第152話「決めた形、開いた道」
マランの世界、連日投稿してます。
毎日2話投稿中です。
三層の門を六人はもう何度もくぐっていた。
今日はスルが前衛に立つ番だった。
ダダは街に残っている。
「今日で、残りはひとつだな」
カインが板を覗き込みながら言う。
板の上には、色の判別できない、ぼんやりとした点がいくつか浮かんでいた。
三層に足を踏み入れて以来、色は、ずっと滲んだままだった。
「数えるしかないのが、やっぱり、もどかしいね」
ミラが板を覗き込みながら言う。
「数はわかる。それで十分だ」
カインが答えた。
いつもの通路を迷いなく進んでいく。
牙の群れも罠も、六人にとってはもう見慣れた相手だった。
「随分、慣れたものでござるな」
ワングが刀を鞘に納めながら呟く。
「慣れたのが良いことなのか悪いことなのか」
ノリアが少し複雑な顔をした。
「進めてる証拠でしょ」
ミラが横から言う。
「それはそうだけど」
ノリアが小さく笑った。
「来るぞ!」
ネリスが叫ぶ。
通路の奥から、甲殻を纏った魔物が三体、姿を現した。
「引きつける!」
スルが盾を構えて前に出る。
盾に受けた衝撃は、思ったより軽かった。
「軽い?」
スルが自分でも驚いたように呟く。
「慣れてきたんだよ、動きに」
ネリスが爪を構えながら答えた。
「業火弾!」
ノリアの炎が残る二体を一気に飲み込んだ。
灰と魔石だけが通路に残される。
「順調だな」
カインが魔石を拾いながら言う。
---
やがて、最後に残った、ぼんやりとした点に辿り着いた。
壁の色は、やはり、はっきりとは見えなかった。
ただ、淡い光の輪郭だけがそこにあった。
中央に、小さな扉があった。
くぐると、そこには見覚えのある座布団が置かれていた。
「また来たか」
黄金の毛並みの猫が香箱座りのまま六人を見上げる。
エランドだった。
「今日は六人か」
「今日は、スルが前衛です」
カインが静かに答える。
「なるほどな」
エランドが目を細めた。
「随分と、苦労しているようだな」
「苦労、していますか」
ミラが恐る恐る尋ねる。
「四層への道が見えぬのだろう」
エランドが静かに言った。
図星だった。
誰もすぐには答えられなかった。
「これで、残っていた点は全部でござるが」
ワングが板を覗き込みながら言う。
「それでも、道は開かぬか」
「開きません」
カインが正直に答えた。
「ふむ」
エランドが尻尾の先をゆっくりと揺らす。
「ヒントを、ひとつやろう」
「お願いします」
ノリアが身を乗り出した。
「パーティメンバーを絞り切れ」
「絞り切る、とは」
カインが聞き返す。
「お主らは、いつまでも迷ったままだ」
エランドが続ける。
「盾役が日によって変わる。それが答えの出ない証だ」
「六人の壁と、関係があるんですか」
カインが尋ねる。
「さてな」
エランドが興味なさそうに答えた。
「関係がある、と思って動く方が早いんじゃないか」
その一言に六人は、はっとした。
たしかにそうだった。
ダダの日と、スルの日。
決めているようで、決めきれていなかった。
「それ以上は教えぬ」
エランドが話を切り上げる。
「決めるのは、お主らだ」
言い終えると、その姿は光の粒となって消えた。
---
篝火の灯る前室に戻ると、六人はしばらく無言だった。
「今日のこと、ダダにも話さないとな」
カインが静かに言う。
「そうだね」
ノリアが頷いた。
「絞り切れって、要は」
ネリスが呟く。
「六人目を、ちゃんと決めろってことだよね」
「たぶんな」
カインが答えた。
「俺のこと、気にしなくていいぞ」
スルが静かに言う。
「気にするに決まってるだろ」
ネリスが少しむきになって言い返した。
エアの通路を、六人は無言で歩いた。
出口の光が見えた頃には、誰の足取りにも、確かな覚悟が滲んでいた。
---
ヘクサインに戻ると、ダダが工房帰りの装いのまま六人を迎えた。
「今日は、何かあったのか」
ダダが皆の顔色を見て、すぐに気づく。
「エランドに会った」
カインが経緯を話す。
「絞り切れ、か」
ダダが低く呟いた。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてダダがゆっくりと切り出す。
「実は、皆に話したいことがある」
その声には、いつもと違う重さがあった。
「聞くよ」
カインが静かに促す。
「昔、エランドに言われた加護のことだ」
ダダが続ける。
「仲間全体の物理防御を底上げする力。育つ、とも言われた」
「覚えてる」
ネリスが頷く。
「あれから、ずっと考えてた」
ダダが拳を握る。
「盾を構えて前に立つことだけが、あの加護を育てる道じゃないのかもしれない」
「じゃあ、どうしたいんだ」
カインが聞く。
「防具や武器や魔道具を造る方に力を尽くしたい」
ダダがはっきりと言った。
「盾役は辞めるってこと?」
ミラが確かめるように聞く。
「辞める、というより」
ダダが皆を見回す。
「前衛はスルに任せたい」
「俺は、皆の装備を支える方に回る」
沈黙がその場に落ちた。
だが、それは驚きの沈黙ではなかった。
「ようやく決めたんだな」
ネリスが静かに言う。
「ずっと両方、抱えてたもんね」
ノリアが微笑んだ。
「拙者は賛成でござる」
ワングが頷く。
「お主の手が拙者の右腕を、支えてくれたでござろう」
その言葉にダダは、少し目を伏せた。
「フォージタウンでも、パーティの装備を支えるって、立派な役目だと思う」
ミラが静かに言う。
「俺も、そう思う」
カインが頷いた。
「スル、いいか」
カインが隣に立つスルへ声をかける。
「いいのか、俺で」
スルが静かに聞き返す。
「いいも何も、お前しかいないだろ」
カインが笑った。
「正式に、パーティに入ってくれ」
スルはしばらく黙っていた。
やがて小さく頷いた。
「ありがとう」
「礼を言うのは、こっちの方だ」
ネリスが兄の肩に、そっと手を置いた。
その目に、光るものがあった。
「よかったな」
ダダが短く言う。
「お前の盾、頼りにしてる」
「任せてくれ」
スルが答えた。
その声には、これまでにない確かさがあった。
---
翌朝、七人はクロスロードへ向かった。
「正式登録ですね」
受付のリゼットが書類を差し出す。
「はい」
カインが頷いた。
スルの名前が書類に丁寧に記される。
「これで六人目でござるな」
ワングが静かに言う。
「六人目」
その響きを皆がそれぞれの形で噛みしめていた。
登録を終えると、その足で、六人はエアへ向かった。
ダダは、今日も街に残る。
「あの扉、今日はどうだろうな」
カインが呟く。
以前から、何度近づいても押し戻され続けてきた、あの扉だった。
色のついた印が一度も浮かんだことのない場所。
板を片手に、六人は、慎重に近づいていく。
「今日は……」
カインが息を詰める。
一歩、また一歩。
これまでなら、足が止まるはずの距離を、越えていた。
「進んでる……!」
ネリスが声を上げる。
扉の前に立っても、見えない壁の抵抗は、なかった。
「開くのか」
スルが盾を構え直しながら、静かに言う。
カインがそっと扉に手をかけた。
音もなく、扉が開いていく。
その先に広がっていたのは、これまでのどの通路とも違う、静かな空間だった。
「四層……」
カインが掠れた声で呟く。
「本当に、開いた」
ミラが扉の先を覗き込みながら言った。
「絞り切ったから、なのか」
ノリアが静かに言う。
「理由は、まだわからない」
カインが首を振る。
「わからないけど、確かに開いた」
その言葉に誰も異論はなかった。
「新しいメンバーで、新しい層へ、か」
ワングが扉を見つめながら呟く。
「行こう」
スルがはっきりと言った。
その声には、これまでにない確かさがあった。
---
エアを出ると、街で待っていたダダと合流した。
七人は、その足でフラグメンツへ向かった。
「おう、揃って何の顔だ」
ガラントがカウンターの奥から声をかける。
「スルが正式に仲間になった。それに、四層への扉も開いた」
カインが告げる。
「そうか」
ガラントが手を止め、スルをまっすぐ見た。
「よろしくお願いします」
スルが静かに頭を下げる。
「よろしく、じゃねえよ」
ガラントが笑いながら、瓶を取り出す。
「今日は、俺の奢りだ」
「太っ腹だね」
ネリスが軽く笑った。
「ダダも、聞いたぞ。工房に、本腰入れるんだってな」
ガラントが続ける。
「盾を置くわけじゃない。だけど、槌の方に、比重を移す」
ダダが静かに言う。
「それでいい」
ガラントが頷いた。
「答えは、店に立ちながら見つかることもある。前にも、言ったろ」
「四層、どんな場所だろうね」
ノリアが目を輝かせた。
「わからないことだらけだ、また」
カインが笑う。
「わからないから、面白いんでしょ」
ネリスが返した。
エールの香りがいつもより少しだけ、温かく感じられた。
新しい形になった六人は、四層への道を確かに手にしていた。
いかがでしょうか?
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
下記の「評価」も、よろしくお願いいたします。




