第153話 閑話「打ち直す手、託す明日」ダダ
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夜のフラグメンツを出た足で、ダダはフォージタウンへ向かった。
祝いの席の熱が、まだ頬に残っている。
スルの正式加入。
四層への扉。
今日という日に、詰め込まれたものは、あまりに多かった。
石畳を踏む音だけが、静かな通りに響く。
工房の窓には、まだ灯りがあった。
「こんな時間まで、精が出るな」
戸を開けると、ブロムが炉の前で腰を伸ばしていた。
「眠れそうになくて」
ダダが短く答える。
「わかる。俺も、若い頃はそうだった」
ブロムが笑った。
「祝いの席から、真っ直ぐここか」
「ああ」
「らしいな、お前は」
ブロムが炉に薪をくべながら、それだけ言う。
台の上には、打ちかけの盾があった。
まだ形の半分ほどしかできていない。
「スルのだよ」
聞かれる前に、ダダが答えた。
「知ってる。見りゃわかる」
ブロムが鼻を鳴らす。
「サイズが、お前のじゃない」
図星だった。
槌を握り直す。
金属の冷たさが、指に馴染んでいく。
音が、静かな工房に響いた。
小さい頃も、こんな音を聞いていた。
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ダダの家は、フォージタウンでも古株の鍛冶師一族だった。
炉の熱と、金属の匂いに囲まれて育った。
物心つく前から、槌を持たされていたような気がする。
「お前で、六代目だ」
父の口癖だった。
誇らしげでもあり、有無を言わせない響きでもあった。
跡取り。
その二文字が、いつも先にダダを待っていた。
打つ型を覚えるのは、苦ではなかった。
むしろ、性に合っていたと思う。
だが、選んだ覚えはなかった。
物心ついた時には、もう決まっていた道だった。
十四の歳、ダダは初めてノアに潜った友人の土産話を聞いた。
「五層で、死にかけた」
得意げに笑うその顔を見て、羨ましいと思った自分に、驚いた記憶がある。
危ないと言われるほど、逆に惹かれた。
工房の外に、選んでいない道があった。
それだけで、十分だった。
「潜ってみたい」
父にそう告げた夜のことを、今でも覚えている。
父は何も言わなかった。
ただ、槌を置いて、しばらく炉の火を見つめていた。
「好きにしろ」
長い沈黙の後、それだけ言った。
怒られると思っていた分、拍子抜けした。
だが、その声に、隠しきれない何かがあったことも、ダダは知っている。
止めなかった理由は、今も聞いていない。
聞く勇気が、まだない。
工房を出る朝、父は見送りに来なかった。
代わりに、戸口に古い革の手袋が置いてあった。
自分が初めて槌を握った日に、父から渡された物だった。
サイズはとうに合わなくなっていたが、捨てられずにいた。
今も、道具箱の底に仕舞ってある。
「継がない」とは言ったが、「離れる」とは言わなかった。
その違いに、自分でも気づいたのは、随分後になってからだ。
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「盾役、覚えたのは早かったな」
ブロムが炎の色を確かめながら言う。
「そうだったか」
「初めて会った頃、もう体がでかかった」
ブロムが懐かしそうに笑った。
出会いは、ダダがまだ駆け出しの頃だった。
自分の装備の修理に、ブロムの工房へ通うようになった。
いつしか、修理だけでは飽き足らず、自分で打つようになっていた。
正面から受け止める。
それが、ダダの戦い方だった。
でかい図体で、真正面に立つ。
殴られても、耐える。
味方が、その隙に動ける。
単純だが、間違ってはいないと思ってきた。
だが、その確信が揺らいだ日が、いくつかある。
エアの二層。
全身鎧の魔物、六体との激戦。
盾で受けても、受けても、次から次へと来た。
あの日、初めて「受け止めるだけでは、追いつかない」と体で知った。
三層に入ってからは、もっとはっきりした形で、それが現れた。
黒いドラゴンとの、一度目の遭遇。
対の迷宮のもう一組が、ドラゴンと死闘を繰り広げているのを、六人の壁に阻まれたまま見ているしかなかった夜だ。
向こうの盾役は、ダダとよく似た型をしていた。
ブレスを受けた瞬間、その膝が崩れるのを、ダダは確かに見た。
自分と、瓜二つの誰かが、崩れる。
理由のわからない寒気が、背筋を這った。
まるで、これから起きることを、先に見せられたようだった。
そして、二度目の遭遇。
今度は、自分たちが直接、あのドラゴンに襲われた。
その日の前衛は、スルだった。
刃も、魔法も、一切通らなかった。
ブレスから皆を救ったのは、盾ではなかった。
スルの、あの超加速だった。
前に立っていたのが自分だったら、同じように守れただろうか。
考えても、答えは出なかった。
その夜、初めて、そう思った。
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「あの器のことも、話しておきたかった」
ブロムが棚の上の古い型を見ながら言う。
ドラゴンを封じるために作った、あの銀の器のことだった。
「あれを作ってなかったら、勝てなかったでござる」
そう言ったのは、ワングだ。
冗談交じりに、ダダの肩を叩いていた。
その言葉が、ずっと胸の奥に残っている。
ドラゴンを討ち果たしたのは、盾ではなかった。
自分の手で打った、器だった。
正面から受け止めることでは、辿り着けなかった答えだ。
「お前、向いてるかもしれんぞ」
初めてブロムにそう言われた日のことを、今も覚えている。
戦うことしか取り柄がないと思っていた自分に、それは意外な言葉だった。
嬉しかった。
素直に、そう思った。
思えば、ワングの右腕のことを考えついたのも、自分だった。
あの時は、ただ必死だった。
仲間を諦めさせたくない。
それだけだった。
だが、あれが最初の一歩だったのかもしれない。
戦う手とは、別の手で、仲間を守れる。
その手応えを、最初に教えてくれたのが、あの発案だった。
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昼下がり、その日ダダはひとり、フォージタウンの外れで刀を振っていたスルを見かけた。
「精が出るな」
声をかけると、スルが手を止めた。
「体が、まだ本調子じゃない気がして」
「そう見えないが」
「見えないだけだ」
短いやりとりの後、しばらく二人とも黙っていた。
「聞きたいことがある」
ダダが切り出す。
「前衛、続ける気はあるか」
スルが目を上げた。
「俺で、いいのか」
「お前しか、思いつかない」
ダダが答えた。
「盾役、辞めるのか」
「辞めるわけじゃない」
ダダは言葉を選びながら続けた。
「盾を構えて前に立つことだけが、俺の役目じゃない気がしてきた」
「工房のことか」
「ああ」
スルはしばらく黙っていた。
「怖くないのか」
「何がだ」
「前を、譲るのが」
その問いに、ダダはすぐには答えられなかった。
正直に言えば、怖くないわけがなかった。
自分の役割が、なくなるような気がする瞬間もある。
「怖い」
素直に、そう答えた。
「それでも、譲りたいと思ってる」
スルが少しだけ目を細める。
「お前の盾に、恥じないようにする」
「恥じるような盾は、渡さない」
ダダが初めて笑った。
その言葉に、噓はなかった。
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盾の縁を、ヤスリで整える。
削るたびに、小さな金属の粉が、炉の光に舞った。
「銘は、入れないのか」
ブロムが聞く。
「まだ、決めてない」
「決めたら、教えろ。手伝ってやる」
「ああ」
窓の外が、うっすらと白み始めていた。
夜通し打っていたことに、今更気づく。
盾の重心を、もう一度確かめた。
受け止めるためではなく、押し返すための重さにしたつもりだ。
スルの速さを、殺さない形にしたつもりだ。
自分の型ではなく、あいつの型に合う盾。
そのために、何度も打ち直した。
「明日、渡すのか」
ブロムが聞く。
「まだ、早い」
ダダが首を振った。
「もう少し、詰めたい」
「気の済むまで、やればいい」
ブロムが炉の火を落としながら、静かに言う。
「盾役を辞めても、鍛冶屋を継がなくても」
「お前は、お前の打ちたいものを、打てばいい」
その言葉に、ダダは何も返さなかった。
ただ、頷いた。
胸の奥にあった、名前のつかない重さが、少しだけ軽くなった気がした。
四層への扉は、もう開いている。
自分は、その先には立たない。
だが、託した盾は、確かにあの扉の向こうへ進んでいく。
それで、十分だった。
道具箱の底の、あの革の手袋を、ふと思い出す。
継がなかった道具を、いつか父に見せに行こう。
跡取りとしてではなく、ひとりの職人として。
そんな考えが、今更のように浮かんだ。
急ぐ話ではない。
だが、いつか、必ず。
夜明けの光が、打ちかけの盾を、静かに照らしていた。
いかがでしょうか?
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