「ああ、こりゃ相性が悪い。もう少し硬い鋼で作った方がいい」


店主が、棚から一振り抜いて渡す。


「持ってみろ」


カインが、剣を構える。


以前のものより、わずかに重く感じた。


「重いけど」


「重い分、粘りがある。甲殻相手なら、こっちの方が長持ちする」


「値段は」


「そこそこするが、刃こぼれで買い替え続けるよりは安い」


カインは、しばらく剣を振ってみる。


空気を切る音が、以前と少し違っていた。


「これにします」


決めるまでに、そう時間はかからなかった。


---


ノリアは、装備を新調する必要がなかった。


杖も、防具も、これまでと同じもので十分だった。


代わりに、ヘクサインの一室にこもって、静かに手のひらを見つめていた。


四回。


第一階梯だけで、それだけ使えるようになった。


以前の自分なら、二回使えばもう十分だと思っていた。


今は、二回使ったところで、まだ余裕が残っている感覚がある。


「四回、か」


誰に言うでもなく、呟いてみる。


回数が増えたからといって、威力が変わるわけではない。


同じ「ファイア」を、同じだけ強く放てるだけだ。


それでも、戦況の組み立て方が、少しずつ変わってきていた。


一発で終わらせる場面と、二発に分けて広く抑える場面。


出し惜しみと、出し切るタイミング。


考えることが増えたのは、悪いことではなかった。


「回数が増えるだけの魔法使い、じゃなくなってきてる、のかも」


小さく声に出してみて、少し照れくさくなる。


誰も聞いていないのが、幸いだった。


---


ミラは、ヘクサインの共有部屋で、フレイルの手入れをしていた。


鎖の継ぎ目に、油を丁寧に差していく。


「その手入れ、毎日やってるよね」


通りかかったネリスが、覗き込む。


「毎日やらないと、いざという時に鈍る」


「几帳面だね」


「几帳面じゃないと、回復も雑になる」


短いやり取りに、ネリスが小さく笑った。


「なんか、もう馴染んできた?」


ネリスが、無邪気に聞く。


ミラは、油布を動かす手を止めずに答えた。


「馴染んできた、と思う」


「思う、って歯切れ悪いな」


「前のことも、あるから」


言葉の端に、わずかな影が差した。


だが、それ以上は続けなかった。


「でも」


ミラが、続ける。


「ダダが指示、ちゃんと聞いてくれるし。ノリアも、無理な魔法の使い方しないし」


「カインは?」


「カインは……根拠のない自信を、ちゃんと言葉にしてくれる人」


「なにそれ」


ネリスが、噴き出した。


「悪口じゃないよ」


ミラが、慌てて付け足す。


「悪口に聞こえるけど」


「褒めてる、つもり」


そのやり取りに、二人でしばらく笑い合った。


笑いながら、ミラの中で何かが、少しずつほどけていくようだった。


---


夕方、五人がそれぞれの新しい装備を持って、ヘクサインの食堂に集まった。


「盾、直ったのか」


カインが聞く。


「明日には仕上がる」


ダダが答える。


「ネリスのそれ、なんかカッコいいな」


カインが、鋼の爪を指す。


「でしょ」


ネリスが、得意げに手を掲げる。


「関節、これで確実に狙える」


「カインの剣も、新しいのか」


ダダが聞く。


「刃こぼれしにくいやつに変えた」


カインが、鞘ごと軽く掲げて見せる。


---


「それぞれ、ちゃんと弱点補ってきたな」


ミラが、三人の装備を見比べながら言う。


「弱点、って言い方」


カインが、苦笑する。


「弱点じゃなくて、伸びしろ」


「その言い換え、無理あるだろ」


「ノリアは、装備変えなくていいの?」


ネリスが聞く。


「杖は、まだこれで十分」


ノリアが、静かに答える。


「回数増えた分、考えることは増えたけど」


「考えることが増えた、って前向きだな」


カインが、感心したように言う。


「前向き、というか。ただの現状報告」


ノリアの言い方は、いつも通り素っ気なかったが、その声にはわずかな張りがあった。


---


軽口を叩き合いながらも、五人の表情には、明日への手応えがにじんでいた。


「明日、また三層行くか」


カインが言う。


「行く」


ダダが、即座に頷く。


「行くに決まってる」


ネリスも続く。


「行こう」


ミラも、静かに頷いた。


道具は整った。


考えも、少しずつまとまってきた。


あとは、それを持って、また三層の奥へ進むだけだった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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